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無題(別視点)
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<セスティア家、ブランが帰された後>
「お父様、どこへ行くの……?腕が痛いわ、そんなに引っ張らないで……」
腕を引く父親へ、リリアは細い声で尋ねた。
屋敷の中を歩いているが、何故なのか使用人には一人も会わない。
ある時期から何割か人が減ったけれど、それでもこんなに会わないのは妙なことだ、とリリアは思う。
「姉がいないのなら仕方がない。お前がやるのだ、リリア」
抑揚のない声で淡々と宣言する父に、リリアがおびえるような声を上げる。
「どうして?リリアはやらなくていいって……」
「しかし、ローズはもういないのだろう?」
「他に、雇ってる人がいるはずでしょう……?」
そうだった、はずだ。
主だって儀式を行うのは姉だとしても、彼女一人で作業しているのではないと、そう……リリアは聞いていた。
でも、それを確かめたことはなかった。
「…………」
「……お父様、どうして、笑って……」
「ローズの代わりが要る」
「い、いや……だって……っ」
バシッ
「……お父様……?」
先に感じたのは熱だった。
弾けるような熱さがあって、顔がぐるりと横を向いた。
遅れて感じる痺れるような痛みに、頬を打たれたとようやく気付く。
「なぜ言うことを聞かない」
「……い、痛い……お、お母様!」
呆然と視線をめぐらせると、棒立ちの母が傍にあった。
転ぶようにその体へと飛びついて、母の服を掴む。
「リリア……」
「お母様、お母様!お父様がひどいのっ、わたし、頬を……!」
見上げて縋った母の顔は、表情というものが抜け落ちたようだった。
「あなたがいけないわ、リリア」
母の口から叱責が落ちる。
それは、まるで仮面が呟いたような有り様で。
「え……?」
「お父様の言うことを聞きなさい」
「お母様、どうして。
リリアはしなくていいって言ったじゃない、どうして……」
リリアは尋ねたが、母親はリリアを見ているようでどこも見ていないように眼差しを虚ろにして、そう繰り返すだけだった。
「お父様の言うことを聞きなさい、あの人の言うことを聞いていれば大丈夫よ……」
拒絶と、異様さに一歩下がる。
脳裏に浮かぶのは痩せ衰えた姉だった。
「いや……だって……お姉様みたいになったら……」
「何を恐れる。お前から見目を取ったら何も残らないからか?」
びり、と頭皮に痛みが走って顔をしかめる。
父が、桃色の髪を束にして掴みリリアの動きを制したようだった。
「っ……あ……」
さ、とリリアの顔が青ざめる。
美しくいなければならなかった。可愛くなければ。
そうでなければ視線が得られないと、育て上げられて来たからだ。
そうでなければ虐げられると、両親はずっと、行動でリリアに説いてきた。
血など何の保証にもならない。模範も倫理もこの親子間にはなかった。
二人に気に入られなければ、この屋敷においては、何の意味もないと、それだけをリリアは知っていた。
「リリア、お前は愛らしいな。愛らしさしかない。中身は空だ」
強く掴まれた腕を引かれ、苦痛と恐ろしさで視界が揺れた。
打たれて痛む頬へ涙が伝う。
「余計なことをしなければ良かったものを。
着いていく相手を間違えるとどうなるのか、よく覚えておくことだ」
「は、離して……お父様……」
だって。
両親がずっと、いなかったから。
あの人は両親に気に入られていたから、意向に添わなければいけないと……
「いや、離してお父様っ……いやぁ!」
「お父様、どこへ行くの……?腕が痛いわ、そんなに引っ張らないで……」
腕を引く父親へ、リリアは細い声で尋ねた。
屋敷の中を歩いているが、何故なのか使用人には一人も会わない。
ある時期から何割か人が減ったけれど、それでもこんなに会わないのは妙なことだ、とリリアは思う。
「姉がいないのなら仕方がない。お前がやるのだ、リリア」
抑揚のない声で淡々と宣言する父に、リリアがおびえるような声を上げる。
「どうして?リリアはやらなくていいって……」
「しかし、ローズはもういないのだろう?」
「他に、雇ってる人がいるはずでしょう……?」
そうだった、はずだ。
主だって儀式を行うのは姉だとしても、彼女一人で作業しているのではないと、そう……リリアは聞いていた。
でも、それを確かめたことはなかった。
「…………」
「……お父様、どうして、笑って……」
「ローズの代わりが要る」
「い、いや……だって……っ」
バシッ
「……お父様……?」
先に感じたのは熱だった。
弾けるような熱さがあって、顔がぐるりと横を向いた。
遅れて感じる痺れるような痛みに、頬を打たれたとようやく気付く。
「なぜ言うことを聞かない」
「……い、痛い……お、お母様!」
呆然と視線をめぐらせると、棒立ちの母が傍にあった。
転ぶようにその体へと飛びついて、母の服を掴む。
「リリア……」
「お母様、お母様!お父様がひどいのっ、わたし、頬を……!」
見上げて縋った母の顔は、表情というものが抜け落ちたようだった。
「あなたがいけないわ、リリア」
母の口から叱責が落ちる。
それは、まるで仮面が呟いたような有り様で。
「え……?」
「お父様の言うことを聞きなさい」
「お母様、どうして。
リリアはしなくていいって言ったじゃない、どうして……」
リリアは尋ねたが、母親はリリアを見ているようでどこも見ていないように眼差しを虚ろにして、そう繰り返すだけだった。
「お父様の言うことを聞きなさい、あの人の言うことを聞いていれば大丈夫よ……」
拒絶と、異様さに一歩下がる。
脳裏に浮かぶのは痩せ衰えた姉だった。
「いや……だって……お姉様みたいになったら……」
「何を恐れる。お前から見目を取ったら何も残らないからか?」
びり、と頭皮に痛みが走って顔をしかめる。
父が、桃色の髪を束にして掴みリリアの動きを制したようだった。
「っ……あ……」
さ、とリリアの顔が青ざめる。
美しくいなければならなかった。可愛くなければ。
そうでなければ視線が得られないと、育て上げられて来たからだ。
そうでなければ虐げられると、両親はずっと、行動でリリアに説いてきた。
血など何の保証にもならない。模範も倫理もこの親子間にはなかった。
二人に気に入られなければ、この屋敷においては、何の意味もないと、それだけをリリアは知っていた。
「リリア、お前は愛らしいな。愛らしさしかない。中身は空だ」
強く掴まれた腕を引かれ、苦痛と恐ろしさで視界が揺れた。
打たれて痛む頬へ涙が伝う。
「余計なことをしなければ良かったものを。
着いていく相手を間違えるとどうなるのか、よく覚えておくことだ」
「は、離して……お父様……」
だって。
両親がずっと、いなかったから。
あの人は両親に気に入られていたから、意向に添わなければいけないと……
「いや、離してお父様っ……いやぁ!」
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