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Summer Camp

第56投

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「くるみ最近疲れてない?」

 芙蓉との打撃練習もすっかり板についてきた。ついにその疲労を隠し切れなくなっていた。

「はは、そんなことないですよ♪」

「いや語尾に♪ つけても分かるよ、それになんかユニフォーム白いし、あと湿ってる」

「えっと、、そんなことないですってははh」

 そんなことあった。りかことの秘密特訓が始まって三日。毎日五十球の投げ込みを課題にして、自分が今まで試合で投げていたアベレージの球速。つまり120キロから123キロの範囲でいかに狙ったところに投げられるようにする練習は球数の疲れというより神経を使う。

 りかこいわくすべてのバッターに対して全力投球をしないで場面や強打者に対してだけリミットを解放する感覚を覚えるためらしい。

 久留実は生まれてから、0か100かの人間だった。今日だってなかなか指定されたスピードで狙ったところへ投げることは容易ではなかった。

「あんたね、そんなことじゃ着替えがいくらあっても足りないわよ」

 りかこはため息をつきながら、駄菓子棒を貪り食べていた

「あ、いっとくけどこれは監督からもらったものであなたに上げる奴じゃないから安心して」

「もう、そんなのどっちだっていいですよ! そんなことよりとなりで音立てて食べるのやめてくれます。集中できないんです」

「はぁ、あんたそんなことでどうやって試合に勝つって言うの?」

 いきなり眼前に現れたきな粉棒に固まる。

「それは……」

「あんたは今、今後再びマウンドに上がれるかどうかの瀬戸際にいるの。この強化合宿のどこかで監督はあなたをマウンドにあげるつもりでいるわ」

「え、でもそれって……」

「そう、品定めよ。あんたが本当にピッチャーとしてマウンドに上がる素質を持っているか、そして、光栄大の……エースになる資格があるかどうかのね」

 りかこは、エースという言葉を絞り出すのにずいぶん苦労した様子だった。

「え、でも光栄大のエースはりかこさんじゃ」

「ふんっ、笑わせないで、満足にチームを勝たせることができない人間がエースを語る資格はないわ」

「でも私は、りかこさんが一番だと思います」

「そう言うところがピッチャー向きじゃないのよ!」

 今度は真剣に怒られた。りかこの声は室内ブルペンを支える鉄の柱に反響する。

「あんたね、これでもピッチャーの端くれならもっと我を強く持ちなさい!」

「それは、わがままになれと?」

「まぁそう捉えてもらっても構わないわ」

「でも……」

「かー、いらいらする! いい! マウンドに上がったらみんな女王様なの。そのくらいの器量がないとピッチャーはだめよ」

 女王様って、久留実はりかこが普段からそんなことを思いながらマウンドに上がっていたのかと思うと急に面白くなってきた。

「何を笑ってんのよ」

「いえ、別に」

「まったく、あんこといいあんたといい今年の一年は生意気な奴が多いわ」

「すみません」

 りかこはスマホの時間を確認する。

「咲坂、もう時間がないからあと十分で十五球投げ切れ」

「はい」

 久留実は一度深呼吸して振り被った。勢いよく振り上げた足が地面につく瞬間に不意にマウンドでSM嬢の格好したりかこが変なマスクしてムチ持って罵っている姿が脳裏に浮かぶ。

「あっ」

 りかこに水風船をぶつけられたのは言うまでもない。


「くるみ?」

「あ、はいすみません芙蓉さん」

 そんなこんなで今に至るわけだが、はぁなかなかうまくいかないなぁ。

 上げられたトスのボールをネットに向かって打ち返す。バッティングも毎日バットを振っているためかだんだん力の入れ方が分かってきた。

「よし、休憩しよう。ちょっとずつだけど打球が強くなってるね」

「ほ、本当ですかぁ」

 芙蓉はそう言って久留実とグータッチしてくれた。

「芙蓉さんは、野球を辞めたいと思ったことはないのですか?」

「なんだよいきなり」

「だって……」

 ーーあまりにも報われないじゃないですか。

 その先は心のうちでつぶやいた。

「いや、まったく僕は野球が好きだからね」

「好きって理由だけですか?」

「うん、きみは野球が好きじゃないのかい?」

「……好きです」

 口に出すと芙蓉はどこか誇らし気に微笑んだ。

「それでいいんだよ、最後までもがき続ける理由なんてそれで充分さ。」

 久留美はその短い言葉の中に芙蓉の強さを見た気がした。
 



「あら、こんな時間まで帰らないでどこへ行っていたの?」

「先生」

 菜穂はグラウンドに隣接された寮の前にいたりかこに声をかけた。

「いえ、別にただきな粉棒を買いに行ってただけですよ」

「そう、久留美もこの短期間でだいぶ仕上がってきたのね」

 菜穂は嬉しそうに微笑んだ。

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