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終章 もう少し夢は続いていく

ヴァラレイス=アイタンのこれから

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 俺は桃葉の区域に帰ってきていた。昼頃の街道は人通りが多く、ベンチではランチを楽しむカップルがいたり、喫茶店のテラスで日常を満喫している老人がいたりする。悪夢の事件など欠片も感じられない気分のいい光景だった。

(……うん、平和な日常が一番だ)

 やがて道は街から外れる。すると質素な一軒家が佇んでいるのがわかった。つまり自宅にようやく帰って来られた訳だ。
 玄関の扉を開くと中へ入っていく。外が昼間なのに対し、家内は薄暗くなっていて、壁には非常用の照明具が、ぼんやりと点灯している。こちらも吸明液が使われており、光の保存性を高めるための特別仕様になっていて、小さく発光する代わりに、長期の照明が出来るものだ。
 ここで靴をきちんと脱いで――ダイニングへと向かっていく。薄暗いのは、窓から差し込む外の光を、黒いカーテンで遮っているからだ。ちなみに二階は普通に明るい。

「……ただいま。いるよなぁ……ヴァラレイス」

 ほとんど真っ暗なダイニングに向かって、俺は声を放った。

「――ああ、いるさ。私がどこに行くと……? 外がこれほど明るくては、出歩きたくても出歩けない、そう言ったはずだろう……」

 ソファーに寝そべっていたヴァラレイスが、こちらに手を振ってくれる。

「……そっか、けど……ずっと家にいて退屈じゃないのか?」
「――退屈だ。けど、何もすることはない」
「……相変わらず、朝からその位置なんだな」
「相変わらずでもない。見ろアレを……」

 ヴァラレイスが指し示したのは、テーブルの上に置かれた小さな植木鉢だった。

「あっ……芽が出ている。ヴァラレイスこれは――」
「はぁ~~、枯れてしまえばいいのに、お前が気色悪い愛情とやらを注いだおかげで、芽が出てしまったじゃないか……希望華の芽が……」
「……そうか、出てくれたんだ」


 植木鉢からは小さな小さな光のような黄金色の芽が顔を出していた。

「――これがヴァラレイスの希望かぁ、まだ芽が出ているだけなのに綺麗だなぁ……」
「――感想を述べない。気色悪い。というかここに置いておくな。凄く目障りだ」
「自分で玄関にでも置きに行けばいいじゃないか」
「だから――私は希望華に近寄るわけにはいかないんだ……万が一触れでもしたら、希望は――私から絶望を取り除く亀裂を作り出してしまう。そうなったら皆に絶望が降りかかって苦しんでしまうんだ。だから――自分の部屋にでも持って行って、一人で眺めてニヤついていろ……」

 無感情な投げやりな態度を見せた。

「……ふーん。じゃあここに置いておこう」
「――話を聞いていなかったのか?」

 無感情なイラつきが来た。

「聞いていたさ、だから置いておくんだ」
「どうしてそうなるんだ」
「……要するに君は希望華を見ていると、昔の自分を思い出してしまって恥ずかしいんだろ? けど、あらゆる負々敗々の因果を背負うヴァラレイスはそれすらも受け取らなくてはならないと思うんだ……この世界で今も誰かが恥ずかしさに悶え苦しんでいる代わりにさ。だからここで君は恥ずかしがっていればいいんじゃないかな? そうすれば――」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! ――言ってはならないことを言ったな! ――これが私の本当の姿だと――言ってはならないことを言ってしまったな!」

 珍しく感情が表に出てきていた。

「……いや、君の姿とまでは言っていないけど、もしかして君から見ると、これは自分の全裸になって――」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! わかったわかった、恥ずかしさの苦しみと一緒にいればいいんだろ。そうすれば、皆が苦しまなくなるんだろ。いいさ、ここで肩代わりしてやろうじゃないか」
「ごめん。意地悪しすぎたかも……」
「……私を誰だと思っている? フン、意地悪結構、恥辱上等、全苦痛代行。今日もヴァラレイス・アイタンは、唯一無二にして絶対永遠の最敗北者。そういう者であり続けるさ」

「……可愛らしいな」
「――気色悪い」

 ヴァラレイスが呟いた。
 俺は鞄からから、先ほど購入した一本の竹筒を取り出して、彼女に渡してあげた。

「なんだ、これは……? 飲み物か? 別に飲食の必要はないぞ……」
「飲んでみてほしいんだ」
「……フン」

 慣れない手つきで竹筒の栓を開け、興味なさげに中にある液体を口に通していく。

「…………それで? お前たちはこれを飲んで日々暮らしているのか?」
「いや、最近出て来た飲み物なんだ……試しにどうかなって思ってさ。お気に召さなかったか……?」
「――私にとって、飲食全般に言えることだが…………何を飲んでも水と変わりない、そもそも味が分からない、しかし舌触りは感じるな。この刺激、皆は痛くないんだろうか……」

 彼女はゴクゴクと残りを飲み干していく。俺も一気に飲み干して空にしてやった。

「――それで、最終焉郷に戻れなくなったヴァラレイスは、これからどうするんだ?」

 俺は椅子に腰掛けて訊いてみた。

「どうするって、まるで他人事みたいに……お前が私をこの世界に導いたんだぞ? なのに帰すことも出来ないなんて、おかげで戻れなくなってしまったじゃないか」
「――だから責任は取るよ。ずっとこの家にいてくれていい。一生俺が面倒を見てあげるから、養ってあげるから」
「き、気色悪い……」

 無表情でドン引きする。

(……フラれてしまった)

「はぁ~~、どうしたものか。私がここにいたらきっと皆の迷惑になるのに……」
「じゃあ、探すしかない。キミを帰す方法を……」
「……何か思いついたのか?」
「いや、それはまだだ。でも……きっとある。だってこの世界はキミの残してくれたものが、まだ眠っているんだから」
「……私が残した物か」

 無感情の忌々し気があった。

「そうさ、希望はまだ、ここにもある」

 薄暗い部屋の中で黄金に輝く希望華の芽が見えている。まるで、ここから進むべき道を見失わせないように。一方のヴァラレイスは目を逸らし、ソファーに顔を埋めて暗闇に浸っていく。
 けれど俺は希望を見続けて心の中でこう呟く。

(だからそれまで、もう少しこの夢は続いていく……)

 俺は薄暗いダイニングで、顔をソファーに埋めてしまった彼女を見続ける。
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