上 下
40 / 96

出力の失敗

しおりを挟む
ノックの後、こちらの応答を待たずにドアが開いた。
アストが戻ってきたようだった。片手に、カップの乗ったトレイを持っている。

「外に居たらシスターに怒られた。客人にお茶も出さないなんて、だとさ」

「あぁ、ありがとう……そういえば、何も用意していなかったな。すみません、気が利かず……」

神官様が額の汗を拭いながら言った。わたしは慌てて手を振りながら否定する。

「いえ!わたしが急に来てしまったので……!あの、ありがとうございます」

神官様とアストヘお礼を伝える。
アストはテーブルの上にカップを並べた後、その内の一つを持って、ドア側の壁へと凭れるようにして立った。

「……で、何か分かったか?」

神官様がカップを持ち上げて一口を飲み、喉を潤わせてる。
わたしも倣うようにテーブルからお茶をもらって、カップを両手に包んだ。
暖かいお茶だ。種類はわからないけど、リラックスするような……いい香りがする。

神官様はお茶で唇を湿らせて、しばしの間カップの中の水面を眺めてから、口にした。

「ローズ様の……ここ数日の変化が見えました。しかし……」

そこで言いにくそうに言葉を切り、

「あの姿は、ここ数日だけのものではありませんね?」

そう言った。

「あの姿?」

アストが眉をひそめて聞き返す。あまりいい話ではないと思ったのだろう。
神官様がわたしを見る。話していいか、と聞いているようなその視線へ、わたしは頷いた。

「……ひどく痩せていて、疲労の度合いもとてつもなく濃いような姿だった。あれは、数日という期間ではそうはならないだろう」

「どういうことだ、説明してくれ」

神官様のお話に、アストがわたしへと視線を移す。
わたしは、少し迷ったけど正直に話すことにした。
この姿に……健康的な体になったのが、つい先日だということを。

「…………わたしの追放された領地では……魔石を回収するのも、研磨も、浄化も……わたし一人の仕事でした」

幼いころ、再鑑定を終えた日から始まった日々のこと。
塔と森を往復してモンスターを狩り、魔石を回収し、浄化にあたって一睡もせず塔の間へ籠っていたこと。
浄化の儀式の最中は、食事をとる時間も余裕もなくて……ほとんど、魔力だけで体を保っていたこと。

そんな生活を数年もの間続けて、骨と皮だけの姿になってしまったということ。

「そんな事が……」

「…………」

話すにつれて、二人が絶句するのが分かった。
ぽつ、ぽつと話すわたしの声を、二人は妨げずに聞いてくれる。
手の中のカップが、冷たくなって行くのがわかる。
声を出すのが、何だか苦しい。

「それで……塔を、抜け出して…………でも、力が、上手くコントロール出来なくなっていて……」


その時、ぐらっ、と視界が揺れた。
目の前の神官様が、歪んで、斜めの姿になる。
ゆらゆらした神官様の、焦ってるような顔が見える。



「…………?」

あ、違う、これ……

「おい」

「アスト、――を呼んで……」

これ、わたしが。倒れてるんだ。
二人の声が遠くのほうで聞こえる。

きもちわるい……


ガチャ……ン……

小さく、カップの割れる音が響いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。

みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。 主人公は断罪から逃れることは出来るのか?

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

婚約破棄?とっくにしてますけど笑

蘧饗礪
ファンタジー
ウクリナ王国の公爵令嬢アリア・ラミーリアの婚約者は、見た目完璧、中身最悪の第2王子エディヤ・ウクリナである。彼の10人目の愛人は最近男爵になったマリハス家の令嬢ディアナだ。  さて、そろそろ婚約破棄をしましょうか。

婚約破棄を告げた瞬間に主神を祀る大聖堂が倒壊しました〜神様はお怒りのようです〜

和歌
ファンタジー
「アリシア・フィルハーリス、君の犯した罪はあまりに醜い。今日この場をもって私レオン・ウル・ゴルドとアリシア・フィルハーリスの婚約破棄を宣言する──」  王宮の夜会で王太子が声高に告げた直後に、凄まじい地響きと揺れが広間を襲った。 ※恋愛要素が薄すぎる気がするので、恋愛→ファンタジーにカテゴリを変更しました(11/27) ※感想コメントありがとうございます。ネタバレせずに返信するのが難しい為、返信しておりませんが、色々予想しながら読んでいただけるのを励みにしております。

パーティー会場で婚約破棄するなんて、物語の中だけだと思います

みこと
ファンタジー
「マルティーナ!貴様はルシア・エレーロ男爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺の妃として相応しくない。よって貴様との婚約の破棄そして、ルシアとの婚約をここに宣言する!!」 ここ、魔術学院の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、ベルナルド・アルガンデ。ここ、アルガンデ王国の王太子だ。 何故かふわふわピンク髪の女性がベルナルド王太子にぶら下がって、大きな胸を押し付けている。 私、マルティーナはフローレス侯爵家の次女。残念ながらこのベルナルド王太子の婚約者である。 パーティー会場で婚約破棄って、物語の中だけだと思っていたらこのザマです。 設定はゆるいです。色々とご容赦お願い致しますm(*_ _)m

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー
公爵令嬢であるオレリア・アールグレーンは魔力が多く魔法が得意な者が多い公爵家に産まれたが、魔法が一切使えなかった。 そんな中婚約者である第二王子に婚約破棄をされた衝撃で、前世で公爵家を興した伝説の魔法使いだったということを思い出す。 冤罪で国外追放になったけど、もしかしてこれだけ魔法が使えれば楽勝じゃない?

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...