52 / 79
第一章
茶化しちゃダメ
しおりを挟む
人生に不条理はつきものであり、ときにそれは人生を豊かにしてくれる糧となる。
「……にしても反省文五枚はねぇだろ、あの生活指導教諭」
佐伯は生活指導室で今回の遅刻をしこたま怒られ、常識がないとか親の教育が悪いからだとか、社会にでたら通用しないとか……、社会に一度も出たことがない教員から長々とお説教を受け、適当に相槌をしていたらあれよあれよと反省文を書く羽目になったのだ。
白紙の原稿用紙を呆然と眺めながら廊下を歩く佐伯はバカ正直に二千文字かぁとマス目を数えてしまいさらに気が滅入った。
そんなこんなで肩を落としながらよたよたと廊下を進む佐伯真魚だった。授業と授業の間の休み時間には階段や廊下にたむろしている生徒は少なく、楽し気な声は聞こえてきても姿はみえない。だからと言って下ばかり見ていると教室のドアから勢いよくおちゃらけた屈強な身体の運動部が突っ込んできて筋肉に跳ね飛ばされることだって十二分に考えられる。
いくら不条理は人生の糧になると信じていてもできれば肉体が傷つかないほうがいい。
保育園に通っていた時、引率の先生に言われた言葉を復唱。「遠足は家に帰るまでが遠足です。最後まで気を抜かないように」
ずっと握っていた作文用紙が手汗で少しずつ湿っていく。地球温暖化なのか知らないがここは中東かと思わずつっこみを入れたくなるほどクソ暑いこの国の夏に、なにが悲しくて二千文字も、反省の言葉を書かなきゃならんのだと佐伯は心の中で叫ぶ。
そう自問自答していた佐伯は、ふと足元に落ちていた日商簿記検定の取得を促すポスターを気が付いた。どうやら壁に貼り付けてあった画鋲が外れてしまったようだ。
「まぁ気がついちゃったらもとに戻さんとなぁ」
危うくポスターを踏んづけてしまうところだった佐伯は原稿用紙を窓際に隣接された生徒用のロッカーの上に置きポスターを元あったところに張り付けなおそうとすると、
不意に風が吹き抜けた。
吹き曝しになっていた教室の窓から入ってきた生ぬるい夏風が原稿用紙をひらひらとのっけて計ったように廊下側の開けられた窓の隙間に滑り込む。
「ちょっと待って」
ポスターの位置をまっすぐにしようと背伸びしながら画鋲をとめていた佐伯の身体はすぐに反応できない。急いで画鋲をとめて追いかけるが時すでに遅し。そのまま原稿用紙は窓の外に逃げ、呆然とその行方を眺める佐伯をあざ笑うように夏風に誘われ上空へ消えた。
「まぁこれで反省文書かなくてよくなったか」
とりあえず深呼吸して開きなってみる。無理だった。そんなわけあるかと自らを戒めなきそうになる顔を無理やり笑顔に変えてみせる。
「俺が何をしたってんだよ。ちょっと寝過ごしちゃっただけでなんでこんな面倒なことに」
もう一回あの生活指導の教諭に原稿用紙をもらうか、いやいやいや、たった五枚の紙きれをもらうまで何時間かかるか分かったもんじゃない。しかしそうなると……
「買うかぁ、出費がかさむなぁ」
食費と生活費と学費以外の支出を抑えたい佐伯だったがそうもいかない。新しく購入する以外打開策があるかと言えばない。それほどまであの生活指導の教諭と顔を合せたくないのだ。ならば背に腹は代えられない。
とは言ったもののなかなか前を向けない佐伯は気配を感じた。
なんだ? 顔を上げる。
目の前にはアンネが立っていた。
「おはよう」
「おはようじゃありません。もう昼過ぎですよ」
真上から見下してくる金髪碧眼の美少女の圧に思わず佐伯は後退する。
「あぁまぁそうだね。そんなことより帰ったらノート見せてちょーうだぁい」
「……」
ちょっとだけおちゃらけて見たがアンネは返事をしない。
あれ、なんか怒ってね。
と佐伯は思う。
それから、悟った。
茶化していい場面じゃなかった。アンネは基本的に堅物だから冗談とか通じない。まして竹本ピアノのCM風に言ったのも悪かった。
「心配してたんですよ、なにかあったんじゃないかって」
呼吸をしているかすら怪しいほどに物静かな物言いに佐伯は背中をゾクッとさせたが、なんでこうなったかはアンネに伝えるつもりはない。
「なんもねぇよ、それよりも今日買出し行くから」
「えぇすでに予定に組み込んであります。じゃなくってあなたがそういう時って大抵なんかあったときなのでは?」
核心をつかれてたじろぐが、ちょうど良いタイミングで予鈴が鳴った。
「深読みするなよ、授業はじまっちまうぞ」
佐伯はアンネの表情を見ずに教室に入る。中には佐伯が遅刻して今来たことなど気にも留めないクラスメイト達は、先生がまだ到着していないことをいいことに永遠にも思える友人同士のおしゃべりを楽しんでいた。
「……にしても反省文五枚はねぇだろ、あの生活指導教諭」
佐伯は生活指導室で今回の遅刻をしこたま怒られ、常識がないとか親の教育が悪いからだとか、社会にでたら通用しないとか……、社会に一度も出たことがない教員から長々とお説教を受け、適当に相槌をしていたらあれよあれよと反省文を書く羽目になったのだ。
白紙の原稿用紙を呆然と眺めながら廊下を歩く佐伯はバカ正直に二千文字かぁとマス目を数えてしまいさらに気が滅入った。
そんなこんなで肩を落としながらよたよたと廊下を進む佐伯真魚だった。授業と授業の間の休み時間には階段や廊下にたむろしている生徒は少なく、楽し気な声は聞こえてきても姿はみえない。だからと言って下ばかり見ていると教室のドアから勢いよくおちゃらけた屈強な身体の運動部が突っ込んできて筋肉に跳ね飛ばされることだって十二分に考えられる。
いくら不条理は人生の糧になると信じていてもできれば肉体が傷つかないほうがいい。
保育園に通っていた時、引率の先生に言われた言葉を復唱。「遠足は家に帰るまでが遠足です。最後まで気を抜かないように」
ずっと握っていた作文用紙が手汗で少しずつ湿っていく。地球温暖化なのか知らないがここは中東かと思わずつっこみを入れたくなるほどクソ暑いこの国の夏に、なにが悲しくて二千文字も、反省の言葉を書かなきゃならんのだと佐伯は心の中で叫ぶ。
そう自問自答していた佐伯は、ふと足元に落ちていた日商簿記検定の取得を促すポスターを気が付いた。どうやら壁に貼り付けてあった画鋲が外れてしまったようだ。
「まぁ気がついちゃったらもとに戻さんとなぁ」
危うくポスターを踏んづけてしまうところだった佐伯は原稿用紙を窓際に隣接された生徒用のロッカーの上に置きポスターを元あったところに張り付けなおそうとすると、
不意に風が吹き抜けた。
吹き曝しになっていた教室の窓から入ってきた生ぬるい夏風が原稿用紙をひらひらとのっけて計ったように廊下側の開けられた窓の隙間に滑り込む。
「ちょっと待って」
ポスターの位置をまっすぐにしようと背伸びしながら画鋲をとめていた佐伯の身体はすぐに反応できない。急いで画鋲をとめて追いかけるが時すでに遅し。そのまま原稿用紙は窓の外に逃げ、呆然とその行方を眺める佐伯をあざ笑うように夏風に誘われ上空へ消えた。
「まぁこれで反省文書かなくてよくなったか」
とりあえず深呼吸して開きなってみる。無理だった。そんなわけあるかと自らを戒めなきそうになる顔を無理やり笑顔に変えてみせる。
「俺が何をしたってんだよ。ちょっと寝過ごしちゃっただけでなんでこんな面倒なことに」
もう一回あの生活指導の教諭に原稿用紙をもらうか、いやいやいや、たった五枚の紙きれをもらうまで何時間かかるか分かったもんじゃない。しかしそうなると……
「買うかぁ、出費がかさむなぁ」
食費と生活費と学費以外の支出を抑えたい佐伯だったがそうもいかない。新しく購入する以外打開策があるかと言えばない。それほどまであの生活指導の教諭と顔を合せたくないのだ。ならば背に腹は代えられない。
とは言ったもののなかなか前を向けない佐伯は気配を感じた。
なんだ? 顔を上げる。
目の前にはアンネが立っていた。
「おはよう」
「おはようじゃありません。もう昼過ぎですよ」
真上から見下してくる金髪碧眼の美少女の圧に思わず佐伯は後退する。
「あぁまぁそうだね。そんなことより帰ったらノート見せてちょーうだぁい」
「……」
ちょっとだけおちゃらけて見たがアンネは返事をしない。
あれ、なんか怒ってね。
と佐伯は思う。
それから、悟った。
茶化していい場面じゃなかった。アンネは基本的に堅物だから冗談とか通じない。まして竹本ピアノのCM風に言ったのも悪かった。
「心配してたんですよ、なにかあったんじゃないかって」
呼吸をしているかすら怪しいほどに物静かな物言いに佐伯は背中をゾクッとさせたが、なんでこうなったかはアンネに伝えるつもりはない。
「なんもねぇよ、それよりも今日買出し行くから」
「えぇすでに予定に組み込んであります。じゃなくってあなたがそういう時って大抵なんかあったときなのでは?」
核心をつかれてたじろぐが、ちょうど良いタイミングで予鈴が鳴った。
「深読みするなよ、授業はじまっちまうぞ」
佐伯はアンネの表情を見ずに教室に入る。中には佐伯が遅刻して今来たことなど気にも留めないクラスメイト達は、先生がまだ到着していないことをいいことに永遠にも思える友人同士のおしゃべりを楽しんでいた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
涙袋 ~現代居酒屋千夜一夜物語~
与四季団地
エッセイ・ノンフィクション
居酒屋店主の出くわす日常。
マスターであったり、ポスティングバイトしたり、フォークリフト運転手であったり、時系列飛び飛び!!
幼女・美少女を愛し、人妻に魅かれ、美人アスリートに憧れる毎日^^
映画、マンガ、とにかく、物語(エピソード・ネタ)にしか反応しない男。
・・・おもしろきこともなき世をおもしろく^^
・・・天を敬い、人を愛する^^
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
神とゲームと青春を!~高校生プロゲーマー四人が神様に誘拐されて謎解きする~
初心なグミ@最強カップル連載中
キャラ文芸
高校生プロゲーマー四人は、幼馴染でありながら両想いの男女二組である。そんな四人は神様に誘拐され、謎解きをさせられることになった。 一つ、干支の謎。二つ、殺人事件の謎。四人は無事、謎解きをクリアすることが出来るのだろうか。
※コメントと評価はモチベーションになりますので、どうかお願いします。気軽にコメントをくださると、作者はとても喜んで死にます。
〇コミックノヴァ編集部様、コミコ熱帯部様より注目作品に認定されました!!
ーーー
変わらない日々を送っていた俺達は、皆でフルダイブ型VRの謎解きゲーをしようとした。しかし、普通にオープニングを進んでいたゲームは突如バグりだし、暗転する。暗転の末で強い光に目をやられた俺達の目の前には、可愛らしい容貌の神様が居た。その神様の目的は、四人を自分の暇つぶしに付き合わせること。最初こそ警戒していた四人だったが、同じ時を過ごす内に友情も芽生え、かけがえの無い存在になっていく。
怪談あつめ ― 怪奇譚 四十四物語 ―
ろうでい
ホラー
怖い話ってね、沢山あつめると、怖いことが起きるんだって。
それも、ただの怖い話じゃない。
アナタの近く、アナタの身の回り、そして……アナタ自身に起きたこと。
そういう怖い話を、四十四あつめると……とても怖いことが、起きるんだって。
……そう。アナタは、それを望んでいるのね。
それならば、たくさんあつめてみて。
四十四の怪談。
それをあつめた時、きっとアナタの望みは、叶うから。
刀一本で戦場を駆け巡る俺は無課金侍
tukumo
キャラ文芸
パラレルワールドの戦国乱世、山本伊三郎は数多の戦場に乱入しては刀一差しに上は着流し下は褌一丁に草履で金目の物と食糧をかっさらって生活していた
山本を見掛ける者達は口揃えて彼を
『無課金プレイヤー(侍)』と呼んだ
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる