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第一章 日常
そろそろ夕食の時間
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「きっとその人の元へ行くことが出来て、俺のことを天国で見守ってくれていると信じたくなったんです」
「そうか……」
「ゴダルセッキさん……ヴァラレイスは全ての負と敗を代わりに背負ってくれたはずなのに、俺の両親は命を落としてしまったのは……なぜでしょうか……?」
「親子だな。やはり君も信じているか、この古き文の伝え、古文伝を……」
「昔は信じていませんでした。けど、父さんたちが亡くなってからは、きっと彼女が事故に遭わせてしまった代わりに天国に導いてくれて、俺のことを見守ってくれていると信じたくなったんです」
「そうか……」
ゴダルセッキさんは顎に手を当て、少し考えているようだったが、やがて口を切り出す。
「私が思うに、ご両親はヴァラレイス・アイタンに深く関わりすぎたのではないだろうか……」
「関わりすぎ……それは、歴史家の立場が父さんにはありましたから……」
「――それだ、歴史家のグラル氏がヴァラレイスという存在に関わりすぎたことで、負々敗々の因果が、彼を全世界にとって何か不都合な存在と認識し、ヴァラレイスの肩代わりの力で――」
「――彼女はそんな存在ではないと思います」
はっきりと否定した。それ以上は聞きたくなかったから。
「……すまない、少々話が過ぎたな」
「いえ、聞いたのは俺ですから……非ならこちらにも……」
ゴダルセッキさんはソファーに腰を下ろした。
「……どうも、ここにいると沈んだ話題になってしまうようだ。これも少女が近くにいるように感じるせいかもしれないな。ははは」
「……かも、しれないですね……(……彼女が、俺の父さんと母さんを事故に追いやったわけがない……あんな幸せそうな顔をする彼女が……)」
大壁画の少女は相変わらず、綺麗な笑顔を浮かべていた。
「――では、俺はそろそろ帰ります」
俺はソファーから腰を上げる。
「そうか、ではなホロッ――ゴホッゴホ! ゲオホ、ゴホ!」
突然、ゴダルセッキさんが咳込んだ。
「――だ、大丈夫ですか!?」
「んぅ……あ、ああ、心配はいらない。おそらく日頃の疲れが出たのだろう。長老たちとの議論は、案外くたびれるものでな」
「そうですか。あまりひどいようでしたら、診療所にでも来てください」
「ああ、そうしよう……ではな。ホロム君」
俺はその場で軽くお辞儀をし、広間を出ようと歩き出したところ、ふと気になったことがあったので本人に聞いてみることにした。
「ところで、ゴダルセッキさんはどうしてここに訪れたんですか?」
「……なぁに、小さな不幸を肩代わりして貰えるように祈りに来ただけだ」
(そうか、この人も……俺と同じように少女に願うのか)
他に用もなくなったので俺は、そのまま大広間から出ていき、そして歴史会館から立ち去った。
仕事帰りの人、寄り道する学生、子供連れの主婦の行きかう大通りを一人スタスタと歩いて考え事に耽《ふけ》る。
(フェリカ迷わず帰れたかな……いや、馬車を利用すれば帰れなくなることはないか……俺も、ここから自宅までは結構かかるからなぁ……)
夕暮れに染まっている帰路は、道の両側に青い葉を茂らせる街路樹がある。木の一本一本に螺旋状に巻きつけた導線があり、備えつけられた豆粒大の照明具“吸明液”が、イルミネーションの役を果たすべくぼんやりと灯っている。
(家に着くのは夜中になりそうだな……夕飯は外で取ろう。あっ、そうだ、せっかく外にいるんだ、あそこで食事をしよう)
上を向きながら歩いていると、ふと視界にフォレンリースの時計塔が入り込んで、そういう考えになった。
(……どこかで持ち帰えられるタイプの食品を購入すればいいかな)
俺は時計塔に到達するまで、付近を歩き回らながら、手ごろな飲食店を探していた。
いくつかの店は見つけても、好みの商品が中々見つからなかったので難儀した。
(今日は、身体の血肉になりそうなものがいいんだよなぁ……)
そこで、スポーツ帰りの学生たちが集まっている移動式の屋台が目に留まった。
(ポテトスティックにソーセージかぁ……よし、ここのものを購入しよう)
俺は屋台の列に並んで順番を待ち、店員に目的の物を注文し、夕食を手に入れると、時計塔の方向へ向かうことにする。
けれど、俺は途中で足を止めた。
(……この重苦しい壁は、立ち入り禁止区域の壁か……?)
暗がりだったのでなかなか気付くことができなかったのだが、道の左側に高く分厚い壁がどこまでも続いている。俺は壁に沿って歩みを進めていると、壁の内側に続く大きな門に行きついた。
「そうか……」
「ゴダルセッキさん……ヴァラレイスは全ての負と敗を代わりに背負ってくれたはずなのに、俺の両親は命を落としてしまったのは……なぜでしょうか……?」
「親子だな。やはり君も信じているか、この古き文の伝え、古文伝を……」
「昔は信じていませんでした。けど、父さんたちが亡くなってからは、きっと彼女が事故に遭わせてしまった代わりに天国に導いてくれて、俺のことを見守ってくれていると信じたくなったんです」
「そうか……」
ゴダルセッキさんは顎に手を当て、少し考えているようだったが、やがて口を切り出す。
「私が思うに、ご両親はヴァラレイス・アイタンに深く関わりすぎたのではないだろうか……」
「関わりすぎ……それは、歴史家の立場が父さんにはありましたから……」
「――それだ、歴史家のグラル氏がヴァラレイスという存在に関わりすぎたことで、負々敗々の因果が、彼を全世界にとって何か不都合な存在と認識し、ヴァラレイスの肩代わりの力で――」
「――彼女はそんな存在ではないと思います」
はっきりと否定した。それ以上は聞きたくなかったから。
「……すまない、少々話が過ぎたな」
「いえ、聞いたのは俺ですから……非ならこちらにも……」
ゴダルセッキさんはソファーに腰を下ろした。
「……どうも、ここにいると沈んだ話題になってしまうようだ。これも少女が近くにいるように感じるせいかもしれないな。ははは」
「……かも、しれないですね……(……彼女が、俺の父さんと母さんを事故に追いやったわけがない……あんな幸せそうな顔をする彼女が……)」
大壁画の少女は相変わらず、綺麗な笑顔を浮かべていた。
「――では、俺はそろそろ帰ります」
俺はソファーから腰を上げる。
「そうか、ではなホロッ――ゴホッゴホ! ゲオホ、ゴホ!」
突然、ゴダルセッキさんが咳込んだ。
「――だ、大丈夫ですか!?」
「んぅ……あ、ああ、心配はいらない。おそらく日頃の疲れが出たのだろう。長老たちとの議論は、案外くたびれるものでな」
「そうですか。あまりひどいようでしたら、診療所にでも来てください」
「ああ、そうしよう……ではな。ホロム君」
俺はその場で軽くお辞儀をし、広間を出ようと歩き出したところ、ふと気になったことがあったので本人に聞いてみることにした。
「ところで、ゴダルセッキさんはどうしてここに訪れたんですか?」
「……なぁに、小さな不幸を肩代わりして貰えるように祈りに来ただけだ」
(そうか、この人も……俺と同じように少女に願うのか)
他に用もなくなったので俺は、そのまま大広間から出ていき、そして歴史会館から立ち去った。
仕事帰りの人、寄り道する学生、子供連れの主婦の行きかう大通りを一人スタスタと歩いて考え事に耽《ふけ》る。
(フェリカ迷わず帰れたかな……いや、馬車を利用すれば帰れなくなることはないか……俺も、ここから自宅までは結構かかるからなぁ……)
夕暮れに染まっている帰路は、道の両側に青い葉を茂らせる街路樹がある。木の一本一本に螺旋状に巻きつけた導線があり、備えつけられた豆粒大の照明具“吸明液”が、イルミネーションの役を果たすべくぼんやりと灯っている。
(家に着くのは夜中になりそうだな……夕飯は外で取ろう。あっ、そうだ、せっかく外にいるんだ、あそこで食事をしよう)
上を向きながら歩いていると、ふと視界にフォレンリースの時計塔が入り込んで、そういう考えになった。
(……どこかで持ち帰えられるタイプの食品を購入すればいいかな)
俺は時計塔に到達するまで、付近を歩き回らながら、手ごろな飲食店を探していた。
いくつかの店は見つけても、好みの商品が中々見つからなかったので難儀した。
(今日は、身体の血肉になりそうなものがいいんだよなぁ……)
そこで、スポーツ帰りの学生たちが集まっている移動式の屋台が目に留まった。
(ポテトスティックにソーセージかぁ……よし、ここのものを購入しよう)
俺は屋台の列に並んで順番を待ち、店員に目的の物を注文し、夕食を手に入れると、時計塔の方向へ向かうことにする。
けれど、俺は途中で足を止めた。
(……この重苦しい壁は、立ち入り禁止区域の壁か……?)
暗がりだったのでなかなか気付くことができなかったのだが、道の左側に高く分厚い壁がどこまでも続いている。俺は壁に沿って歩みを進めていると、壁の内側に続く大きな門に行きついた。
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