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第十一章 少年の頃の忘れ去られし記憶

第561話 魔討訓練

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 昼食を済せた十人の子供達は、午後の授業を受ける為、勇卵の城の中層にある眺めの良い広場に集まっていた。

 そして彼等の前にはヴィンセントと、五○体くらいいるパイトさん達が、城の外に向ける形で本を開いた状態で持って並んでいる。この本は全て魔物に関する図鑑の類だ。



「――第五四条――子に対する教えの術――七三項――先人達の既述よ、何も知らぬ無垢なる者の為に、ここに魔なる物の脅威を教えたまえ――」



 ヴィンセントが唱えているのは、聖法という魔法の対として多くの世界で知られるもので、神様などへの信仰心に深く関わる形で力を発現するものだ。





「――聖法――仮想魔物――」





 ――突如パイトさん達の持っていた本が光り出す、ヴィンセントの聖法が発動した。

 全ての光る本はページをバラバラとめくられて、そこから、数千、数万と影が次々と飛び出して、城よりも高く遥か上空に向かい、そして四方八方と色合界・ガークスボッデンの各地に飛び散った。その不安定な影は少しづつ何かが作り出されるように形を変えて、その姿が明確になっていく。

 その影は、図鑑に記された絵や情報を聖法が形にして作り出した偽物の魔物であり、子供達の訓練の為に用意、調整された仮想敵である。

 これから行われる――魔討訓練――その準備が今終わったのだ。

 そしてヴィンセントが口を開き、話を始める





「では皆みなさん! 魔討訓練を開始かいしします! 二人組になりましたね?」



 子供達は準備の間に二人組になって並んでいた。組み分けは、

 レールとファンタ、

 サシャープとダイグラン、

 クラッカとミハニーツ、

 カイザルとヨルヤ、

 そしてロードとムドウ。

 それをヴィンセントは見て確認した。



「これから四時間、皆さんには色合界各地で魔物を討伐してもらいます。どれだけ多く討伐出来か最後に成績発表するので他の組に負けないよう頑張ってください。一番になった組は、武器の片付けを免除しましょう」



 子供達は動きやすそうな服装に軽い装備、胸当、肩当、肘当、腰当、膝当、そのどれかを付けている程度だった。

 ヴィンセントは着ていたローブの一枚をめくると、そこから蝶が五匹、羽を伸ばしたまま滑るように飛んで、子供達のそれぞれの組の近くに行く。



「スーエル達が討伐数を計測して行くから、確認はそれでしてくれ」



 スーエルというその蝶は、ヴィンセントの召し使いとして働く存在で、パイトさんのように色々出来る訳ではなく、ただ羽模様を数字のように出来るだけで何かを数えるときしか仕事はない。しかしスイスイとか羽を動かさず舞まい、仕事の時間を喜んでるように見える。



「武器は好きなものを選んでいい。必要なら幾つでも持って行って構かまわない」



 子供達の後ろでは、並べられた立派な武器達が広場の殆どを占めている。



「但し、ロードは剣一本だけだ。キミはハンデを付けないと皆と競い合いにならないからね」



「……はい」



 両利きのロードは仕方がないとは言え、少しガッカリした。



「済すまないね……窮屈かもしれないけど我慢してくれ」



 ヴィンセントが言う内に、子供達は持って行く武器と数を決めていた。



「では、各自城の五つの橋をそれぞれ渡って始めてくれ」



 ヴィンセントが大きな卵型の時計を見て言った。それは四時間後に、光を天に伸のばし、また鳥の形となって鳴なき声が響くものだった。



 ――はい――と子供達が全員で返事をして、それぞれが五本の橋に向かった。









 色合界・ガークスボッデンそこは様々な異世界の環境が違和感を持って並ぶ一つの世界。そこに生命体はいない。植物も時が止まったかのように景色に溶け込んでいて、雨が降らないのに枯れることがない。植物の形をした背景なのかもしれない、謎の多い世界だ。

 今その世界の各地では数万体の魔物達が徘徊している。しかし、これは偽物だ。本物と見た目も動きも変わらないが、生命体ではない。

 だが、今まさに生命体である十人の子供達がその世界の環境の中を歩き、しかも偽物とはいえ魔物と戦っている。無論、危険地帯を今わざわざ通る必要はないので場合によっては避けている。









 子供達が勇卵の城から出て二時間以上が過すぎた。









「オオオオオオオオォォォォォォォォ!」



 ――剣が一閃! その断末魔の叫びを上げた魔物を討伐した。



「……はぁ……はぁ」



 軽く息を乱していたのはムドウ。

 魔討訓練が始まってから一切休憩を取っていなかったので、つい足を滑らして尻餅を付いていた。そのせいで魔物に攻撃の隙を許してしまったところ、ロードが間に割って入って、現在に至いたる。



「大丈夫か?」



 両利きのロードは右手を差し伸べて、座り込んでいた左利きの友人のその剣を持っていない右手を取って、助けて起こした。



「ああ……心配するな……足を滑らしただけだ……」



 ムドウはその証明として、余裕の笑えみを浮べた。



「……少し休憩にしよう」



 ロードが提案し、ムドウはその心遣いに頷いた。









 色合界・ガークスボッデン・積台地帯。

 そこはまるで高台の都市。誰かが積木をしたように、様々な大きさの高台があって組み立てれ、階段や橋のようなものがあるお陰かげで、自由に高台を行ったり来たりできるようになっている。

 ロードとムドウはとある高台の崖がけ部分に座って休憩していた。下まで二○メートルはあるだろうが、二人にとっては大したことのない高さだ。そこから見える高台のあちこちに魔物が何十体か確認できる。

 ちなみに高く聳え立つ勇卵の城の各塔の火は、この訓練時の為のもので城の位置を随時知らせている。



「……二時間で六九体討伐かぁ……このままなら百まで行くかな……」



 ロードが召し使い・スーエルさんの羽模様はねもようを見て言った。



「……すまない……競争だっていうのに……」



 水を飲んでいたムドウが言った。



「いいよ……競争以前に訓練なんだ……一緒に少しずつ倒して行こう」



 ロードは紙で剣の汚れを拭ふきながら、成績のことなど何も気にせず言った。



「流石さすが、一人で四○以上も魔物を倒した実力者……やはり私たちの中ではキミが一番勇者に近いな……」



 ムドウは自分のことではないはずなのに、それを誇るように言った。



「……そうかなー」

「ん?」



 ロードが小さく呟いたことで、ムドウはその声の主に目を向けた。剣の手入れをしたままだったが、明らかに落ち込んでいて、その顔には陰が見えた。



「ここにいる魔物達は、先生が訓練用に調整した偽物の魔物だ。動きや形は一緒でも、きっとどこか本物とは違う……」



 剣を拭き続ける手はそのままにロードが言う。



「……もし……本物の魔物と実際に遭遇したとき、人と戦うことから逃げ出すオレが、本当に魔物と戦えるかどうかわからない。そんなの……先生達の言う勇者から全然遠いだろ?」



 ロードは剣の手入れを続けながら淡々と言う。



「………………ロード……まだ……気にして……いるのか?」



 ムドウは言うか、言わないか、迷いながら言い切った。



「……………………さっき先生に言われたからでも、皆に言われだからでもないぞ……ずっと前から勇者に向いてないってオレも思って……」



 ロードは剣の手入れを終わらせると、ムドウの質問に答えた。





「違う…………私の傷の話だ……」





 ムドウは見当違いのロードの解答を遮って、ロードの思い煩うその核心に触た。

 自分の胸に左手を当てながら。

(そうだオレはムドウに……)

 青年ロードは思い出した。


「…………………………」



 その核心に触られたロードは黙り込んだ。



「あれからだ……キミが人と戦えなくなったのは、あの事故からだ……」





 ロードは自分の両手を見た。剣の手入れを終わらせた後、布で拭いた為、汚れが見当たらない綺麗な手だ。それが徐々に震え出すのを感じる。今でも鮮明に覚えているからだろう。あの日のことを。





 それは三年程前のこと。

 木製の武器と武器が打ち合う音が重なって連続して響く。

 修練場にて、ガリョウの指示のもと、その日、子供達は五組に分かれて模擬戦をしていた。

 そしてロードの相手はムドウだった。

 両者、利き手で剣を持って、打ち込んだり、受け止めたりしていた。どの組みよりも激しく、時折り無茶な戦い方だった。

 そう、そのときは気にしていなかった。まだ皆の実力にそれ程の差はなかった。ただし自分を除いて。

 自分の実力だけは、まだその友人達には遠く及およばなかった。



 だから、自分の攻撃が目の前の友人に当たることはなかった。ただの一度も当たることはなかった。全て受け止め流されていたのだから。

 だから、攻撃がまったく当たらないことに焦った。戦いにおいての自分のあまりの弱さに嘆いた。自分だけが皆と同じ勇者になれないことが恐しかった。だから。

 だから、信じていた。この友人には追いつかない。ならば、今ある自分の全力を受け止めて貰もらおう。だから。

 だから、もしこれが、本物の戦いだったのなら、目の前にいるのが人の形をした魔王だったのなら、倒さなくてはいけない。だから。

 だから、信じて剣を振った。全ての、自分の、生命の限界を絞り出すくらいの、本気の一撃。だから。



 だから、剣が光ったのだろう。

 だから、大きな刃になったのだろう。

 だから、友人が咄嗟に回避しても間に合わなかったのだろう。

 だから、当たってしまったのだろう。



 だから。







 友人の身体から赤い生命が噴き出した。



 辺り一面の木製の武器が、床が、持っていた剣が、赤い景色に染った。



 そして感じた、持っていた剣が切り裂いた、今まで感じたことのない感触が手に染みついたことを。



 そして感じた、辺りの木製の打ち合う響きが消えて、一人の大人の足音だけが響いた場を。



 そして感じた、何かに両手が温められていたことを。









 両手が友人の血で真っ赤に染まっていた。









 意識を戻す。

 赤く見えた両手をロードは力強く握り締め、手の震えを抑えつけた。



「ロード……気にしなくていい……キミに非がないのは、私はちゃんとわかってる」



 ロードのその姿を見て、ムドウは穏かに言った。



「何も知らなかったんだ……先生も仕方がないって言ってただろう?」



 被害者であるはずのムドウは、加害者であるはずのロードを励ます。



「それにもう三年も前の話だ……キミも昔と違ってあの力、生命の力と、少しずつ向き合っているだろう?」



 ムドウの今までのロードの頑張りを認めていた。そのことに関して責めるつもりもなかった。



「………………」



 ロードは何かを口に出そうとした。



「だから……もう苦しむことなんかない……何より……」



 ムドウの話の途中にそれは聞こえた。



「……でも」



 ロードがポツリと呟つぶやく。



「?」



 小さな声だったがムドウは聞き逃さない。



「……ムドウは痛かっただろ?」



 その言葉を発したのはロード自身だったが、その表情はとても痛そうだった。



「!!」



 ムドウはその言葉と表情に心を揺さぶらされた。



「オレが本気を出したせいで、ムドウは血だらけになって……あのときは何が起きたのか……全然分からなったけど……やったのはオレだ……オレの力なんだ」



 ロードの声が震え始めた。



「……もう少しで……もう少しで……」



 震える声と共に目に涙が浮かんでいく。



「……ムドウを…………殺すところだった」



 言葉と共に涙腺を崩壊させた。それはロードが世界で一番、言いたくない言葉だった。



「……………………」



 その痛そうに話すロードの声を、ムドウは受け取っていく。



「もし……もう一度……誰かと……稽古をすることに……なったら……今度は……本当に……誰かが……」



 むせび泣きながらもロードは頑張ってムドウに言葉を伝えようとする。



「怖い……んだ……それが……ずっと……ずっと……だから……皆に……剣は……向けたくない……」



 涙が溢れて止まらないが、今は言葉を伝える。



「……そんなこと……するくらいなら……勇者になんて……なれなくてもいい……」



 膝の上にあった両の手に力が加わっていく。何故、ただ言葉を発するだけなのに涙が出るのだろう。



「……でも……でもさ……」



 言いたくない言葉だった。それを言ってしまえば本当にそうなってしまうのではないかと、もう既にそうなのではないのかと、ロード自身が思ったからだ。それでも。



「人を殺す……魔物にだけはなりたくない!!」



 失敗に挫折しそうになる自分に言い聞かせるように、あるいは何か自分を左右する運命的なものに向けて、ロードは言った。

(これはオレ自身に言った言葉)

 青年ロードは胸を締め付けられた。
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