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第一章

黙れ!

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「大丈夫だ」

 佐伯真魚は魂を焼かれながらも、自分を殺そうとしている悪魔を祓うことを躊躇っていた。

 曼荼羅の効果でネロの心の闇を覗き見た瞬間、もはや祓おうなど、地獄に送り返そうなど、微塵も考えられなくなったのだ。

「あんたの行いは許される」

 そうつぶやく声よりも、自らの命が破壊されていく音の方がはるかに大きく、ネロを抱きしめるたびに、骨は焼かれ、筋肉はぎしぎしと軋み、血液は沸騰する。それらはすべて苦痛という感覚で意識に到達し、その情報が全身を駆け巡る。

「貴様、痛みはないのか? 苦しみはないのか? どうして救いを求めない?」

 魂の形を保ち、それでも平静を保てているのは、これまで蓄積していた徳と仏様からお借りした力のおかげであったが、何かの拍子に精神が崩れればその瞬間、佐伯の敗北は決定する。

「だけど」

 佐伯は歯を食いしばり全身を襲う痛みを受け入れ、

 ネロの背中をポンと叩いた。

 もはや、焦げ始めた唇を動かして、

「――、あんたの心が受けた苦痛に比べればこんな炎なんかどうってことはねぇ」

「だ、黙れ!」

 ネロは佐伯を突き飛ばし、人間には理解できない言語で何かを叫んだあと荒ぶる獣のように髪をかきむしった。

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ……」


 うろたえるネロは何度も同じ言葉をつぶやいて錯乱する。

 錯乱した意識は、ネロに遠い過去の幼き頃の記憶を思い出させていた。 
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