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Autumn Season
第68投
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久留実は昼食の忙しい時間を厨房で、お客さんが少ない時間帯はウェイトレス役として、料理を運んだり、忙しく働いていた。
本来は合宿の疲れを癒すために三日のオフ期間をもらったのだが、三年生たちにまんまと騙されたのである。「海に涼みに行こう」詩音の軽快な声が脳内で何度も繰り返された。あの時はまさかアルバイトを手伝わされるなんて思ってなかった。到着するまでうきうきしていた自分が腹立たしい。
詩音の家は代々続く歴史ある旅館で、夏の間だけ少数のスタッフが海の家を経営することになっていた。りかこたちによれば毎年詩音の実家のホテルに宿泊する代償として仕事を手伝うのは恒例らしい。
「咲坂さんだっけ、ごめんね手伝わしちゃって」
休憩時間に海の家から少し離れたところにあるのベンチで休んでいる久留実の視線の先には大男の姿が映る。
「これ店の奴で悪いけど、食べてよ」
「ありがとうございます、西野さん」
隣に腰を下ろした大男の西野は久留実にかき氷と焼きそばを手渡たした。その大きな体を包む特大サイズのシャツには「海の家」と「スタッフ」と書かれた文字が印刷されていて、夏の太陽をたくさん浴びた肌は黒くなりうっすら薄皮がむけていた。
「新庄のせいだろ、あいつこの時期にいつも帰ってきてお店手伝ってくれるんだけど、毎回友達に手伝わせてんだよな、巻き込んで悪かった」
「いえ、これはこれで楽しいですし」
「そうか、それならよかった」
西野は軽く微笑んで、右手にもったアイスコーヒーを勢いよく飲み干した。
「ショウタロー、サボってんなよ」
木陰ができたベンチで涼んでいた久留実と西野に向けて遠くから弾んだ高い声が聞こえた。
「サボってねーよ、うるせぇな」
「ほんとか~、いまいち信じられないなぁ」
声の主がだんだん近づいて来て久留実は立ち上がって頭を下げる。
「お疲れ様です、詩音さん。お店戻った方がいいですか?」
詩音は右手を上げて答えると、久留実をスルーして、西野の前におもむろに立つと座っている彼は詩音を見上げる形になる。
「やっぱりサボってる、パパに言っちゃおう」
「お前さぁ社長の娘だからって、調子にのるな。それに俺は海の家の店長だぞ、ここではお前より偉い」
「おっ言うようになったな、社会人三年目は違うね」
なんだか二人で盛り上がっている。久留実はこの空間にいることがなんだかむずがゆくなって辺りをきょろきょろ見回すと、ちょうど近くにいた美雨に手招きされてそそくさとベンチから離れた。
「く~ちゃん、空気を読んで離脱しないとだめじゃん」
「す、すみません。離れるタイミングを逃してしまって」
美雨は微笑ましそうに詩音を見守って、「さ、さ邪魔者は仕事でもしてよ。私としょこたんももう客引きやらないからのんびり仕事できるよ」
久留実の背中を押し海の家に向かって砂浜を歩く。
「西野さんってやっぱり詩音さんの彼氏なんですか?」
「さぁ、でもシッチが野球をやるきっかけを作ったって聞いてるよ」
「詩音さんが野球を?」
「意外だよね、シッチって高校から野球を初めて、中学時代はテニス部だったんだって」
「ほんとですか! 野球歴浅いのにどうしてあんなに打てるんですか?」
「本人曰く、努力と工夫だってさ」
二人は遠目から本気笑いをしている詩音を眺める。
「きっと恋の力かな」
美雨の意見に激しく同意した。
本来は合宿の疲れを癒すために三日のオフ期間をもらったのだが、三年生たちにまんまと騙されたのである。「海に涼みに行こう」詩音の軽快な声が脳内で何度も繰り返された。あの時はまさかアルバイトを手伝わされるなんて思ってなかった。到着するまでうきうきしていた自分が腹立たしい。
詩音の家は代々続く歴史ある旅館で、夏の間だけ少数のスタッフが海の家を経営することになっていた。りかこたちによれば毎年詩音の実家のホテルに宿泊する代償として仕事を手伝うのは恒例らしい。
「咲坂さんだっけ、ごめんね手伝わしちゃって」
休憩時間に海の家から少し離れたところにあるのベンチで休んでいる久留実の視線の先には大男の姿が映る。
「これ店の奴で悪いけど、食べてよ」
「ありがとうございます、西野さん」
隣に腰を下ろした大男の西野は久留実にかき氷と焼きそばを手渡たした。その大きな体を包む特大サイズのシャツには「海の家」と「スタッフ」と書かれた文字が印刷されていて、夏の太陽をたくさん浴びた肌は黒くなりうっすら薄皮がむけていた。
「新庄のせいだろ、あいつこの時期にいつも帰ってきてお店手伝ってくれるんだけど、毎回友達に手伝わせてんだよな、巻き込んで悪かった」
「いえ、これはこれで楽しいですし」
「そうか、それならよかった」
西野は軽く微笑んで、右手にもったアイスコーヒーを勢いよく飲み干した。
「ショウタロー、サボってんなよ」
木陰ができたベンチで涼んでいた久留実と西野に向けて遠くから弾んだ高い声が聞こえた。
「サボってねーよ、うるせぇな」
「ほんとか~、いまいち信じられないなぁ」
声の主がだんだん近づいて来て久留実は立ち上がって頭を下げる。
「お疲れ様です、詩音さん。お店戻った方がいいですか?」
詩音は右手を上げて答えると、久留実をスルーして、西野の前におもむろに立つと座っている彼は詩音を見上げる形になる。
「やっぱりサボってる、パパに言っちゃおう」
「お前さぁ社長の娘だからって、調子にのるな。それに俺は海の家の店長だぞ、ここではお前より偉い」
「おっ言うようになったな、社会人三年目は違うね」
なんだか二人で盛り上がっている。久留実はこの空間にいることがなんだかむずがゆくなって辺りをきょろきょろ見回すと、ちょうど近くにいた美雨に手招きされてそそくさとベンチから離れた。
「く~ちゃん、空気を読んで離脱しないとだめじゃん」
「す、すみません。離れるタイミングを逃してしまって」
美雨は微笑ましそうに詩音を見守って、「さ、さ邪魔者は仕事でもしてよ。私としょこたんももう客引きやらないからのんびり仕事できるよ」
久留実の背中を押し海の家に向かって砂浜を歩く。
「西野さんってやっぱり詩音さんの彼氏なんですか?」
「さぁ、でもシッチが野球をやるきっかけを作ったって聞いてるよ」
「詩音さんが野球を?」
「意外だよね、シッチって高校から野球を初めて、中学時代はテニス部だったんだって」
「ほんとですか! 野球歴浅いのにどうしてあんなに打てるんですか?」
「本人曰く、努力と工夫だってさ」
二人は遠目から本気笑いをしている詩音を眺める。
「きっと恋の力かな」
美雨の意見に激しく同意した。
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