3 / 4
大正美人の敵討
覚悟あるならわかるよな
しおりを挟む
探偵事務所の文字の前には骨川という名前が消えかけていた。少女を出迎えた広間の棚には怪しげな本や歴代のコレクターに愛でられたであろう様々な人形が博物館の展示の様に並んでいる。これだけの数を綺麗に整頓するのは一仕事だろう。
カウツは薄暗い部屋の明かりをともし、窓を開ける。
タングステン電球が切れかかって、広間を照らすには太陽の光も心もとない。
少女はカウツがお茶を用意している間、可愛らしい人形たちを拝見していた。
薄暗さに目が慣れる頃には、それなりに人形の細かな表情や色彩がはっきり見て取れるようになる。
幼いころには、その可愛らしさしか見えていなかったが、教養を得てからは人形の調度の緻密な細工に魅力を感じるようになった。
ふと棚に並べられた一体のひな人形の瞳がこちらを見つめている気がして、少女は手に取った人形をゆっくり戻した。
「学生さんお名前は?」
「たか子です、楠田たか子」
「それでどうなすったたか子さん?」
お茶を呼ばれソファーに腰を下ろしたたか子は、一度息をついて懐から鋭利な短刀をテーブルに置いた。
「今日はお願いがあってまいりました」
カウツはテーブルに置かれた短刀を眺めながら笑止する。
「復讐か、やけに胸元がいびつだったからもしやと思ったが、心躍やかじゃないな。脅しのつもりでそれを出したのかい?」
口調をすごめて睨みを利かせる。たか子はハッとした表情になってから首を横に振り身振り手振りで話始める。
「いえ、こ、これは誤解なのです。ここにたどり着くまでその……いろいろあって、でもお、お話を、あくまでお話を聞いていただきたくて」
「何が誤解だ、脅す気満々じゃないか」
「申し訳ありません」
深々と頭を下げるたか子にカウツはお茶をすすめた。彼女が素直にお茶をカップに口をつけると、カウツはたばこに火をともす。
「で、ご用件は?」
「私の……私の父の仇をうってください」
「復讐ね、まぁ俺も何回か依頼されたこともあるけど、あんなもの果たしたところで一時の気晴らしだ。あまり気持ちの良いものじゃない。悪いことは言わないからやめときな」
「気晴らしなんかじゃありませんわ、私は人生を捨ててでも殺した相手がいるのです」
「ほう」
「私はあの外道のせいで大好きな家族を失ったのです」
たか子の鬼気迫る眼力にカウツはたばこを灰皿に捨てた。
「私の父は貿易商を営んでいました。しかし親友に騙され多額の借金を背負ってしまいました。父は真面目な人だったのでその責任を一人で背負って自決しました。借金は父の生命保険で返済されましたが、父がいなくなった会社を乗っ取るように実権を握ったのはその親友だったのです。父は騙されました」
「まぁあるあると言えばあるあるだな」
大方予想通りの展開にカウツは少し残念そうに二本目のタバコに手をかける。
「女学園を卒業したら私はあの憎き外道に娶られてしまいます。断れば外国に売ると言われました」
「あらま、それはそれはご不幸なこった。ところでたか子さんはいくらで俺を雇おうっていうの?」
「えっ」
「おいおい、お嬢様成果報酬のことだよ。金だ金。いくら払えるの?」
「……ここに50円あります」
テーブルに広げられた札束をカウツは一様に眺めたあと、ため息をついて突っ返す。
「500円だ」
「えっ」
たか子は目を丸くする。カウツは構わずタバコの煙を天井に吐いた。
「困ってますって顔をする輩はいつもそう、そうやっていつでも誰かが手を差し伸べてくれると思ってる。こっちも慈善事業じゃないんでね」
「そ、そんな。ここに来るまでだって大変で、いろんな人に騙されて……もうお金もこれしか……」
「だから甘ちゃんだって言うんだ。世間知らずのお嬢様が人生をとか言ってたって捨てる覚悟すらない」
「ち、違います。私は本当に覚悟を持って……」
「違うって何が違うんだい? 言葉だけじゃ信用ならんなぁ……でももしお前さんの言う覚悟が証明できるなら慈善活動してやってもいいよ」
「……どうすればよろしいですか?」
たか子の恐々とする顔を凝視してから、カウツは含み笑いを浮かべる。
「脱げ、覚悟があればその代償は払えるはずだ」
カウツは薄暗い部屋の明かりをともし、窓を開ける。
タングステン電球が切れかかって、広間を照らすには太陽の光も心もとない。
少女はカウツがお茶を用意している間、可愛らしい人形たちを拝見していた。
薄暗さに目が慣れる頃には、それなりに人形の細かな表情や色彩がはっきり見て取れるようになる。
幼いころには、その可愛らしさしか見えていなかったが、教養を得てからは人形の調度の緻密な細工に魅力を感じるようになった。
ふと棚に並べられた一体のひな人形の瞳がこちらを見つめている気がして、少女は手に取った人形をゆっくり戻した。
「学生さんお名前は?」
「たか子です、楠田たか子」
「それでどうなすったたか子さん?」
お茶を呼ばれソファーに腰を下ろしたたか子は、一度息をついて懐から鋭利な短刀をテーブルに置いた。
「今日はお願いがあってまいりました」
カウツはテーブルに置かれた短刀を眺めながら笑止する。
「復讐か、やけに胸元がいびつだったからもしやと思ったが、心躍やかじゃないな。脅しのつもりでそれを出したのかい?」
口調をすごめて睨みを利かせる。たか子はハッとした表情になってから首を横に振り身振り手振りで話始める。
「いえ、こ、これは誤解なのです。ここにたどり着くまでその……いろいろあって、でもお、お話を、あくまでお話を聞いていただきたくて」
「何が誤解だ、脅す気満々じゃないか」
「申し訳ありません」
深々と頭を下げるたか子にカウツはお茶をすすめた。彼女が素直にお茶をカップに口をつけると、カウツはたばこに火をともす。
「で、ご用件は?」
「私の……私の父の仇をうってください」
「復讐ね、まぁ俺も何回か依頼されたこともあるけど、あんなもの果たしたところで一時の気晴らしだ。あまり気持ちの良いものじゃない。悪いことは言わないからやめときな」
「気晴らしなんかじゃありませんわ、私は人生を捨ててでも殺した相手がいるのです」
「ほう」
「私はあの外道のせいで大好きな家族を失ったのです」
たか子の鬼気迫る眼力にカウツはたばこを灰皿に捨てた。
「私の父は貿易商を営んでいました。しかし親友に騙され多額の借金を背負ってしまいました。父は真面目な人だったのでその責任を一人で背負って自決しました。借金は父の生命保険で返済されましたが、父がいなくなった会社を乗っ取るように実権を握ったのはその親友だったのです。父は騙されました」
「まぁあるあると言えばあるあるだな」
大方予想通りの展開にカウツは少し残念そうに二本目のタバコに手をかける。
「女学園を卒業したら私はあの憎き外道に娶られてしまいます。断れば外国に売ると言われました」
「あらま、それはそれはご不幸なこった。ところでたか子さんはいくらで俺を雇おうっていうの?」
「えっ」
「おいおい、お嬢様成果報酬のことだよ。金だ金。いくら払えるの?」
「……ここに50円あります」
テーブルに広げられた札束をカウツは一様に眺めたあと、ため息をついて突っ返す。
「500円だ」
「えっ」
たか子は目を丸くする。カウツは構わずタバコの煙を天井に吐いた。
「困ってますって顔をする輩はいつもそう、そうやっていつでも誰かが手を差し伸べてくれると思ってる。こっちも慈善事業じゃないんでね」
「そ、そんな。ここに来るまでだって大変で、いろんな人に騙されて……もうお金もこれしか……」
「だから甘ちゃんだって言うんだ。世間知らずのお嬢様が人生をとか言ってたって捨てる覚悟すらない」
「ち、違います。私は本当に覚悟を持って……」
「違うって何が違うんだい? 言葉だけじゃ信用ならんなぁ……でももしお前さんの言う覚悟が証明できるなら慈善活動してやってもいいよ」
「……どうすればよろしいですか?」
たか子の恐々とする顔を凝視してから、カウツは含み笑いを浮かべる。
「脱げ、覚悟があればその代償は払えるはずだ」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる