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第一章

かなえちゃん

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 アンネを追いかけるように部屋を出て電車に乗って運よく座席に座れたところから実はよく覚えていない。

 蒸し暑い外とは違い涼やかな風が天井からも足元からも送られて気持ちよく瞼を閉じたのがいけなかったと思う。

 気が付いたときには地下鉄を走っており、慌てて降りたホームの看板には渋谷と書かれていた。

「まじか」

 ホームのベンチに座りぐったりと脱力しながら絶え間なく行き来する電車とそれに乗りこむ人、人、人を眺めている。天井からぶら下がった電光掲示板のニュース速報が、連日報道されている不適切発言の議員が辞職の意向をかためましたと、ほのぼのしたニュースをのんびり流していた。

「やってもうたぁ」

 頭を抱える。学校に連絡しようにも、もう九時を過ぎている。

「これはもう体調不良とかなんとか言って休むしか……いやだめだ。嘘はいけん嘘は」

 しかも携帯電話をもっていないことから連絡するためには公衆電話を見つけなければいけない。完全につんでいる。

「ねぇあんたこんなところで何やってんの?」

 親しみがある声が隣から聞こえてきて佐伯は首を動かした。

「三津首《みつのおびと》」

「その名前で呼ぶな、かなえちゃんと呼べ」

 すぐに鞄で頭を叩かれた。

「いてて。分かったよ、かなえちゃんこんなところで何やってんの?」

「それはこっちのセリフよ、あんたの高校北千住でしょ、どうしてこんな時間に渋谷にいるのよ」

「電車で寝過ごしたんだよ、そんなこと言わせんな」

「ふーんそれでなにも行動せず現実逃避してたわけ、ぷぷ、あんたバカねぇ」

「バカでけっこう、とりあえず学校に電話だ。おい、この辺の土地に詳しいか、ちょっと公衆電話の場所教えてくれ」

「あんたバカねぇ、ここはあんたの住んでた田舎じゃないのよ、こんな都会の真ん中に公衆電話なんてあるわけないじゃない」

「世知辛いな、メガロポリス東京」

 佐伯は大きくため息をつくと諦めたように立ち上がる。現実を直視するために背伸びをして強張っていた肩を落とした。

「ちょっとどこ行くのよ」

「どこ行くのって緑の窓口だよ、電話をかしてもらうんだ」

「はぁ~これだから田舎者は、今時スマホも持ってない高校生なんて不審者も同然よ。それにただでさえ人が多くて忙しい時間帯なのに駅員さんがあんたにかまう時間なんてあるわけないじゃん。この街の大人はそんなに優しくないのよ」

「じゃあ、どうすればいいの。このまま引き返すにも一時間弱はかかるし、学校に着くのは昼頃になっちまう。こういう時は体調悪くて今起きました、ていの連絡をした方が余計に怒られなくて都合が良いのによぉ」

 佐伯の嘆きの言葉は雑踏に踏まれ消えた。けっこう大きな声で嘆いた者の道行く人はきにもとめないで目の前を通り過ぎていく。助けてくれとは言っていないが、どうしたのと声をかけてくれることに少し期待はしていた。

「あんたさぁ、この前のことや今回の寝過ごしとかもそうだけど、要領が悪いわよね。なんていうの、遅刻とか寝坊とかそんなことなかったことにできる力を持っているのに、それをしないでへこんで落ち込んでさ、そういう不器用な人間を見ると余計な一言を言いたくなっちゃうかなえちゃんがでてきちゃうのよねー」

 かなえはわざとらしく頬を緩めニヤニヤしながら

「ぷぷぷ、あんたの弱気の顔を拝めるのは気持ちがいいわ」

 余計な一言をぶちかました。

「はぁ~、安い挑発にのると思って煽ってくるガキに限って自信家なのはなんでだろうな。俺も欲しいよその自信」

「はぁぁやんのかコラ」

「……」

 かなえはいきがったチンピラみたいな顔で佐伯にメンチをきる。

「あんたさぁ、その気になれば誰よりも強いのにどうしてもっと効率的に生きようとしないわけ? 学校なんかずる休みしたってなかったことにできるし、些細な失敗でびくびくしなくてもいいのに、なんでそんな情けない顔して街中にいんのよ」

「はぁ~、あのなぁそんなことしちまったら徳がつめないだろ」

「そんなに徳を積むことが大事なの?」

「お前も悟りを開けばわかるよ」 

「お前って言うな」

「……、なんで怒ってんのかなえちゃん」

「怒るに決まってるじゃん、あんたは私を信じて助けてくれた。パパや他の大師たちに反感を買われようがお構いなくね。そのことをもっと強く主張するべきよ。だってそうだと思わない? 私がいくらあんたの強さを認めたって肝心のあんたがそんな調子じゃ私がバカみたいじゃない」

 かなえはスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。佐伯が苦笑しながら手を伸ばすと手に触れる寸前でスマートフォンを引き戻す。

「分かってんの、あんたはこの私が認めた存在としてもっと自覚してもらわないとこっちが困るのよ。そうでなきゃ、私が胸をはってあんたのすごさを宣言できない」

「あぁわかったわかった、ありがとよ。とりあえずそれ貸してくれ」

 佐伯はかなえから渡されたスマートフォンを受け取り学校に連絡する。それから液晶越しで状況を説明し、情けない声で謝罪を繰り返し、反省文を提出することでことなきを得た。その姿に腕を組んで、イライラしてますみたいな大きく息をはいた。

「はい、ありがとな。いやぁこれで昼すぎから学校に行けるぜ」

「あんたさぁやっぱりバカね、正直になんて話さずにしんどいそうな演技して病欠にしたら怒られた上に反省文なんてかくはめにはならないのに」

「いいんだよ、別に怒られたって、素直に謝ればたいていのことは許してもらえるんだから」

「あんたの考え方って理解できないのよねぇ」

「理解しなくてもけっこう、それでおま、かなえちゃんはこんなところで油売ってんの? 学校は?」

「そ、そ、そんなことは今どうだっていいでしょ」

 言及されるとかなえは目を逸らし、

「こっちにはこっちの事情がいろいろあんのよ、あんたのところみたいに実践主義ってわけにはいかないのよねぇ、あの一件以来うざったいほど過干渉というか、だからたまぁにエスケープしないとやってらんないみたいな」

 ハハハとかなえは呆れながら笑っていたが、
 
「かなえ様」 
 
 雑踏にかき消されずにホームに響いた風鈴の音のような大人びた女性の声にかなえは背中をびくつかせながら顔の半分を歪ませる。
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