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第一章
暴君ネロ
しおりを挟む悪魔はアンネの身体を馴染ませるように手首や首を動かしてからその場で小さくジャンプする。
「さてと」
その両目には生気がまったく感じられない。まして少女らしいあどけなさやぬくもりなんてものは皆無だ。
「視線だ」
「なに?」
「やつの目と俺の目がかち合えば悟開が発動できる。その瞬間ゲームセットだ」
直後。
ツァラトゥストラは蛇化した右手を悪魔に向かって突き伸ばす。大きく口を開いた巨大な蛇は悪魔を喰らうように牙を立てて突進した。
「あの悪魔を祓うにはやつの口からやつの名前を吐かせる必要がある」
グニャッと、何かがつぶれたような音が四畳半に響く。
「くだらんな」
蛇は首根っこを掴まれそのまま握りつぶされていた。
「……くっ、サマエルもっと力を貸せ!」
ツァラトゥストラの声に連動してつぶれた蛇の胴体から無数の蛇の頭が悪魔に襲い掛かる。
「むかつくけど手助けしてあげるよ!」
蛇たちは悪魔の身体を拘束し、瞼を無理やりこじ開ける。
佐伯はその場から走り出し巨大な胴体を踏み台にして蛇の大群に覆われた悪魔の視線の先へ、金色に輝く瞳がぶつかる。
「悟か……」
唱えようとしてから、
「ひとつ教えてやろうか愚民よ」
悪魔の声が聞こえた。
その瞬間、暗闇に支配されたのは佐伯だった。顔だけじゃない、身体全体が燃えるように熱くなり、発汗する。
「ふははははははははははははははははははははははははははは」
笑い声。悪魔のものだ。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
それが合図のように激痛が走る。
上も下も右も左も分からないほど佐伯は暗闇をのたうち回り絶叫する。
――目を、目を潰された。
この事実を理解して、佐伯は思い知らされた。
視線を合わせたのに悟開が発動しないということは、徳が足りなかったということ。信心の欠如。いや違う。敵が強すぎる何よりの証拠だった。
「悪魔名を名乗れ、さもなくば彼女ごと締め殺す!」
声を荒げたがツァラトゥストラには迷いがあった。かつての仲間を簡単に殺せるわけがないのだ。
「大義をなすことに協力などはいらない。必要なのは人を疑う心と人を蹴落とす方法だ。誰も信じるな。ありがたき皇帝ネロの言葉を教訓にせよ」
悪魔はそんな彼の心情を嘲笑うように自らの名を名乗り、絡みついた蛇を焼き払う。
それから畳の上でのたうち回っている佐伯の頭を踏みつけた。
「ネロだと……ローマ皇帝の中で大勢のキリスト教徒を迫害し、己の権力の為に妻や母親までも手に掛けた悪魔の子。暴君ネロだと言うのか?」
悪魔はツァラトゥストラの質問になにも答えなかった。不気味な笑みを垂らしながらゆっくり視線を向けると、
「 」
何か、人間には到底聞き取ることも、理解することもできない何かを口ずさんだ。
瞬間、悪魔の両目を中心にして周囲から煙がたち炎上した。もっと分かりやすく言えば、悪魔が向けた視線の先で空気の爆発が起き、四方八方に炎が飛び散るような感覚。
ただし、それは不純物を含まない青白い炎ではなく、可燃物をかき集められるだけかき集めてから着火したような真っ黒な炎だった。
「ぐはぁぁぁぁ!」
佐伯の耳にツァラトゥストラの悲痛の叫びが届く。
「あぁ異教徒を焼いたときのことをよく思い出す。あれは大変優雅なショーだった」
闇に囚われた佐伯の耳はいつもよりも敏感になり、悪魔の小さなささやきを残酷なまでに拾う。
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