太陽のマウンド　～勇気を出して一歩踏みだせば理想のエースになれるかも～

うさみかずと

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Spring Season

第2投

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「二点以内に抑えたらあんたの勝ちってことでいいわよ」
　大変なことになった、と思った。
　高校一年生の夏の大会以来、バッターに向かってボールを投げてない。おじいちゃんが死んだ三月からは、キャッチボールすらしていない。ボールを触ってない一ヶ月なんて久留実にとってはありえないことだった。
　しかしよりによってこんなときに実戦なんてできるわけがない。できることなら帰りたい。とは言ってももうユニフォーム着てしまったし、りかこは眉間にしわを寄せて睨んでいる。もうやるしかなさそうだ。
「サインはどうする？　まっすぐオンリーか。カッコいいね」
　いきなりマウンドにあがる久留実をなだめるようにサインの交換をしてくれた。
「すみません」
「いいよ、わたしは楠田翔子。基本自由に投げ込んできな」
「はい、ありがとうございます。」
　久しぶりにマウンドから見渡す景色はいい。グラブに眠る硬球を右手で握りしめがっしりとボールに指をかける。

「打たしていこくるみちゃーん」
　セカンドの守備につくあんこは楽しそうに声をかけてくる。
「純粋に野球が好きなんだなぁ」つぶやく、
　久留実とあんこは正反対だ。
「なにをボーとしてるの早く投げなさい」
「はい」
　りかこの声で我に帰り、投球モーションにはいった。ワインドアップから一呼吸おいて身体をすこし前後にゆらす。目を開けるとキャッチャーのミットとが見えた。足を高く上げることで生まれる勢いを利用して体重移動をする。地面に足がついた。腕がムチのようにしなる。
　バシーと乾いた音がグラウンドに響く。
　ストライーク！
　長らく止まっていた時計の針が動き出した。
「な！」
　その場にいた誰もが声を失う。コースはど真ん中。しかしバッターは反応できない。シーンと静まった雰囲気をぶち壊したのはやはり、
「くるみちゃんすごいよあんな速い球投げれるなんて」あんこだ。
「あんこうるさい。あと二球あるのよ黙りなさい。」
　りかこはきりきりした様子で顔を真っ赤にしている。
「のぞみ、あんたもあんたよ振りなさいよ。真ん中でしょ」
「は、はいすいません」
　りかこに恫喝され涙目になってるのぞみをあんこはかばう。
「りかこさんいけないんだー。のぞみちゃんいじめたー」
　気を取り直して第二球、第三球もど真ん中に投げ込まれた。しかしバッターのバットはいずれも空を切る。
「だめでしたぁ」
　情けない声を上げるのぞみにりかこも頭を抱えた。
「経験値が浅いのぞみじゃあかすりもしないか……」
「はーいりかこ、次私が打ちたーい」
　りかこはベンチにいるメンツを眺めた後で手を叩く。
「よーし、美雨いってこい」
　左バッターの美雨はバットを肩にあてながらタイミングをとっている。
　大きく息を吸って、勢い任せに初球を投じた。
　カツ。
　今度は打たれた。というより当てられたといった方が正しかった。高めのボール球をトスバッティングの要領で上から叩きつけ久留実の頭上をワンバウンドで抜けていく。
　センター前ヒットになる。そう思って振り向くと回り込んだあんこが打球に追いついてキャッチし素早く一塁に送球した。
　年末に流れるプロ野球好プレー集のひとつのように華麗なジャンピングスローは、美雨が一塁ベースを駆け抜けるより数秒速くファーストミットに収まった。
「ナイスセカン」
　久留実はファインプレーに無意識にそう言っていた。
「えへへー任せなさい」
　ツーアウト。
　そういえばアウトをとったのも久しぶりだった。
　マウンドをならしながら、グラブで口元を隠してため息をついた。
　ブランクはコントロールを狂わせる。それにしても甘かったとは初球から捉えられた。男子でも簡単に打てなかったストレートを、
　ツーアウトをとったが久留実はただならぬプレッシャーを感じていた。
「ソフィーあなたが打ちなさい」
　りかこはショートを守っている内野で一番背が高い人を呼びつける。
「わたし打ってイイ！　ラッキーだNE☆」
　そう言ってショートの守備位置からニコニコしてバッターボックスに向かう。
　二、三回バットを振ると左打席に入った。
　雰囲気でわかるこのバッターはやばい。
　ロージンを満遍なくつけて、深呼吸する。久留実は細心の注意を払ってキャッチャーの構えたアウトコース低めを狙って投げる。指先にかかる感覚いいボールだ。ソフィーはゆったりとタイミングをとりはじめ地面に足がついた瞬間バットを振りぬいた。
　スイングスピードが予想以上に早すぎて久留実はバットの軌道が見えなかった。乾いた音が響き咄嗟にうしろを振り返る。打球はあっという間に左中間を切り裂いた。
「くるみ、三塁ベースカバー」
　翔子の声でカバーに走るが間に合わずバッターは三塁でストップ。あそこまで完璧にとらえられたことは一度もない。
「よーしとどめは私が……」
　りかこが意気揚々と打席に立とうとして、
「私が打つ」
　それより早く別の誰かが右打席に入っていた。
「みやびまた勝手に、まぁいいわ」
　りかこはネクストバッターサークルに鎮座して、
「さぁここからが正念場よ」
　久留実は早くも背中に嫌な汗を感じていた。

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