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第四章 希望華

純黒苦血の能力

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 自動昇降機が使用できなくなったので、それからは階段で上をと目指していくことになり、そして現在、一八階に到達していた。
 暗がりの廊下を進んでいると、悪夢の瘴気というモノが濃くなっていたせいか、気分も身体も重くなってくる。

(あと二階で最上階……そこにあるはずの絶望華を何とかすれば、全てが解決するんだ。もう少し頑張れ……俺……)

 重くなっていた足腰をなんとか動かす。

「……気分が優れないか? 丁度良かったなお前に休憩時間が到来したぞ」
「――――休憩? いや、俺は大丈夫だ……まだまだ行けるさ」
「違う、前を見ろ…………」
「――!?」

 暗がりの廊下に目を凝らしてみると、奥から影の集団が覚束ない足取りで歩いてきたのがわかった。一〇、二〇、三〇、四〇、五〇とどんどん増えていく影は全て人だ。それもほとんどが高齢の老人で重苦しい長老の装束を身に纏っている。

「そーら、お勤めを果たしに来たみたいだぞ……」
(恐らくはこの国会樹治塔のお偉いさんたちだ……)

 老人たちは、その微かに動く口元で皆して同じような言葉を紡いでいる。簡単にまとめると、不老でありたい、不死になりたい、というとても叶いそうにない悪夢を口にしていた。

「まぁ、あれくらいの年齢にもなれば、そういう悪夢を見てしまうのも仕方のないことだ」
「あの全員が植樹肉者……ヴァラレイスどうするつもりだ?」
「私が相手をすると言っただろ? いいからホロムは床にでも座っていろ」

 彼女が手で示唆して来たので、その場に腰を下ろして見守ることにした。
 ヴァラレイスは着物の袖を振り仰いで、お偉いさんたちと向かい合う。

「さて、私は先祖の代表というわけではない。けど、お前たちの見る悪夢の権化の果てに変わりはないだろう。……不老不死、いや、それ以上に悍ましいモノを腹に抱えてしまっているが、その成れの果てから言葉を一つ贈っておこう」

 静かに語るヴァラレイスは、袖から髪切り小鎌を取り出して、着物の袖をバッと払う。

「不老不死、それは永遠の苦渋と絶望に行きつくだけだ……だから、悪夢からさっさと目を覚ましてしまえよ……」

 赤子をあやすような安らぎのある口調は、きっと彼女なりの悪夢の和らげ方なんだろう。

「「「うううおおおおおおおあああああおおおおおお!!」」」

 だが、言葉が引き金になるように、お偉いさんたちは一斉に叫びだし、各々が自身の持つ悪夢力を現実に発現させて、その姿を――まるで小説や創作物に出てくるような魔物の形状へと変貌を遂げていく。

(――!? 悪夢の形は、こんな化物にまで、人を変えてしまうのか。相手は、五〇人もいるみたいだけど、ヴァラレイスは本当に大丈夫なのか? に、逃げた方がいいじゃないのか?)

 俺はチラリと視線を彼女に配る。彼女は無感情で冷静な顔つきのまま、髪切り小鎌で手のひらを切り裂いて、純黒苦血をダラダラと滴らせていた。

「「「――ウウウオオオオオガアアアアアアア!!」」」

 魑魅魍魎の姿に化けたお偉いさんたちが、一斉にヴァラレイスへと迫り出た。駆け出し、飛び出し、襲い掛かっていく。彼女の背後にいるはずなのに、俺の方が逃げだしたいくらいの悍ましい光景になっていた。だから俺は立ち上がってその場から動こうとして、

「――だから座っていろ。すぐに済む」

 ヴァラレイスは真っ黒い血が滴る手のひらを、迫りくる化け物たちに向けていた。

「――五〇の地獄手輪――」

 彼女がそう口にした――瞬間、手のひらから純黒苦血が一気に噴き出した。ただ血が噴き出したのではなく、まるで黒い布がバッと広げられるような様でだ。さらに五〇の黒い腕に枝分かれしていくようにバラけていく。
 猛スピードで伸びる五〇の黒い腕は、化物となったお偉いさんの首元に、それぞれが正確に食らいついていた。床で、壁で、宙で、黒い腕に掴まれた化け物たちは、藻掻くどころか身動き一つ取れず、完全に活動を停止していた。

「「「う、うううぅ、ああ、ぐがあぁ、あががぁ、うああぁ」」」

 無力化された化物たちは――ビクビクと痙攣し呻いている。

「……ど、どうなったんだ? 捕まえて……何をしているんだ?」
「――黒い腕で首元に食らいつき、そのまま口に純黒苦血を流し込んでいる。動かなくなったのは私が身体の自由を掌握しているからだ」
「ゆ、輸血中なのか? 苦しむはずじゃ……」
「ご老体だからな……あまり苦しませるとショックで逝ってしまいかねないから、私が肩代わりしながらことを済ませている」
(……この状態で五〇人の苦しみを肩代わりしているっていうのか? それでもキミは表情一つ変えないのか?)
「……私にとって、これくらいでは苦しみの内に入らない」

 ヴァラレイスは軽く言い放つ。そして、お偉いさんたちが元の姿に戻ることで、荒治療が終わったことを知ると、一人一人、そっと床に降ろして寝かせていた。同時に手のひらから伸びてた黒い腕も彼女の内側へと戻っていく。

「これでわかっただろ……私の内側には黒い物しか入っていないんだ。だから、お前はこれ以上、悪夢に憑りつかれるんじゃないぞ」

 彼女は倒れたお偉いさんたちを避けながら、廊下の奥へと進んで行った。
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