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これも野球
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ベンチの柵を握りしめ康太は気が気ではなかった。右打席に入った銀二が静かに構える。初球のストレートを悠然と見送りストライクを宣告されベンチをちらりと見た。その表情に様々な感情が垣間見える。理不尽な理由で野球を奪われた怒り、意地を張って素直になれなかった自分への戒め、そして父親との確執を噛みしめながらあの打席に立っている。二球目アウトコースに逃げる変化球に無理やりついていく、体は完全に泳いだが最後まで手首を返さず振り切った。ふらふらと打ち上げた打球はセカンド後方に落ちるテキサスヒットになった。もう何が起こってもおかしくないのだ。一塁を駆け抜けてガッツポーズする銀二。ベンチを振り返ると本人よりもずっと喜んでくれるチームメイトがいる。収まることのない熱気に康太は全身に鳥肌が立つのを感じていた。野球人生でもう味わうことがないと思っていた。
大学二年生の新人戦、優勝をかけた試合に代打で登場し、皮肉にも自身の高校野球を終わらせたライバル高校のエースからかっ飛ばした逆転サヨナラタイムリーヒット。周りの雑音が消え邪念が消え、無心でバットを振りぬく。気が付いたらチームメイトに囲まれていた。あの感覚に近い。
道弘は初球をしっかりバントしランナーを進めた。低めのボールを膝を使って丁寧にボールを転がし、一塁に走る様子は清々しい。
一死二塁。打順は一番に戻るがここからは監督として打つ手がない。大事なのは後続のバッターに繋ぐことだ。
うつ手がないのは試合を放棄したからじゃない。「ヒットを打て」「四球を選べ」「デットボールを誘え」なんてサインが出せないだけだ。沸き立つようなベンチの空気にその身に感じながら、打席の翔を見守った。ツーストライクに追い込まれながら粘りを見せる。
頼む打ってくれ!
願いが通じたのかフルスイングした翔の打球はその力強いスイングから想像できないほど勢いが死んでぼてぼてのゴロになる。スイングに騙され一瞬身構えたサードが猛然とダッシュして打球の前に立ちはだかるが一塁に送球できなかった。
一死一、三塁。二番の芳樹はネクストバッターズサークルの雄大と何か言葉を交わしていた。康太の頭にスクイズが過る。
いやだめだ。こういう場面で最低でも外野フライを打つ練習をしてきたじゃないか。でももし打たせて内野ゴロだったら……。谷村学院はここで伝令をマウンドに向かわせる。専らスクイズは何球目に来るかの相談だろう。
一球待てのサイン。芳樹は頷いて打席に入った。スクイズを警戒して大きく外してくるかと思ったが、バントが難しいアウトコース低めにストレートを投げ込みストライクをとってきた。なるほどあえてバントさせて三塁ランナーを殺すつもりだ。それほどバント処理に自信を持っているということか。よし腹は決まった。
今度は打てのサインを送る。バントはしない、一気に逆転して試合を終わらせる。際どいコースだが二球連続で外れバッティングカウントになる。ここだ康太は「わかってるな、ここが勝負だぞ」と目配せした。振りぬいた打球はファールグラウンドに高く上がった。難しいボールではなかったがこれは打ち損じた。
「どんまい打ち直していこう」
手を叩いて打球に視線を移した。こちらに向かって飛んでくる飛球を眺めグラウンドに視線を戻すと目の前にファーストが向かってきていた。まさか捕るつもりなのか。
「ベンチをあけろ!」
康太は叫んでいた。怪我をもろともせずベンチ前に落ちるボールを捕球する。その勢い余ってベンチの柵を乗り越え体が宙ぶらりんになる。そのままベンチに激突すればどこかしらを負傷するのは目に見えている。康太は考えるより早く体が動いていた。選手の体がコンクリートに叩きつけられる前に腰のベルトを掴み上げる。審判がジャッジをするために近づいて来て相手のファーストは高々とグラブを掲げた。土壇場で飛び出したビックプレーに球場は再三の興奮に包まれる。
「ありがとうございました」
タイムがかかりプレーが一度中断するとファーストを守る選手が深々と頭を下げた。
「ナイスキャッチ」
康太が称えると何も言わずに頷き守備位置に戻っていく。相手も必死だった。康太は思い知らされていた。真剣勝負に次はない。大切なのは今。少しの油断も許されない勝負をしているんだ。
ツーアウト。
いよいよ追い込まれた。しかも今のプレーでこちら側に向いていた流れが強引に引き戻された。たった一度のプレーがアウト一つ以上に影響力を持つ。野球とはなんと不思議なスポーツなんだ。
「三番ピッチャー大野くん」
名前がコールされて雄大がゆっくり打席に向かう。
「雄大」
振り返り微笑する。
「ホームラン打ってきます」
それだけ言って雄大は拳をきつく握った。
大学二年生の新人戦、優勝をかけた試合に代打で登場し、皮肉にも自身の高校野球を終わらせたライバル高校のエースからかっ飛ばした逆転サヨナラタイムリーヒット。周りの雑音が消え邪念が消え、無心でバットを振りぬく。気が付いたらチームメイトに囲まれていた。あの感覚に近い。
道弘は初球をしっかりバントしランナーを進めた。低めのボールを膝を使って丁寧にボールを転がし、一塁に走る様子は清々しい。
一死二塁。打順は一番に戻るがここからは監督として打つ手がない。大事なのは後続のバッターに繋ぐことだ。
うつ手がないのは試合を放棄したからじゃない。「ヒットを打て」「四球を選べ」「デットボールを誘え」なんてサインが出せないだけだ。沸き立つようなベンチの空気にその身に感じながら、打席の翔を見守った。ツーストライクに追い込まれながら粘りを見せる。
頼む打ってくれ!
願いが通じたのかフルスイングした翔の打球はその力強いスイングから想像できないほど勢いが死んでぼてぼてのゴロになる。スイングに騙され一瞬身構えたサードが猛然とダッシュして打球の前に立ちはだかるが一塁に送球できなかった。
一死一、三塁。二番の芳樹はネクストバッターズサークルの雄大と何か言葉を交わしていた。康太の頭にスクイズが過る。
いやだめだ。こういう場面で最低でも外野フライを打つ練習をしてきたじゃないか。でももし打たせて内野ゴロだったら……。谷村学院はここで伝令をマウンドに向かわせる。専らスクイズは何球目に来るかの相談だろう。
一球待てのサイン。芳樹は頷いて打席に入った。スクイズを警戒して大きく外してくるかと思ったが、バントが難しいアウトコース低めにストレートを投げ込みストライクをとってきた。なるほどあえてバントさせて三塁ランナーを殺すつもりだ。それほどバント処理に自信を持っているということか。よし腹は決まった。
今度は打てのサインを送る。バントはしない、一気に逆転して試合を終わらせる。際どいコースだが二球連続で外れバッティングカウントになる。ここだ康太は「わかってるな、ここが勝負だぞ」と目配せした。振りぬいた打球はファールグラウンドに高く上がった。難しいボールではなかったがこれは打ち損じた。
「どんまい打ち直していこう」
手を叩いて打球に視線を移した。こちらに向かって飛んでくる飛球を眺めグラウンドに視線を戻すと目の前にファーストが向かってきていた。まさか捕るつもりなのか。
「ベンチをあけろ!」
康太は叫んでいた。怪我をもろともせずベンチ前に落ちるボールを捕球する。その勢い余ってベンチの柵を乗り越え体が宙ぶらりんになる。そのままベンチに激突すればどこかしらを負傷するのは目に見えている。康太は考えるより早く体が動いていた。選手の体がコンクリートに叩きつけられる前に腰のベルトを掴み上げる。審判がジャッジをするために近づいて来て相手のファーストは高々とグラブを掲げた。土壇場で飛び出したビックプレーに球場は再三の興奮に包まれる。
「ありがとうございました」
タイムがかかりプレーが一度中断するとファーストを守る選手が深々と頭を下げた。
「ナイスキャッチ」
康太が称えると何も言わずに頷き守備位置に戻っていく。相手も必死だった。康太は思い知らされていた。真剣勝負に次はない。大切なのは今。少しの油断も許されない勝負をしているんだ。
ツーアウト。
いよいよ追い込まれた。しかも今のプレーでこちら側に向いていた流れが強引に引き戻された。たった一度のプレーがアウト一つ以上に影響力を持つ。野球とはなんと不思議なスポーツなんだ。
「三番ピッチャー大野くん」
名前がコールされて雄大がゆっくり打席に向かう。
「雄大」
振り返り微笑する。
「ホームラン打ってきます」
それだけ言って雄大は拳をきつく握った。
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