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Summer Camp
第47投
しおりを挟む一塁ランナーの美雨はスパイクの歯を地面に食い込ませ、ザッザッと音をたてる。自分に対して背中越しのピッチャーにもその音が聞こえるように何度も何度もプレッシャーをかける。
「美雨のやつあれはプレッシャーというより子供じみた嫌がらせね」
ブルペンから戻ったりかこが呆れたように言った。
「りかこさん、もう投げ込まなくていいんですか?」
久留実の問いかけに不服そうに答える。
「準備はオッケーよ。あんたがおもいのほか抑えているから暇になって戻っただけ、同じ暇ならベンチで声出してた方がいいじゃない」
玄武大学のピッチャーは詩音に向かってまだ一球も投げていなかった。ちょこまかと動く美雨が気になってしょうがないという感じで、さっきから鋭いけん制ばかりしている。
「美雨は人をイラつかせる天才だからね。盗塁をする選手じゃないけど、出塁を許したらピッチャーとしては詩音やソヒィーより嫌よ」
りかこの意見に久留実も賛成だった。菜穂はその様子を見て詩音へのサインを変える。
そのサインに頷く詩音と、膝下にぶら下げた右手で丸をつくる美雨。
ピッチャーはようやくサインに頷くとクイックモーションで初球を投じた。詩音は素早くバントの構えに切り替えるとファーストがプレスをかける。それを確認した美雨は遅れてスタートを切る。
ボール!
高めに外れたボールを見逃し、キャッチャーは飛び出した美雨を殺しに一塁へ送球。生島(陽)が走りながら送球を受けタッチを試みる。
しかしスタートを切っていたと思われた美雨は、瞬時に体を切り返していて一塁に帰塁していた。ファーストが前に出たことでベースが、がら空きになり投げるのを躊躇するかと思ったが、セカンドの生島(陽)の素早いカバーリングにより全力で殺しに来た。
「二度も簡単に二塁には行かせてくれないか」
再びサインを変える。
今度は最初からバントの構えで待つ詩音。ピッチャーが投じた二球目はインコースのストレート。勢いを殺しにくく、バントコントロールも難しいコースに投げ込みプレスしたファーストにゴロを捕らせゲッツーをとる作戦だ。
美雨はすでにスタートを切っているため、万が一フライになったら今度は帰塁できない。
詩音はバントの構えから下半身を動かさず、上半身だけを捻りバットをいつものトップの位置に戻した。前進したファーストが慌てて足を止めたが、すでにボールはスイングの軌道に入っていた。回転力を上げるために後ろ脚を意識的に浮かせた詩音は、インコースの厳しいボールにも対応する。快音を響かせ打球はファーストの左を抜けた。
よし!
ベンチの誰もがそう声をだし、詩音ももしかしたら二塁打になると感じたのではないだろうか。ファーストから目をはなし自分の打球を確認しようとした瞬間。一塁線にグラブが見えた。
生島(陽)だ!
横っ飛びした彼女のグラブのポケットには、しっかりとボールが入っている。
「塩崎!」
生島(陽)の高い声が響き私たちはハッとした。ピッチャーは打たれた瞬間から一塁に身体を向けていて反応が速い。しかし詩音はヒットになると思い込みその分だけオーバーランのために一塁ラインを少しふくらんで走っていた。長さにして一メートル弱、スピードを緩めたそのすきを彼女たちは見逃さない。
アウト!
「サンキュー陽子」
ピッチャーとの競争も及ばず、光栄大学のベンチにため息が立ち込めたその時だ。
「塩崎なにやってるさサードに投げろ!」
生島(陽)がグラブをサードに指して指示をする。玄武大学はピッチャー以外の選手が迷わず三塁を狙った美雨の動きを察知していた。
「あ~もう」
振り向きざまにサードに送球するが間に合わず、美雨はサードを陥れた。
「美雨ナイスランっていうか眞子。あなた完全にボーとしてたでしょっ、三塁コーチャーが相手のプレーに魅了されてどうすんのしっかり指示しなさい!!」
りかこの怒号が響きベンチにいつもの明るさが戻る。
「転んでもただじゃ起きないよ。あんこ先制点は任した」
三塁ランナーの美雨の激励にあんこは笑顔でかえす。
「美雨さんが作ったこのチャンス。ものにできなきゃ女がすたるぜぇ」
「いいからはやく打席に立ちなさい!」
菜穂に急かされあんこはしぶしぶ打席に入る。チーム一のお調子者だがこういった場面に滅法強いあんこは、笑顔でピッチャーにプレッシャーをかけていた。
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