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Summer Camp

第52投

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 リーグ戦とは違い試合の勝ち負けよりも個人の結果が重視される。

 久留美のチームは試合には勝つことができたが個人の成績は三打数無安打。

 あんこは四回を被安打二と抑え後続のピッチャーから点を奪うことができたが個人の成績としては評価に値しない。

 芙蓉は一安打一犠打と要所で活躍をするも目立った印象はなく試合が終わってからの自主練習の時間ひたすらにフォームチェックを繰り返していた。

 芙蓉と出会ってまだ数日だが彼女のプレーや野球に対しての思いは、間違いなくここにいる誰よりも強い。

 しかしそれだけでは足りないのだ。

 どんなに努力をしていても足りない。それが試合で使ってみたいと思うような技術なのか、闘志なのかは分からないが他の選手に劣る圧倒的ななにかが足りない。

 それは久留実にもうっすら分かった。でもそれがなんなのかははっきりと分からないのだ。

「くるみちゃん夕飯食べにこうよ」

 あんこの誘いに億劫になってそれとなく断ると、あんこは困った顔をする。

「困るよ陽子さんがくるみちゃんを連れて来いってきかないんだよ」

「えっ」

 ――生島先輩って私が殺しかけたあの? 


 生島(陽)先輩は双子の姉でセカンドを守る。先日のオープン戦ですっぽ抜けたボールが頭部に激突して久留美はあわや人殺しになるところだった。

 試合が終わった後あんことともに謝りに行ったのだが……。

「もしかして怒ってるの?」

「いやそうじゃないんだけど、取り合えず来て!」

 あんこに連れられ急いでジャージに着替えるとダッシュで駅前のサイゼリアに集合した。入店すると生島姉妹がすでに着席しており、あんこが「遅れてすみません」と頭を下げるものだから緊張で体が硬くなる。

「まぁまぁ。二人とも座るのさ」

「私たちに気を使うことなんて……ないわ」

 あんこは「はい!」といって素早く座った。

「おいおい、あんこがそこに座っちゃ咲坂ちゃんが座れないじゃないか」

 おごりだからたくさん食べてねと言われたがあんこがメニュー表とさきほどからずっとにらめっこしているものだから呆れた生島(月)が適当に注文し、テーブルは賑やかになった。

 明るい生島(陽)とクールな生島(月)のキャラクターに久留美は板挟みにあいながらも、ご飯を食べながら会話が進めば砕けた女子トークもしてくれる優しい先輩だった。

「へ~じゃあくるみちゃんは彼氏とかいないのか? 意外なのさ可愛いのに、なぁあんこ」

「はい! そうですね不思議っす」

「ぜったい彼氏はつくった方が……いいよ、なにかとね……利用できるし、ね、あんこ」

「はい、月子さんっパないっす」 

 あのお調子者のあんこがこれほどかしこまるとは思いもしなかったがこれはこれで面白いから良しとしよう。

「じゃあお二人は中学からのあんこの先輩なんですか?」

「そう。あんこの守備はあたしが教えたのさ」

「陽子をお手本になんかするから……、相変わらず雑な守備でがっかり」

「いやぁ、やっぱり派手な方がテンション上がりますし……」

「これだからバカは……、ねぇピッチャーからしたら丁寧で確実にアウトにできた方が良いでしょ」

「あはは、そうですね」

 若干圧力をかけられうなづいた。あんこが日常的にこういった先輩の何気ないプレッシャーを受けながら野球をしてきたと思うと、試合での大胆な行動も納得だ。

「ところで陽子さん、芙蓉さんって一軍には上がる見込みはないんですか?」

 一瞬変な間が空いた。陽子も月子も少し顔をしかめる。

「あの人はたぶん誰よりも練習してるけど」

「難しい……というか無理」

 二人は顔を合わせた。陽子は冗談交じりで笑いながら言った。

「そもそもあの人以外の上級生は一軍にいるか、学生コーチになってるのさ。うちは選手層が厚いから見込みがない選手はそうそうに引退して就活を視野に入れたサポートにまわる、正直私には分からないのさ。あの人が試合にも出ないのに努力している理由が」

「私も……同感。無駄な努力はダメだと思う。もっと……時間を有意義に使わないと」

 陽子も月子も笑っていた。二人が言っていることはもっともだ。なのに、

「無駄な努力なんてないと思います」

 久留実は立ち上がって言った。

「くるみちゃん?」

 あんこはとても驚いたように久留実を窺う素振りを見せた。

「たしかに芙蓉さんは、試合には出ていませんがだからといって無駄な努力ではないと思うんです」

「どうしちゃったのくるみちゃん?」

「私芙蓉さんとの練習があるんで失礼します。ごちそうさまでした」

 ポカーンとしていた三人を置き去りにして店を出た。芙蓉がいるバッティングセンターまでの道のりを全速力で駆け抜けた。

 久留実が練習場に戻ると芙蓉は110キロと表示されたバッティングマシンを鬼神のごとく打ち返していた。マシンの微妙なコースの変化に対応しながら右へ、左へ打ち分ける。

「芙蓉さん!」

「やぁ、遅かったね」

 打撃を終えた芙蓉は後ろのネットにかけていたタオルで汗を拭うと小さく息を吐く。

「私にバッティングを教えてください」

「難しいよ。バッティングは一朝一夕で身につくものじゃないから」

 それでもなにか動かなければいけない気がした。ここでなにもかも諦めてしまっては、それまでの気がしてならなかった。

「とりあえずトスを上げるから打ち込もう」

 芙蓉はそういうとボールが山のように入った箱に座ってトスを上げてくれた。自分の前に上がるボールを私は思いっきり叩きつける。なん十球か打ち込んで私はすぐに息を切らした。

「いまいちなんですよね。これだけ力いっぱい振っているのに打球がいかないのはなんでですか?」

 芙蓉はじっと考えると久留実の前足を指さして言った。

「捻転の開放が早いんだよ。だからインパクトの時力が逃げるんだ。踏み出した足が開かないように意識的に踏み込んでごらん」

 言われたとおりに足を上げた前足を内に踏み込んでスイングすると、打球の質が変わった気がした。

「極端だけど今の方がいい力が逃げずにインパクトを迎えられてるよね」

「はい。でも窮屈でインコースをさばくことが難しいです」

「それは感覚的なことだから慣れるまで仕方ないよ。とにかく強い打球が打てないと課題も見えてこない、バッティングに近道はないから努力するのみだよ」

 それから黙々とバットを振り続けた。営業時間ぎりぎりまで打ち響く打撃音が少しずつ強くなる。

「それじゃここまでにしよう」

「ありがとうございました。いてっ」

 久留実は左手に痛みを感じて手の平を確認すると血豆と数か所に皮がむけたあとが出来ていた。

「くるみくん。もしよかったらこれ使っておさがりだけど」

 芙蓉がエナメルバックから取り出したのはミズノのバッティング手袋だった。おさがりの割りにはきれいな状態でまだ新品のゴムのにおいがする。

「これ、まだ新しいですよね」

「うん。でもいいよあげる。ちょうど新しいの使おうと思ってたから」

 つけてみてと芙蓉にせがまれ久留実はかっこよくデザインされた赤と白のツートンカラーの手袋をつけてみた。

「チームカラーの赤とよく似合ってるじゃん」

「はい」 

 芙蓉の嬉しそうな笑顔を見て久留実もつられて微笑んだ。

「じゃあまた明日の練習で」

 芙蓉と別れた後も私はなかなか手袋を外すことができなかった。

「よし明日もがんばろ」

 駅のホームでひとり電車を待つ時間さえももどかしくなるほど久留実の気持ちは高揚していた。
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