上 下
13 / 69
第一章 日常

そろそろ夕食の時間

しおりを挟む
「きっとその人の元へ行くことが出来て、俺のことを天国で見守ってくれていると信じたくなったんです」
「そうか……」
「ゴダルセッキさん……ヴァラレイスは全ての負と敗を代わりに背負ってくれたはずなのに、俺の両親は命を落としてしまったのは……なぜでしょうか……?」
「親子だな。やはり君も信じているか、この古き文の伝え、古文伝を……」
「昔は信じていませんでした。けど、父さんたちが亡くなってからは、きっと彼女が事故に遭わせてしまった代わりに天国に導いてくれて、俺のことを見守ってくれていると信じたくなったんです」
「そうか……」

 ゴダルセッキさんは顎に手を当て、少し考えているようだったが、やがて口を切り出す。

「私が思うに、ご両親はヴァラレイス・アイタンに深く関わりすぎたのではないだろうか……」
「関わりすぎ……それは、歴史家の立場が父さんにはありましたから……」
「――それだ、歴史家のグラル氏がヴァラレイスという存在に関わりすぎたことで、負々敗々の因果が、彼を全世界にとって何か不都合な存在と認識し、ヴァラレイスの肩代わりの力で――」
「――彼女はそんな存在ではないと思います」

 はっきりと否定した。それ以上は聞きたくなかったから。

「……すまない、少々話が過ぎたな」
「いえ、聞いたのは俺ですから……非ならこちらにも……」

 ゴダルセッキさんはソファーに腰を下ろした。

「……どうも、ここにいると沈んだ話題になってしまうようだ。これも少女が近くにいるように感じるせいかもしれないな。ははは」
「……かも、しれないですね……(……彼女が、俺の父さんと母さんを事故に追いやったわけがない……あんな幸せそうな顔をする彼女が……)」

 大壁画の少女は相変わらず、綺麗な笑顔を浮かべていた。

「――では、俺はそろそろ帰ります」

 俺はソファーから腰を上げる。

「そうか、ではなホロッ――ゴホッゴホ! ゲオホ、ゴホ!」

 突然、ゴダルセッキさんが咳込んだ。

「――だ、大丈夫ですか!?」
「んぅ……あ、ああ、心配はいらない。おそらく日頃の疲れが出たのだろう。長老たちとの議論は、案外くたびれるものでな」
「そうですか。あまりひどいようでしたら、診療所にでも来てください」
「ああ、そうしよう……ではな。ホロム君」

 俺はその場で軽くお辞儀をし、広間を出ようと歩き出したところ、ふと気になったことがあったので本人に聞いてみることにした。

「ところで、ゴダルセッキさんはどうしてここに訪れたんですか?」
「……なぁに、小さな不幸を肩代わりして貰えるように祈りに来ただけだ」

(そうか、この人も……俺と同じように少女に願うのか)

 他に用もなくなったので俺は、そのまま大広間から出ていき、そして歴史会館から立ち去った。
 仕事帰りの人、寄り道する学生、子供連れの主婦の行きかう大通りを一人スタスタと歩いて考え事に耽《ふけ》る。

(フェリカ迷わず帰れたかな……いや、馬車を利用すれば帰れなくなることはないか……俺も、ここから自宅までは結構かかるからなぁ……)

 夕暮れに染まっている帰路は、道の両側に青い葉を茂らせる街路樹がある。木の一本一本に螺旋状に巻きつけた導線があり、備えつけられた豆粒大の照明具“吸明液”が、イルミネーションの役を果たすべくぼんやりと灯っている。

(家に着くのは夜中になりそうだな……夕飯は外で取ろう。あっ、そうだ、せっかく外にいるんだ、あそこで食事をしよう)

 上を向きながら歩いていると、ふと視界にフォレンリースの時計塔が入り込んで、そういう考えになった。

(……どこかで持ち帰えられるタイプの食品を購入すればいいかな)

 俺は時計塔に到達するまで、付近を歩き回らながら、手ごろな飲食店を探していた。
 いくつかの店は見つけても、好みの商品が中々見つからなかったので難儀した。

(今日は、身体の血肉になりそうなものがいいんだよなぁ……)

 そこで、スポーツ帰りの学生たちが集まっている移動式の屋台が目に留まった。

(ポテトスティックにソーセージかぁ……よし、ここのものを購入しよう)

 俺は屋台の列に並んで順番を待ち、店員に目的の物を注文し、夕食を手に入れると、時計塔の方向へ向かうことにする。
 けれど、俺は途中で足を止めた。

(……この重苦しい壁は、立ち入り禁止区域の壁か……?)

 暗がりだったのでなかなか気付くことができなかったのだが、道の左側に高く分厚い壁がどこまでも続いている。俺は壁に沿って歩みを進めていると、壁の内側に続く大きな門に行きついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

あれ?なんでこうなった?

志位斗 茂家波
ファンタジー
 ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。  …‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!! そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。 ‥‥‥あれ?なんでこうなった?

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...