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第一章
そうじゃねぇ
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「アンネ!」
フーコに身体を支えられたアンネの瞳は虚ろになっている。佐伯がいくら呼びかけても反応は見られない。
「無駄だよ、彼女は起きない」
ツァラトゥストラは玄関のドアのカギを閉めながら言った。
「あっフーコ靴は脱がなきゃダメだよ」
アンネを抱えながら土足で部屋に入ろうとしたフーコを淡泊な口調で注意する。
「うるさい、あとお前邪魔」
土足のまま踏み込んできたフーコは、状況をまだ飲み込めていない佐伯のどてっぱらを蹴っ飛ばしてはねのけた。つま先を立てた蹴りに佐伯はなすすべもなく畳に腰をつけてしまった。
「時間がない、フーコさっそく準備を始めよう」
ツァラトゥストラは佐伯の存在をなかったように一瞥もくれない。
手足をぶらつかせ脱力し切ったアンネを畳の上に寝かせつけたフーコは、手で様々な印を結びながら日本語ではない何かをつぶやく。
「結界ははった」
「ありがとう」
覚悟を決めたようにツァラトゥストラはしゃがみこむ。
腹を決めた男の低い声に妥協や迷いは一切なく。
その背中にはたった一人の女性を救うために憎まれ役を買って出た男の面影があるだけだ。
「フーコ、カインが出てきたら頼んだよ」
「無茶言わないで」
「頑張ってよ、記憶の改変が終わるまでの辛抱だからさ」
記憶の改変。
その単語は佐伯の心をえぐった。
「おい……」
薄々勘づいてはいた。アンネの記憶を改変して精神を安定させることが彼女を救える一番安全な方法で、前例もある。改変された記憶の中で幸せに最後の時まで生きることが彼女にとって、最も苦しまないで快適に過ごすことができる方法かもしれない。
しかし、それは。
アンネを本当の意味で救うことになるのか?
「そうじゃねぇんだ」
佐伯は、唇を噛みしめながら拳の中で爪が突き刺さり、血が滲むほど強く握っていた。
「そうじゃねぇんだよ」
佐伯は立ち上がりツァラトゥストラの肩を掴む。
フーコに身体を支えられたアンネの瞳は虚ろになっている。佐伯がいくら呼びかけても反応は見られない。
「無駄だよ、彼女は起きない」
ツァラトゥストラは玄関のドアのカギを閉めながら言った。
「あっフーコ靴は脱がなきゃダメだよ」
アンネを抱えながら土足で部屋に入ろうとしたフーコを淡泊な口調で注意する。
「うるさい、あとお前邪魔」
土足のまま踏み込んできたフーコは、状況をまだ飲み込めていない佐伯のどてっぱらを蹴っ飛ばしてはねのけた。つま先を立てた蹴りに佐伯はなすすべもなく畳に腰をつけてしまった。
「時間がない、フーコさっそく準備を始めよう」
ツァラトゥストラは佐伯の存在をなかったように一瞥もくれない。
手足をぶらつかせ脱力し切ったアンネを畳の上に寝かせつけたフーコは、手で様々な印を結びながら日本語ではない何かをつぶやく。
「結界ははった」
「ありがとう」
覚悟を決めたようにツァラトゥストラはしゃがみこむ。
腹を決めた男の低い声に妥協や迷いは一切なく。
その背中にはたった一人の女性を救うために憎まれ役を買って出た男の面影があるだけだ。
「フーコ、カインが出てきたら頼んだよ」
「無茶言わないで」
「頑張ってよ、記憶の改変が終わるまでの辛抱だからさ」
記憶の改変。
その単語は佐伯の心をえぐった。
「おい……」
薄々勘づいてはいた。アンネの記憶を改変して精神を安定させることが彼女を救える一番安全な方法で、前例もある。改変された記憶の中で幸せに最後の時まで生きることが彼女にとって、最も苦しまないで快適に過ごすことができる方法かもしれない。
しかし、それは。
アンネを本当の意味で救うことになるのか?
「そうじゃねぇんだ」
佐伯は、唇を噛みしめながら拳の中で爪が突き刺さり、血が滲むほど強く握っていた。
「そうじゃねぇんだよ」
佐伯は立ち上がりツァラトゥストラの肩を掴む。
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