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【doll#4】翼の本性

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「え・・?」

戸惑う僕の頭を、翼はグイと掴んで引き寄せた。

そして耳元でボソボソと話し出した。

「僕ねぇ、他人が困った顔見るのが大好きなんだ。

葵の困った顔、嫌そうな顔、辛そうな顔、表情豊かでどれも本当最高だよ。今までで一番だな。

僕と玲司が君の目の前でくっついたら、君どうなっちゃうかな?壊れちゃうかな?」

くふふと心底楽しみと言わんばかりに翼は笑った。その吐息に身体中に虫酸が走った。

「あ、ちなみに僕にこんなこと言われたって周りに吹聴しても無駄だよ。『あの翼が信じられない』って絶対皆言うから」

そんな・・。

僕の頭を撫で、翼は耳元で続ける。

「今度僕から玲司をデートに誘ってみようかな?サークルで実は葵から意地悪されてるって言ってみようかな?」

ぎくりと振り返った僕に、翼はニコッと嗤ってみせた。

「・・ま、せいぜい頑張って僕を楽しませてよ、葵チャン。早々に潰れちゃダメだよ?」

 

その時ちょうどホームに電車が滑り込んできた。翼はじゃあねとニッコリ笑うと颯爽と帰っていった。

 

呆然とする僕を置き去りにして。

僕はとんでもない悪魔に出会ってしまったのだった。

 

 

『孤立』

 

 

一人とぼとぼと帰路に着く。とは言え、家には帰りたくなかった僕は、近所の喫茶店に寄って行くことにした。

窓ぎわの席で、秋めいてきた寂しげな空を見上げため息を吐く。

翼、あいつ・・

要は玲司が好きなんじゃなくて、僕が苦しんでる様が見たいってこと?

そんで、そのためには玲司とくっついて見せるのも辞さないよ、ってこと?

ああやって手の内を明かしてみせたのは、周りに翼の本性を話しても誰にも信じてもらえない僕の苦悩を、更に楽しみたいからってこと・・か?

そこまで思い至って背筋がブルッと震えた。翼怖すぎ。サイコパス野郎じゃん。

 

美しく生まれ、実家もお金持ちで、何でも持つが故に暇つぶしが欲しいってことなのか?

そしてその生贄のターゲットに僕が選ばれ、僕の勝ち目は全然ないって状態ってことで・・!

サアアッと血の気が引くのが自分でも分かった。あいつの瞳の色からして、奴は本気だ。

本気で僕を潰しにかかってきている。
なのに玲司は、断然翼の味方で・・

大学、辞めるべき?
ああでも苦労して入ったのに・・学費工面してくれてる父さん母さんに申し訳ないし。

ああ、どうすれば良いんだろう・・・!

絶望的か気持ちが支配していく。

ああでもないこうでもないと一人で考えるが、何も有効なアイディアは出なかった。

だってそうだろう。何もかも自分の上位互換の相手に、そもそも勝てる訳がないのだ。

 

結局、ひとり翼対策会議は進まないまま、コーヒーを飲み切ってしまいそのまま帰ることにした。

 

外に出てみれば、だいぶ日が沈んで風は冷たくなっていた。家までちょっと歩くんだよね・・

今日はちょっと薄着で来ちゃったの、失敗だったな。

寒い空気の中、塞ぎ込んだ気持ちで歩き出す。

 

こんな日こそ、誰かに強く抱きしめて欲しかった。

 

 

その日の夜、何だか寒気がする気がして僕は晩御飯も食べずにベッドで毛布にくるまっていた。

やばい、風邪引いたかも・・
弱り目に祟り目だよ本当・・

うつらうつら寝て起きてを繰り返し、夜22時。

ガチャリと扉が開く。玲司がバイトから帰ってきたみたいだ。

・・悪寒にブルリと震えた。やばい、熱出てる。

 

「・・おかえり!なんか僕さ、熱でちゃって・・」

あれ、玲司なんか怖い顔して、る・・?

すたすたとベッド間際まで玲司は来ると言った。

「お前、今日あのあと翼を置いて先帰ったって本当?」

「・・は!?」

「あの後気になって翼にLINEで聞いたんだ。大丈夫だったかって。
そしたら、翼がまだゼエハアしてるのに葵が用事あるとかなんとか言って先帰っちゃったって・・葵のこと怒らないでくれって言われたけど!

お前って本当冷てえな!翼に嫉妬してんのかよ!?」

「そんなことしてないよ!?」

頭がグラグラする中で必死に答えた。
やばい、翼がついに始動しだしたんだ・・!

「じゃあ翼が嘘ついてるってのか?アイツは嘘なんか着くような奴じゃない!」

「・・いや、じゃあ僕は嘘つく様な奴ってこと!?」

「そうは言ってないだろ!」

「言ってるよ!!」

話が全く噛み合わない。
なのに僕が悪者ってことになってる・・!

翼に関して、玲司はこんなにも盲目なのだと思い知らされた。僕を守るために、こんなに必死になったことないのに。心臓がギュウッと苦しくなった。

「・・とにかく!翼にはちゃんと謝ってくれよな。可哀想だろ過呼吸なんだぞ。
はぁ・・」

 

そういって玲司は居間の方に言ってしまった。えっ僕風邪ひいて熱出てるんだけど・・心配じゃないの?

しばらくして居間のテレビの音が聞こえだす。バラエティ番組のギャハハという声が癪に触った。

 

暗闇の中で、ぽろりと涙が頬を伝った。
つぎつぎと溢れるそれを、枕が優しく吸い込んでいった。

翼がそんなに大事なんだね、玲司・・

 

翌日。起きるとおでこに冷えピタが貼ってあって、ベッドサイドのテーブルには風邪薬と水。
一応の僕への関心があることにむしろ驚いた。

だけど態度はそっけない玲司に、僕は深く傷ついていた。そうだよね、本当に心配なのは翼だもんね・・。

 

翌週。学校に行ったらとんでもない事態に発展していた。

何故か僕が翼に嫌がらせしてるってことになってて、話したこともない同級生にむちゃくちゃキレられた。

「あなたどういうつもり!?」
「翼くんが羨ましいんでしょ!」

僕の弁解なんて、誰も聞いてくれない。
元々人見知りであまり友達のいない僕には、あまりにも劣勢だった。

本来僕の居場所のはずの大学は、知らない間に一気に翼の牙城にされていた。

 

 

授業なんて到底受けられる状態じゃなくて、校舎の裏庭の方へ逃げ出した。病み上がりの身体には、キツかった。

 

『僕ねぇ、他人が困った顔見るのが大好きなんだ』

ニコニコと嗤っていた翼の顔が、脳裏に蘇った。

ドクンと心臓が嫌な感じにうねった。

それと共には、はァッと呼吸が荒くなる。

やばい、これこのままいくと本当に過呼吸みたいなやつになるんじゃないか。

座り込んで芝生に手をつく。昨晩雨の降った芝生はじっとりとして、膝がじわじわと濡れて気持ちが悪かった。

息が、苦しいー・・!

その時、ちょうどたまたま携帯が鳴った。亮からのLINEだった。

『葵いま学校来てる?』

というメッセージに、無心で

『たすけて がっこ うらにわいる』

とだけ打ち、僕の意識は闇に飲まれた。

 

闇の中でアイツがいつまでもいつまでも僕を嗤っていた。

 

 

続く
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