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Spring Season
第21投
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「おいおいコールドになっちゃうよ」
球場がざわつき始めるのがわかった。
初回の攻撃から創世大の打線は毎回のように点をとり、柊は他を寄せ付けない完璧なピッチングを続けている。
6番キャッチャー香坂さん、創世学園高校。
アナウンスと同時に歓声があがる。
ここまで3打数3安打。しかもホームランが出ればサイクルヒットになる彼女の打席にバックネット裏の観客は釘付けになる。
「そう言えば久留美、創世学園ってことは香坂知ってんの?」
「ええ、一応」
「高校時代から活躍してた?」
「......遥夏ちゃんは」
カツーン!
金属バットと白球がぶつかる音が高らかに聞こえる。打球はレフトの頭上で風にのり、フェンスを超えた。
まだ一年生だと言うのにガッツポーズもせず淡々とベースを回る遥夏の姿に久留美は圧倒されていた。
ゲームセット。
5回の攻防が終了し審判が整列を促す。
15対0。前回の秋季リーグ2位の東京国際学院大学が手も足も出ないほど、創世大学の強さは異次元だ。
「久留美ちゃんすごい試合だったね、あれ?」
隣に座っていたはずの久留美の姿が見つからず、あんこは視線を左右上下に動かす。
「咲坂なら5回表にトイレに行ったきりよ」
立ち上がってりかこが答える。
真咲は少し考えてから、
「駿台大学も5回まで見ていこう。格下でも油断は禁物だから」
真咲の言葉を聞いてりかこは座り直した。
久留美はスタンドに戻ることができなかった。グラウンドで藍色のユニフォームに袖を通した遥夏の姿を眺めるのが怖くなったのだ。
球場外にある自動販売機の影に隠れるように試合終了のサイレンを聞いた。
ーーもう少ししたら戻ろう。
早くグラウンドから藍色の集団が消えることを祈り久留美はグラウンドに背中を向けていた。
「咲坂久留美、私には挨拶もなしか」
ビクッとして振り返る。久留美は口をパクパクさせながら、
「せいぎさん......」
次の言葉が出てこない。
目の前にはアンダーシャツの上からアイシングをほどこしている柊正義が仁王立ちしていた。
「また野球を始めたんだな、嬉しく思うぞ」
予想に反して柊は顔を緩ませた。しかし高らかに笑っている柊の目の前で久留実はこの空間からどうやったら逃げられるか必死に探していた。
「久留実が野球部をやめてから私はずっと気にかけていたぞ、しかし遥夏に訊いても答えてくれないし、もう野球をやめたとばかり思っていたぞ」
「あ、あの……」
「慶凜大学戦のピッチングはよかった、次は私との投げ合いに……」
また始まったと思った。柊は当時から人の話しを聞かず、自分の憶測でずっと話を進めてくる。
「せいぎさん、ミーティング始まりますよ」
その声を聞いた瞬間、苦笑いしていた顔が一気に強張った。
「遥夏か、はやいな」
遥夏はしっかりと久留実を視界に入れていたが、すぐに柊の左腕を引っ張った。
「ミーティングなんて大学に帰ってからでもいいだろう」
「ダメです、指宿さんに怒られます。せいぎさんは自分以外のことにテキトーすぎますよ」
「わかった、わかったからもう引っ張るな」
そう言って柊は遥夏の手を振り払い久留実に手を振った。
「……まだ怒っているのか」
「何がですか?」
「咲坂久留実にだ」
「別に怒ってませんよ。ただ……
遥夏は少し間沈黙して、自動販売機の前で背中を丸めている久留実をちらりと眺める。
「次の試合で完膚なきまでに打ち倒すまでです」
「この前の創世大の試合すごかったよね」
月曜日の二限目のスポーツビジネス論の時間中あんこは久留美の隣でずっと興奮気味に話しかけてきた。
「ちょっとあんこ静かにしないと先生に怒られるって……」
「だってくるみちゃん秋季二位の東京国際学院大を五回コールドだよ。やばくない!?」
確かにやばいほど強かった。あの後創世大の打線は毎回のように点をとり柊は三安打完封。二塁を踏ませず完璧なピッチングだった。
虹村率いる東京国際学院大から二勝を奪い勝ち点でリーグ単独一位にたったのだ。
「今年の春も全勝優勝する勢いはあるよね。まぁ連勝はうちらが止めるけど……」
「そこの前から五番目に座るあなたたちさっきからうるさい。講義が終わったら私のところに来なさい!」
え、あなたたち? 私も入ってるの?
「えへへ、怒られちゃったね。私たち」
ただ一方的に話しかけられていただけなのに巻き添えを食らってしまった久留美の胸中は穏やかではない。
しかしあんこは悪びれる様子もなく笑っている。本当なら嫌みのひとつでも言いたいところだが彼女は決して悪気があったんじゃない。
だからたちが悪い。
久留美は何処にもぶつけられないもやもやを抑えスクリーンに映された文字をノートにいつもよりきれいに書き記した。
「あなたたちは講義を受けに来たのかそれともお喋りをしにきたのか分からないわ」
誰もいなくなった教室に残された久留美たちは当然お説教を受けた。スポーツビジネス論は一、二年生が多く受講しており人数も多いため少し大きな教室で行われることから誰かひとりが話をしだすとひとりまたひとりと口を開いてやがて騒がしくなる。
「蔵田先生。ごめんなさい私たち女子硬式野球部で、あの、試合のことで話してて……」
蔵田先生こと蔵田菜穂は今年から光栄大学に勤務する准教授で、前職はプロスポーツ選手の引退後のセカンドキャリア設計をコンサルティングする仕事をしていたそうだ。
「野球? あなたたちが」
あんこの言葉を聞いて菜穂の目つきが変わる。
「野球部だからなに? 試合があるからって講義中におしゃべりしてもいいわけじゃない、プレイヤーである前にあなたたちは学生ですよ」
「すいません」
久留美が謝ると菜穂は呆れたようにため息をついて今回は許してくれた。
もう一度謝って久留美たちが教室から出ていこうとしたとき不意に呼び止められ名前を聞かれた。
「咲坂です」
「安城こなつです。セカンド守ってます。あ、くるみちゃんはピッチャーです!!」
そこまで聞いてないと注意されたあんこはにこりと笑い教室をでた。久留美はもう一回謝ってあんこのあとを追う。
「だからただ野球やってるやつは嫌いなのよ……」
菜穂の口からそう聞こえたような気がした。
球場がざわつき始めるのがわかった。
初回の攻撃から創世大の打線は毎回のように点をとり、柊は他を寄せ付けない完璧なピッチングを続けている。
6番キャッチャー香坂さん、創世学園高校。
アナウンスと同時に歓声があがる。
ここまで3打数3安打。しかもホームランが出ればサイクルヒットになる彼女の打席にバックネット裏の観客は釘付けになる。
「そう言えば久留美、創世学園ってことは香坂知ってんの?」
「ええ、一応」
「高校時代から活躍してた?」
「......遥夏ちゃんは」
カツーン!
金属バットと白球がぶつかる音が高らかに聞こえる。打球はレフトの頭上で風にのり、フェンスを超えた。
まだ一年生だと言うのにガッツポーズもせず淡々とベースを回る遥夏の姿に久留美は圧倒されていた。
ゲームセット。
5回の攻防が終了し審判が整列を促す。
15対0。前回の秋季リーグ2位の東京国際学院大学が手も足も出ないほど、創世大学の強さは異次元だ。
「久留美ちゃんすごい試合だったね、あれ?」
隣に座っていたはずの久留美の姿が見つからず、あんこは視線を左右上下に動かす。
「咲坂なら5回表にトイレに行ったきりよ」
立ち上がってりかこが答える。
真咲は少し考えてから、
「駿台大学も5回まで見ていこう。格下でも油断は禁物だから」
真咲の言葉を聞いてりかこは座り直した。
久留美はスタンドに戻ることができなかった。グラウンドで藍色のユニフォームに袖を通した遥夏の姿を眺めるのが怖くなったのだ。
球場外にある自動販売機の影に隠れるように試合終了のサイレンを聞いた。
ーーもう少ししたら戻ろう。
早くグラウンドから藍色の集団が消えることを祈り久留美はグラウンドに背中を向けていた。
「咲坂久留美、私には挨拶もなしか」
ビクッとして振り返る。久留美は口をパクパクさせながら、
「せいぎさん......」
次の言葉が出てこない。
目の前にはアンダーシャツの上からアイシングをほどこしている柊正義が仁王立ちしていた。
「また野球を始めたんだな、嬉しく思うぞ」
予想に反して柊は顔を緩ませた。しかし高らかに笑っている柊の目の前で久留実はこの空間からどうやったら逃げられるか必死に探していた。
「久留実が野球部をやめてから私はずっと気にかけていたぞ、しかし遥夏に訊いても答えてくれないし、もう野球をやめたとばかり思っていたぞ」
「あ、あの……」
「慶凜大学戦のピッチングはよかった、次は私との投げ合いに……」
また始まったと思った。柊は当時から人の話しを聞かず、自分の憶測でずっと話を進めてくる。
「せいぎさん、ミーティング始まりますよ」
その声を聞いた瞬間、苦笑いしていた顔が一気に強張った。
「遥夏か、はやいな」
遥夏はしっかりと久留実を視界に入れていたが、すぐに柊の左腕を引っ張った。
「ミーティングなんて大学に帰ってからでもいいだろう」
「ダメです、指宿さんに怒られます。せいぎさんは自分以外のことにテキトーすぎますよ」
「わかった、わかったからもう引っ張るな」
そう言って柊は遥夏の手を振り払い久留実に手を振った。
「……まだ怒っているのか」
「何がですか?」
「咲坂久留実にだ」
「別に怒ってませんよ。ただ……
遥夏は少し間沈黙して、自動販売機の前で背中を丸めている久留実をちらりと眺める。
「次の試合で完膚なきまでに打ち倒すまでです」
「この前の創世大の試合すごかったよね」
月曜日の二限目のスポーツビジネス論の時間中あんこは久留美の隣でずっと興奮気味に話しかけてきた。
「ちょっとあんこ静かにしないと先生に怒られるって……」
「だってくるみちゃん秋季二位の東京国際学院大を五回コールドだよ。やばくない!?」
確かにやばいほど強かった。あの後創世大の打線は毎回のように点をとり柊は三安打完封。二塁を踏ませず完璧なピッチングだった。
虹村率いる東京国際学院大から二勝を奪い勝ち点でリーグ単独一位にたったのだ。
「今年の春も全勝優勝する勢いはあるよね。まぁ連勝はうちらが止めるけど……」
「そこの前から五番目に座るあなたたちさっきからうるさい。講義が終わったら私のところに来なさい!」
え、あなたたち? 私も入ってるの?
「えへへ、怒られちゃったね。私たち」
ただ一方的に話しかけられていただけなのに巻き添えを食らってしまった久留美の胸中は穏やかではない。
しかしあんこは悪びれる様子もなく笑っている。本当なら嫌みのひとつでも言いたいところだが彼女は決して悪気があったんじゃない。
だからたちが悪い。
久留美は何処にもぶつけられないもやもやを抑えスクリーンに映された文字をノートにいつもよりきれいに書き記した。
「あなたたちは講義を受けに来たのかそれともお喋りをしにきたのか分からないわ」
誰もいなくなった教室に残された久留美たちは当然お説教を受けた。スポーツビジネス論は一、二年生が多く受講しており人数も多いため少し大きな教室で行われることから誰かひとりが話をしだすとひとりまたひとりと口を開いてやがて騒がしくなる。
「蔵田先生。ごめんなさい私たち女子硬式野球部で、あの、試合のことで話してて……」
蔵田先生こと蔵田菜穂は今年から光栄大学に勤務する准教授で、前職はプロスポーツ選手の引退後のセカンドキャリア設計をコンサルティングする仕事をしていたそうだ。
「野球? あなたたちが」
あんこの言葉を聞いて菜穂の目つきが変わる。
「野球部だからなに? 試合があるからって講義中におしゃべりしてもいいわけじゃない、プレイヤーである前にあなたたちは学生ですよ」
「すいません」
久留美が謝ると菜穂は呆れたようにため息をついて今回は許してくれた。
もう一度謝って久留美たちが教室から出ていこうとしたとき不意に呼び止められ名前を聞かれた。
「咲坂です」
「安城こなつです。セカンド守ってます。あ、くるみちゃんはピッチャーです!!」
そこまで聞いてないと注意されたあんこはにこりと笑い教室をでた。久留美はもう一回謝ってあんこのあとを追う。
「だからただ野球やってるやつは嫌いなのよ……」
菜穂の口からそう聞こえたような気がした。
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