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【doll#17】じゃあな葵

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絶望と諦めと境地で日々は過ぎた。

 

だけどある寒い寒い日の晩。
深夜に一度だけ非通知で電話が鳴った。もしもしと言ったらすぐに切れてしまったが。

亮であることを願いつつ、僕は携帯を力なく床に投げ捨てた。

亮がいなくなって2ヶ月が経とうとしていた。枕に顔を埋めてみても、もう亮の匂いはしない。それが言葉にならない程に淋しかった。

もうすぐクリスマス。
おそらく初めてのプレゼントは破局。

 

 

『the END』

 

 

俺を信じて待ってて欲しいって言葉にずっと縋り付いてきた。信じていたいけど、2人を繋ぐ糸は今は随分細いものへと変わっていた。

だって・・こんなに連絡つかないって流石におかしかった。

だから亮にもう直接聞いた方が良いなと思った。『翼が好きになったの?』って。

あの切長な瞳で見つめられて『そうだよ』ってはっきり言われたら、耐えられる気がしない。

でもスッキリするのかな。

死ぬほど冷たい気持ちになりそうだけど、いっそ『ああやっぱりね』って気持ち良いかもしれないな、なんて・・。

 

 

12月最後の金曜日。

翼がウチの大学にサークルで来るんなら、亮も来そうだなと思っていたら。

案の定、2人一緒に現れた。

冬休みを目前に、構内に人はまばら。

だから僕は周りに人がいない場所で2人に近寄って・・決死の思いで話しかけた。

「亮」

ゆっくり振り返った面倒そうな亮。こんな顔、見たことなかった。心がジクジクと痛んだ。

「久しぶり」

「ああ・・」

「どうして連絡くれないの?」

「・・・」

震える声で聞いた。これは死刑宣告だ。

「翼が、すきに、なったの・・?」

「・・見りゃ分かるだろ」

なあ?と頷き合うふたり。今気づいたけど、右手に揃いのリングしている。

「・・亮が信じて待っててって言ったから、僕、待ってたよ・・?ずっと・・」

みるみる血圧が上がっていく。心臓の音が耳元でシンシンと大きく鳴った。静かにしてよ、亮の声が聞こえないじゃないか。せっかくの・・。

「ああ・・そんなこと言ったっけな。でもあんな約束、とっくに無効だろ。
未だに信じてるとか、どうかしてるぜ」

そう吐き捨てた亮。

悪夢を見てるんだ僕は。きっとそのうち覚めるさそうでしょ早く!

しかし悪夢は止まらない。冷たい言葉を亮は続ける。

「もう家は出てってくれよな」

「翼と、住むから・・?」

そうだよと無情な一言。次いで・・

「もう俺たち終わりにしよう。・・良い加減、ウザいんだよお前」

覚悟してた通りに切長の瞳でそう言われて・・僕が好きだったあの瞳で。

ぶつりと今まで我慢してた糸が全て切れた。

不安も悲しみも怒りも、信じてた気持ちも全部、全部!!!こんなに、ずっと寂しかったのに!!!

「・・ぜんぶ、全部お前のせいだ!!!あああああ!!!!!!!」

泣きながら翼に殴りかかった。その胸ぐらを掴んで、一発入れようとした!んなの当たり前・・ッ!

「!」

だけどすんでのところで僕らは引き離された。

ぺしん!と僕に平手した大きな手。

僕はどさりと床に倒れ込んだ。
その瞬間だけスローモーションみたいに時は動いた。こんな瞬間をゆっくりと味わいたくなんかないのに。

 

「大丈夫か翼。可哀想に・・あっちで休もうな」

そう言った低い声。僕を疎んで翼にはこんなにも優しい。

こんな声を、僕は知らない。

呆然と亮を見上げた。

言葉が出ない。

「・・じゃあな、葵」

小さな呟きだったけれど、それはっきりと聞こえた。

亮は通り過ぎた。翼の背に手を回して。

 

『あお』じゃなかった。

 

虚ろに振り返る。仲睦まじそうなふたり。

翼と目が合った。その美しい唇が、僕に向かってニッと嗤い何か言葉を形作った。

物理的には聞こえなかったけれど、確かに心に聞こえた勝者の声音。

『負け犬』・・アイツは確かにこう言った。

 

 

亮は振り返りすらしなかった。

 

 

 

大学近くの公園で、力なくベンチに腰掛けた。噴水の水が冷たくて、周囲の空気を一層寒いものにしていた。

 

完全に負けたなと思った。

それに・・翼は最初こそ僕をどうこうしたいとか言ってたけど、亮を手に入れてもう満足なんだろうな。

脳裏に浮かぶあの男前と美形の2人はあまりにお似合いだった。

 

冬の木枯らしがカサカサの落ち葉を舞い上げている。その様が虚しさを増した。

 

足元の砂にまみれたスニーカーを見つめた。気づけば随分ボロボロになっていたその姿が僕と重なった。

 

すごいよ翼。僕から亮まで取り上げてみせた。あの亮を・・。

今までの亮との思い出が頭を駆け巡った。僕の唯一の親友で、困った時は駆けつけてくれるヒーローで・・。

ぐしゃぐしゃと頭ん中のイメージを掻き消した。

僕に唯一の味方なんて、いないんだ。平凡な僕にそんな贅沢な存在、神様が許してくれないよね・・。

むしろ何を今まで思い上がっていたのだろう?

あははと乾いた笑いが込み上げた。そうだよ、僕って、すごく馬鹿みたい。

 

どんよりと曇った空から小雨がパラついた。見上げてみれば向こうの雲が大分黒くて、これから一雨来そうだった。でもどうでも良い。こんな僕がぐしゃぐしゃになろうが、どうでも・・。

・・・・・・。

ウッと涙が込み上げた。ぼろぼろとこぼれ落ちた。親友に縋りつきたかった。

でももう、僕に亮はいない。

 



どれくらいか時間が経った頃。

「・・葵?」

「!!!」

ふいに掛けられた声。
亮かと思ってバッと顔を上げた。

が・・

「・・玲司。どしたの、こんなところで」

長身が心配そうに僕を見下ろしていた。

グズっとハナを啜った。こんなみっともない顔、本当に元彼には見られたくなかった。

「俺はこの辺に住んでる友達に用があって。・・葵こそ何があったんだよ」

「・・別に。何でもないよ」

「亮のことか」

「関係ないでしょ」

「翼、か・・?」

「・・・」

クッと唇を噛んだ。何が起きたか大体察せられていることが辛かった。

「・・大体玲司が!あんな訳分かんない奴連れてくるから!!」

ごめん!!という言葉と共に僕は抱きしめられた。強く強く。

「ずっと申し訳ないって思ってた!全部俺のせいだからな」

言葉にならない涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

「もしも亮と終わったんなら・・また俺とやり直さないか。葵がいなくなって、ずっと葵のこと考えてた。葵じゃなきゃダメなんだ、俺。お前のこと、今度こそ大事にするから」

もう一度、玲司と?
出会った時みたいに、やり直す・・?

でも・・

「・・亮が好きなんだ、こんなんなっても・・」

ヒックと声が上擦った。みっともないことこの上なかった。でも、ぼくの本音だった。

「亮の代わりで良い。俺はお人形で構わないから・・」

きつく抱きしめられて僕は瞳を閉じた。
お人形。今となってはなんて重い言葉だろうか。

この言葉には随分苦しめられた。

最初に僕を翼の代わりにお人形にした玲司。

僕を壊してお人形として手元に置こうとした翼。

その翼から僕を護ろうとして却って翼に魅入られた亮・・。

 

僕が今度は玲司をお人形さんに、か。
亮の代わりに。

そこまでされても僕がやっぱり好きって
こと?玲司・・。

でも・・

「・・亮の代わりはいない。いないんだよ。それに・・玲司は誰のお人形さんにもなっちゃいけない。玲司は玲司だよ。

・・もうお互い、別の道に進もう」

そう言って僕は玲司の体をそっと離した。最後にニコとほんの少しだけ笑えたのは、僕にしては上出来だったと思う。

 

玲司と終わって、亮とも終わって。

なのに心の奥で、今でも亮を信じ続けている僕はなんて大馬鹿野郎なのだろう。

 

 

 

玲司と別れてふらりふらりと歩いた。

身体がふわふわと変に軽かった。大泣きした後って大体いつもこんな感じな気がする。現実味がない。

駅に着いた。
さっきっからヴンヴンとポケットの中の携帯が鳴っている。うるさいなあ、母さんかなあ・・。今は携帯見るのがすごく億劫だ。

3分後に特急の通過を知らせるアナウンスが流れた。特急の後、電車来るまであと10分。

寒いホームで手を擦り合わせながらぼんやり考えた。

全部夢だったら良かったな。

玲司と別れたことも、亮を奪られたことも、亮と親友だったことも。

いや、僕という取り柄のない人間が産まれてしまったことがそもそもの間違いだった・・?

電車がもうすぐホームに入ってくる。ふとあるアイディアが浮かんだ。それは妙案に思えた。

髪をぐしゃぐしゃと掻き上げる。
ホームを一歩踏み出す。また一歩。そうだ、その調子だ葵。

変なスリル感があって胸の高鳴りが止まらない。

そしてまた一歩踏み出そうとして・・

 

「危ねえ!!!!!!!」

僕のパーカーの首元を後ろから誰かが力任せに掴んでぐいと引いた。後ろに倒れ込んだ。

目の前を特急が猛スピードで通り抜けていった。

『危ないので黄色い線の外側でお待ちください・・』機械的な音声がわんわんと耳に響いた。それは遠くで聞こえるような近くで聞こえるような、変な感覚だった。

 

「お、お前・・ッまさか死ぬ気やなかったやろな!!!?」

耳元で聞こえる声は焦燥しきっていて、ぜえはあと息が荒かった。この声、まさか・・?

 

周囲のざわめく声。

ふるふると首を振って見せた。

僕を後ろから包む大きな手。見覚えがあった。

「・・待たせてごめんな。やっと全部終わったよ」

指輪はなくなっていた。

 

そっと振り返って見上げた。頬に大きな引っ掻き傷が出来ていた。

「でも・・俺のことなんか、もうとっくに大っ嫌い、やな・・」

切長な瞳が苦痛に歪む。でもそれは僕の知っている亮だった。

 

じっと見上げて、おかえりと微笑んだ。

 

 

久々の我が家で、亮はすぐさまベッドに寝転んで大の字になった。僕も道連れにされている。

久しぶりのあおだと感慨深げに亮は言う。そして僕を抱きしめて匂いをクンクンと嗅ぎまくった。

ひとしきりでっかいワンコを受け止めた後。

「それで・・結局何があったの?」

と聞けば、亮は堪忍やでと前置きしてから気まずそうに話し出した。

 

「俺がやりたかったのは、要は翼の弱みを握ってアイツを脅すことだった。
これをバラされたくなかったら葵に二度と近づくなよってな。

そのためには、翼を信用させて油断させ情報を得ないといけなかった。

でも俺は玲司の件で一度翼を出し抜いているから、普通に接してたら信用は得られない。

だからアイツを信用させるために、まず葵から翼に心変わりして心底惚れ込んだ男の振りをした。

更に葵に対してわざと音信不通にして、翼の目の前でリアルな修羅場と別れをやってみせた。

そこまでしてやっとアイツは俺を心底信用した。ベラベラ喋り出したよ、誰にも言っちゃいけない過去の悪事をな。

同時にな、携帯のロックNoに使ってるだろう数字も聞き出した。当たりだった。翼が席を外した瞬間に携帯を開いてヤバい写真もメッセージも全部俺に転送した。

まぁ内容はアレだ、何人も男寝取ったり人を騙したり追い詰めたりしてるトンデモないやつ。

そんで戻ってきた恋人気取りの翼を振った。んで、これを『あの人』にバラされたくなかったら葵に二度と近づくなよって脅した。

そしたらさ、あり得ないって髪逆立てて顔引っ掻かれたぜ。ガチで痛えよ。あり得ないのはお前だっての」

「そんなことがあったんだ。大変だったね・・。でも『あの人』って誰?」

「翼の父ちゃん。大手企業の社長で、すげえ厳しい人らしい。あの翼ですら頭が上がらないらしいな。

愛息子がヤバいことやってたって知ったら激怒じゃ済まないだろう。

まあその父ちゃん宛に証拠の一部は既にデータ送ってあるわけだが。そう言ったら翼、俺にブチギレながらも真っ青になってアタフタ帰ってったよ。

あと翼の携帯からサークルのグループラインに翼の悪事の写真をアレコレ送っておいたし。まあもうアイツはうちの大学に二度と来れないだろう」

 

脅し方が随分エグかった。
ざまあと笑った亮は結構悪どい顔をしていた。

 

「でもどうやってお父さんとどうやって繋がったの?」

「んー?俺一応プロゲーマーだからさ。協賛やらスポンサーやらで企業の偉い人と会う機会がある訳よ。そこでってこと」

そんなツテがあるのか。僕の知らない亮がまだいた。
僕のために奔走してくれた亮には感謝しかなかった。でもまだ色々と気になることがあった。

「どうして翼がヤバいデータ色々持ってるって分かったの?なんでお父さんが鬼門だと知ったの?」

「それはなあ、アイツがサイコ野郎だからだ。あおから話を聞いて、随分イジメが手慣れてるなと思ったんだよ俺は。

多分あおみたいなタイプを追い詰めるのは初めてじゃない。今まで何度も犠牲者を出している。

サイコ野郎にとって犠牲者は戦利品。そんな貴重な戦利品のデータなんか、絶対にとっといてるだろうってな。

まああとは父ちゃんに関しては、翼周りを色々調べて知ったって感じ。
ま、誰にでも『弱い相手』っているもんだしな」

 

そうだったのか・・。一部始終を聞いてようやく概要を理解した。

でも・・

「そんなプランだって言うなら最初から相談してくれたら良かったのに」

そしたら僕だって死ぬ程悩まないで済んだ。亮は平謝りした。

「そこは堪忍や!
あのな、あおはなんでも思ってることが顔に出る。その性質が今回の作戦の肝だったんだよ」

どういうこと?と顔を顰めた僕。

「翼を本当に信用させるために、目の前で別れて見せるくらいのインパクトのあるイベントが必要だったって言ったよな?

でも最初からそういう演技してやってあおに頼んでたら、あおは出来なかったと思う。ごめんな。

俺の考えを知らなかったからこそ翼に殴り掛かる程に本当にブチギレた。俺に振られてあんな絶望的な顔が出来た。

リアルなあの反応こそが必要だったんだ。

ここ出てく日の朝言ったろう?あおに作戦内容を喋ったら効果半減どころか失敗するって。つまりそういうことさ」

 

「ううっそりゃそうだけどさあ・・!」

確かに最初から全て知ってたら胡散臭い演技になってしまって翼にバレていただろう。それはそうだとしても、僕が心底つらい数ヶ月を過ごしたのも事実だった。

「でもほんまごめん!音信不通にしたこと、新宿に会いにきてくれた日に冷たくあしらったこと、ビンタしたこと、嘘とはいえ振ったこと。沢山、たっくさんほんまに傷つけてもうた。許してやあお」

犬がキュウンクゥンってするみたいに言われると弱かった。亮の関西弁が実は好きなことも多分バレてる。
亮は僕の扱いをよく心得ている。

そもそも僕のためにやってくれたことな訳だし・・。
何とも言えないため息を吐いた。

「・・でもさ、僕が亮の想定通りに動かなかったらどうする気だったの?」

「そこやねん。あおの頭ん中は大体分かる俺とはいえ、賭けの部分もあった。

あおが俺に途中で愛想を尽かしたら?
玲司とよりを戻したら?
誰かがあおに余計なアドバイスをしたら?

リアルな別れのシーンに辿り着かない可能性はあった。そうなったら俺の作戦は失敗する。

翼からあおを護れないというバッドエンド。

または翼への脅しは上手くいっても『演技だったとはいえ冷たく振る舞う男なんか嫌』って後々振られる可能性も十二分にあるしな」

『俺を振らないよな?な?』と言わんばかりに亮は上目にすりすりしてくる。

でっかいワンコは自己アピールも上手かった。自分が良い男なのを知ってるんだ。

まあ、振ったりしないけどさあ・・。

「てか一度玲司とあおが喫茶店で会ってるところをたまたま見てしまってな。
あの時は心底震えたぜ。俺が玲司の立場ならあの場で畳み掛けるもんな。

とは言えそこで割って入ったら諸々おじゃんだし。引き下がるしかなかった。

でもな・・あおがずっと俺を信じて待っててくれたおかげで上手いこといったよ。ほんまありがとうな」

「うん・・。ずっと信じてたよ。僕の方こそ、色々ありがとう」

僕はふうとため息を吐いた。信じて待ってて良かった。本当に。

 

終わったんだ。何もかもやっと。・・亮が目の前にいる。それが何よりも嬉しかった。

 

じっと見つめ合う。そっと唇が近寄って・・

「あ、そう言えば」

僕はすっと身体を離した。

「・・ッなんだよ良いとこでっ!」

「今さらだけどさあ・・。翼ってそんなに僕のこと本当に関心あったの?
なんか結局は亮の方を気に入ってる様に見えたんだけど・・」

「甘いなあおは。アイツの家行ったらさ、お前の写真大量にあったぜ。

その数知りたい?なんと4万枚。お前を気に入ってたのは本当の話」

「ヒぇッ!」

怖すぎた。震えた。

「俺もな、それを見て本当に本当にヤバいなと思ったんだよ。だから本腰を入れて翼の近くにやっすい家借りて住んでたって訳。翼と毎日の様に会って、あおにちょっかいかけないように見張ってたんだよ。

まあその最中も俺に関心が向くように好きアピールしてさあ・・辛かった。まじで」

ぽふんと僕に身体を預けた。やつれる、そりゃ。色々分かった気がした。

「ってな訳でな。ちゃんとご褒美もらわな俺も納得できへんねん」

 

今度こそ亮は僕をベッドに押し倒した。
狼の瞳が僕を見下ろす。

「・・俺のパーカー素肌に着て寝てたの知ってるからな。あおの寝顔だけでもと思って朝方ひっそり帰ってきたらさ。・・誘い方がエグいんだよ」

覚悟しろやと噛みつかれた。文字通りに。

 

 

クリスマスプレゼントは悪夢の終焉。

本物の恋人生活がこれから始まる。

ありがとう、大好き。
ずっと一緒にいようね、亮。

 


 

end
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