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序章 プロローグ
俺に芽生えた恋心
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その少女は全世界に望まれていた。
少女一人だけを不幸に突き落とせば、それ以外の全てには幸福が約束されるからだ。
大規模な儀式を幾重にも受け、全世界の不幸を肩代わりし、深い深い終焉へと落とされた少女。
名をヴァラレイス・アイタンという。
純黒の華たちと共に燃やされて、泥の中へと沈んみゆく少女は、最後にこう言った。
「未来永劫、全世界が勝者で居続けられますように……」
それが彼女の心の底からの唯一無二の願望だった。
「――そうして数千年間の時が流れて、僕らのいる時代に行きついたんだよね……」
僕は傍らに立っていた父さんに聞こえるように呟いた。
「そうなんだ。この少女のおかげで、今の父さんたちは何不自由することなく暮らしていけることが、未来永劫――約束されているんだよ」
僕は父さんに連れられて、ある街の歴史会館に訪れていた。
そこの大きな広間に設置されていた大壁画“永遠の最敗北者”を、二人でただただ眺めている。
数千年前に描かれたと言われる大壁画。その時代の生きている人たちが少女の最後を後世に伝えるために、当時の光景を丁寧に描写して残しておいてくれたようだ。
(父さんが言うには、壁画の材質である“ブラックストーン”は当時の技術では細工は不可能という話だったけど……)
その事実を壁画から滲みだしている少女の存在感が、否定しようと訴えてきている。
「いいかいホロム。この少女は今も父さんたちの代わりに苦しみ続け、この世界を幸福にしてくれているんだ。決して自分の人生を粗末にしてはいけないよ。でなければ、全世界のためにその身を挺して、不幸へと落ちていった少女の行為が、浮かばれなくなってしまうからね。そうなってしまったら、この子はきっと父さんたちの世界を恨み始めてしまうだろう。だから、毎日を大切に過ごすんだよ」
父さんは、僕にこれを言うために、ここに連れて来たのだと、十三才の子供なりに理解した。けれど――僕はこう答えた。
「この人は恨まないと思うよ」
「? どうして、そう思うんだいホロム……?」
「だってさ、この人に僕らの姿は見えない。この人に僕らの声は聞こえない。そして落ちてしまったらもうここへは来られない。出来ることがあるとしたら、未来はいいモノになったんだと、信じて祈り続けることくらいさ」
「…………どうやら、ホロムに教えるにはもう少し時が必要だったみたいだ。仕方がない。歴史家であるこのグラル・ターケンが頑張るしかないな。今もこの子がきっと我々を見守っているという事実を証明するために……また明日から仕事に邁進しようじゃないか。」
微笑みを交えて決意をしていた。
「お前にも、いつかきっと父さんが解らせてやるからな」
父さんは被っていた探険帽子を、子ども扱いするように僕の頭に押し付けて来た。
(……無駄だよ。だってこの人、数千年前に居ただけの故人なんだ。身体も心も何も残っていないのさ……僕らを見守れるはずがない…………けど、すごく綺麗な人だなぁ……ヴァラレイス・アイタンか)
僕はその時、大壁画の――不幸に落ちていこうとしてなお笑顔を浮かべるヴァラレイス・アイタン――に心を射止められてしまった。
それからだ。少女に対する恋心が芽生え始めたのは……
少女一人だけを不幸に突き落とせば、それ以外の全てには幸福が約束されるからだ。
大規模な儀式を幾重にも受け、全世界の不幸を肩代わりし、深い深い終焉へと落とされた少女。
名をヴァラレイス・アイタンという。
純黒の華たちと共に燃やされて、泥の中へと沈んみゆく少女は、最後にこう言った。
「未来永劫、全世界が勝者で居続けられますように……」
それが彼女の心の底からの唯一無二の願望だった。
「――そうして数千年間の時が流れて、僕らのいる時代に行きついたんだよね……」
僕は傍らに立っていた父さんに聞こえるように呟いた。
「そうなんだ。この少女のおかげで、今の父さんたちは何不自由することなく暮らしていけることが、未来永劫――約束されているんだよ」
僕は父さんに連れられて、ある街の歴史会館に訪れていた。
そこの大きな広間に設置されていた大壁画“永遠の最敗北者”を、二人でただただ眺めている。
数千年前に描かれたと言われる大壁画。その時代の生きている人たちが少女の最後を後世に伝えるために、当時の光景を丁寧に描写して残しておいてくれたようだ。
(父さんが言うには、壁画の材質である“ブラックストーン”は当時の技術では細工は不可能という話だったけど……)
その事実を壁画から滲みだしている少女の存在感が、否定しようと訴えてきている。
「いいかいホロム。この少女は今も父さんたちの代わりに苦しみ続け、この世界を幸福にしてくれているんだ。決して自分の人生を粗末にしてはいけないよ。でなければ、全世界のためにその身を挺して、不幸へと落ちていった少女の行為が、浮かばれなくなってしまうからね。そうなってしまったら、この子はきっと父さんたちの世界を恨み始めてしまうだろう。だから、毎日を大切に過ごすんだよ」
父さんは、僕にこれを言うために、ここに連れて来たのだと、十三才の子供なりに理解した。けれど――僕はこう答えた。
「この人は恨まないと思うよ」
「? どうして、そう思うんだいホロム……?」
「だってさ、この人に僕らの姿は見えない。この人に僕らの声は聞こえない。そして落ちてしまったらもうここへは来られない。出来ることがあるとしたら、未来はいいモノになったんだと、信じて祈り続けることくらいさ」
「…………どうやら、ホロムに教えるにはもう少し時が必要だったみたいだ。仕方がない。歴史家であるこのグラル・ターケンが頑張るしかないな。今もこの子がきっと我々を見守っているという事実を証明するために……また明日から仕事に邁進しようじゃないか。」
微笑みを交えて決意をしていた。
「お前にも、いつかきっと父さんが解らせてやるからな」
父さんは被っていた探険帽子を、子ども扱いするように僕の頭に押し付けて来た。
(……無駄だよ。だってこの人、数千年前に居ただけの故人なんだ。身体も心も何も残っていないのさ……僕らを見守れるはずがない…………けど、すごく綺麗な人だなぁ……ヴァラレイス・アイタンか)
僕はその時、大壁画の――不幸に落ちていこうとしてなお笑顔を浮かべるヴァラレイス・アイタン――に心を射止められてしまった。
それからだ。少女に対する恋心が芽生え始めたのは……
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