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Spring Season

第31投

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 せーのっ!
「真咲さん就職おめでとうございます!!」
 春のリーグ戦が終わり女子野球部はつかぬ間のオフを過ごしていた。
 こじんまりとした小さな部室にクラッカーの音と紙吹雪が舞い上がる。
「みんなありがとう。でもまだ内定もらっただけだしそんな大げさな……」
 真咲は照れくさそうに言うと詩音がすかさず割り込んだ。
「なに言ってんすか東証一部上場企業ですよ。すごいですって」
 三年生が真咲をこれでもかというくらいほめてほめてほめちぎるのには理由がある。
 グラウンドではだれよりもストイックに野球に打ち込み何事にも動じない鋼のメンタルを持つ真咲さんの唯一の弱点は褒められることだ。チーム一の精神力を持ち、チーム一身長が小さく童顔の真咲の恥じらいはグラウンドとのギャップでめちゃくちゃ可愛いのだ。
 その姿を見たくて三年生は真咲を必要以上に褒める。
 顔を真っ赤にして手で顔を隠す真咲の姿にりかこでさえ口元を緩ませ、美雨に至っては抱きついて「ま~さんかわいい~」とか言ってるし。
「くるみちゃん今日も自主練するの?」
「うん、まぁ」
 久留美はあの日以来どうにも体を動かさないと居ても立っても居られなくなり大学の外周を走っていた。
 何度かあんこと一緒にランニングをしたみたがあんこはとにかくうるさくてしょうがなかった。気遣ってくれているのはよくわかるが気が散るので察してほしいところである。
「こほんっ。オフ期間中にみんなに集まってもらったのはなにも私の就活報告のためじゃありません。実はある人にこの野球部の監督をやってもらいたいと思って昨日からお願いしているのだけれどなかなか首を縦に振ってくれなくて……」
 監督という言葉に全員の表情が変わる。
「ある人?」
 雅が尋ねる。真咲が口を開く瞬間を一同に待つ。
「経営学部でスポーツ行政論やスポーツビジネス論を教えている蔵田先生って女の人知ってる?」
 蔵田先生? ってあの?
「私と美雨は経済学部だから知らないな、雅、翔子、りかこは知ってるの」
 詩音の言葉にりかこが反応する。
「知ってるもなにもあの人は去年この大学に来たばかりで講義はなかなか面白いけど運動部のことをよく思ってない印象は受けたわ~特に野球部の、翔子もそう感じなかった?」
「そうね。なんか毛嫌いしてたかも」
「そんな野球部嫌いの先生になんで監督お願いしたの? ま~さん」
 美雨が真咲に質問するとおもむろにバッグからなにやら資料を出し始めて部員全員に配った。どうやら何年か前のネットニュースのようだ。
 見出しは。
『埼玉アフロディーテのエース仙崎菜穂。オリンピックでアメリカ打線をねじ伏せ日本代表初優勝に貢献』
「ってこれ私知ってますよもう十年位前のことじゃないですか」
「ワタシハツミミヨ。コノヒトスゴイデスネノゾミハシッテタカ?」
「知ってるよソヒィーちゃん有名だもの」
 真咲は再び資料を配った。全員に行き渡ったところで久留美は次の記事を黙読する。
「この記事にもあるように仙崎さんはその翌年肩を壊してプロ野球を引退している。それから十年間野球の表舞台から姿を消したわ。結婚して名字が変わってたから気が付かなかったけど写真から当時の面影は残るしなによりそれからの経歴がすごいの」
 肩を壊して引退した仙崎選手はその後裏方として女子プロ野球を盛り立てていくGMの立場になって、NPBや社会人野球などと連携してイベントを手掛けたりして女子に対する野球の偏見を払拭した。こうして大学の女子野球が成立するのも仙崎選手の尽力の賜物である可能性もなきにしもあらず。
「でもおかしいよなんでこんな野球大好きの経歴の人が野球嫌いになるんだろう。あたしなんかいつも怒られますよ」
「それはただあなたがうるさいからでしょ」
 あんこにすかさずつっこみを入れるりかこさんに私は心から賛同。
「とにかくこの野球部が強くなるためには必要な人なの。だからこのオフ期間にやることは一つ」
 真咲は人差し指をたてる。
「講義のない日や時間にみんなで蔵田先生の研究室にいって全力でお願いしましょ」
「はーい」 
 目を輝かせるあんこの横で久留美は憂うつになる。
 なぜかって決まってる。
 よりにもよって明日蔵田先生の講義があるからだ。
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