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序章
しおりを挟む『殿下! 見てください! この女はジュリーに毒を盛ったのです!』
――まるで、舞台役者がセリフを読み上げるかのように。或いは、演説家が聴衆に訴えかけるかのように、その声が広い会場内に響き渡った。そんな、美しい黒髪の宰相令息の言葉に、彼《か》の人の瞳が、侮蔑の色に染まる。
『ミネルヴァ、何故このようなことを……』
冷ややかな蒼い瞳が、鋭くミネルヴァを射抜いた。見たことのないような彼の人のその恐ろしい瞳に、ミネルヴァの視界は真っ黒に染まり、途端に息ができなくなる。すると脳に酸素が足りなくなったのか、ぐらり、と世界が反転した。しかし、この場には誰一人として、彼女に手を貸し、助け起こそうとする者はいない。
いるのは、貧血で倒れたか弱き淑女を取り押さえる、武骨な騎士のみ。ふと目を見やると、彼の人のわきには、指一本で人の息の根求めることができるという宮廷魔術師が控えていた。この息苦しさは、かの人の仕業か。
そう思いながらも、ミネルヴァは、叫んだ。否、叫ぼうとした。――この、無礼者! 殿下の護衛に過ぎない、貧乏貴族如きが、この私に何を! ――だが、口から紡ごうとした言葉は、ひゅ、と息の中に消えていき、その代わり、情けない喘息の様な咳に姿を変えた。
そんなミネルヴァを見て、彼の人が一言。
『――もう良い』
そう、ポツリと言い放った。彼の冷たい声が、その場に響く。その場にいた者は皆、その冷たい声から、氷の様な冷ややかな〝何か〟を感じ取った。ミネルヴァも例に漏れず、彼女はその美しい顔を真っ青に染める。社交界の花と呼ばれた彼女の面影は、もうそこにはない。
彼女の味方は、誰一人としていなかった。
『“罪人”を牢屋に連れて行け。刑は追って告げる』
殿下はそう言って、彼の背中に隠れるようにして震えていた少女の肩を抱き、大丈夫だと愛を囁く。
か弱く、誰かが支えてあげなくては、折れてしまいそうな儚げな少女。深みがかかった赤毛は綺麗に染めた上等の絹のように美しく、形の良いアーモンド型の翠玉の瞳は涙に濡れ――ミネルヴァはその恐ろしいほどの美しさに、身震いした。
朦朧としていく意識の中、ミネルヴァは彼女の淡い桃色の唇が僅かに弧を描いたような気がした。
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