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合同チーム
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新チームの初練習と言うことで康太はいつも使っているくたびれたものではなく真新しいユニフォームを着用してグラウンドで待ち構えていた。ケガからの復帰後リーグ戦のメンバーに選出されたら袖を通すはずだったが、そんな機会も訪れなかった。後輩に譲るつもりで今日まで寮の押し入れにしまっておいたのだ。
校舎のチャイムが鳴る。
六限目が終わったらしい。
「菱田さぁ~ん」
外野の奥から聞こえてきた元気な声。康太は不意に高校生の頃を思い出す。あのときは早く部活に行きたくて掃除当番や委員会の活動をよくすっぽ抜かしてクラスメイトに怒られていたっけ。
「菱田さん! ウス」
「こんにちは大野くん」
雄大は全速力で康太の目の前に現れた。ライトの最深部から三塁ベンチまで走ってきて息も乱れないとは、こいつ実は逸材か?
「菱田さん、俺のことは雄大って呼んでほしいっす。大野くんだとなんかかしこまっていやなんすよ」
雄大はまるで飼い主から頭を撫でられたい犬のように目を輝かせて、康太の次の言葉を待っていた。康太は小さく息をもらすと望み通りに、
「分かったよ雄大。よろしく。あと俺のこともこれからは監督と言うようにな」
「はい! 監督よろしくっす!」
「うんっ、じゃあさっそく準備だ。今日は他校の学生も練習参加するんだろ」
「はい!」
康太は平然を装っていたが、実は監督と呼ばれていい気分になっていた。大学に入ってからというものレギュラーとは無縁な野球人生を送ってきたが、なんの因果か今自分は高校球児に監督と呼ばれている。あぁもっと呼んでほしい。
「菱田さん、すみません遅れました。あの……掃除当番を押し付けられてしまって」
余韻から覚めるように太一の声が聞こえてきて、康太は我に返った。
「すみません、さっきから呼んでいたのですが、全然反応してくれないので怒っているのかと」
「あぁすまん、ぼぉっとしていた」
太一の声は話の最後になるほどボリュームが落ちていって、非常に聞き取りずらかった。これではまるで自分が怒っているようにも映るので康太は反射的に謝った。
「太一! お前は声が小さいんだよ! ほらはやく準備するぞ俺がラインをひくから太一はベースをはめ込んでくれ」
「分かったよ」
用具倉庫からでも雄大の元気な声が響く。太一はその声に引っ張られるように雄大の元へ駆けて行った。体格と比例せず太一は優しい性格なのだろう。優しいことはいいことだが野球をするうえでその性格は時に障害になりえないが、康太は今はまだ様子を見ることにした。
練習の準備に康太も加わりグラウンドを整備すると、ライトの向こうから金井の姿が見えた。その後ろをぞろぞろとついてきたのは、おそらく他校の選手たちだろう。
金井が連れてきた幸手工業高校と幸手一校は共に人数不足の関係で昨年の大会には出場していないという。
「オレは桜高校の大野雄大です! 目標は甲子園です! みんなで行きましょう」
雄大が先陣を切って威勢よくそう言うと周りからは失笑がもれた。当たり前だ。合同チームで甲子園に行ったチームはいない。いや、強豪校ですら簡単にいけることが許されない聖地に雄大たちのようなチームが目指すだけでもおこがましい。康太は咳ばらいをし、空気を一度リセットさせ、次の選手に代わるよう促した。
簡単な自己紹介を済まし、さっそく練習が始まった。とは言っても最初はマウンド上に輪になって集まり康太が大学の野球部で行っている準備体操からウォーミングアップのランニング、キャッチボールまでの道筋を教えるところからだった。最初ということで覚悟はしていたが選手たちの動きが硬すぎる。なんとか軽めのキャッチボールまでこぎつけることができたが予想より時間がかかってしまった。
「菱田くん教え方うまいじゃないか」
さっきまで他校の選手のご機嫌をとっていた金井が帰り際にいきなり横に現れて適当なことを言ってきたので、康太は少しいら立ちながら、
「アップの動きを伝えただけです」とだけ答えて選手の動きを注視していた。選手としての力量や意識の高さ、はては運動神経まで、キャッチボールのフットワークをみれば一目で分かる。これは日ごろから荒田監督に言われていることでもあり、名手と呼ばれた先輩たちにも共通して言えることだが、ボールを相手から受けるとき、腰を落とし重心を安定させているか、すぐに投げる動作に移行できるようにグラブの近くに片方の手を添えられているかどうか、その時に足は軽やかなステップを踏める準備は出来ているのか、投球時に腕だけではなく、しっかり肩甲骨から指先まで使えているかどうかなど、細かなチェックポイントがある。その視点で選手の動きを追う。
小さい選手、眼鏡をかけた選手、太っている選手、ヤンキーかぶれの選手とバラエティーにとんでいて、個性的なメンバーが集まってはいるが、及第点を与えられる選手は一人もいない。その中でも唯一ましなのは、雄大と高校球児にあるまじき風貌で、帽子もつけずに長い髪を遊ばせている、もちろん眉毛なんてないルーキーズに出てきそうなヤンキーかぶれくらいだろう。たしか幸手工業高校の間宮総司と言った。
「ナイスボール!」雄大の元気な声と、
「てめぇしっかり投げろや、殺すぞ」総司の容赦ない罵声がグラウンドに響く。
運悪く、総司のキャッチボール相手になってしまい、すでに泣きそうな顔になっている太一を見つめながら、康太は頭を抱えた。
西の空に太陽が大きく傾き、いつの間にか校舎の裏側に姿を隠した。グラウンドの脇にひっそりと佇んでいるさび付いた大時計は十九時を指していた。ちょうど日没の時間だ。シートノック、バッティングを一通り終えた選手たちはベンチに集合した。
「照明の点灯は?」
康太は雄大に声をかけた。
「照明塔はあるんですけど、レフト側が故障中でライト側は隣のサッカー部と併用なんでむこうの練習が終わったら消されちゃうんですよ」
グラウンドの周囲には四基の照明塔が高く聳え立っていた。本来ならその光のもとで厳しいトレーニングに励むものだが。
「じゃあ暗くなってからの練習できないの?」
「できますよ、部室の周りで、小さいですけど灯りつくんで」
そう言えば校舎からグラウンドに向かう道沿いに、運動部の部室がある。その通路に点在する蛍光灯のことを言っていると康太は理解した。
同時に康太は放心する。雄大は照明塔を見上げた。
「監督、俺らもう帰っていいっしょ」
ベンチ前で輪になって待っていた総司がしびれを切らしたように言った。
「えっちょっと」
困惑する康太の声も虚しく選手たちは帰り支度を始めてようとしている。
「みんな夏の大会まで時間内からもう少し練習やらないか」
「やってどうするんですか」
冷静な口調で康太に物申したのは、県内一、二を争う進学校、幸手一校の二年生でスポーツ眼鏡をかえている二ノ宮銀二だった。
「どうするのって勝ちたくないのか」
「合同チームがそもそも勝てるわけないでしょ。いいですか、他の人は知らないですけど、僕は勉強の傍らで野球してるんですよ、あと夏の大会終わったら野球辞めるんで、三年生のみなさんには申し訳ないですけど二年の僕にはあんまり関係ないかな」
さんざん屁理屈を立てた後にベンチに置いてあった荷物を持って銀二は、一人グラウンドを去っていく。その後ろ姿に苛立ちを隠せない雄大と不貞腐れたように続けてグラウンドを去る総司、残された幸手一校の三年生たちはあきれ顔でその場に立ち尽くしていた。
「よし、今日は残った奴だけで練習しよう。オレも最後まで付き合うから」
康太はそう言ってその場を収めたが、急造チームとは言え戦う以前に一人ひとりの気持ちが勝利に向いていないのは大問題だった。野球が盛んで全国でも上位の成績を残す県内の高校は私立の名門校でなくとも、二十時、時には二十一時まで自前のグラウンドで練習に励んでいる。設備面にせよ、意識の面にせよ意識の差は一目瞭然だ。いったいこの差をどうやって埋めて行けばよいのか。康太は思わず空を仰いだ。
全国的に見ても人数が足らずに合同チームで夏の大会に出場を余儀なくされたチームは増えているという。その理由には少子化や毎年のように明るみになる監督が野球部員に対して暴力をふるったなどの事件が関係していると康太は思っていた。昔に比べて野球の人気が落ち込んでいるのはおそらくそれ以上に別の理由もありそうだが、日没以降も練習ができないとなるとどこでもできて、短期間で効果が表れ、なおかつ怪我のリスクが少ない練習法を考えなくてはならなかった。
「みんなちょっと集まってくれ」
部室の前に選手たちを集合させると康太は、このような指示を出した。
大半の選手たちは康太が最近まで現役大学野球の選手だったこともあり、素振りや守備と言った技術的なコツを教えてくれるものだと思い浮かべたが、実際は、自主練習に残った選手たちにどこでもできる簡単な体幹トレーニングを提案したのだ。
その一つにフロントブリッジというのがある。まずうつぶせになり、肘を肩幅に開き、肩の真下に来るようにしてつま先をたてる。これの姿勢のまま三十秒キープする。これを三セット。このプランクは体幹トレーニングの基礎中の基礎で、地味に見えるかもしれないがこれがけっこうきつい。その他にも体を横にし、肘で体を支えるサイドプランクや仰向けになって膝を四十五度に曲げ、太ももと体が一直線になるところまで腰を持ち上げてキープするヒップリフトなどがありやってみると全身に満遍なく疲労がたまる。
一ヶ月しか猶予がない中で、今から筋力トレーニングをして、上半身や下半身に急激な負荷をかけるより、怪我のリスクが少なく短期間で効率的に鍛えるにはこれが一番だ。そんな説明をしてから康太は手始めに雄大と太一に手本を演じさせた。
「太一あと十秒だぞ、頑張れ!」
「はい」
二人は励まし合いながら、康太が持つにストップウォッチ見つめていた。
「雄大! 腰が下がってきてるぞ!」
康太の叱咤が飛ぶ。
すぐに雄大は持ち直し、みるみるうちに頬を赤らめ、眉間にしわを寄せる。
「やめっ」
康太の号令に、二人は息を切らしマットに突っ伏した。
「めっちゃきつい!」
言葉とは裏腹な雄大の明るい声に周りを取り囲んでいた選手から思わず笑いが起きる。
「これをここにいるみんなと今日帰った二人に十分、いや五分でもいいから大会まで続けてほしい。時間は昼休みでも、自主練の時間でも、寝る前でも構わない。とにかく場所をみつけて続けてほしいんだ」
康太が言うと、
「大学では監督もやっていたんですか?」
選手の一人が訊ねてきた。
「やってたよ、四年間引退するまで欠かさず毎日」
「まじすか」
「あぁ、まじだ。へたな筋トレよりバランスよく全身を鍛えられるし、工夫次第では鍛えたい筋肉を重点的に鍛えることもできる。地味でつらいけど効果はあるから、ぜひやってくれ」
朝の五時半。康太はいつものように何事もなく起床し、ねむけ眼でユニフォームに着替え、週に一回あるゼミで使う卒論の資料を乱暴にバックに突っ込んだ。
「おはようございます」
「うぃーす」
直立不動で三つ年下の後輩がはきはきとした挨拶をすれば、康太を含めた上級生の面々は必ず気だるそうに挨拶を返えす。
朝の点呼だ。部員百人を超える大所帯で約半数の野球部員は寮に住むことになっている。康太のように県外から来たもの、推薦をもらい期待され寮に入ってきたもの様々だが、一つ言えるのはめんどくさい規律ばかりが年々増え、それをとりしまる上級生も年々めんどくさくなっておざなりになってきている非常に由々しき事態が、寮監の星コーチの知らないところで行われていることだ。しかしそれは結果的に歴代の阿呆先輩が残して言った悪しき伝統をぶち壊す意味での改革だったことを忘れてはいけない。
例えば、革靴ドレミ。この遊びは四年間部服と共に使い古した革靴に感謝の念を込めて選りすぐりの後輩を廊下に一列に並ばせ思いっきり頭を引っぱたく。叩かれた後輩にはあらかじめ音階が設定されていて、叩かれた奴は「ド」、「レ」と言ったように言葉を発するのだ。そして一週間かけ寮生全員の前で映画「サウンドオブミュージック」でお馴染みの、エーデルワイスを演奏するという、きっとトラップ大佐と七人の子供たちも唖然としてものも言えなくなるであろう愚行を当たり前のように先輩から後輩へ受け継がれてきた。ちなみに康太は「ファ」松下は「ミ」で残りの「ド」、「レ」、「ソ」は退部し、「シ」と「ラ」は大学をやめ消息不明になった。本来ならスパイクでこれをやっていたらしくその衝撃の事実を聞いた時、康太は引きつった顔をすぐに元に戻すことは出来なかった。そんな悪しき伝統を打ち破った康太たち四年生の尽力は、後輩にとって何よりも喜ばしいことだったに違いない。その証拠に寮の生活もずいぶん自由になった。
「全員揃いました」
一年生の報告に寮長の駒井が了解し、ぞろぞろと一階にある食堂に列をなして入っていく。
「おはようございま……」
「てめぇ菱田この野郎昨日も遅くに帰ってきやがってぶち殺されたいのかこの野郎!」
まだ朝の六時前だと言うのにおっちゃんの怒鳴り声が洗い場と食堂を隔てるステンレスの配膳台ごしに康太の鼓膜を揺らした。
「すみません、でもしっかり遅れると伝えましたよ」
「知らねっていってんだよ、このバカ野郎!」
「カレンダー確認してくださいよ、ほら、昨日自分でかき込んでたでしょ」
康太は朝の気だるさと憂うつに苛まれながらおっちゃんの真後ろにあるカレンダーを指さした。
「はぁ、バカ野郎、そんなわけねぇじゃねぇか、オレは今日四時前に起きて確認してんだぞこの野郎……、あれ書いてある。ごめんごめん、オレが間違ってたわ。ガハハハハハッ……」
おっちゃんの笑い声が食堂に響く。康太は呆れながら席につくと後輩が気を利かせて茶碗に白飯をよそってくれていた。
「駒井ちゃん、ごめん待たした」
「はい、いただきます」
駒井の号令で一斉に朝ごはんを食べ始める。本日の献立は、白飯に、よくわからないひじきが入った酢のもの野菜、まず酢が強すぎて食えたもんじゃない。次にゴマなのか? 調味料なのか? 真っ黒に着色された肉の塊(ダークマター)、意外においしい。汁物はなぜかコーンポタージュ、暑くて飲めたもんじゃない。結局なにが一番上手いのかと聞かれたらダントツで冷えた麦茶だ。そんな生活を四年間も続けてきた。
「ごちそうさまでした」
康太たち上級生は五分で完食すると、さっさと自室に戻り、トイレを済ませグラウンドに向かって自転車を走らせる。寮に隣接された駐輪場でスマートなロードバイクが置かれている中で、ひと際異彩を放っているママチャリが康太の愛車「ことね一号」だ。二十四インチ、六九九〇円の彼女とは、雨の日も、風が強い日も、もちろん夏の溶けるくらい暑い日もいつでも行動を共にしてきた。仲の良い同級生が他のロードバイクに心を奪われ、かけなしの仕送りを投入してまで新品を手に入れた時も康太は彼女を見捨てはしなかった。しかし、そんな彼女との生活も四年目を向かえるとどうしても意思の疎通が難しくなってくる。
「ことね、君のペダルはどうしてこんなに重いんだい?」
立ちこぎしながら彼女に問いかけてみた。康太よりも遅くに寮を出た後輩たちにスイスイ抜かれていくのはいささか気持ちの良いものではない。
「ガタガタ言ってるぞ、先週空気を入れてやったばかりだろ」
彼女はフンっとそっぽを向いてそっけない態度をとる。
これが俗にいう倦怠期というやつか。康太は心でそう思いながら、決して態度には出さぬように平然を装って、
「帰ったらいっぱい油射してやるからな、空気も入れてやるぞ」
心なしか彼女の機嫌もよくなった気がする。
康太が合同チームの監督に就任してから二日目の放課後。今日は学習サポーターのアルバイトが入っていたので、大学の朝練習が終わってから、部屋でシャワーを浴び、資料を整理していつものようにスーツに袖を通して桜高校の一学年の生徒に簿記を教えていた。
『さて、どうしたものかな』
康太は頭の中で今日の練習メニューを組み立てながら三階の窓から見えるグラウンドの方を見つめていると声をかけられた。
「ねぇ、ねぇってば」
振り返り、声の主を捜すと、みんなが黙々とプリントを進めているにも関わらず、ひとりつまらなそうにこちらをみている女子生徒と目があった。
「ねぇ、あんたに言ってんだけど」
「あぁ、僕に言ってたの?」
声をかけてきたのは、黒に染めた髪が薄く茶色に戻りかけたいかにも思春期をこじらせた感じで、康太にとって一番苦手なタイプの女子生徒だった。たしか初日の補習に参加してなかった子だ。
「なにか分からないところでもあったかな?」
康太はいきなりあんた呼ばわりされたことに面食らいながらも大人としての余裕を醸し出しあくまで紳士的なふるまいで女子生徒に近づいていく。
「分からないことっていうか、今アンケートとってんだけど」
「アンケート?」
康太がオウム返しのように聞き返してきたことが嬉しかったのかその女子生徒は、にんまり笑って、前かがみになると机に肘をつき両手で自分の顔を支えながら言った。
「私さ、夏休みに入ったら学校辞めようと思ってるんだけど、どう思う?」
康太はいきなりの発言に息継ぎを失敗し激しく咳き込んだ。その姿を見てその女子生徒は高らかに笑う。
「先生、面白いね、名前なんて言うの?」
「菱田。菱田康太」
「菱田……さん?」
「う、うん」
康太がそう答えると女子生徒はまた高らかに笑った。康太は他の生徒の邪魔になると注意したが気にも留めず笑い続ける。『最近の高校生の笑いのつぼはわからん』
「じゃあ、菱田さん私学校辞めてもいいかな?」
「だめに決まってるでしょ、それにどうして辞めたいの? せっかくの学生なんだからもったいない」
「だってつまらないんだもん。学校辞めればバイトももっとできるし、お金があればなんだってできるじゃん」
そう誇らしげに言った女子生徒に康太は反射的に、
「お金なんて大人になってからも稼げる」
まっすぐに女子生徒を見据えて言った。
「僕は、大学に野球をするために進学した。もちろん最近までプロ野球選手をめざしていたよ。でも僕には才能がなかった。そのかわり同じ夢を持つたくさんの仲間に巡り合えたんだ。そりゃ、四年間で苦しかったことや、つらかったこともあったけど、それを全部ひっくるめても、そのなんだすごくいい経験になったというか、つまり満ち足りた日々を、送れていたかと言われればそんなことばかりじゃないけれど、とにかく学生である間は何と言うかかけがえのない時間で……」
「アハハハハハ! やっぱり菱田さん面白いわ」
女子生徒は机の横にある取っ手にかけたカバンの中に乱暴に筆記用具と渡された課題プリントを放り込むと、さっと席を立ちスライド式の扉に手をかけた。
「今日バイトあるからもう帰るね」
「ちょ、ちょっと勝手に!」
慌てる康太を弄ぶように名前も知らない女子生徒は手を振って、
「明日もくるよ」
それだけ言い残し教室を出て行ってしまった。
二日目の合同練習にまずは全員揃ったことに康太はひと安心した。
昨日とは違い、顔と名前が一致してきた選手たちの動きを再度確認する。まずは選手一人ひとりの特性をしっかり把握するために通常練習の合間にベースランニングや遠投などを組み入れ、各選手のデータを搾取した。見立て通り雄大や総司は平均的にも身体能力が高く、野球以外のスポーツでもそこそこの結果を残すであろう素材だ。その中で唯一の二年生である銀二の走塁センスには驚いた。足の速さこそ平均的だがベースランニングは光るものがある。そのわけは小さい円を描きながらベースの内側を走っていて、遠心力でどうしても外側に広がってしまうときもベースまでの歩幅やスピードを巧みに調整し常に次のベースまでの距離の最短を走っているからだった。加えて太一の肩の強さ。遠投ではただ一人九十メートルもボールを投げていた。昨日の体幹トレーニングでも雄大に比べてあまりつらそうな仕草は見られなかったし、中学の時は外野を守っていたと聞いたが、もしかしたらキャッチャーに向いているのかもしれない。さて問題はこのチームのエースだが、ここはあえて。
「監督、次はバッティングしようぜ」
「まぁ待て、間宮はピッチング練習だ」
康太は太一のキャッチャーミットを拝借し、間宮の前でパンパンと鳴らした。
「なんだよ監督、オレがピッチャーかよ。見る目あんじゃん。見直したぜ」
「そいつはどうも」
康太は雄大にバッティング練習の指示を出すと総司を連れてブルペンのマウンドに立たせた。ブルペンと言ってもマウンドにはかろうじてプレートがあるだけでほぼ平地に近い形状だが、最初からこれ以上は望んでいない。
「いくぜ監督! びびんなよ」
プレートに足をかけ体全体を小刻みに揺らすとその反動で勢いよく足をあげる。振り上げた足をそのまま下ろすことで腕を思いっきり振り下ろす。投じられたボールは康太が構えていたところから大きく外れていった。
「どうだ! オレの剛速球は!」
「剛速球はともかく、これじゃあ試合になんないぞ」
「あぁ(怒)」
返球されたボールをグラブで乱暴にキャッチするとマウンドを思いっきりスパイクで蹴った。正直に言って、総司の球速はマックスでも一三〇キロと言ったところだろう。アベレージを考えると一二〇キロ半ばと言ったところだ。甲子園を目指すならともかくとして一回戦を勝ち抜くには十分すぎる球速だと思うが、コントロールの悪さには困ったものだ。
「もっと肩の力を抜いて、投げ急ぐんじゃなくて体重移動で投げるイメージだ」
「うるせぇな、どう投げようがオレの勝手だろう」
「それでしっかりストライクを投げてくれれば文句は言わないよ。でもこれじゃあ試合にならないぞ」
総司は康太の言葉にカッとしたが、ピッチングを辞めることはなかった。康太が雄大ではなく、総司をピッチャーに適用した理由は三つある。その前に雄大には、ピッチャーとして大きな欠点があるということが前提だった。
一つは総司がチームで唯一のサウスポーだったこと。肩も強く身体能力も高い総司を左利きと言ってファーストに置くことはもったいないし、外野にしようとも思ったが総司は大きいフライ、つまり自分の守備位置より後ろのボールを背走して捕ることが苦手だったのだ。そうなるともうポジションはピッチャーしかない。
二つ目の理由は総司の性格だ。最近の高校生には珍しく誰に対してもはっきりと自分の意見を伝えることができる。伝え方には多少の問題があるが、野球は意思の疎通がなにより大事だ。特にマウンドの人間がその意思を示さないことには守備もリズムにのれない。
そして忘れちゃいけないのが三つ目。これがピッチャー総司の最大の理由だったりする。
「監督! ストライク投げるにはどうすればいいんだよ。ちょっとこっちきて教えてくれよ!」
「分かったよ、太一ここからはキャッチャーを頼む」
誰よりも素直でまっすぐな心を持ち合わせていたことがわかったからだ。
ブルペンから総司と太一のバッテリーを呼び戻し、全体の練習に合流させ、康太はバッティング練習の様子を見ていた。雄大にはあらかじめ一巡目のピッチャーを頼み、二巡目のピッチャーに銀二を起用するように指示を出しておいた。
康太がバックネット近くに足を運んだ時には、すでにピッチャーが代わっていてマウンドには銀二の姿があった。その投球練習を見て、打撃陣は一様に口元をにやつかせた。フォームにまったく力みが感じられず、まるで素人丸出しの投げ方だったからだ。ただでさえ雄大のくせ球に手こずって気持ちよく打てなかっただろうからそのうっぷんを晴らそうと活気たっていた。実際に打席に立ったバッターはどんどんバットを振り、さきほどよりいい当たりを連発させた。快音を響かせるたびに大げさなほど喜ぶバッターに康太は違和感を抱き始める。
「なんだよ、昨日は生意気なこと言っていたからどんだけの球を投げると思ったら大したことないじゃん」
同じ幸手工業高校の選手同士が固まっているところでそんな言葉が発せられた。その瞬間、マウンド上の銀二はそちらをグッと睨めつけ冷ややかな口調で言った。
「打たせてあげていることも分からないとは、さすが県内きってのバカ高校ですね」
『しまった。みんな昨日のことそこまで根に持っていたのか』
康太がそう心の中で後悔の念を浮かべ、一触即発の空気をどうにかするために動き出そうとしたその時だった。
「なんだとこの野郎、お前生意気なんだよ」
総司がバットを地面に叩きつけ、銀二の元に近づいて威嚇する。
「一年早く生まれただけで偉そうなんすよ」
銀二も負けてはいなかった。いやそれよりも銀二には他のチームメイトを学校の偏差値や言動で見下すような態度をあからさまにとるくせが見える。
「やめなさい」
康太は喧嘩沙汰になった二人の仲裁に入った。できるだけ怖い顔をして、咄嗟に二人の襟首を掴んだ。グラウンドに流れていた時間が止まる。ここで再び時間を動すためには何か言わなくては、みんなが納得するような深いいことを。
「ど、道具を大切にしなきゃいけないでしょうがぁ!」
勢いで発せられた自分の口からでた言葉に驚いた。たしかにそうだけど、今言うべきことではない気がする。しかも北の国からの「子供がまだ食ってる途中でしょうがぁ」とちょっと被った。は、恥ずかしぃ。急に顔を赤らめ視線を逸らしくちびるを噛みしめる康太に襟首を掴まれた二人はきょとんとして、それを見ている選手たちはポカーンとこちらを眺めている。
「そ、そうだよ! みんな道具を大切にしなきゃ、ほらバットもグラブも泣いてるぞ、いたいよぉって」
雄大の明るい声がグラウンドに響いた。止まっていた時間が動き始める。
「こほんっ、雄大の言うとおりだ。苛立っても道具にあたってはいけない。これはきみたちの一部だぞ」
康太は襟首からそっと両手を離して、無理やり仲直りの握手を交わさせるとパンと大きく手を叩いた。
「ほら今度はオレがピッチャーやってやる、みんなどんどん打てよ、時間もったいない」
そっぽを向きながら当事者たちはゆっくりとマウンドを離れていく。ベンチ前に用意されたバットを手にとって素振りを始める銀二たちを康太はマウンドの上から遠巻きに眺めていることしか出来なかった。
乾いた木とボールがぶつかる気持ちの良い音がグラウンドに当たり前のように響き渡る。康太がマウンドから投げたボールはいとも簡単に外野のフェンスを越えていく。
「ナイスバッティン、キャプテン」
左バッターボックスに立っているキャプテンの関口は一キロもあるトレーニングバットを軽々と振り回し次々に打ち返している。
「変化球を混ぜてくれや」
カーブ、スライダー、チェンジアップ。どのコースに投げ分けても逆らわずに打ち返す巧みなバットコントロールは春季リーグ戦において大きく貢献した。
「よっしゃ、ありがと。もうええわ」
「うぃーす」
康太はかごに入れておいた汗拭きタオルで顔を拭き、空っぽになったかごを転がしながら関口の外野に転がった打球を回収しに行く。
「お前まじでコントロールええわ。打ちやすくてかなわん」
いつの間にか隣にいた関口は嬉しそうに康太の背中をぽんと叩いた。
「いいって、それよりお前のバッティングピッチャーは楽でいい、狙ったところにボールが飛ぶから片付けるのに手間がかからん」
「当り前や、誰や思うてんねん」
関口は高らかに笑うと一直線に外野まで走って行く。康太はその姿を頼もしく、また複雑な気持ちで見つめていた。
関口は、同級生の中で、唯一、一年生からレギュラーを任されていた奴だ。鹿児島県の強豪校出身で甲子園にもレギュラーとして出場を果たした野球エリート。輝かしい実績もありながらその実力も群を抜いていて、五十メートルを五秒九で駆け抜ける俊足と優れた打球感で入部以来センターのポジションを今まで一度も譲ったことはない。更にはバッティング能力も高く、卒業後は社会人野球で都市対抗野球を目標にしながらプロ野球選手を目指すらしい。
「本当になにもかも違うんだよな、同じ人間なのに」
遠ざかる関口の背中を見つめながらそっとつぶやいた。
「おーい、菱田はよう。次の講義が始まるばい。お前もゼミの卒論打ち合わせやろ」
「おう、今行くよ」
康太はかごの持ち手の部分をぎゅっと握りしめて走り出した。
石坂先生の研究室は国際経営学部棟の三階の一室にある。ドアのガラス窓越しから中を覗けば相変わらず机の上は資料の山が出来ていて、来客用のソファーは本来机の上にあるはずの備品が座っている。康太はあたりを見回しまだ先生が教授会から戻ってきていないことを確認する。普通なら研究室に入るためには、ドアの横についてある認証システムにIDカードをタップしパスワードを入れなければいけないが、石坂先生の研究室に限ってゼミがある日はロックをかけていない。これは教授会が長引いた時のためにゼミ生を外で待たせるのはかわいそうだという石坂先生の親心なわけだが、実はパスワードを忘れた石坂先生の親切心にかこつけたジョークだということを康太は知っている。そうでなければ康太自身が暇なときにこうやって幾日も一人コーヒーを挽きたて、来客用のソファーに座りながら優雅な昼下がりの午後を堪能することがないからだ。手挽きにコーヒー豆(東ティモール産フェアトレードコーヒー豆)をいれながらゴリゴリと音を立てている内に入り口のドアが開く。
「菱田くん来てたの?」
「来てました。先生一杯どう?」
「いただこうか」
石坂先生は日に焼けた小麦色の顔をしかめ、ため息をつきながら資料だらけの机の椅子にに腰を下ろした。
「まったく今日も長かったよ」
「それはお疲れ様でした」
康太は淹れたてのコーヒーを石坂先生に手渡す。カップとソーサがガチャガチャと金属音を発し、その間石坂先生は片手で置く場所を作るために資料の山を立てる。その間康太は自分のコーヒーを淹れ終わり二人はほぼ同時にコーヒーを口に運んだ。
「そういえば、お前が先週送ってくれた卒論のテーマと全体の構成よかったよ。あんな感じで進めてくれればいいよ」
パソコンのキーボードをたたく音が聞こえる。どうやら仕事モードに入ったらしい。
「わかりました。でもいいんすか、僕のテーマ関税戦争が世界に及ぼす影響ですよ。しかも構成のほとんどが過去の戦争に関連付けで理屈ばっかの面白くないやつですよ」
「いいんだよ、論文なんて屁理屈が好きな屁理屈人間が書いて評価し合ってるだけなんだから、夜中に読んですぐに寝られる論文を書けたらだれでも大学教授になれる」
エンターを叩く音がして石坂先生は一通り終わった論文をプリントアウトして康太に見せてきた。康太は全文英語で書かれた論文のテーマすら訳することができない。
「これどういう意味?」
「わかんなくていい、読めたってどうせろくなこと書いてないから」
「あっそすか、じゃあ僕は高校行ってきますよ」
「あ、菱田」
思い出したかのように康太を呼び止めた石坂先生は、にこにこしながら、
「負けたら卒業旅行いけないんだってなぁ」
「もう! ほっといてくださいよ!」
いつもより乱暴にドアを閉めると背後から落胆の叫びが聞こえてきた。おそらくコーヒーカップが倒れたのだろう。康太には罪悪感の欠片もなかった。
「よっ、菱田さん」
教室に入るなり声をかけてきたのは、あの女子生徒だった。机の上には昨日渡したはずの課題プリントはおろか筆記用具も、カバンすら持ってきてはいなかった。
「よっ、じゃないよ、勉強する気ないでしょ」
「今日寝坊して午後二時に学校きた」
「逆によく来たね」
「だって三時から菱田さんの授業があるからさぁ、まぁこれでたら帰るけど」
「おいおい」
康太はそう言いながらまんざらでもなかった。誰であれ自分を慕ってくれる人がいることは嬉しい。しかし、この女子生徒にいつまでもかまってられない。康太には他にも生徒の勉強のサポートをしないといけないからだ。
「まぁいいや、とりあえず先生と他の生徒の勉強の邪魔だけはしちゃだめだよ」
「はーい」
わざとらしく手をあげる。授業始まりのチャイムが鳴ると当時に担当の先生が教壇の前に立ち、軽く会釈する。
「そうそう、現金の代わりに受取手形を発行したから、借り方は……」
「おい愛理お前学校に寝に来てるのか!」
教壇に立つ教師の怒号が教室中に響き渡る。康太の視線の先には気だるそうに机に突っ伏しながら惰眠を貪る女子生徒の姿を見た。『そうかあの娘の名前は愛理というのか』
「愛理、お前は本当に」
教師は持っていた教科書を教卓に叩きつけ、必死に怒りを抑えようとする。数秒ほどの沈黙のあと教師は大きく溜め息をつき、落ち着きを取り戻した。
「まったく、これじゃあ進級も怪しいな、他のみんなの邪魔だけはするなよ」
匙を投げ呆れた口調で精一杯の嫌みをこめて言った。
遠回しに落ちこぼれ宣言をされた彼女は、悔しがったり、不貞腐れたりする様子もなくただ机に突っ伏しているだけだった。
「愛理さん、起きなよ」
康太は机の角をコツコツと叩いた。すると、眠そうな表情をこちらに向けた。
「おはよぉ」
「おはようじゃないよ、勉強しよう。せっかく学校にきたんだから」
「えへへ、昨日夜遊びしちゃって」
「夜遊びって」
「何してたか知りたい?」
康太の耳元で囁く。背中まである長い髪が、窓の外から流れる風に漂い優しいシャンプーのいい匂いが鼻先に香る。
「いや、別に……」
「友達と荒野行動してた」
「あっそう」
荒野行動とはおそらく最近人気のスマホ用オンラインゲームのことだ。そういえば野球部の連中が夜な夜なチーム戦と言ってどこかの国の対戦相手と死闘を繰り広げている姿をみたことがあった。
「連勝記録更新中なんだ」
「はいはい」
それにしても康太は高校生の乱れた夜の性事情を聞かされるのではないかと少し期待、いやそうではなく、なんともけしからん。
「勉強しようよ」
「なにが面白いの?」
「面白いとかじゃなくて、なんていうかなぁ」
「ほら答えられないじゃん」
「まぁその……」
康太は口を紡いでしまった。空っぽの頭の中を目まぐるしく回転させなにか適切な答えを見つけ出そうと奔走する。しかし、なんにも思い浮かばない。
「野球だったらなぁ、その面白さが上手く説明できるんだけど」
つぶやく。
「野球? あの暑い中ひとつのボールを追いかけるだけのスポーツのなにが面白いの?」
彼女が何気なく言ったつぶやきに康太が過剰に反応する。
「それが、面白いんじゃないか。それに野球って言うのは奇跡が起こるスポーツなんだ」
「奇跡?」
「そう、奇跡だよ。例えば弱いものが強いものに勝ったり、出来なかったことが出来るようになる。でもそれは一人の力だけじゃなくて、試合に出ている選手たちだけじゃなく、ベンチやスタンド、観客の強く想う力も相まって起こるものなんだ」
つい熱くなって声が大きくなる。気がつけば康太が教師に睨まれていた。
「と、とにかく野球にはそんな魅力があるんだ」
慌てて声を潜める。
「ふ~ん、で菱田さんはそんな奇跡に出会ったことがあるの?」
「それは……ない」
正直に言った。奇跡は起こしたこともなければ、起きた現場にいたこともない。それどころか、野球人生最大のチャンスもケガで棒に振った。
「ないじゃん」
「そうだよ、だからその奇跡を体感するために大学まで野球を頑張ったけど、結局選手時代には見つけられなかった」
「じゃあ、どうしてまだ野球を続けてるのさ」
「どうしてかな、俺にも分からないけどでも自分が目指した夢に責任をとりたいんだ」
本心だった。
「変なの」
そう言われても康太は何も言い返すことが出来なかった。
総司がしっかり練習に取り組んでいることを康太は心強く思った。
「おい、今のいい球だろ!」
「うん、ナイスボール」
「声がちいせぇな、てめぇよぉ!」
キャッチャーの太一に文句をつけながらも総司の顔は爽やかだ。
コントロールをつけるために手先で調整しようとするといつまでたってもコントロールがよくならない。ボールを放すときに指で最後は押し出すので指先の感覚はたしかに大事だが、体全体を使って大きなフォームで覚えていくほうがもっと大事である。そのために一度肩を下げることだ。
少年野球や中学野球では肩を平行にしたまま投げるように指導をされることが多いが、実際名投手と言われてきたオーバースローのピッチャーでそんなふうには投げている選手はいない。
「間宮、もっと手を地面につけるイメージで」
「あいよ、監督。次スライダー」
マウンドから意気揚々に変化球を投げる総司だったが、今度は太一が構えたところから大きく外れる。
「変化球だからって肩の開きが早くなっちゃだめだ。右肩を締めないと、そのためには肩甲骨に目でミットを見るイメージしろよ」
マウンドの隣で口うるさく言う康太に総司ははいはいと聞き流して次のボールを要求した。どうやら早くバッターと対峙したいらしい。
「みんなこれからシートバッティングやるぞ、準備しよう」
康太はグラウンドの選手たちにそう声をかける。シートバッティングとは、内・外野のポジションに野手を配置してより実戦に近い状態で行う打撃練習だ。ノックの後は通常のバッティング練習をしようと思っていたが、総司のピッチングの様子を見て当初の練習メニューを変更する。
「監督、でも一人足りなくなっちゃいますよ」
太一が心配そうに声をかける。たしかに九人しかいないので一人が打席に立つとその分だけ守備に穴があく。康太は少し考え、
「大丈夫だ、抜けたところにオレが入る」
康太は、ファーストのポジションに入り、マウンド上の総司の投球練習を見ていた。少しのアドバイスだけで初めより体重移動がだいぶスムーズになった。マスクを被る太一のキャッチングは相変わらずお粗末だが、遠目から見ても威力があるいい球だ。実際に打席に立った打者のバットからは差し込まれたボテボテのゴロがよく目立つ。三人、四人と連続して抑えるうちに自信に満ちていた表情が次第に確信に変わり、得意げに笑みを浮かべるようになった。康太にはそれが過信に変わっていく前兆に見えて仕方なかった。
「次は、なんだお前か張り合いねぇわ」
五人目の打者である銀二が打席に立った。引き締まった顔つきをしている。簡単な挑発にはのるまいと自制している姿が伺えた。総司の方は、そんな銀二を面白く思っていない様子で、シートバッティングにも関わらず人差し指で銀二を指し今から投げる球種を教えた。その後でにやにや笑うと今度はゆっくりと間をとりさきほどよりも時間をかけながら大きく振りかぶる。その姿はバッターとの一対一の勝負を楽しんでいるというよりも、意図的に挑発しているようにしか見えなかった。
一球目、大きく振りかぶった後、投球動作に移る。康太に言われた通りの体を大きく使ったフォームはくずれることはなかったが、先ほどまでのストレートの時の腕の振りとは明らかに違う。指先を離れたボールはふわっと宙に浮いた。銀二は咄嗟に後ろ足に重心をためて、体が泳いでしまうのを防ごうとするが、ストレートのタイミングで待っていた体は耐えることが出来ずにそのままバットは空をきる。太一が後逸したので一瞬バットにかすったようにも見えたが、それは太一もストレートが来ると思っていたためで、急な変化球に対応できなかったのだと推測できる。
銀二は一度バッターボックスを外して、自分のタイミングを思い出すように二度、素振りをした。二球目、今度はセットポジションをとった総司は、銀二をじらすように長めに静止して、十秒ほどたってからクイックモーションで腕を振った。
「あぶないっ!」
康太が叫ぶ。
銀二はのけぞり、その場に腰をつけた。
ストレートが頭付近を通過したのだ。総司は、謝ることもせず、つまらなそうにマウンドから見下ろしている。銀二はすぐに立ち上がると、怒ることもせずに呆れたようにマウンドを睨んでいた。
「なんだよ、避けないお前が悪いんだろ」
「そうですね、まともにボールを投げられない人に怒っても無駄ですもんね」
「なんだと!」
グラブをマウンドにそっと置いて銀二のほうへ歩み寄った。再びの一触即発の雰囲気。
センターから雄大が総司の元に走って行く間にキャッチャーの太一が銀二を守るように総司の前に出た。選手たちがマウンドとホームベースの中間付近に集まってくる。その様子を康太はファーストから黙って見ていた。
「どけや! デカブツ」
四方から腕や腰を掴まれても威勢だけは失わず、銀二を庇う太一に吠えた。
「お前らいい加減にしろって!」
雄大が騒ぎの間に入ってなだめるが、総司は相変わらず、銀二に飛び掛かろうと暴れている。
「おい! 隠れてないでこっちこいや!」
「ここにいるバカの挑発にのるほど頭悪くないんで」
その言葉に総司だけではなく他の選手も敏感に反応した。
上手くまとめられるかどうか様子をみていた康太だったが収集がつかなくなる前に仲裁に入ってどうにか練習を再開させた。合同チームで高校も価値観も違う選手たちが一ヶ月の短い期間でチームになることの難しさを実感する。勝ち負けよりもしっかり試合になるのかさえ不安になってきた。
「さぁ切り替えて練習再開しよう」
雄大の明るさが今は虚しくも感じられる。このままでは本当に試合どころではなくなってしまう。
一時間後、グラウンドに姿を現したのは校長の金井だった。金井の存在に気が付いた部員たちは一度練習の動きを止めて頭を下げる。金井は桜高校野球部の帽子を被り、胸に校名が入った刺繍の半袖ジャンパーを着ている。そういえば金井はこの合同チームの部長という立場に落ち着いたのだった。金井は一塁側のベンチに腰を下ろすと、そのまま練習の様子を見入っていた。
すぐ目の前では選手たちが二人一組になってティーバッティングをしている。康太は選手たちの背後に立って、アドバイスをしていた。視線に映った金井に手招きされていることに気が付いた。あくまでも見なかったふりを続ける。
「菱田くん、ちょっといいかな」
金井に声をかけられ、しぶしぶベンチへと歩み寄った。帽子をとって金井の前に立つ。心の中であんたに構っているひまないんだと思いながら。
「私の気のせいかもしれないけど、なんか雰囲気悪くない? 喧嘩でもしたの?」
急に金井が核心に迫ることを言ってきたので、康太は視線をわかりやすく逸らしてしまった。
「どうしてそう思うのですか?」
「だって、みんなぎすぎすして練習に身が入ってないように見えるんだ」
金井は立ち上がると康太の背後に目を向けた。つられて康太も振り向く。二人でペアを組み、一人余った銀二は雄大と太一のペアに加入したがさっきから一人で素振りばかりしている。他の選手たちも総司の顔色が気になるのか、ちらちらと横を向いていた。
「見てても楽しそうにやってないよね」
「真面目にやっているだけですよ」
不機嫌になり言葉を吐き捨てた。金井は康太の横顔に目をやった。それから思い出したように。
「今週の土曜日に練習試合を申し込んだ」
「土曜日って明後日じゃないですか」
金井の言葉に康太のまなざしは険しくなる。こんな状態で試合なんかしたら、チームが崩壊しかねない。
「せめて来週にできないですかね」
「なにを言ってるんだね、夏の大会まで組み合わせ次第ではあと一ヶ月を切っているんだ。県内の高校と練習試合をするタイミングだって今週が最初で最後だよ、ただでさえ合同チームと試合してくれる高校少ないからなおさらだ」
「し、しかしチーム状態と言うものがありまして」
低い声と鋭い視線を向けても金井は臆することはなかった。
「いやぁ楽しみだな私ベンチに入る試合ひさしぶりなんだよ」
そう言って満面の笑みを浮かべる金井に康太は耐えられなくなって軽く会釈し、グラウンドに戻った。
その日の練習が終わってから、康太は雄大と太一に声をかけられた。他の部員とは別に三人で駅まで向かった。
駅の近くにあるコンビニで期間限定割引セールのチキンと飲み物を二人に奢る。二人とも小腹が減っていたのか、簡単なお礼をすますと無言でかぶりついた。十秒もしないうちにたいらげるとようやくそこで息をついた。
「監督、銀二のことなんですけど」と雄大が口火をきる。
康太はそうだなと頷いた。大方予想はついていた。
「やっぱり銀二は他のメンバーと仲良くする気はないんですかね?」
問いかける口調だったが、なんとなく言いたいことは分かる。
「二ノ宮と同じ高校の選手はなんて?」と質問を返した。
「銀二のことを聞いてもみんないい顔しないんだ。ただあいつの親はめんどくさいからあんまり関わらない方がいいって」
わずか数日にしていろんなことが分かってきた。銀二があそこまで他人を見下す態度をとるのは銀二だけの問題ではないらしい。
「僕は、間宮くんの方が心配です。二ノ宮くんの態度も悪いけど、間宮くんは思い通りにならないことがあるとすぐに怒鳴り散らすし」
総司とバッテリーを組む太一はこの数日間でだいぶ参っているようだ。
「大丈夫だよ、ああいうタイプはピッチャーには割と多い。俗にいうおれ様ピッチャー。問題はたくさんあるがそれは夏の大会までに指導しておくさ」
康太が太一をなだめるように言った。
「あと今日の練習終わりに校長が言っていた練習試合だけど、先発は間宮でいく」
「やっぱり……」
太一は嘆く。
「太一そんな顔すんなよ、男だったらどんとかまえろ」
雄大が笑いながら太一の背中をばんと叩くとふっと場が和んだ。言った本人も頬をゆるめ、手に持ったスポーツドリンクをがぶ飲みした。戦力として、個々の力はあまりにも物足りない。しかしなにも甲子園を目指して戦おうって言うんじゃない。一回戦だけ勝てればいい。それだけなら運悪くシードもれした強豪校と当たらない限り今の戦力でも十分に戦えるだろう。しかし、九人しかいないチームに置いて最も大事にしなければいけないのは団結力。あと強いてあげるなら個々の勝ちたいと思う気持ちだ。
「雄大」
駅の改札まで見送りに来てくれた雄大に声をかける。
「なんですか?」
「明日改めてチームの前で発表するが、このチームのキャプテンを任せたい」
「俺にキャプテンを?」
「お前しかいない頼んだぞ」
そう言って電車のホームへ向かう。背中越しに「ありがとうございます」と元気な声が聞こえて二人は駆け出した。
一番 大野雄大 中堅手(三年)
二番 三河芳樹 三塁手(三年)
三番 間宮総司 投手 (三年)
四番 穂浪太一 捕手 (三年)
五番 河野道弘 左翼手(三年)
六番 鹿野翔 二塁手(三年)
七番 斎藤和彦 一塁手(三年)
八番 野々村朔 遊撃手(三年)
九番 二ノ宮銀二 右翼手(二年)
初の練習試合に備えて、康太はざっと先発メンバーをノートに書き込んでみた。三年生が八人。二年生が一人。九人しかいない力量と守備位置を考えれば、必然的にこの通りになる。太一には悪いがやはりピッチャーは総司だ。急造チームのマウンドを任せられるのは少々荒っぽいが勢いのあるやつの方がいいと思う。
一番打者の起用はずいぶん悩んだがここは元気印の雄大を選出した。キャプテンとしてチームを引っ張ってもらう以上一番打席に立たせて出塁すればきっと盛り上がるだろう。
「菱田さん、それメンバー表?」
背後から声がした。振り向くとそこに鈴木が座っていた。そうだ今はアルバイト中だった。他の生徒にバレないように康太はノートを閉じ脇に挟んだ。
「明日、練習試合があるんだ。このグラウンドでやるんだけど見に来るかい?」
「じょーだん、でも相手はどこ?」
「お隣の杉戸工業高校」
練習試合の交渉は校長の金井が介して行ってくれた。康太は彼女の隣にぽっかり空いた席に座る。今日は爽やかな柑橘系の柔軟剤の香りが鼻をくすぐってくる。
「ふ~ん強いのそこ?」
「さぁどうかな」
「勝てそう?」
「さぁどうかな」
「なにそれ、やっぱりつまらない」
急に声の調子が変わった。なにか不都合なことを思い出したようにむすっとくちびるをとんがらせた。
「どうして、つまらないって思うんだ?」
「だって勝つか負けるか分からないんでしょ」
「それが勝負というものだから、むしろ勝つか負けるかわからないのがだいご味じゃないか」
「なにそれ? 確実に勝てる勝負以外に面白いものなんてあるの?」
康太の無意識に出た言葉が彼女に火の油を注ぐことになった。女子高生の反発的な視線は現役の大学生が受け止めるには少々荷が重い。しかし、康太も引くわけにもいかなかった。
「勝つか負けるかわからないけど、それでも一生懸命戦うから見ている人は応援してくれるし、多くの感動を生むんだ。俺に言わせれば、必ず勝つと分かっている勝負こそつまらないものはないね」
「菱田さんは他の大人とは違うと思ってたのに、なんかしらけた。あぁあバカみたい」
彼女は前触れもなく席を立つと教室を出て行く。
「おい、またお前か……」
康太は教師の説教よりも早く、教室を飛び出して彼女を追った。
「待ってよ、愛理さん!」
長い廊下に康太の声だけが反響する。呼び止められた彼女は振り返り冷ややかな表情を康太に向けた。それは軽蔑のまなざしと言ってもいいほど淀んでいた。
「わかったでしょ菱田さん、私が授業中教室を飛び出したって大人は誰も追いかけてこない。なぜだか分かる?」
答えられなかった。なぜならその答えを康太はうすうす分かっていたからだ。
「このまえね私、お前は人生の負け組みだって言われたの」
「なんだって」
彼女の口から出た言葉に絶句した。
「なんとなく意味は分かるよ、私バカだし、勉強なんて大嫌いだし。ここに私の居場所がないことぐらい……。だから私は学校を辞めて働くの、若いってだけでちやほやしてくれる大人は多いし、それにお金だって、あいつらより稼げれば勝てるんだ」
彼女は一言一句つっかえることもなくすらすらと心の内を喋っていた。きっとこれが彼女の、彼女なりの叫びだと康太は感じ取った。空っぽのどうしようもない頭を掻きむしりその場で答えを捜そうとする。その時康太は絶対に彼女から視線を逸らしたりはしなかった。今ここで少しでも視線を逸らせば一生彼女の心に誰かの声が届くことがなくなってしまうと思ったからだ。
『考えろ、お前の頭は野球帽を被るためにあるんじゃないだろ。ひねりだせ!』
たった数秒の沈黙は康太には何時間にも感じる。
「俺たちの試合を見に来ないか?」
自分でも何を言っているのか理解できなかった。ただすっとこの言葉だけが心の奥底から出てきた。彼女は呆れた様子で再び康太に背中を向け歩き出す。
「試合は土曜日午後の二時から、待ってるよ!」
彼女が振り向くことはなかった。康太は青色の廊下に視線を落とし、自分の頬を両手で思いっきり叩いた。二十二年間も生きてきて気の利いた言葉の一つも出てこない自分の未熟さと何でも知ったように生きてきた自分の愚かさに嫌気がさした。
『俺は野球で何を学んだんだ?』
視線を上げた先に彼女の姿はなく。代わりに自分の横顔を窓ガラスに一瞬映した。康太は情けない自分がそこに立っていることに気が付いて、しばらくその場を動くことが出来なかった。
そもそも個々のメンバーに対する細かなアドバイスは、練習試合を一つ経験してから行うつもりであった。成功や失敗の具体例などを踏まえて助言したほうがその言葉に説得力がでるからだ。
しかし、このチーム状態では結果次第で空中分解も免れない。そうならないためにも、人生で初めて試合のマウンドに登る総司には、あらかじめこちらから指示を出しておく必要がある。なんたってヤンキーかぶれのいきがり小僧なのだから、序盤で打ち込まれたりなんてしたら不貞腐れて勝手に帰ってしまうかもしれない。バッテリーを組む太一は不安そうに康太の話を聞いていたが、当の総司はやる気に満ち溢れていた。作戦としては、とにかく低めにボールを集めること。投げるテンポが単調になるくせがあるのでランナーが出たら牽制球を入れて投球リズムにメリハリをつけること。投げる前に腕の振りで球種が分かるカーブはタイミングを外す見せ球として使用すること。基本的に太一がサインを出し、総司はそれに従う。チームワークの重視は、我の強い総司のような選手には少しでも意識させておく必要があった。これには理由もある。太一が必要以上に総司に委縮しないための訓練でもあったのだ。
「分かったって監督。オレはこのデカブツの言うことを聞いて投げればいいんだろ」
「そういうこと、間宮は太一のサインを信じて投げればいい」
「はいはい、じゃあそう言うことだからデカブツ打たれたらただじゃおかねぇ」
午後の試合に備えて総司は康太に指示された軽めのランニングメニューを始めた。
まったくあいつは素直に任せたと言えないのか。
「監督、ぼく不安です……」
一人その場に残された太一はさっそく弱音をもらす。『こいつらを足して二で割ったらちょうどいいんだけど』
「大丈夫だよ、打者一巡するまではベンチから配球の指示を送るから頑張れそしてすまん」
康太は安易な励ましの言葉しか言えなかったことに対して謝った。
隙あらば周りを威圧し、荒っぽい言葉で常にマウントをとろうとする総司に苦手意識を抱いているのは、誰の目にも明らかだった。
「分かりました、僕がんばりますよ。それに間宮くんもそこまで悪い奴ではないと思うし」
太一は苦笑いを浮かべながら精一杯元気に答えた。
初試合を前に相変わらず殺伐とした空気は否めなかった。我がままな総司、屁理屈な銀二、朝のミーティングで正式にキャプテンに任命され、気合が入りすぎてさっそく元気が空回りしている雄大。とそのいざこざに巻き込まれる他の選手たち。その中でペアになり笑顔でストレッチをしているのは幸手一校の野々村朔と幸手工業の鹿野翔だった。
「だからやっぱり一話目の導入のインパクトだよな」
「わかるわぁ、完全に俺たちの心鷲掴みにしたよな」
何を盛り上がって話をしているのか気になって近づいてみる。康太はその話の内容からすぐに野球とは関係ない話だと理解した。
「おいおい、リラックスと私語は意味が違うぞ」
「あ、監督」
朔がばつが悪そうに顔を歪める。
「あのさ、監督さんはゾンビランドサガって見たことある?」
「ゾンビ?」
未だに興奮冷めやらずお構いなしに翔は言った。呆気にとられた康太は自分の記憶の中にあるゾンビの姿を思い浮かべる。
「ゾンビってあのゆっくり歩く死体のことか?」
真面目にそう答えて失笑された。
「アニメのことです」
すかさず朔のフォローが入る。
「アニメか、アニメ見ないからなぁ」
「まじで、監督さん人生損してますぜ」
「そ、そうかなぁ」
「そうっす」
「それに関してはオレもそう思います」
十八歳そこらの高校生に人生云々をとやかく言われる筋合いはないがそこまで言い切られると康太としても反論しずらい。
「監督さん、朔のやつ勉強しかしてないつまらない奴だと思ったらけっこう好きなアニメのセンス良くて、宇宙よりも遠い場所とか、リゼロとか、フェイトとか、他にも……」
「分かった分かった。まぁなにがきっかけでも仲良くなったならけっこうだ。でもグラウンドに居るときはなるべく関係ない話は、な」
康太は念を押すように優しく諭すと二人は納得してくれたようだった。それにしてもまさかアニメがきっかけに仲良くなるとは。康太は今まで野球だけが自分の全てだったので野球に共通する友達しかいなかった。プロ野球選手になることを目指しすべてをかけてきた過去の自分を振り返ると彼らが少し羨ましくも感じたりする。
杉戸工業高校との練習試合は、桜高校のグラウンドで行われる。午前中を使ってグラウンド整備を行い、イレギュラーがないように小石をとった。審判は県の高野連から一名、公式審判員を派遣してもらい、主審をお願いした。残りの審判は相手チームの一年生にやってもらうことになっている。康太にはその派遣された審判員に見覚えがあり声をかけた。三年生の春季リーグ戦前に審判講習会の会場に大学のグラウンドを貸した時に仲良くなった中村さんだ。
「何やってんの菱田くん?」
「監督です、まぁいろいろありまして」
「ふーん」
中村さんはそれだけ言ってそれ以上は聞いてこなかった。
校舎のチャイムが鳴る。
六限目が終わったらしい。
「菱田さぁ~ん」
外野の奥から聞こえてきた元気な声。康太は不意に高校生の頃を思い出す。あのときは早く部活に行きたくて掃除当番や委員会の活動をよくすっぽ抜かしてクラスメイトに怒られていたっけ。
「菱田さん! ウス」
「こんにちは大野くん」
雄大は全速力で康太の目の前に現れた。ライトの最深部から三塁ベンチまで走ってきて息も乱れないとは、こいつ実は逸材か?
「菱田さん、俺のことは雄大って呼んでほしいっす。大野くんだとなんかかしこまっていやなんすよ」
雄大はまるで飼い主から頭を撫でられたい犬のように目を輝かせて、康太の次の言葉を待っていた。康太は小さく息をもらすと望み通りに、
「分かったよ雄大。よろしく。あと俺のこともこれからは監督と言うようにな」
「はい! 監督よろしくっす!」
「うんっ、じゃあさっそく準備だ。今日は他校の学生も練習参加するんだろ」
「はい!」
康太は平然を装っていたが、実は監督と呼ばれていい気分になっていた。大学に入ってからというものレギュラーとは無縁な野球人生を送ってきたが、なんの因果か今自分は高校球児に監督と呼ばれている。あぁもっと呼んでほしい。
「菱田さん、すみません遅れました。あの……掃除当番を押し付けられてしまって」
余韻から覚めるように太一の声が聞こえてきて、康太は我に返った。
「すみません、さっきから呼んでいたのですが、全然反応してくれないので怒っているのかと」
「あぁすまん、ぼぉっとしていた」
太一の声は話の最後になるほどボリュームが落ちていって、非常に聞き取りずらかった。これではまるで自分が怒っているようにも映るので康太は反射的に謝った。
「太一! お前は声が小さいんだよ! ほらはやく準備するぞ俺がラインをひくから太一はベースをはめ込んでくれ」
「分かったよ」
用具倉庫からでも雄大の元気な声が響く。太一はその声に引っ張られるように雄大の元へ駆けて行った。体格と比例せず太一は優しい性格なのだろう。優しいことはいいことだが野球をするうえでその性格は時に障害になりえないが、康太は今はまだ様子を見ることにした。
練習の準備に康太も加わりグラウンドを整備すると、ライトの向こうから金井の姿が見えた。その後ろをぞろぞろとついてきたのは、おそらく他校の選手たちだろう。
金井が連れてきた幸手工業高校と幸手一校は共に人数不足の関係で昨年の大会には出場していないという。
「オレは桜高校の大野雄大です! 目標は甲子園です! みんなで行きましょう」
雄大が先陣を切って威勢よくそう言うと周りからは失笑がもれた。当たり前だ。合同チームで甲子園に行ったチームはいない。いや、強豪校ですら簡単にいけることが許されない聖地に雄大たちのようなチームが目指すだけでもおこがましい。康太は咳ばらいをし、空気を一度リセットさせ、次の選手に代わるよう促した。
簡単な自己紹介を済まし、さっそく練習が始まった。とは言っても最初はマウンド上に輪になって集まり康太が大学の野球部で行っている準備体操からウォーミングアップのランニング、キャッチボールまでの道筋を教えるところからだった。最初ということで覚悟はしていたが選手たちの動きが硬すぎる。なんとか軽めのキャッチボールまでこぎつけることができたが予想より時間がかかってしまった。
「菱田くん教え方うまいじゃないか」
さっきまで他校の選手のご機嫌をとっていた金井が帰り際にいきなり横に現れて適当なことを言ってきたので、康太は少しいら立ちながら、
「アップの動きを伝えただけです」とだけ答えて選手の動きを注視していた。選手としての力量や意識の高さ、はては運動神経まで、キャッチボールのフットワークをみれば一目で分かる。これは日ごろから荒田監督に言われていることでもあり、名手と呼ばれた先輩たちにも共通して言えることだが、ボールを相手から受けるとき、腰を落とし重心を安定させているか、すぐに投げる動作に移行できるようにグラブの近くに片方の手を添えられているかどうか、その時に足は軽やかなステップを踏める準備は出来ているのか、投球時に腕だけではなく、しっかり肩甲骨から指先まで使えているかどうかなど、細かなチェックポイントがある。その視点で選手の動きを追う。
小さい選手、眼鏡をかけた選手、太っている選手、ヤンキーかぶれの選手とバラエティーにとんでいて、個性的なメンバーが集まってはいるが、及第点を与えられる選手は一人もいない。その中でも唯一ましなのは、雄大と高校球児にあるまじき風貌で、帽子もつけずに長い髪を遊ばせている、もちろん眉毛なんてないルーキーズに出てきそうなヤンキーかぶれくらいだろう。たしか幸手工業高校の間宮総司と言った。
「ナイスボール!」雄大の元気な声と、
「てめぇしっかり投げろや、殺すぞ」総司の容赦ない罵声がグラウンドに響く。
運悪く、総司のキャッチボール相手になってしまい、すでに泣きそうな顔になっている太一を見つめながら、康太は頭を抱えた。
西の空に太陽が大きく傾き、いつの間にか校舎の裏側に姿を隠した。グラウンドの脇にひっそりと佇んでいるさび付いた大時計は十九時を指していた。ちょうど日没の時間だ。シートノック、バッティングを一通り終えた選手たちはベンチに集合した。
「照明の点灯は?」
康太は雄大に声をかけた。
「照明塔はあるんですけど、レフト側が故障中でライト側は隣のサッカー部と併用なんでむこうの練習が終わったら消されちゃうんですよ」
グラウンドの周囲には四基の照明塔が高く聳え立っていた。本来ならその光のもとで厳しいトレーニングに励むものだが。
「じゃあ暗くなってからの練習できないの?」
「できますよ、部室の周りで、小さいですけど灯りつくんで」
そう言えば校舎からグラウンドに向かう道沿いに、運動部の部室がある。その通路に点在する蛍光灯のことを言っていると康太は理解した。
同時に康太は放心する。雄大は照明塔を見上げた。
「監督、俺らもう帰っていいっしょ」
ベンチ前で輪になって待っていた総司がしびれを切らしたように言った。
「えっちょっと」
困惑する康太の声も虚しく選手たちは帰り支度を始めてようとしている。
「みんな夏の大会まで時間内からもう少し練習やらないか」
「やってどうするんですか」
冷静な口調で康太に物申したのは、県内一、二を争う進学校、幸手一校の二年生でスポーツ眼鏡をかえている二ノ宮銀二だった。
「どうするのって勝ちたくないのか」
「合同チームがそもそも勝てるわけないでしょ。いいですか、他の人は知らないですけど、僕は勉強の傍らで野球してるんですよ、あと夏の大会終わったら野球辞めるんで、三年生のみなさんには申し訳ないですけど二年の僕にはあんまり関係ないかな」
さんざん屁理屈を立てた後にベンチに置いてあった荷物を持って銀二は、一人グラウンドを去っていく。その後ろ姿に苛立ちを隠せない雄大と不貞腐れたように続けてグラウンドを去る総司、残された幸手一校の三年生たちはあきれ顔でその場に立ち尽くしていた。
「よし、今日は残った奴だけで練習しよう。オレも最後まで付き合うから」
康太はそう言ってその場を収めたが、急造チームとは言え戦う以前に一人ひとりの気持ちが勝利に向いていないのは大問題だった。野球が盛んで全国でも上位の成績を残す県内の高校は私立の名門校でなくとも、二十時、時には二十一時まで自前のグラウンドで練習に励んでいる。設備面にせよ、意識の面にせよ意識の差は一目瞭然だ。いったいこの差をどうやって埋めて行けばよいのか。康太は思わず空を仰いだ。
全国的に見ても人数が足らずに合同チームで夏の大会に出場を余儀なくされたチームは増えているという。その理由には少子化や毎年のように明るみになる監督が野球部員に対して暴力をふるったなどの事件が関係していると康太は思っていた。昔に比べて野球の人気が落ち込んでいるのはおそらくそれ以上に別の理由もありそうだが、日没以降も練習ができないとなるとどこでもできて、短期間で効果が表れ、なおかつ怪我のリスクが少ない練習法を考えなくてはならなかった。
「みんなちょっと集まってくれ」
部室の前に選手たちを集合させると康太は、このような指示を出した。
大半の選手たちは康太が最近まで現役大学野球の選手だったこともあり、素振りや守備と言った技術的なコツを教えてくれるものだと思い浮かべたが、実際は、自主練習に残った選手たちにどこでもできる簡単な体幹トレーニングを提案したのだ。
その一つにフロントブリッジというのがある。まずうつぶせになり、肘を肩幅に開き、肩の真下に来るようにしてつま先をたてる。これの姿勢のまま三十秒キープする。これを三セット。このプランクは体幹トレーニングの基礎中の基礎で、地味に見えるかもしれないがこれがけっこうきつい。その他にも体を横にし、肘で体を支えるサイドプランクや仰向けになって膝を四十五度に曲げ、太ももと体が一直線になるところまで腰を持ち上げてキープするヒップリフトなどがありやってみると全身に満遍なく疲労がたまる。
一ヶ月しか猶予がない中で、今から筋力トレーニングをして、上半身や下半身に急激な負荷をかけるより、怪我のリスクが少なく短期間で効率的に鍛えるにはこれが一番だ。そんな説明をしてから康太は手始めに雄大と太一に手本を演じさせた。
「太一あと十秒だぞ、頑張れ!」
「はい」
二人は励まし合いながら、康太が持つにストップウォッチ見つめていた。
「雄大! 腰が下がってきてるぞ!」
康太の叱咤が飛ぶ。
すぐに雄大は持ち直し、みるみるうちに頬を赤らめ、眉間にしわを寄せる。
「やめっ」
康太の号令に、二人は息を切らしマットに突っ伏した。
「めっちゃきつい!」
言葉とは裏腹な雄大の明るい声に周りを取り囲んでいた選手から思わず笑いが起きる。
「これをここにいるみんなと今日帰った二人に十分、いや五分でもいいから大会まで続けてほしい。時間は昼休みでも、自主練の時間でも、寝る前でも構わない。とにかく場所をみつけて続けてほしいんだ」
康太が言うと、
「大学では監督もやっていたんですか?」
選手の一人が訊ねてきた。
「やってたよ、四年間引退するまで欠かさず毎日」
「まじすか」
「あぁ、まじだ。へたな筋トレよりバランスよく全身を鍛えられるし、工夫次第では鍛えたい筋肉を重点的に鍛えることもできる。地味でつらいけど効果はあるから、ぜひやってくれ」
朝の五時半。康太はいつものように何事もなく起床し、ねむけ眼でユニフォームに着替え、週に一回あるゼミで使う卒論の資料を乱暴にバックに突っ込んだ。
「おはようございます」
「うぃーす」
直立不動で三つ年下の後輩がはきはきとした挨拶をすれば、康太を含めた上級生の面々は必ず気だるそうに挨拶を返えす。
朝の点呼だ。部員百人を超える大所帯で約半数の野球部員は寮に住むことになっている。康太のように県外から来たもの、推薦をもらい期待され寮に入ってきたもの様々だが、一つ言えるのはめんどくさい規律ばかりが年々増え、それをとりしまる上級生も年々めんどくさくなっておざなりになってきている非常に由々しき事態が、寮監の星コーチの知らないところで行われていることだ。しかしそれは結果的に歴代の阿呆先輩が残して言った悪しき伝統をぶち壊す意味での改革だったことを忘れてはいけない。
例えば、革靴ドレミ。この遊びは四年間部服と共に使い古した革靴に感謝の念を込めて選りすぐりの後輩を廊下に一列に並ばせ思いっきり頭を引っぱたく。叩かれた後輩にはあらかじめ音階が設定されていて、叩かれた奴は「ド」、「レ」と言ったように言葉を発するのだ。そして一週間かけ寮生全員の前で映画「サウンドオブミュージック」でお馴染みの、エーデルワイスを演奏するという、きっとトラップ大佐と七人の子供たちも唖然としてものも言えなくなるであろう愚行を当たり前のように先輩から後輩へ受け継がれてきた。ちなみに康太は「ファ」松下は「ミ」で残りの「ド」、「レ」、「ソ」は退部し、「シ」と「ラ」は大学をやめ消息不明になった。本来ならスパイクでこれをやっていたらしくその衝撃の事実を聞いた時、康太は引きつった顔をすぐに元に戻すことは出来なかった。そんな悪しき伝統を打ち破った康太たち四年生の尽力は、後輩にとって何よりも喜ばしいことだったに違いない。その証拠に寮の生活もずいぶん自由になった。
「全員揃いました」
一年生の報告に寮長の駒井が了解し、ぞろぞろと一階にある食堂に列をなして入っていく。
「おはようございま……」
「てめぇ菱田この野郎昨日も遅くに帰ってきやがってぶち殺されたいのかこの野郎!」
まだ朝の六時前だと言うのにおっちゃんの怒鳴り声が洗い場と食堂を隔てるステンレスの配膳台ごしに康太の鼓膜を揺らした。
「すみません、でもしっかり遅れると伝えましたよ」
「知らねっていってんだよ、このバカ野郎!」
「カレンダー確認してくださいよ、ほら、昨日自分でかき込んでたでしょ」
康太は朝の気だるさと憂うつに苛まれながらおっちゃんの真後ろにあるカレンダーを指さした。
「はぁ、バカ野郎、そんなわけねぇじゃねぇか、オレは今日四時前に起きて確認してんだぞこの野郎……、あれ書いてある。ごめんごめん、オレが間違ってたわ。ガハハハハハッ……」
おっちゃんの笑い声が食堂に響く。康太は呆れながら席につくと後輩が気を利かせて茶碗に白飯をよそってくれていた。
「駒井ちゃん、ごめん待たした」
「はい、いただきます」
駒井の号令で一斉に朝ごはんを食べ始める。本日の献立は、白飯に、よくわからないひじきが入った酢のもの野菜、まず酢が強すぎて食えたもんじゃない。次にゴマなのか? 調味料なのか? 真っ黒に着色された肉の塊(ダークマター)、意外においしい。汁物はなぜかコーンポタージュ、暑くて飲めたもんじゃない。結局なにが一番上手いのかと聞かれたらダントツで冷えた麦茶だ。そんな生活を四年間も続けてきた。
「ごちそうさまでした」
康太たち上級生は五分で完食すると、さっさと自室に戻り、トイレを済ませグラウンドに向かって自転車を走らせる。寮に隣接された駐輪場でスマートなロードバイクが置かれている中で、ひと際異彩を放っているママチャリが康太の愛車「ことね一号」だ。二十四インチ、六九九〇円の彼女とは、雨の日も、風が強い日も、もちろん夏の溶けるくらい暑い日もいつでも行動を共にしてきた。仲の良い同級生が他のロードバイクに心を奪われ、かけなしの仕送りを投入してまで新品を手に入れた時も康太は彼女を見捨てはしなかった。しかし、そんな彼女との生活も四年目を向かえるとどうしても意思の疎通が難しくなってくる。
「ことね、君のペダルはどうしてこんなに重いんだい?」
立ちこぎしながら彼女に問いかけてみた。康太よりも遅くに寮を出た後輩たちにスイスイ抜かれていくのはいささか気持ちの良いものではない。
「ガタガタ言ってるぞ、先週空気を入れてやったばかりだろ」
彼女はフンっとそっぽを向いてそっけない態度をとる。
これが俗にいう倦怠期というやつか。康太は心でそう思いながら、決して態度には出さぬように平然を装って、
「帰ったらいっぱい油射してやるからな、空気も入れてやるぞ」
心なしか彼女の機嫌もよくなった気がする。
康太が合同チームの監督に就任してから二日目の放課後。今日は学習サポーターのアルバイトが入っていたので、大学の朝練習が終わってから、部屋でシャワーを浴び、資料を整理していつものようにスーツに袖を通して桜高校の一学年の生徒に簿記を教えていた。
『さて、どうしたものかな』
康太は頭の中で今日の練習メニューを組み立てながら三階の窓から見えるグラウンドの方を見つめていると声をかけられた。
「ねぇ、ねぇってば」
振り返り、声の主を捜すと、みんなが黙々とプリントを進めているにも関わらず、ひとりつまらなそうにこちらをみている女子生徒と目があった。
「ねぇ、あんたに言ってんだけど」
「あぁ、僕に言ってたの?」
声をかけてきたのは、黒に染めた髪が薄く茶色に戻りかけたいかにも思春期をこじらせた感じで、康太にとって一番苦手なタイプの女子生徒だった。たしか初日の補習に参加してなかった子だ。
「なにか分からないところでもあったかな?」
康太はいきなりあんた呼ばわりされたことに面食らいながらも大人としての余裕を醸し出しあくまで紳士的なふるまいで女子生徒に近づいていく。
「分からないことっていうか、今アンケートとってんだけど」
「アンケート?」
康太がオウム返しのように聞き返してきたことが嬉しかったのかその女子生徒は、にんまり笑って、前かがみになると机に肘をつき両手で自分の顔を支えながら言った。
「私さ、夏休みに入ったら学校辞めようと思ってるんだけど、どう思う?」
康太はいきなりの発言に息継ぎを失敗し激しく咳き込んだ。その姿を見てその女子生徒は高らかに笑う。
「先生、面白いね、名前なんて言うの?」
「菱田。菱田康太」
「菱田……さん?」
「う、うん」
康太がそう答えると女子生徒はまた高らかに笑った。康太は他の生徒の邪魔になると注意したが気にも留めず笑い続ける。『最近の高校生の笑いのつぼはわからん』
「じゃあ、菱田さん私学校辞めてもいいかな?」
「だめに決まってるでしょ、それにどうして辞めたいの? せっかくの学生なんだからもったいない」
「だってつまらないんだもん。学校辞めればバイトももっとできるし、お金があればなんだってできるじゃん」
そう誇らしげに言った女子生徒に康太は反射的に、
「お金なんて大人になってからも稼げる」
まっすぐに女子生徒を見据えて言った。
「僕は、大学に野球をするために進学した。もちろん最近までプロ野球選手をめざしていたよ。でも僕には才能がなかった。そのかわり同じ夢を持つたくさんの仲間に巡り合えたんだ。そりゃ、四年間で苦しかったことや、つらかったこともあったけど、それを全部ひっくるめても、そのなんだすごくいい経験になったというか、つまり満ち足りた日々を、送れていたかと言われればそんなことばかりじゃないけれど、とにかく学生である間は何と言うかかけがえのない時間で……」
「アハハハハハ! やっぱり菱田さん面白いわ」
女子生徒は机の横にある取っ手にかけたカバンの中に乱暴に筆記用具と渡された課題プリントを放り込むと、さっと席を立ちスライド式の扉に手をかけた。
「今日バイトあるからもう帰るね」
「ちょ、ちょっと勝手に!」
慌てる康太を弄ぶように名前も知らない女子生徒は手を振って、
「明日もくるよ」
それだけ言い残し教室を出て行ってしまった。
二日目の合同練習にまずは全員揃ったことに康太はひと安心した。
昨日とは違い、顔と名前が一致してきた選手たちの動きを再度確認する。まずは選手一人ひとりの特性をしっかり把握するために通常練習の合間にベースランニングや遠投などを組み入れ、各選手のデータを搾取した。見立て通り雄大や総司は平均的にも身体能力が高く、野球以外のスポーツでもそこそこの結果を残すであろう素材だ。その中で唯一の二年生である銀二の走塁センスには驚いた。足の速さこそ平均的だがベースランニングは光るものがある。そのわけは小さい円を描きながらベースの内側を走っていて、遠心力でどうしても外側に広がってしまうときもベースまでの歩幅やスピードを巧みに調整し常に次のベースまでの距離の最短を走っているからだった。加えて太一の肩の強さ。遠投ではただ一人九十メートルもボールを投げていた。昨日の体幹トレーニングでも雄大に比べてあまりつらそうな仕草は見られなかったし、中学の時は外野を守っていたと聞いたが、もしかしたらキャッチャーに向いているのかもしれない。さて問題はこのチームのエースだが、ここはあえて。
「監督、次はバッティングしようぜ」
「まぁ待て、間宮はピッチング練習だ」
康太は太一のキャッチャーミットを拝借し、間宮の前でパンパンと鳴らした。
「なんだよ監督、オレがピッチャーかよ。見る目あんじゃん。見直したぜ」
「そいつはどうも」
康太は雄大にバッティング練習の指示を出すと総司を連れてブルペンのマウンドに立たせた。ブルペンと言ってもマウンドにはかろうじてプレートがあるだけでほぼ平地に近い形状だが、最初からこれ以上は望んでいない。
「いくぜ監督! びびんなよ」
プレートに足をかけ体全体を小刻みに揺らすとその反動で勢いよく足をあげる。振り上げた足をそのまま下ろすことで腕を思いっきり振り下ろす。投じられたボールは康太が構えていたところから大きく外れていった。
「どうだ! オレの剛速球は!」
「剛速球はともかく、これじゃあ試合になんないぞ」
「あぁ(怒)」
返球されたボールをグラブで乱暴にキャッチするとマウンドを思いっきりスパイクで蹴った。正直に言って、総司の球速はマックスでも一三〇キロと言ったところだろう。アベレージを考えると一二〇キロ半ばと言ったところだ。甲子園を目指すならともかくとして一回戦を勝ち抜くには十分すぎる球速だと思うが、コントロールの悪さには困ったものだ。
「もっと肩の力を抜いて、投げ急ぐんじゃなくて体重移動で投げるイメージだ」
「うるせぇな、どう投げようがオレの勝手だろう」
「それでしっかりストライクを投げてくれれば文句は言わないよ。でもこれじゃあ試合にならないぞ」
総司は康太の言葉にカッとしたが、ピッチングを辞めることはなかった。康太が雄大ではなく、総司をピッチャーに適用した理由は三つある。その前に雄大には、ピッチャーとして大きな欠点があるということが前提だった。
一つは総司がチームで唯一のサウスポーだったこと。肩も強く身体能力も高い総司を左利きと言ってファーストに置くことはもったいないし、外野にしようとも思ったが総司は大きいフライ、つまり自分の守備位置より後ろのボールを背走して捕ることが苦手だったのだ。そうなるともうポジションはピッチャーしかない。
二つ目の理由は総司の性格だ。最近の高校生には珍しく誰に対してもはっきりと自分の意見を伝えることができる。伝え方には多少の問題があるが、野球は意思の疎通がなにより大事だ。特にマウンドの人間がその意思を示さないことには守備もリズムにのれない。
そして忘れちゃいけないのが三つ目。これがピッチャー総司の最大の理由だったりする。
「監督! ストライク投げるにはどうすればいいんだよ。ちょっとこっちきて教えてくれよ!」
「分かったよ、太一ここからはキャッチャーを頼む」
誰よりも素直でまっすぐな心を持ち合わせていたことがわかったからだ。
ブルペンから総司と太一のバッテリーを呼び戻し、全体の練習に合流させ、康太はバッティング練習の様子を見ていた。雄大にはあらかじめ一巡目のピッチャーを頼み、二巡目のピッチャーに銀二を起用するように指示を出しておいた。
康太がバックネット近くに足を運んだ時には、すでにピッチャーが代わっていてマウンドには銀二の姿があった。その投球練習を見て、打撃陣は一様に口元をにやつかせた。フォームにまったく力みが感じられず、まるで素人丸出しの投げ方だったからだ。ただでさえ雄大のくせ球に手こずって気持ちよく打てなかっただろうからそのうっぷんを晴らそうと活気たっていた。実際に打席に立ったバッターはどんどんバットを振り、さきほどよりいい当たりを連発させた。快音を響かせるたびに大げさなほど喜ぶバッターに康太は違和感を抱き始める。
「なんだよ、昨日は生意気なこと言っていたからどんだけの球を投げると思ったら大したことないじゃん」
同じ幸手工業高校の選手同士が固まっているところでそんな言葉が発せられた。その瞬間、マウンド上の銀二はそちらをグッと睨めつけ冷ややかな口調で言った。
「打たせてあげていることも分からないとは、さすが県内きってのバカ高校ですね」
『しまった。みんな昨日のことそこまで根に持っていたのか』
康太がそう心の中で後悔の念を浮かべ、一触即発の空気をどうにかするために動き出そうとしたその時だった。
「なんだとこの野郎、お前生意気なんだよ」
総司がバットを地面に叩きつけ、銀二の元に近づいて威嚇する。
「一年早く生まれただけで偉そうなんすよ」
銀二も負けてはいなかった。いやそれよりも銀二には他のチームメイトを学校の偏差値や言動で見下すような態度をあからさまにとるくせが見える。
「やめなさい」
康太は喧嘩沙汰になった二人の仲裁に入った。できるだけ怖い顔をして、咄嗟に二人の襟首を掴んだ。グラウンドに流れていた時間が止まる。ここで再び時間を動すためには何か言わなくては、みんなが納得するような深いいことを。
「ど、道具を大切にしなきゃいけないでしょうがぁ!」
勢いで発せられた自分の口からでた言葉に驚いた。たしかにそうだけど、今言うべきことではない気がする。しかも北の国からの「子供がまだ食ってる途中でしょうがぁ」とちょっと被った。は、恥ずかしぃ。急に顔を赤らめ視線を逸らしくちびるを噛みしめる康太に襟首を掴まれた二人はきょとんとして、それを見ている選手たちはポカーンとこちらを眺めている。
「そ、そうだよ! みんな道具を大切にしなきゃ、ほらバットもグラブも泣いてるぞ、いたいよぉって」
雄大の明るい声がグラウンドに響いた。止まっていた時間が動き始める。
「こほんっ、雄大の言うとおりだ。苛立っても道具にあたってはいけない。これはきみたちの一部だぞ」
康太は襟首からそっと両手を離して、無理やり仲直りの握手を交わさせるとパンと大きく手を叩いた。
「ほら今度はオレがピッチャーやってやる、みんなどんどん打てよ、時間もったいない」
そっぽを向きながら当事者たちはゆっくりとマウンドを離れていく。ベンチ前に用意されたバットを手にとって素振りを始める銀二たちを康太はマウンドの上から遠巻きに眺めていることしか出来なかった。
乾いた木とボールがぶつかる気持ちの良い音がグラウンドに当たり前のように響き渡る。康太がマウンドから投げたボールはいとも簡単に外野のフェンスを越えていく。
「ナイスバッティン、キャプテン」
左バッターボックスに立っているキャプテンの関口は一キロもあるトレーニングバットを軽々と振り回し次々に打ち返している。
「変化球を混ぜてくれや」
カーブ、スライダー、チェンジアップ。どのコースに投げ分けても逆らわずに打ち返す巧みなバットコントロールは春季リーグ戦において大きく貢献した。
「よっしゃ、ありがと。もうええわ」
「うぃーす」
康太はかごに入れておいた汗拭きタオルで顔を拭き、空っぽになったかごを転がしながら関口の外野に転がった打球を回収しに行く。
「お前まじでコントロールええわ。打ちやすくてかなわん」
いつの間にか隣にいた関口は嬉しそうに康太の背中をぽんと叩いた。
「いいって、それよりお前のバッティングピッチャーは楽でいい、狙ったところにボールが飛ぶから片付けるのに手間がかからん」
「当り前や、誰や思うてんねん」
関口は高らかに笑うと一直線に外野まで走って行く。康太はその姿を頼もしく、また複雑な気持ちで見つめていた。
関口は、同級生の中で、唯一、一年生からレギュラーを任されていた奴だ。鹿児島県の強豪校出身で甲子園にもレギュラーとして出場を果たした野球エリート。輝かしい実績もありながらその実力も群を抜いていて、五十メートルを五秒九で駆け抜ける俊足と優れた打球感で入部以来センターのポジションを今まで一度も譲ったことはない。更にはバッティング能力も高く、卒業後は社会人野球で都市対抗野球を目標にしながらプロ野球選手を目指すらしい。
「本当になにもかも違うんだよな、同じ人間なのに」
遠ざかる関口の背中を見つめながらそっとつぶやいた。
「おーい、菱田はよう。次の講義が始まるばい。お前もゼミの卒論打ち合わせやろ」
「おう、今行くよ」
康太はかごの持ち手の部分をぎゅっと握りしめて走り出した。
石坂先生の研究室は国際経営学部棟の三階の一室にある。ドアのガラス窓越しから中を覗けば相変わらず机の上は資料の山が出来ていて、来客用のソファーは本来机の上にあるはずの備品が座っている。康太はあたりを見回しまだ先生が教授会から戻ってきていないことを確認する。普通なら研究室に入るためには、ドアの横についてある認証システムにIDカードをタップしパスワードを入れなければいけないが、石坂先生の研究室に限ってゼミがある日はロックをかけていない。これは教授会が長引いた時のためにゼミ生を外で待たせるのはかわいそうだという石坂先生の親心なわけだが、実はパスワードを忘れた石坂先生の親切心にかこつけたジョークだということを康太は知っている。そうでなければ康太自身が暇なときにこうやって幾日も一人コーヒーを挽きたて、来客用のソファーに座りながら優雅な昼下がりの午後を堪能することがないからだ。手挽きにコーヒー豆(東ティモール産フェアトレードコーヒー豆)をいれながらゴリゴリと音を立てている内に入り口のドアが開く。
「菱田くん来てたの?」
「来てました。先生一杯どう?」
「いただこうか」
石坂先生は日に焼けた小麦色の顔をしかめ、ため息をつきながら資料だらけの机の椅子にに腰を下ろした。
「まったく今日も長かったよ」
「それはお疲れ様でした」
康太は淹れたてのコーヒーを石坂先生に手渡す。カップとソーサがガチャガチャと金属音を発し、その間石坂先生は片手で置く場所を作るために資料の山を立てる。その間康太は自分のコーヒーを淹れ終わり二人はほぼ同時にコーヒーを口に運んだ。
「そういえば、お前が先週送ってくれた卒論のテーマと全体の構成よかったよ。あんな感じで進めてくれればいいよ」
パソコンのキーボードをたたく音が聞こえる。どうやら仕事モードに入ったらしい。
「わかりました。でもいいんすか、僕のテーマ関税戦争が世界に及ぼす影響ですよ。しかも構成のほとんどが過去の戦争に関連付けで理屈ばっかの面白くないやつですよ」
「いいんだよ、論文なんて屁理屈が好きな屁理屈人間が書いて評価し合ってるだけなんだから、夜中に読んですぐに寝られる論文を書けたらだれでも大学教授になれる」
エンターを叩く音がして石坂先生は一通り終わった論文をプリントアウトして康太に見せてきた。康太は全文英語で書かれた論文のテーマすら訳することができない。
「これどういう意味?」
「わかんなくていい、読めたってどうせろくなこと書いてないから」
「あっそすか、じゃあ僕は高校行ってきますよ」
「あ、菱田」
思い出したかのように康太を呼び止めた石坂先生は、にこにこしながら、
「負けたら卒業旅行いけないんだってなぁ」
「もう! ほっといてくださいよ!」
いつもより乱暴にドアを閉めると背後から落胆の叫びが聞こえてきた。おそらくコーヒーカップが倒れたのだろう。康太には罪悪感の欠片もなかった。
「よっ、菱田さん」
教室に入るなり声をかけてきたのは、あの女子生徒だった。机の上には昨日渡したはずの課題プリントはおろか筆記用具も、カバンすら持ってきてはいなかった。
「よっ、じゃないよ、勉強する気ないでしょ」
「今日寝坊して午後二時に学校きた」
「逆によく来たね」
「だって三時から菱田さんの授業があるからさぁ、まぁこれでたら帰るけど」
「おいおい」
康太はそう言いながらまんざらでもなかった。誰であれ自分を慕ってくれる人がいることは嬉しい。しかし、この女子生徒にいつまでもかまってられない。康太には他にも生徒の勉強のサポートをしないといけないからだ。
「まぁいいや、とりあえず先生と他の生徒の勉強の邪魔だけはしちゃだめだよ」
「はーい」
わざとらしく手をあげる。授業始まりのチャイムが鳴ると当時に担当の先生が教壇の前に立ち、軽く会釈する。
「そうそう、現金の代わりに受取手形を発行したから、借り方は……」
「おい愛理お前学校に寝に来てるのか!」
教壇に立つ教師の怒号が教室中に響き渡る。康太の視線の先には気だるそうに机に突っ伏しながら惰眠を貪る女子生徒の姿を見た。『そうかあの娘の名前は愛理というのか』
「愛理、お前は本当に」
教師は持っていた教科書を教卓に叩きつけ、必死に怒りを抑えようとする。数秒ほどの沈黙のあと教師は大きく溜め息をつき、落ち着きを取り戻した。
「まったく、これじゃあ進級も怪しいな、他のみんなの邪魔だけはするなよ」
匙を投げ呆れた口調で精一杯の嫌みをこめて言った。
遠回しに落ちこぼれ宣言をされた彼女は、悔しがったり、不貞腐れたりする様子もなくただ机に突っ伏しているだけだった。
「愛理さん、起きなよ」
康太は机の角をコツコツと叩いた。すると、眠そうな表情をこちらに向けた。
「おはよぉ」
「おはようじゃないよ、勉強しよう。せっかく学校にきたんだから」
「えへへ、昨日夜遊びしちゃって」
「夜遊びって」
「何してたか知りたい?」
康太の耳元で囁く。背中まである長い髪が、窓の外から流れる風に漂い優しいシャンプーのいい匂いが鼻先に香る。
「いや、別に……」
「友達と荒野行動してた」
「あっそう」
荒野行動とはおそらく最近人気のスマホ用オンラインゲームのことだ。そういえば野球部の連中が夜な夜なチーム戦と言ってどこかの国の対戦相手と死闘を繰り広げている姿をみたことがあった。
「連勝記録更新中なんだ」
「はいはい」
それにしても康太は高校生の乱れた夜の性事情を聞かされるのではないかと少し期待、いやそうではなく、なんともけしからん。
「勉強しようよ」
「なにが面白いの?」
「面白いとかじゃなくて、なんていうかなぁ」
「ほら答えられないじゃん」
「まぁその……」
康太は口を紡いでしまった。空っぽの頭の中を目まぐるしく回転させなにか適切な答えを見つけ出そうと奔走する。しかし、なんにも思い浮かばない。
「野球だったらなぁ、その面白さが上手く説明できるんだけど」
つぶやく。
「野球? あの暑い中ひとつのボールを追いかけるだけのスポーツのなにが面白いの?」
彼女が何気なく言ったつぶやきに康太が過剰に反応する。
「それが、面白いんじゃないか。それに野球って言うのは奇跡が起こるスポーツなんだ」
「奇跡?」
「そう、奇跡だよ。例えば弱いものが強いものに勝ったり、出来なかったことが出来るようになる。でもそれは一人の力だけじゃなくて、試合に出ている選手たちだけじゃなく、ベンチやスタンド、観客の強く想う力も相まって起こるものなんだ」
つい熱くなって声が大きくなる。気がつけば康太が教師に睨まれていた。
「と、とにかく野球にはそんな魅力があるんだ」
慌てて声を潜める。
「ふ~ん、で菱田さんはそんな奇跡に出会ったことがあるの?」
「それは……ない」
正直に言った。奇跡は起こしたこともなければ、起きた現場にいたこともない。それどころか、野球人生最大のチャンスもケガで棒に振った。
「ないじゃん」
「そうだよ、だからその奇跡を体感するために大学まで野球を頑張ったけど、結局選手時代には見つけられなかった」
「じゃあ、どうしてまだ野球を続けてるのさ」
「どうしてかな、俺にも分からないけどでも自分が目指した夢に責任をとりたいんだ」
本心だった。
「変なの」
そう言われても康太は何も言い返すことが出来なかった。
総司がしっかり練習に取り組んでいることを康太は心強く思った。
「おい、今のいい球だろ!」
「うん、ナイスボール」
「声がちいせぇな、てめぇよぉ!」
キャッチャーの太一に文句をつけながらも総司の顔は爽やかだ。
コントロールをつけるために手先で調整しようとするといつまでたってもコントロールがよくならない。ボールを放すときに指で最後は押し出すので指先の感覚はたしかに大事だが、体全体を使って大きなフォームで覚えていくほうがもっと大事である。そのために一度肩を下げることだ。
少年野球や中学野球では肩を平行にしたまま投げるように指導をされることが多いが、実際名投手と言われてきたオーバースローのピッチャーでそんなふうには投げている選手はいない。
「間宮、もっと手を地面につけるイメージで」
「あいよ、監督。次スライダー」
マウンドから意気揚々に変化球を投げる総司だったが、今度は太一が構えたところから大きく外れる。
「変化球だからって肩の開きが早くなっちゃだめだ。右肩を締めないと、そのためには肩甲骨に目でミットを見るイメージしろよ」
マウンドの隣で口うるさく言う康太に総司ははいはいと聞き流して次のボールを要求した。どうやら早くバッターと対峙したいらしい。
「みんなこれからシートバッティングやるぞ、準備しよう」
康太はグラウンドの選手たちにそう声をかける。シートバッティングとは、内・外野のポジションに野手を配置してより実戦に近い状態で行う打撃練習だ。ノックの後は通常のバッティング練習をしようと思っていたが、総司のピッチングの様子を見て当初の練習メニューを変更する。
「監督、でも一人足りなくなっちゃいますよ」
太一が心配そうに声をかける。たしかに九人しかいないので一人が打席に立つとその分だけ守備に穴があく。康太は少し考え、
「大丈夫だ、抜けたところにオレが入る」
康太は、ファーストのポジションに入り、マウンド上の総司の投球練習を見ていた。少しのアドバイスだけで初めより体重移動がだいぶスムーズになった。マスクを被る太一のキャッチングは相変わらずお粗末だが、遠目から見ても威力があるいい球だ。実際に打席に立った打者のバットからは差し込まれたボテボテのゴロがよく目立つ。三人、四人と連続して抑えるうちに自信に満ちていた表情が次第に確信に変わり、得意げに笑みを浮かべるようになった。康太にはそれが過信に変わっていく前兆に見えて仕方なかった。
「次は、なんだお前か張り合いねぇわ」
五人目の打者である銀二が打席に立った。引き締まった顔つきをしている。簡単な挑発にはのるまいと自制している姿が伺えた。総司の方は、そんな銀二を面白く思っていない様子で、シートバッティングにも関わらず人差し指で銀二を指し今から投げる球種を教えた。その後でにやにや笑うと今度はゆっくりと間をとりさきほどよりも時間をかけながら大きく振りかぶる。その姿はバッターとの一対一の勝負を楽しんでいるというよりも、意図的に挑発しているようにしか見えなかった。
一球目、大きく振りかぶった後、投球動作に移る。康太に言われた通りの体を大きく使ったフォームはくずれることはなかったが、先ほどまでのストレートの時の腕の振りとは明らかに違う。指先を離れたボールはふわっと宙に浮いた。銀二は咄嗟に後ろ足に重心をためて、体が泳いでしまうのを防ごうとするが、ストレートのタイミングで待っていた体は耐えることが出来ずにそのままバットは空をきる。太一が後逸したので一瞬バットにかすったようにも見えたが、それは太一もストレートが来ると思っていたためで、急な変化球に対応できなかったのだと推測できる。
銀二は一度バッターボックスを外して、自分のタイミングを思い出すように二度、素振りをした。二球目、今度はセットポジションをとった総司は、銀二をじらすように長めに静止して、十秒ほどたってからクイックモーションで腕を振った。
「あぶないっ!」
康太が叫ぶ。
銀二はのけぞり、その場に腰をつけた。
ストレートが頭付近を通過したのだ。総司は、謝ることもせず、つまらなそうにマウンドから見下ろしている。銀二はすぐに立ち上がると、怒ることもせずに呆れたようにマウンドを睨んでいた。
「なんだよ、避けないお前が悪いんだろ」
「そうですね、まともにボールを投げられない人に怒っても無駄ですもんね」
「なんだと!」
グラブをマウンドにそっと置いて銀二のほうへ歩み寄った。再びの一触即発の雰囲気。
センターから雄大が総司の元に走って行く間にキャッチャーの太一が銀二を守るように総司の前に出た。選手たちがマウンドとホームベースの中間付近に集まってくる。その様子を康太はファーストから黙って見ていた。
「どけや! デカブツ」
四方から腕や腰を掴まれても威勢だけは失わず、銀二を庇う太一に吠えた。
「お前らいい加減にしろって!」
雄大が騒ぎの間に入ってなだめるが、総司は相変わらず、銀二に飛び掛かろうと暴れている。
「おい! 隠れてないでこっちこいや!」
「ここにいるバカの挑発にのるほど頭悪くないんで」
その言葉に総司だけではなく他の選手も敏感に反応した。
上手くまとめられるかどうか様子をみていた康太だったが収集がつかなくなる前に仲裁に入ってどうにか練習を再開させた。合同チームで高校も価値観も違う選手たちが一ヶ月の短い期間でチームになることの難しさを実感する。勝ち負けよりもしっかり試合になるのかさえ不安になってきた。
「さぁ切り替えて練習再開しよう」
雄大の明るさが今は虚しくも感じられる。このままでは本当に試合どころではなくなってしまう。
一時間後、グラウンドに姿を現したのは校長の金井だった。金井の存在に気が付いた部員たちは一度練習の動きを止めて頭を下げる。金井は桜高校野球部の帽子を被り、胸に校名が入った刺繍の半袖ジャンパーを着ている。そういえば金井はこの合同チームの部長という立場に落ち着いたのだった。金井は一塁側のベンチに腰を下ろすと、そのまま練習の様子を見入っていた。
すぐ目の前では選手たちが二人一組になってティーバッティングをしている。康太は選手たちの背後に立って、アドバイスをしていた。視線に映った金井に手招きされていることに気が付いた。あくまでも見なかったふりを続ける。
「菱田くん、ちょっといいかな」
金井に声をかけられ、しぶしぶベンチへと歩み寄った。帽子をとって金井の前に立つ。心の中であんたに構っているひまないんだと思いながら。
「私の気のせいかもしれないけど、なんか雰囲気悪くない? 喧嘩でもしたの?」
急に金井が核心に迫ることを言ってきたので、康太は視線をわかりやすく逸らしてしまった。
「どうしてそう思うのですか?」
「だって、みんなぎすぎすして練習に身が入ってないように見えるんだ」
金井は立ち上がると康太の背後に目を向けた。つられて康太も振り向く。二人でペアを組み、一人余った銀二は雄大と太一のペアに加入したがさっきから一人で素振りばかりしている。他の選手たちも総司の顔色が気になるのか、ちらちらと横を向いていた。
「見てても楽しそうにやってないよね」
「真面目にやっているだけですよ」
不機嫌になり言葉を吐き捨てた。金井は康太の横顔に目をやった。それから思い出したように。
「今週の土曜日に練習試合を申し込んだ」
「土曜日って明後日じゃないですか」
金井の言葉に康太のまなざしは険しくなる。こんな状態で試合なんかしたら、チームが崩壊しかねない。
「せめて来週にできないですかね」
「なにを言ってるんだね、夏の大会まで組み合わせ次第ではあと一ヶ月を切っているんだ。県内の高校と練習試合をするタイミングだって今週が最初で最後だよ、ただでさえ合同チームと試合してくれる高校少ないからなおさらだ」
「し、しかしチーム状態と言うものがありまして」
低い声と鋭い視線を向けても金井は臆することはなかった。
「いやぁ楽しみだな私ベンチに入る試合ひさしぶりなんだよ」
そう言って満面の笑みを浮かべる金井に康太は耐えられなくなって軽く会釈し、グラウンドに戻った。
その日の練習が終わってから、康太は雄大と太一に声をかけられた。他の部員とは別に三人で駅まで向かった。
駅の近くにあるコンビニで期間限定割引セールのチキンと飲み物を二人に奢る。二人とも小腹が減っていたのか、簡単なお礼をすますと無言でかぶりついた。十秒もしないうちにたいらげるとようやくそこで息をついた。
「監督、銀二のことなんですけど」と雄大が口火をきる。
康太はそうだなと頷いた。大方予想はついていた。
「やっぱり銀二は他のメンバーと仲良くする気はないんですかね?」
問いかける口調だったが、なんとなく言いたいことは分かる。
「二ノ宮と同じ高校の選手はなんて?」と質問を返した。
「銀二のことを聞いてもみんないい顔しないんだ。ただあいつの親はめんどくさいからあんまり関わらない方がいいって」
わずか数日にしていろんなことが分かってきた。銀二があそこまで他人を見下す態度をとるのは銀二だけの問題ではないらしい。
「僕は、間宮くんの方が心配です。二ノ宮くんの態度も悪いけど、間宮くんは思い通りにならないことがあるとすぐに怒鳴り散らすし」
総司とバッテリーを組む太一はこの数日間でだいぶ参っているようだ。
「大丈夫だよ、ああいうタイプはピッチャーには割と多い。俗にいうおれ様ピッチャー。問題はたくさんあるがそれは夏の大会までに指導しておくさ」
康太が太一をなだめるように言った。
「あと今日の練習終わりに校長が言っていた練習試合だけど、先発は間宮でいく」
「やっぱり……」
太一は嘆く。
「太一そんな顔すんなよ、男だったらどんとかまえろ」
雄大が笑いながら太一の背中をばんと叩くとふっと場が和んだ。言った本人も頬をゆるめ、手に持ったスポーツドリンクをがぶ飲みした。戦力として、個々の力はあまりにも物足りない。しかしなにも甲子園を目指して戦おうって言うんじゃない。一回戦だけ勝てればいい。それだけなら運悪くシードもれした強豪校と当たらない限り今の戦力でも十分に戦えるだろう。しかし、九人しかいないチームに置いて最も大事にしなければいけないのは団結力。あと強いてあげるなら個々の勝ちたいと思う気持ちだ。
「雄大」
駅の改札まで見送りに来てくれた雄大に声をかける。
「なんですか?」
「明日改めてチームの前で発表するが、このチームのキャプテンを任せたい」
「俺にキャプテンを?」
「お前しかいない頼んだぞ」
そう言って電車のホームへ向かう。背中越しに「ありがとうございます」と元気な声が聞こえて二人は駆け出した。
一番 大野雄大 中堅手(三年)
二番 三河芳樹 三塁手(三年)
三番 間宮総司 投手 (三年)
四番 穂浪太一 捕手 (三年)
五番 河野道弘 左翼手(三年)
六番 鹿野翔 二塁手(三年)
七番 斎藤和彦 一塁手(三年)
八番 野々村朔 遊撃手(三年)
九番 二ノ宮銀二 右翼手(二年)
初の練習試合に備えて、康太はざっと先発メンバーをノートに書き込んでみた。三年生が八人。二年生が一人。九人しかいない力量と守備位置を考えれば、必然的にこの通りになる。太一には悪いがやはりピッチャーは総司だ。急造チームのマウンドを任せられるのは少々荒っぽいが勢いのあるやつの方がいいと思う。
一番打者の起用はずいぶん悩んだがここは元気印の雄大を選出した。キャプテンとしてチームを引っ張ってもらう以上一番打席に立たせて出塁すればきっと盛り上がるだろう。
「菱田さん、それメンバー表?」
背後から声がした。振り向くとそこに鈴木が座っていた。そうだ今はアルバイト中だった。他の生徒にバレないように康太はノートを閉じ脇に挟んだ。
「明日、練習試合があるんだ。このグラウンドでやるんだけど見に来るかい?」
「じょーだん、でも相手はどこ?」
「お隣の杉戸工業高校」
練習試合の交渉は校長の金井が介して行ってくれた。康太は彼女の隣にぽっかり空いた席に座る。今日は爽やかな柑橘系の柔軟剤の香りが鼻をくすぐってくる。
「ふ~ん強いのそこ?」
「さぁどうかな」
「勝てそう?」
「さぁどうかな」
「なにそれ、やっぱりつまらない」
急に声の調子が変わった。なにか不都合なことを思い出したようにむすっとくちびるをとんがらせた。
「どうして、つまらないって思うんだ?」
「だって勝つか負けるか分からないんでしょ」
「それが勝負というものだから、むしろ勝つか負けるかわからないのがだいご味じゃないか」
「なにそれ? 確実に勝てる勝負以外に面白いものなんてあるの?」
康太の無意識に出た言葉が彼女に火の油を注ぐことになった。女子高生の反発的な視線は現役の大学生が受け止めるには少々荷が重い。しかし、康太も引くわけにもいかなかった。
「勝つか負けるかわからないけど、それでも一生懸命戦うから見ている人は応援してくれるし、多くの感動を生むんだ。俺に言わせれば、必ず勝つと分かっている勝負こそつまらないものはないね」
「菱田さんは他の大人とは違うと思ってたのに、なんかしらけた。あぁあバカみたい」
彼女は前触れもなく席を立つと教室を出て行く。
「おい、またお前か……」
康太は教師の説教よりも早く、教室を飛び出して彼女を追った。
「待ってよ、愛理さん!」
長い廊下に康太の声だけが反響する。呼び止められた彼女は振り返り冷ややかな表情を康太に向けた。それは軽蔑のまなざしと言ってもいいほど淀んでいた。
「わかったでしょ菱田さん、私が授業中教室を飛び出したって大人は誰も追いかけてこない。なぜだか分かる?」
答えられなかった。なぜならその答えを康太はうすうす分かっていたからだ。
「このまえね私、お前は人生の負け組みだって言われたの」
「なんだって」
彼女の口から出た言葉に絶句した。
「なんとなく意味は分かるよ、私バカだし、勉強なんて大嫌いだし。ここに私の居場所がないことぐらい……。だから私は学校を辞めて働くの、若いってだけでちやほやしてくれる大人は多いし、それにお金だって、あいつらより稼げれば勝てるんだ」
彼女は一言一句つっかえることもなくすらすらと心の内を喋っていた。きっとこれが彼女の、彼女なりの叫びだと康太は感じ取った。空っぽのどうしようもない頭を掻きむしりその場で答えを捜そうとする。その時康太は絶対に彼女から視線を逸らしたりはしなかった。今ここで少しでも視線を逸らせば一生彼女の心に誰かの声が届くことがなくなってしまうと思ったからだ。
『考えろ、お前の頭は野球帽を被るためにあるんじゃないだろ。ひねりだせ!』
たった数秒の沈黙は康太には何時間にも感じる。
「俺たちの試合を見に来ないか?」
自分でも何を言っているのか理解できなかった。ただすっとこの言葉だけが心の奥底から出てきた。彼女は呆れた様子で再び康太に背中を向け歩き出す。
「試合は土曜日午後の二時から、待ってるよ!」
彼女が振り向くことはなかった。康太は青色の廊下に視線を落とし、自分の頬を両手で思いっきり叩いた。二十二年間も生きてきて気の利いた言葉の一つも出てこない自分の未熟さと何でも知ったように生きてきた自分の愚かさに嫌気がさした。
『俺は野球で何を学んだんだ?』
視線を上げた先に彼女の姿はなく。代わりに自分の横顔を窓ガラスに一瞬映した。康太は情けない自分がそこに立っていることに気が付いて、しばらくその場を動くことが出来なかった。
そもそも個々のメンバーに対する細かなアドバイスは、練習試合を一つ経験してから行うつもりであった。成功や失敗の具体例などを踏まえて助言したほうがその言葉に説得力がでるからだ。
しかし、このチーム状態では結果次第で空中分解も免れない。そうならないためにも、人生で初めて試合のマウンドに登る総司には、あらかじめこちらから指示を出しておく必要がある。なんたってヤンキーかぶれのいきがり小僧なのだから、序盤で打ち込まれたりなんてしたら不貞腐れて勝手に帰ってしまうかもしれない。バッテリーを組む太一は不安そうに康太の話を聞いていたが、当の総司はやる気に満ち溢れていた。作戦としては、とにかく低めにボールを集めること。投げるテンポが単調になるくせがあるのでランナーが出たら牽制球を入れて投球リズムにメリハリをつけること。投げる前に腕の振りで球種が分かるカーブはタイミングを外す見せ球として使用すること。基本的に太一がサインを出し、総司はそれに従う。チームワークの重視は、我の強い総司のような選手には少しでも意識させておく必要があった。これには理由もある。太一が必要以上に総司に委縮しないための訓練でもあったのだ。
「分かったって監督。オレはこのデカブツの言うことを聞いて投げればいいんだろ」
「そういうこと、間宮は太一のサインを信じて投げればいい」
「はいはい、じゃあそう言うことだからデカブツ打たれたらただじゃおかねぇ」
午後の試合に備えて総司は康太に指示された軽めのランニングメニューを始めた。
まったくあいつは素直に任せたと言えないのか。
「監督、ぼく不安です……」
一人その場に残された太一はさっそく弱音をもらす。『こいつらを足して二で割ったらちょうどいいんだけど』
「大丈夫だよ、打者一巡するまではベンチから配球の指示を送るから頑張れそしてすまん」
康太は安易な励ましの言葉しか言えなかったことに対して謝った。
隙あらば周りを威圧し、荒っぽい言葉で常にマウントをとろうとする総司に苦手意識を抱いているのは、誰の目にも明らかだった。
「分かりました、僕がんばりますよ。それに間宮くんもそこまで悪い奴ではないと思うし」
太一は苦笑いを浮かべながら精一杯元気に答えた。
初試合を前に相変わらず殺伐とした空気は否めなかった。我がままな総司、屁理屈な銀二、朝のミーティングで正式にキャプテンに任命され、気合が入りすぎてさっそく元気が空回りしている雄大。とそのいざこざに巻き込まれる他の選手たち。その中でペアになり笑顔でストレッチをしているのは幸手一校の野々村朔と幸手工業の鹿野翔だった。
「だからやっぱり一話目の導入のインパクトだよな」
「わかるわぁ、完全に俺たちの心鷲掴みにしたよな」
何を盛り上がって話をしているのか気になって近づいてみる。康太はその話の内容からすぐに野球とは関係ない話だと理解した。
「おいおい、リラックスと私語は意味が違うぞ」
「あ、監督」
朔がばつが悪そうに顔を歪める。
「あのさ、監督さんはゾンビランドサガって見たことある?」
「ゾンビ?」
未だに興奮冷めやらずお構いなしに翔は言った。呆気にとられた康太は自分の記憶の中にあるゾンビの姿を思い浮かべる。
「ゾンビってあのゆっくり歩く死体のことか?」
真面目にそう答えて失笑された。
「アニメのことです」
すかさず朔のフォローが入る。
「アニメか、アニメ見ないからなぁ」
「まじで、監督さん人生損してますぜ」
「そ、そうかなぁ」
「そうっす」
「それに関してはオレもそう思います」
十八歳そこらの高校生に人生云々をとやかく言われる筋合いはないがそこまで言い切られると康太としても反論しずらい。
「監督さん、朔のやつ勉強しかしてないつまらない奴だと思ったらけっこう好きなアニメのセンス良くて、宇宙よりも遠い場所とか、リゼロとか、フェイトとか、他にも……」
「分かった分かった。まぁなにがきっかけでも仲良くなったならけっこうだ。でもグラウンドに居るときはなるべく関係ない話は、な」
康太は念を押すように優しく諭すと二人は納得してくれたようだった。それにしてもまさかアニメがきっかけに仲良くなるとは。康太は今まで野球だけが自分の全てだったので野球に共通する友達しかいなかった。プロ野球選手になることを目指しすべてをかけてきた過去の自分を振り返ると彼らが少し羨ましくも感じたりする。
杉戸工業高校との練習試合は、桜高校のグラウンドで行われる。午前中を使ってグラウンド整備を行い、イレギュラーがないように小石をとった。審判は県の高野連から一名、公式審判員を派遣してもらい、主審をお願いした。残りの審判は相手チームの一年生にやってもらうことになっている。康太にはその派遣された審判員に見覚えがあり声をかけた。三年生の春季リーグ戦前に審判講習会の会場に大学のグラウンドを貸した時に仲良くなった中村さんだ。
「何やってんの菱田くん?」
「監督です、まぁいろいろありまして」
「ふーん」
中村さんはそれだけ言ってそれ以上は聞いてこなかった。
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