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【doll#1】記念日の裏切り

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彼には大学の入学式、その初めて会った日に『一目惚れしました付き合ってください』って言われたんだっけな。


大学で明らかに一番の男前で、背もすらりと高くて注目を浴びていた彼。


一方僕は平凡な容姿で、どこにでもいる普通の大学生。

特徴があるとすれば、柔らかい髪質、男にしては大きな瞳が少し吊りぎみで『猫みたいだね』って周りによく言われることぐらい。

こんな素敵な人が僕に一目惚れとか何でなんだろう、でも人生一番の幸運だ!なんて感激したもんだった。

でも・・

彼は付き合いだすと、ことごとく言った。

『こういう服着てみてよ』

『こういう髪の色にしてみて!似合いそう』

最初はそういうのが単純にタイプなんだと思ってた。だから彼の架空の理想に近づこうと努力した。
僕たちが一緒に住む様になると、それは尚更顕著になった。

鞄はこういうデザイン、スマホカバーはこれにしたらって感じで。

こだわりが強い人なのかなあと思っていたんだけど。
 


ある日の夜。彼が携帯を握りしめたまま寝落ちしていた時。

何となしに見てしまった画面。

それは彼ともう一人男の子が並んで写ってる写真だったんだけど・・


その子が僕によく似ていたんだ。猫っぽい顔立ちに柔らかい髪質。

髪の色も服装も、僕と全部同じ。

いや、僕があっちに寄せたという方が正しかったが。

でもたったひとつ違いはあった。明らかに写真の子の方が、僕よりずっとずっと美形だったってこと・・。

 
並んで写る彼の嬉しそうな顔といったら。こんな顔、見たことなかった。

直感した。僕はこの子の代わりなんだって。

不可解な一目惚れの謎と、服装や持ち物の指定の謎が、悲しく解けた瞬間だった。


 
 
『doll』


 
 
翌日の朝。おはようとギュッと僕を抱きしめてきた彼。


彼の大きな背中に手を回してギュウ~ッする時、僕はすごく幸せだったけど。今は虚無感でいっぱいで、力
なくおはようとだけ答えた。


『ね、君、本当は別に好きな子いるんでしょ!』

『僕に一目惚れしたとか、この大ウソつき!!』

なんて言葉が溢れてしまいそうだった。

でも、そんなこと言っちゃいけないんだ。

「どうしたんだよ?何か今日元気ないじゃん」
そう僕の髪をくしゃっと愛おしいそうに撫でた彼。

「ううんちょっとまだ眠いだけだよ」

そう笑ってみせた。

ー・・本当は撫でたいのは、あの子の髪なんだろうな。そう思うとズキンと心が痛んだ。
 


大学まで一緒に行き、並んで授業を受ける。授業の時だけ黒縁のメガネをしてる彼は、悔しいけどまた違った雰囲気でカッコ良かった。


正直授業の内容がまったく入ってこない頭で考えた。
・・てかさ?僕と付き合ってるってことは、その写真の子に彼は振られたか、脈がないってことだよね・・?


ならさ、良くない?別に浮気してるとかじゃないんだし。好きな芸能人に似た人を好きになるとか、きっとそういう感じだよね。

僕には超が付く程もったいない彼。

代理だろうがなんだろうが、それで良いじゃないか。むしろあの子にほんの少し似てるから選んで貰えたんだぞ、僕は。


むしろ感謝じゃないか。代わりのお人形さんは嫌だなんて贅沢を言うな、僕。

それに文句を言って『じゃあオマエはもういらない
よ』って言われてしまうことが、僕は何より怖かった。
 

 
もう少しで付き合って1周年というある日。記念日は

お祝いしようねと前から約束していた。

だけど、夕食時に彼がウキウキで言ってきた。


「そういえばさ、俺の幼馴染が浪人してたんだけど今年受かったんだって!それでこっちに出てくるらしいんだよ」

彼の表情から、ピンと来た。あの子だ。

そんな嬉しそうにしないで。心臓がギュッと冷たい手で掴まれた。


「んでさ、来週の日曜に引っ越し手伝うことになったから」

ニコニコと彼は言う。

でもそんな、来週の日曜は僕らの記念日じゃないか。
それに一人暮らしするんだ、あの子・・?嫌な予感で心がザワザワした。
 
「・・そうなんだ、行ってらっしゃい。色々手伝ってあげてね!」

色んな思いに蓋をして、ニコリと微笑んで僕は言った。

記念日を忘れられることぐらい、大したことないさ。ここで縋るなんてみっともない。悲しくなんかない。
 
うまく笑えてたかな。
 
 
 
当日、引っ越しの手伝いをすると言ってわざわざ早朝7時に起きて準備をしている彼。

そんな急がなくても良いと思うけどねと、半ばやけっぱちな気持ちで内心毒づいていた、かわいくない僕・・。

でも。

「まあどんなに遅くても17時にはこっち帰ってくるよ。晩飯はお前と一緒に食べるから。てか今日、俺たち記念日だったよな。うっかり忘れててホントごめんな。どっかで美味いもん食おうぜ」


そんな彼が言った出かけ際の言葉に、心がフワッと軽くなった。涙出そうになるのを堪えた。良かった、忘れられてなかった!

「そいえば記念日だったね、僕もうっかりしてたや」
なんて彼をフォローした。

「また連絡するから!」


その言葉に安堵して僕は彼を送り出した。
 

しかし・・

彼は出かけて行ったっきり、何も連絡を送ってこなかった。

普通さ、昼くらいに一回もうすぐ終わるとか、何時ので帰るねとか、あるんじゃないの?

イライラが募る。

しかし無常に時は経つ。

14時。連絡なし。おやつ休憩中かな?くそ!

16時。痺れを切らして僕から連絡を入れた。

『おつかれさま~!引っ越し作業終わった?もう帰りかな?』

慌てて返事が来るものと思っていたら。

17時になってもそのメッセージは未読のままだった。

そんな。17時には帰ってくるって言ってたのに。嘘つき。

タチの悪い不安がジワジワと心を支配していく。

18時。『もうそろそろ帰ってくるのかな?今どのあたり?』

またLINEを送ったけど、全然既読にならない。

20時。

イライラと不安で震える心。それらが最高潮になったところで、ようやくピンポンとインターホンが鳴った。

やっと!という思いで出た。そしたら郵便で。
ちくしょうと心からガッカリして、再度彼を待ちわび・・

22時。哀しい気持ちで僕は夕飯も取らず風呂にも入らず待ち続けた。

嘘だよね?僕たち、記念日なのに。

そんな日にあの子と一緒にいるの?今日じゃなきゃダメそれ?


やがて時計の針は24時をまわり・・。
 
 
結局彼は、その日家には帰ってこなかった。
午前6時。大量の僕のメッセージはずっと未読のま
ま。絶望が僕を包んでいた。


 
続く。


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