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Spring Season
第11投
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「久留美なんか最近ホントに楽しそうだな」
父の誕生日会が終わってリビングでまったりバラエティーを見ているとお風呂上りの父が話しかけてきた。上半身に服をまとっておらず下っ腹が出てるのがよく分かった筋肉質だった昔の面影をすっかりなくした姿に母は呆れている。
「お父さん鍛えたらいいのに」
「勘弁してよ、あ、風呂あいたからどうぞ」
「いやいやおっさんのあとの湯船につかれないでしょ」
父はため息をついて冷蔵庫の麦茶をコップに注いだ。
「昔はお父さんっ子だったのになぁ」
「いつの話してんのよ」
父は隣に座ると白々しく視線に入ってきた。うざかったので睨んでやったら父はエルボーガードを持っていて思わず「えっ」と声を上げる。
「打席入るとき肘守るのに必要だろ」
「なんで野球やってんの知ってるの」
父は笑っている。何でもお見通しだよって言いいながら。母にそれとなく野球を始めたと言ったが父にはなにも言っていなかったし最近仕事も忙しそうで帰宅する時間も夜遅いから分からないと思っていたのに。
「日曜日、こっそり試合を見にいったんだ。くるみがベンチから声を出しているのを見て楽しそうに感じたよ。じいちゃんが死んでから元気なかったから父さん安心してな。ピッチャーやるんだったら肘のガードはいるだろう今日スポーツ店で買ってきたんだ」
「もうこそこそ見るんじゃなくて堂々と見ればいいじゃん。しかも日曜日は投げてないし私。でもまぁ、ありがと」
父から顔を背けた。なんとなく父の顔を見るのが恥ずかしかったからだ。
「まぁ頑張んなさい。志は高く、目標は低く。これ父の格言」
「意味わかんない」
「分かってたまるかよまだ二十歳にもなってない小娘に」
シャワーを浴びてからおやすみと言って二階に上がった。父からもらったエルボーガードをさっそく装着して構えるとなんだか強打者になった感じがした。
今ならソヒィーさんのように打てる気がする。
明日はランニングがメインになるがバッティング練習がないわけではないし一応打席には立つし持っていこうとエナメルバッグにエルボーガードをしまった。
朝練になった、昨日の夜ラインで練習時間が変更になったのだ。というのも四年生の真咲が就職活動で三年生も就職セミナーがあり放課後の練習に支障をきたすというものだった。そのため五時五十分の電車に乗るために朝の五時に目覚ましをセットして眠りについた。までは良かったのだが起きたのは六時五分。電車はもう出た後だった。七時集合なのに五分で準備して家を出ても次に来る電車に間に合う保証はない。父のいる寝室に走った。ドアを乱暴に開けて強引に体の上に飛び乗る。ぐふううぅ。父はそう唸ると目を覚ました。
「お父さん助けて」
娘の悲痛の叫びに父は飛び起きて何事かと急いで枕もとの眼鏡をつける。父の視界に映ったのは半泣きの娘だ。
「なにがあった」
「寝坊した。車で駅まで送ってぇ~」
父は時計を確認すると勘弁してよといいながら寝巻きのまま車のエンジンをつけに行った。慌てて乗り込むと車は勢いよく発進した。
「その河川敷のグラウンドはどこにある住所とか分かるか?」
住所を調べて父に教えるとカーナビに入力した。どうやら最後まで付き合ってくれるらしい。
「まったくお前もお母さんによく似て朝に弱いなぁ」
たしかに母は、あれだけ寝室でどたばたしていたのに気持ちよく寝息を立てていたし起きる気配がなかった。
「ごめんねぇお父さん」
「その困ったときに語尾を延ばすところもお母さんそっくりだ」
河川敷のグラウンドに着いたのは六時五十分だ。
危ない、危ない。遅れたらりかこさんに何を言われるか、想像しただけで恐ろしい。
久留実は父に今世紀最大の角度で頭を下げて感謝の意を表した。父は笑いながら手を振ると来た道を颯爽と戻っていく。グラウンドにはすでに上級生たちが来ていた。挨拶を済ませ真咲の前に集合する。
「上級生の都合でごめんなさい。一時間集中ちてやれば濃い練習はできるから今日は守備をメインにやろう。各自アップを済ませキャッチボールの後に野手はシートノックに入る。りかこ、くるみちゃんもノックに入ること。ノックが終わったあと野手はノルマの三百スイング。投手はランメニューをこなすように、さあ行こう」
よーし。
かけ声と共に走り出す。
「翔子さん少し聞いてもいいですか?」
自分の横を走っていた翔子に声をかけた。
「どうしたの?」
「りかこさんと慶凛大ってなんかあるんですか?」
「どうして?」
「昨日、真咲さんと話しているの聞いちゃって」
これ言っていいのかなと悩んで少し自問自答したあと口を開いた。
「慶凛大にはりかこと高校が同じだった右の本格エースがいるのよ」
「本格エースですか」
「そう。名前は鳴滝美香子。去年の秋のリーグ戦で創世大の柊より三振を奪って奪三振のタイトルを取った逸材。そして勝ち点は逃したものの唯一慶凛大は創世大に一勝している。その原動力がりかこ因縁の相手ってわけ」
「でも慶凛大はいつもBクラスでうちと同じくらいなんじゃ」
「順位から見ればね。だけど慶凛大のポテンシャルは高いよ、勝ちたいって気持ちが強すぎるのだからラフプレイが多く審判に悪態ついていろいろ損してる、狂犬のように誰でもかみつく手ごわい相手なのは確かよ」
「私今度は先発って言われてから、すごく不安で……」
「脅かすつもりはないけど慶凛大戦はくるみが先発だからきっとプレッシャーを凄くかけてくると思う。だからりかこからいろいろアドバイスをもらうといいわ。あの子は勝気な性格だからめんどくさいこともあるけど野球に対して真面目で努力家よ」
ちらりと前方を走るりかこを見つめた。
「大丈夫だよ、りかこはあぁ見えて後輩から頼られるの好きなんだから」
優しく微笑んで久留実の背中を軽く叩いた。不安になって翔子の顔を覗くともう一度「心配ないよ」とグーサインをしていた。
走るスピードを速めドキドキしながら意を決して並走する。
「あの……りかこさん。慶凛大についてなんですけど」
「分かってる慶凛大の対策でしょ。土曜日までにたたきこんであげるから覚悟しなさい」
それだけ言うとりかこはダッシュして遠くに行ってしまった。
父の誕生日会が終わってリビングでまったりバラエティーを見ているとお風呂上りの父が話しかけてきた。上半身に服をまとっておらず下っ腹が出てるのがよく分かった筋肉質だった昔の面影をすっかりなくした姿に母は呆れている。
「お父さん鍛えたらいいのに」
「勘弁してよ、あ、風呂あいたからどうぞ」
「いやいやおっさんのあとの湯船につかれないでしょ」
父はため息をついて冷蔵庫の麦茶をコップに注いだ。
「昔はお父さんっ子だったのになぁ」
「いつの話してんのよ」
父は隣に座ると白々しく視線に入ってきた。うざかったので睨んでやったら父はエルボーガードを持っていて思わず「えっ」と声を上げる。
「打席入るとき肘守るのに必要だろ」
「なんで野球やってんの知ってるの」
父は笑っている。何でもお見通しだよって言いいながら。母にそれとなく野球を始めたと言ったが父にはなにも言っていなかったし最近仕事も忙しそうで帰宅する時間も夜遅いから分からないと思っていたのに。
「日曜日、こっそり試合を見にいったんだ。くるみがベンチから声を出しているのを見て楽しそうに感じたよ。じいちゃんが死んでから元気なかったから父さん安心してな。ピッチャーやるんだったら肘のガードはいるだろう今日スポーツ店で買ってきたんだ」
「もうこそこそ見るんじゃなくて堂々と見ればいいじゃん。しかも日曜日は投げてないし私。でもまぁ、ありがと」
父から顔を背けた。なんとなく父の顔を見るのが恥ずかしかったからだ。
「まぁ頑張んなさい。志は高く、目標は低く。これ父の格言」
「意味わかんない」
「分かってたまるかよまだ二十歳にもなってない小娘に」
シャワーを浴びてからおやすみと言って二階に上がった。父からもらったエルボーガードをさっそく装着して構えるとなんだか強打者になった感じがした。
今ならソヒィーさんのように打てる気がする。
明日はランニングがメインになるがバッティング練習がないわけではないし一応打席には立つし持っていこうとエナメルバッグにエルボーガードをしまった。
朝練になった、昨日の夜ラインで練習時間が変更になったのだ。というのも四年生の真咲が就職活動で三年生も就職セミナーがあり放課後の練習に支障をきたすというものだった。そのため五時五十分の電車に乗るために朝の五時に目覚ましをセットして眠りについた。までは良かったのだが起きたのは六時五分。電車はもう出た後だった。七時集合なのに五分で準備して家を出ても次に来る電車に間に合う保証はない。父のいる寝室に走った。ドアを乱暴に開けて強引に体の上に飛び乗る。ぐふううぅ。父はそう唸ると目を覚ました。
「お父さん助けて」
娘の悲痛の叫びに父は飛び起きて何事かと急いで枕もとの眼鏡をつける。父の視界に映ったのは半泣きの娘だ。
「なにがあった」
「寝坊した。車で駅まで送ってぇ~」
父は時計を確認すると勘弁してよといいながら寝巻きのまま車のエンジンをつけに行った。慌てて乗り込むと車は勢いよく発進した。
「その河川敷のグラウンドはどこにある住所とか分かるか?」
住所を調べて父に教えるとカーナビに入力した。どうやら最後まで付き合ってくれるらしい。
「まったくお前もお母さんによく似て朝に弱いなぁ」
たしかに母は、あれだけ寝室でどたばたしていたのに気持ちよく寝息を立てていたし起きる気配がなかった。
「ごめんねぇお父さん」
「その困ったときに語尾を延ばすところもお母さんそっくりだ」
河川敷のグラウンドに着いたのは六時五十分だ。
危ない、危ない。遅れたらりかこさんに何を言われるか、想像しただけで恐ろしい。
久留実は父に今世紀最大の角度で頭を下げて感謝の意を表した。父は笑いながら手を振ると来た道を颯爽と戻っていく。グラウンドにはすでに上級生たちが来ていた。挨拶を済ませ真咲の前に集合する。
「上級生の都合でごめんなさい。一時間集中ちてやれば濃い練習はできるから今日は守備をメインにやろう。各自アップを済ませキャッチボールの後に野手はシートノックに入る。りかこ、くるみちゃんもノックに入ること。ノックが終わったあと野手はノルマの三百スイング。投手はランメニューをこなすように、さあ行こう」
よーし。
かけ声と共に走り出す。
「翔子さん少し聞いてもいいですか?」
自分の横を走っていた翔子に声をかけた。
「どうしたの?」
「りかこさんと慶凛大ってなんかあるんですか?」
「どうして?」
「昨日、真咲さんと話しているの聞いちゃって」
これ言っていいのかなと悩んで少し自問自答したあと口を開いた。
「慶凛大にはりかこと高校が同じだった右の本格エースがいるのよ」
「本格エースですか」
「そう。名前は鳴滝美香子。去年の秋のリーグ戦で創世大の柊より三振を奪って奪三振のタイトルを取った逸材。そして勝ち点は逃したものの唯一慶凛大は創世大に一勝している。その原動力がりかこ因縁の相手ってわけ」
「でも慶凛大はいつもBクラスでうちと同じくらいなんじゃ」
「順位から見ればね。だけど慶凛大のポテンシャルは高いよ、勝ちたいって気持ちが強すぎるのだからラフプレイが多く審判に悪態ついていろいろ損してる、狂犬のように誰でもかみつく手ごわい相手なのは確かよ」
「私今度は先発って言われてから、すごく不安で……」
「脅かすつもりはないけど慶凛大戦はくるみが先発だからきっとプレッシャーを凄くかけてくると思う。だからりかこからいろいろアドバイスをもらうといいわ。あの子は勝気な性格だからめんどくさいこともあるけど野球に対して真面目で努力家よ」
ちらりと前方を走るりかこを見つめた。
「大丈夫だよ、りかこはあぁ見えて後輩から頼られるの好きなんだから」
優しく微笑んで久留実の背中を軽く叩いた。不安になって翔子の顔を覗くともう一度「心配ないよ」とグーサインをしていた。
走るスピードを速めドキドキしながら意を決して並走する。
「あの……りかこさん。慶凛大についてなんですけど」
「分かってる慶凛大の対策でしょ。土曜日までにたたきこんであげるから覚悟しなさい」
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