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Spring Season

第7投

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「良い一番バッターの条件ってなんだと思う」
 久留実は練習後のグラウンド整備の時間に詩音に尋ねたことを思い出していた。
「やっぱりピッチャーの球種を見て、球数投げさせることですかね?」
「なるほどね。あんこはどう思う?」
 二人の話を立ち聞きしていたあんこは待ってましたと近づいてくる。
「私は絶対出塁ボールを見極めてフォアボール。走って走って相手をかく乱です」
 詩音は、首を縦に動かしている。
「二人の考えはよく分かった。一番バッターに大切なことをよく理解している」
 トンボを肩に担いで詩音はベンチに向かって歩き出す。
「私が思う良い一番バッターの条件はね……ずばりプレーボール直後の初球を迷いなく打つこと」
 そう言って勢いよく振り向くからトンボの先があやうく二人の顔面に当たりかけた。危ない、危ない。
「なんかもったいない気がするな。だって打ち損じたら一球でアウトですよ」
 あんこが首をかしげながら指摘すると詩音は、待ってましたと言わんばかりに笑った。まるでおもちゃが欲しくてだだをこねていた子供に親がとうとう心折れて「分かった。買ったげる」と言ったときにさっきまでのことが何にもなかったかのように元気になる。そんな屈託のない笑顔のまま二人を見て言った。
「久留実に質問です。ピッチャーはプレイボール直後の先頭バッターに初球の入りはどう意識しますか?」
「そうですね、プレイボールに関らず先頭バッターには必要以上に意識します。投球はリズムが大事ですからストライク先行でなるべくカウントを悪くしたくないですね。打たれることより、フォアボールでランナーに出したくないので初球は自信のあるボールで確実にストライクをとりに……あっ」
「あっ」
 二人はお互いに目を合わせた。詩音は、「気がついたかい」とに言って肩に乗せたトンボを下ろした。
「そう実はそこが盲点。バッターにとって最初のウィークポイントはまさに初球。ピッチャーは、ストライクを取って早く楽になりたいからね。私はそこを狙う。そうだ面白い話をしてあげる」
「面白い話?」
 ここにきてあんこの食いつきが凄い。この向上心の塊は貪欲に自分にない人の感覚をスポンジのように吸収しようと目を輝かせる。
「日本人メジャーリーガーのイチロー選手が、なぜ一五〇キロを超えるまして一四〇キロ近い変化球を投げるピッチャーの球を年間二百本もヒットできると思う?」
「足が速いから、内野安打が多いとかですか?」
 なんとなくそう答えた。詩音は、「それもあるが私の見解だと少し違う」人差し指を立てる。
「イチロー選手はフォアボールが少ない。なぜならストライクゾーンにくるあまいボールを積極的に打っているからなんだ」
「なるほど。甘い球がくる確率が高いのが初球というわけですね。さすが詩音さん経済学部で統計学を専攻してるだけありますね」
 あんこの大げさなリアクションに詩音は頬を赤らめる。
「まさに好球必打ですね」
 回想終わり。試合に視線を移す。
 詩音はゆらゆらと体を前後に揺らしタイミングとる。港経大のピッチャー西口は右のスリークォーター。その初球の入りは、緩い変化球だった。詩音は右足を一度左足の近くにステップして再度踏み込んだ。足を高く上げないアベレージヒッターに多いすり足タイプの打ち方だ。
 打球は一、二塁間を抜けてライト前ヒットになる。浅いオーバーランから一塁ベース上に立つと、したり顔でピースサイン。ベンチは拍手喝さいの大盛り上がり最高の口火を切った。
「師匠が作ったこの流れものにしちゃうよ」
二番のあんこは落ち着いていた。ピッチャーの初球をしっかりと一塁側にバントで転がしてランナーを二塁に送った。送りバント成功だ。
「ナイスバント」
「えへへ」
 ベンチに戻ったあんこを全員でハイタッチしてソフィーの打席を見守る。ソフィーは、バットを二、三度振ると満面の笑みで打席に入る。肩に担いだバットをポンと叩いて腕を伸ばすバットは高さを変えずに顔の横に構えた。西口は足元のロージンバックを必要以上につけまくり警戒していた。
「ソフィー、完全に長打を狙ってるわね」
 りかこは、嬉しそうににやにやしながら言った。ベンチに漂う得点の雰囲気に久留実は身震いする。
 快音響いた打球は左中間をライナーで抜けた。打球は勢いよくフェンスにワンバントであたり詩音は一気に三塁を蹴った。ボールは中継に入ったショートからホームに帰ってくることはなくソフィーもゆうゆう二塁を陥れた。先制点。
「な、私の言ったとおりになったろ」
 詩音は、高々と右手を上げる。
「ナイスバッティングです」
 ぱちんと叩いた手と手が気持ちのいい音を鳴らした。
 その興奮も冷めないうちに四番の真咲がフェンス直撃打を放ちあっという間に二点を奪った。


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