上 下
48 / 72
Summer Camp

第47投

しおりを挟む

 一塁ランナーの美雨はスパイクの歯を地面に食い込ませ、ザッザッと音をたてる。自分に対して背中越しのピッチャーにもその音が聞こえるように何度も何度もプレッシャーをかける。

「美雨のやつあれはプレッシャーというより子供じみた嫌がらせね」

 ブルペンから戻ったりかこが呆れたように言った。

「りかこさん、もう投げ込まなくていいんですか?」

 久留実の問いかけに不服そうに答える。

「準備はオッケーよ。あんたがおもいのほか抑えているから暇になって戻っただけ、同じ暇ならベンチで声出してた方がいいじゃない」

 玄武大学のピッチャーは詩音に向かってまだ一球も投げていなかった。ちょこまかと動く美雨が気になってしょうがないという感じで、さっきから鋭いけん制ばかりしている。

「美雨は人をイラつかせる天才だからね。盗塁をする選手じゃないけど、出塁を許したらピッチャーとしては詩音やソヒィーより嫌よ」

 りかこの意見に久留実も賛成だった。菜穂はその様子を見て詩音へのサインを変える。

 そのサインに頷く詩音と、膝下にぶら下げた右手で丸をつくる美雨。

 ピッチャーはようやくサインに頷くとクイックモーションで初球を投じた。詩音は素早くバントの構えに切り替えるとファーストがプレスをかける。それを確認した美雨は遅れてスタートを切る。

 ボール!

 高めに外れたボールを見逃し、キャッチャーは飛び出した美雨を殺しに一塁へ送球。生島(陽)が走りながら送球を受けタッチを試みる。

 しかしスタートを切っていたと思われた美雨は、瞬時に体を切り返していて一塁に帰塁していた。ファーストが前に出たことでベースが、がら空きになり投げるのを躊躇するかと思ったが、セカンドの生島(陽)の素早いカバーリングにより全力で殺しに来た。

「二度も簡単に二塁には行かせてくれないか」

 再びサインを変える。

 今度は最初からバントの構えで待つ詩音。ピッチャーが投じた二球目はインコースのストレート。勢いを殺しにくく、バントコントロールも難しいコースに投げ込みプレスしたファーストにゴロを捕らせゲッツーをとる作戦だ。

 美雨はすでにスタートを切っているため、万が一フライになったら今度は帰塁できない。

 詩音はバントの構えから下半身を動かさず、上半身だけを捻りバットをいつものトップの位置に戻した。前進したファーストが慌てて足を止めたが、すでにボールはスイングの軌道に入っていた。回転力を上げるために後ろ脚を意識的に浮かせた詩音は、インコースの厳しいボールにも対応する。快音を響かせ打球はファーストの左を抜けた。

 よし! 

 ベンチの誰もがそう声をだし、詩音ももしかしたら二塁打になると感じたのではないだろうか。ファーストから目をはなし自分の打球を確認しようとした瞬間。一塁線にグラブが見えた。

 生島(陽)だ!

 横っ飛びした彼女のグラブのポケットには、しっかりとボールが入っている。

「塩崎!」

 生島(陽)の高い声が響き私たちはハッとした。ピッチャーは打たれた瞬間から一塁に身体を向けていて反応が速い。しかし詩音はヒットになると思い込みその分だけオーバーランのために一塁ラインを少しふくらんで走っていた。長さにして一メートル弱、スピードを緩めたそのすきを彼女たちは見逃さない。

 アウト!

「サンキュー陽子」

 ピッチャーとの競争も及ばず、光栄大学のベンチにため息が立ち込めたその時だ。

「塩崎なにやってるさサードに投げろ!」

 生島(陽)がグラブをサードに指して指示をする。玄武大学はピッチャー以外の選手が迷わず三塁を狙った美雨の動きを察知していた。

「あ~もう」

 振り向きざまにサードに送球するが間に合わず、美雨はサードを陥れた。

「美雨ナイスランっていうか眞子。あなた完全にボーとしてたでしょっ、三塁コーチャーが相手のプレーに魅了されてどうすんのしっかり指示しなさい!!」 

 りかこの怒号が響きベンチにいつもの明るさが戻る。

「転んでもただじゃ起きないよ。あんこ先制点は任した」

 三塁ランナーの美雨の激励にあんこは笑顔でかえす。

「美雨さんが作ったこのチャンス。ものにできなきゃ女がすたるぜぇ」

「いいからはやく打席に立ちなさい!」 

 菜穂に急かされあんこはしぶしぶ打席に入る。チーム一のお調子者だがこういった場面に滅法強いあんこは、笑顔でピッチャーにプレッシャーをかけていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

「学校でトイレは1日2回まで」という校則がある女子校の話

赤髪命
大衆娯楽
とある地方の私立女子校、御清水学園には、ある変わった校則があった。 「校内のトイレを使うには、毎朝各個人に2枚ずつ配られるコインを使用しなければならない」 そんな校則の中で生活する少女たちの、おしがまと助け合いの物語

処理中です...