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Spring Season

第9投

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 このまま光栄大のワンサイドになるかと思われたが港経大も負けてはなかった。西川は、回を追うごとに調子が上がってくるし、相手打線も二順目から久留実のストレートについてくるようになった。しかし真咲のリードときわどいコースをストライクにしてしまうキャッチングでピッチャー有利のカウントを保ったまま投げられた。初回に取った三点以降、両チームのスコアボードにゼロが並ぶ。最終回の七回を向かえ久留実は最後のバッターをツーストライクまで追い込んでいた。ここまでの球数九七球。奪三振九。真咲はアウトローにミットを構える。呼吸を整える目を閉じて視界をバッターに集中させた。最後の一球。渾身の力を込めた。
 ガツ。
 力なく上がったフライを捕ろうとファースト、セカンド、サード、ショートがマウンドに集まる。
「捕ります!」
 そう宣言してグローブを構えた。
 ――本当は三振で締めたかったけど、でも私なりに頑張ったのかな。
 アウト、ゲームセット。
 久留実はしっかりとボールを掴んだ。整列して試合終了のサイレンが鳴って少しお腹が空いていることに気がつく。
「ナイスゲーム。ナイスピッチング」
 ダッグアウトでみんなから手痛い祝福を受ける。しかし喜んでばかりもいられない、大学野球は先に二勝したチームに勝ち点が与えられる。勝ち点を取るには明日も勝たなければならないのだ。
 身支度が済んで一度集合した。明日の予定と今日の試合のミーティングを確認して現地で解散する。
「明日の先発バッテリーはりかこと翔子でいくよ。気を抜かずに明日も勝とう以上」


 第二回戦の港経大の先発は、昨日完投したばかりの西川だった。昨日の試合がよほど悔しかったのか、またはエースのプライドか連投の疲れを感じさせない。立ち上がりで光栄打線を三人で抑えた。その気迫に敵ながら圧倒される。りかこも手馴れたように野手にポジションの位置を指示して軽快に投げる。ベンチには久留実と希そして腰の具合が良くなくスタメンを外れた立花がいた。代わりにファーストを守るのは真咲だ。りかこは毎回ランナーを背負いながらも要所をしっかりと抑えるピッチングを続けていた。
 久留実はこの試合でりかこの凄さを改めて感じた。まずテンポがいいこと。バッターの打ち気を誘うボールを早いカウントで打たせゴロを量産する。万が一ヒットになっても芯をはずしたあたりだから単打になり後続のバッターに連打を許さない。ゴロを打たせるから当然併殺が多くなり球数も一イニング十球以内に収まる。
 リズムがいいから野手は守りやすいし攻撃にも生きてくる。なにより意図を持って打ち取っていた。打者ごとに野手に指示をだしここに打たせると意識させる。意識した野手の集中力を持続させる効果があった。まるで支配者のような立ち振る舞いで試合を作っている。
「さぁいい加減点とってちょうだいソフィー、あんたそろそろ仕事しなさい」
「Deixe eu《デイシ・エウ》(まかせてください)ソロソロウツヨ」
 六回裏の攻撃。先頭バッターのソヒィーが意気揚々にバッターボックスに立つ。一試合に一本はヒットを打つポテンシャルを持つこの人の三打席目は、嫌でも期待がかかる。ピッチャーは特に神経を使うバッターだから何倍ものスタミナを消費するはずだ。
 リズミカルに足でタイミングをとり初球の入りを読んでいる。定石どおりのアウトローの変化球を力みのないスムーズな動作で呼び込んだ。足が地面についた瞬間バットが見えないほどのスイングであっという間に打球は一、二塁間を抜けた。 
 リードをいつもより多くとると当然ピッチャーはけん制が多くなりバッターに集中ができない。六回裏。ここでの失点は許されない。得点圏にランナーが進めば長打一本で点を奪われるからだ。四番の真咲とランナーのソヒィーのプレッシャーに押しつぶされそうになっている港経大の西川はボール先攻でカウントを悪くする。抑えるために得意の緩い変化を投げたいがランナーに盗塁をされたくない心理からストレートを中心に投げるしかなかった。真咲さんとの勝負を避けることはできるが今日五番に入ったりかこは二安打とあたっている。ボールスリー、ワンストライク。肩で息をする西川はようやくキャッチャーのサインに頷くとクイックで投球した。と同時いや少し早いタイミングでソヒィーが走った。迷いながらも投じたのはカーブだった。この打席一度もバットを振っていなかった真咲さんが待ってましたといわんばかりに打ちにいく。「エンドラン」相手キャッチャーが叫んだがもう遅い。肩口から曲がるカーブをギリギリいっぱいひきつけて逆方向へ叩いた。ライトがボールを捕球するときにはソヒィーはもう二塁を蹴っている。この回の三塁コーチャーの詩音がスライディングの指示を大きく体を使ってジェスチャーする。
 セーフ。
 三塁塁審の腕が横に水平に伸びる。
 ノーアウトランナー、一、三塁。
「希さんキャッチボールしませんか?」
 一気に押せ押せムード漂う光栄大のベンチで久留実はもどかしくなり希を呼んでキャッチボールをはじめた。バッターボックスのりかこは真咲からのサインに頷いてピッチャーと対峙する。港経大は一度タイムを取りマウンドに野手を集めた。
 ランナーが三塁にいる場合一番気をつけたいのはバッテリーミスだ。パスボールはもちろん、ワイルドピッチ、ボークは絶対にやってはいけない。つまり三振を取ったり、ゴロを打たせたりするときに使う低めの縦の変化球が投げにくくなるのだ。そうなると自然にストレートを投げざる終えない。バッターとしては、的が絞りやすく外野フライでもいいのだから気楽なものだ。
 西川は一塁ランナーを捨てクイックモーションではなくセットポジションから三塁ランナーを目でけん制して足を高く上げて投げた。ストレートの威力を上げることを選択したのだ。真咲はそれを見てゆうゆうスタートをきる。りかこもそのことを読んで初球を見送ると港経大の選手は思っただろう。否、りかこは直前になってバントの構えにスイッチした。意表つかれ慌てて前進する内野手をりかこはあざ笑うように一塁側にバントをした。その瞬間にソヒィーがスタートをきった。
セーフティースクイズだ。
セーフティースクイズは、通常のスクイズより三塁ランナーがアウトになるリスクが少ない。スクイズはピッチャーが投球モーションに入った瞬間三塁ランナーがスタートを切るため、バッテリーに外されたらバッターがボールに当てない限り挟殺プレーになることがある。その点セーフティースクイズはバッターがバントしてから走り出すので外されても本塁と三塁間で挟まれることはない。このプレーの成功の鍵はバッターが確実に一塁側にボール転がせるかにある。なぜ一塁側かというとサードはランナーとの距離が近い分走ったと同時に気がついて前に詰めることができるがファーストは三塁ランナーの動きをサードほど注意深く見ることができない。ましてランナー、一、三塁で自分自身もベースについているので反応するのが遅くなる。この一瞬のプレーにはこれほど緻密に計算された意味がある。野球というスポーツは打つ、投げる。のほかにいろいろな戦術がありレベルが高くなればなるほどその意味や狙いを事細かに理解しなければならない。
 相手のファーストがボールを取った時にはソヒィーはホームにスライディングをしていて真咲も二塁に到達していた。諦めてボールを一塁に送りワンアウトでなおも二塁の得点チャンス。
「りかこやったね。ナイスバント」
 翔子がりかこにそう言ってハイタッチをしたがりかこは不満そうだ。
「ちょっとだれよ。咲坂にキャッチボールやれっていったの?」
 その声は久留実にも聞こえて「自主的にやってます」と答えるとりかこはもっと不機嫌になってグラブをはめるとこちらに近づいてきた。
「あのね、私はこのまま完封するの。後続のピッチャーなんていらないのよ。どいてちょうだい私は肩が冷えるのが嫌なの」
「でも万が一はありますしそのときは登板できるように準備してます」
 りかこの逆鱗にふれたっぽい。やばい怒られるそう思ったとき、りかこは肩を叩かれ振り返るとそこに美雨が立っていた。彼女の人差し指に頬をつつかれ恥ずかしそうに赤くなった。
「プン子だめだよ、後輩いじめちゃあ」
「美雨。そのプン子っていうの辞めてくれないその恥ずかしいから」
「やだ。ぷんぷん怒ってる時はプン子ってお似合いじゃんそれに可愛いしいいじゃん。ね、く~ちゃん」
 久留実の返事より先にりかこが折れた。「悪かったわ」そう言うとおとなしくベンチに戻っていく。
「ありがとうございます」
「いいの、いいのく~ちゃん。いつものことだからそれにしてもさすがはピッチャー、そこで物怖じせずに自分の意見が言えるなんて」
「いえ、出すぎたまねをしました。反省します」
「それは違うよ。この世界で自己主張できない選手はいらないもの。もっと自分を出してアピールする位じゃないとダメなの、そして下級生が遠慮してしたいことができない雰囲気を上級生が作るなって真咲さんはいつも言ってる。それがこのチームの方針なの。だからどんどんアピールしなさいよ。いきすぎたら上級生が注意するし学べばいい。それが大学野球の真髄だもの」
 久留実は美雨に言われた通りキャッチボールを続けた。チームによって方針は違うが自分で考え、行動する。野球をするというより学ぶ感覚に近かった。人に言われたことだけをして考えることを放棄し気に入らなければ文句を言ったいた今までの野球。しかし自分で考えてやる野球には自分の行動に責任というものがついて回る。一切の妥協が許されないのだ。わずか二試合目にしてものすごい勢いで野球を学んでいく。
 
 最終回のマウンドにはそのままりかこが上がった。上位打線から始まる港経大の攻撃は逆転しようと意義込んでいる。西川が踏ん張って最小失点で切り抜けた先ほどの回を無駄にできないと相手も必死だった。しかし平常心が失われればりかこの投球術にはまるのは目に見えている。低目をついたていねいなピッチングで二番、三番を抑えると最後のバッターをどう締めるか脳内でシュミレーションしている。イメージがつかめたのか投球モーションに入るコースはど真ん中。バッターはしめたとばかりにフルスイング。外野オーバーを覚悟する鋭いスイングだったが打球は上がらず痛烈なゴロになりショートを襲う。しかし名手ソヒィーが難なくさばいてゲームセット。
 最後の球はストレート? バッターの打ち損じにしては妙だった。
 整列が終わってバッテリーで話をしているりかこに久留実があの球の正体を尋ねるとなぜか翔子が快く教えてくれた。
「あの球はツーシームって言ってバッターの手元で少し変化する球よ」
「じゃあ変化球ですか?」
「そうとも言うねでもメジャーリーグではストレートに数えられている球種だね」
 りかこは翔子に喋りすぎと注意する。
「まぁあなたには必要のない球よ、三振が取れるあなたにはね」
 そう言うとりかこは荷物をまとめてダックアウトに消えた。
「りかこは、ああ言いながら久留美を認めているわ。彼女は人一倍不器用なだけなの。気を悪くしないでね」
久留実は「分かりました」とだけ言うと帰り支度を始める。場内アナウンスが光栄大学の勝ち点を報せている。
 
 「お互いに勝ち点一ずつで対戦できそうね。りかこ」
 ベンチを出るときに誰かの視線を感じて振り返ってバックネットを見た。胸のエンブレムに慶凛と書かれたジャージを着た女の人がこちらを睨んでいた。 
 



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