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第一章
あばれだす
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「クソがっ」
煽ってから一秒にも満たない時間で佐伯は飛び掛かってきたツァラトゥストラに二発目をくらい畳の上に倒れた。
ツァラトゥストラは倒れて言葉にもならない音を漏らしている佐伯に馬乗りになって、再び胸ぐらをつかみ上げ上体を少しだけ立たせる。
「きみはバカか、この体格差で僕に勝てると思ったのかい」
「お前こそバカか、そんなもんやってみなくちゃわかんねぇし、やる前から諦めるやつがいるかよ」
「この状況でもかい?」
圧倒的有利な状況に立っているツァラトゥストラは見下しながら言った。
「彼女はとても優しい人間なんだ。そんな彼女が自分のせいできみを傷つけたなんて知ったらどうなる? 僕は彼女の苦しむ顔をもう見たくない」
ツァラトゥストラの叫びが佐伯の心に突き刺さる。
「でもこのまま彼女が世界の犠牲になるのも許せない。だから妥協案として彼女の記憶の改ざんをしなくてはならないんだ。そうすれば世界も救われるし、彼女だってこの先の短い生涯を安全に生きることができる。大人になれ! これが双方にとってリスクが少ない方法なんだ」
「大人になれだとふざけるな! てめぇそこまでアンネのことを考えていてどうして安易な妥協案なんて採用するんだよ。俺はあいつと約束したんだよ! それにお前だってこんなことしたくないって、こんなことは間違ってるってわかってんだろ? だったらそう言えよ。お前も俺も大人になりたくたってなれねぇクソガキだ。大人のふりして後悔するより、クソガキならクソガキらしくわがままを貫きとおせよ!」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
佐伯は声を荒げたツァラトゥストラを睨み返す。
二人はお互いの言っていることをまるっきり理解できないわけではない、ただ佐伯にはツァラトゥストラの主張を認めることができない。
「ツァラ準備ができた」
横たわるアンネの傍らでツァラトゥストラに声をかける。
「そうか、ありがとう」
ツァラトゥストラは佐伯から手を離した。ジャケットの内ポケットから古びた十字架のペンダントを取り出して佐伯の眼前にぶら下げる。
「こいつを彼女が持っているロザリオに突き合わせるときみと出会った記憶は消える。記憶の消去が終われば改ざんは僕の能力ですぐに終わるさ」
その言葉に背筋が凍った。それから忌まわしい十字架から目を離すことができなかった。佐伯はそいつを奪ってやろうと手を伸ばす。
「……」
脳が揺れ、顔面に痛みと熱が伝わった。
「きみにはやれやれだよ。もう少しだけ大人しくしていてくれ」
ぼやけた世界でツァラトゥストラが立ち上がる。
佐伯はここでようやく自分が上段から叩き下ろすような重いパンチを喰らったことに気がついた。
「ツァラ」
「分かってる、そろそろヒルティも限界だ。他の連中も時期にここへたどり着く。その前に彼女を回収しよう」
二人の会話がはっきり聞こえた。あぁもう時間がない。佐伯は見飽きてしまった染みだらけの天井を眺め言うことを聞かない身体に無理やり信号を送っている。
「あぁぁ……」
ふざけるな! と叫びたかった。どうして俺を信じない! と怒りをぶつけたかった。たとえそれが我がままで、その矛先がアンネに向いてしまったとしても、佐伯はアンネがわずかな希望を求めてこの国に来た事実を消し去りたくはなかった。
いっそ全部諦めろ。
そんな声が擦れたカセットテープの繰り返しのように聞こえてくる。
佐伯真魚にはアンネを守る力も術もなにもない。
紛れもなく自分の声だった。
佐伯はみじめに抗うことも無様に泣き叫ぶこともできない。
ただ、天井を見上げたまま唇を噛みしめて、歪んだ瞳の隙間から涙がにじむ。
「真魚くん」
アンネの声がする。
「もういいんです」
彼女は優しく語り掛ける。
「私はあなたに会えただけでよかった。こんな私を匿ってくれて、親切にしてくれて……だからもうあなたが傷つく姿を見たくないんです。真魚くん。私を綺麗な思い出のままで終わらせて」
横たわる佐伯の前にアンネは手を差し伸べる。
そうか、
佐伯は呆然と答えた。
アンネは優しく微笑む。
「アンネ、悪かったな不安にさせて……もう大丈夫だ」
「さぁ真魚くん」
彼女は佐伯の身体に触れようとしゃがみこんだ。
「如(実)の目、如(実)の目!」
佐伯の瞳が金色に輝く。まばゆい閃光は幻影のアンネを消し飛ばし、佐伯の肢体へ急激に血液を送る。
「舐めるな!」
佐伯は立ち上がり、その光景に驚いたツァラトゥストラは踵を返したが全力のタックルに手に持った十字架を手放した。
「きみは化け物か!?」
「化け物じゃねぇ僧侶だ、バカ野郎」
佐伯は金剛杵≪ヴァジュラ≫を召喚しファイティングポーズを向ける。
煽ってから一秒にも満たない時間で佐伯は飛び掛かってきたツァラトゥストラに二発目をくらい畳の上に倒れた。
ツァラトゥストラは倒れて言葉にもならない音を漏らしている佐伯に馬乗りになって、再び胸ぐらをつかみ上げ上体を少しだけ立たせる。
「きみはバカか、この体格差で僕に勝てると思ったのかい」
「お前こそバカか、そんなもんやってみなくちゃわかんねぇし、やる前から諦めるやつがいるかよ」
「この状況でもかい?」
圧倒的有利な状況に立っているツァラトゥストラは見下しながら言った。
「彼女はとても優しい人間なんだ。そんな彼女が自分のせいできみを傷つけたなんて知ったらどうなる? 僕は彼女の苦しむ顔をもう見たくない」
ツァラトゥストラの叫びが佐伯の心に突き刺さる。
「でもこのまま彼女が世界の犠牲になるのも許せない。だから妥協案として彼女の記憶の改ざんをしなくてはならないんだ。そうすれば世界も救われるし、彼女だってこの先の短い生涯を安全に生きることができる。大人になれ! これが双方にとってリスクが少ない方法なんだ」
「大人になれだとふざけるな! てめぇそこまでアンネのことを考えていてどうして安易な妥協案なんて採用するんだよ。俺はあいつと約束したんだよ! それにお前だってこんなことしたくないって、こんなことは間違ってるってわかってんだろ? だったらそう言えよ。お前も俺も大人になりたくたってなれねぇクソガキだ。大人のふりして後悔するより、クソガキならクソガキらしくわがままを貫きとおせよ!」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
佐伯は声を荒げたツァラトゥストラを睨み返す。
二人はお互いの言っていることをまるっきり理解できないわけではない、ただ佐伯にはツァラトゥストラの主張を認めることができない。
「ツァラ準備ができた」
横たわるアンネの傍らでツァラトゥストラに声をかける。
「そうか、ありがとう」
ツァラトゥストラは佐伯から手を離した。ジャケットの内ポケットから古びた十字架のペンダントを取り出して佐伯の眼前にぶら下げる。
「こいつを彼女が持っているロザリオに突き合わせるときみと出会った記憶は消える。記憶の消去が終われば改ざんは僕の能力ですぐに終わるさ」
その言葉に背筋が凍った。それから忌まわしい十字架から目を離すことができなかった。佐伯はそいつを奪ってやろうと手を伸ばす。
「……」
脳が揺れ、顔面に痛みと熱が伝わった。
「きみにはやれやれだよ。もう少しだけ大人しくしていてくれ」
ぼやけた世界でツァラトゥストラが立ち上がる。
佐伯はここでようやく自分が上段から叩き下ろすような重いパンチを喰らったことに気がついた。
「ツァラ」
「分かってる、そろそろヒルティも限界だ。他の連中も時期にここへたどり着く。その前に彼女を回収しよう」
二人の会話がはっきり聞こえた。あぁもう時間がない。佐伯は見飽きてしまった染みだらけの天井を眺め言うことを聞かない身体に無理やり信号を送っている。
「あぁぁ……」
ふざけるな! と叫びたかった。どうして俺を信じない! と怒りをぶつけたかった。たとえそれが我がままで、その矛先がアンネに向いてしまったとしても、佐伯はアンネがわずかな希望を求めてこの国に来た事実を消し去りたくはなかった。
いっそ全部諦めろ。
そんな声が擦れたカセットテープの繰り返しのように聞こえてくる。
佐伯真魚にはアンネを守る力も術もなにもない。
紛れもなく自分の声だった。
佐伯はみじめに抗うことも無様に泣き叫ぶこともできない。
ただ、天井を見上げたまま唇を噛みしめて、歪んだ瞳の隙間から涙がにじむ。
「真魚くん」
アンネの声がする。
「もういいんです」
彼女は優しく語り掛ける。
「私はあなたに会えただけでよかった。こんな私を匿ってくれて、親切にしてくれて……だからもうあなたが傷つく姿を見たくないんです。真魚くん。私を綺麗な思い出のままで終わらせて」
横たわる佐伯の前にアンネは手を差し伸べる。
そうか、
佐伯は呆然と答えた。
アンネは優しく微笑む。
「アンネ、悪かったな不安にさせて……もう大丈夫だ」
「さぁ真魚くん」
彼女は佐伯の身体に触れようとしゃがみこんだ。
「如(実)の目、如(実)の目!」
佐伯の瞳が金色に輝く。まばゆい閃光は幻影のアンネを消し飛ばし、佐伯の肢体へ急激に血液を送る。
「舐めるな!」
佐伯は立ち上がり、その光景に驚いたツァラトゥストラは踵を返したが全力のタックルに手に持った十字架を手放した。
「きみは化け物か!?」
「化け物じゃねぇ僧侶だ、バカ野郎」
佐伯は金剛杵≪ヴァジュラ≫を召喚しファイティングポーズを向ける。
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