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第一章

不機嫌な理由

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きっかけは些細な言い合いで、どれくらい些細なかと言うと、鷹と鷲の違いくらい些細なことである。

 下校の僅かな時間の差で先に帰ってきた佐伯は、後から帰ってきたアンネがわざわざ制服から私服に着替えて、洗濯機を回し化粧セットを出したところでため息をついてしまった。

「アンネ」

 返答はない。彼女は前髪の行方が気になるのかさっきから手鏡とにらめっこしている。

そんなアンネの態度についに我慢できなくなり、

「早く行かないと特売品なくなっちゃうよ」

「大丈夫です。一人限定二個の特売品を確実にゲットできるよう計算して予定を組んでありますから」

 ――そういうことじゃなくて、

 佐伯は寝不足もあって自信満々に答えるアンネにイライラを募らせていた。

「化粧なんてどうでもいいじゃん」

 その一言がアンネの地雷を踏んでしまった。

「どっちでもいいってどういうことです?」

 空気が変わる音がした。稲妻のようなものが狭い四畳半を貫く。

「えっ、なんで今ので怒るの?」

「怒ってないです。ただどうでもいいという発言はどういう意味で言ったのか気になったのでお尋ねしたまでです」

「いや怒ってるじゃん」

「怒ってないです」

「いやいや怒ってるじゃん」

 そんな押し問答が何度か続いて、アンネは立ち上がり洗面所に向かって顔を洗い始める。佐伯はせっかく化粧したのに顔を洗うアンネの奇行をぼんやり眺めていた。

「これでいいですか?」

「まぁきみが良いなら良いんじゃない?」

 諦めるように両手をあげると彼女はもっと不機嫌になる。

「えっ……なに? 俺が謝ればいいの?」

「……」

 反応がない。ただの屍のようだ……とはいかない。佐伯は苦虫を嚙み潰したように笑いながら無言のまま玄関を出ようとするアンネの前に無理やり立ち、

「ごめん、ごめん俺が悪かったから……ほらコーヒー牛乳買ってあげるからさ」

 不服だが謝罪することにした佐伯だったが、アンネの顔はもっと険しくなっていた。

「私のことバカにしてますね」

 そう言って佐伯を押しのけて外に出た。それから今に至るというわけで、なんとも微妙な空気が二人の間にできてしまった。

 佐伯はリストを目視しながらアンネが書き記したものをかごに入れていく。

「はぁ朝は一緒に買い物しようって言ってたのになぁ」

 悲しみを込めたため息。佐伯は財布に入れてある一万円を意識しながらどうしたものかと顔をおとす。

 アンネが作ったリスト通りにレジにて会計を行うと一円単位寸分違わずぴったりの金額だった。ポストに入ったチラシを見ただけでここまで正確なリストをつくれる彼女の非凡さに感心しつつ、ドラッグストアで買い物を済ませたアンネに会うのが億劫だ。
 
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