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第一章

仲直りのハグ

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 月明りがぼんやり落ちて来る夜に佐伯はどうしたものかと草加駅で下車し、おんぼろアパートまでの帰り道を歩く。

「あぁ憂鬱だなぁ」

 仲直りのやり方なんて学校じゃしっかり教えてくれない。ましてその相手が女の子ときたらもうちんぷんかんぷん。佐伯は道中、いろいろ考えながらアンネの機嫌が良くなる方法をイメージしていた。高価なプレゼントを買うとか、美味しいケーキを買うとか、そんなありきたりなことを思い浮かべては否定しを繰り返してついに部屋の前までたどり着く。

 案の定、なにも買ってきてはいない。

 ――俺は腰砕けだな。

 心の中でため息をつく。

 はずれを買ってきてもっと機嫌が悪くなるアンネを想像すると足がすくんで行動に起こせなかった。

 ――そもそも俺が全部悪いわけじゃないし。

 不意に浮かんできたもうひとつの思考。佐伯はこれまでのやりとりを思い出して、自分は言い方は問題あったかもしれないが、正しいことを言っていたことは事実だった。

 だからこそビクビクと深く考えながら部屋に帰るよりもむしろ堂々と帰ってきた方が正解だと自分に思い込ませ、ドアノブを回す勇気に変えた。

「ただいま」

 そう言ってドアを開ける。

「おかえりなさい」

 アンネが台所から声を返した。

「……解決しましたか?」

「あぁ、まぁなんとか」

「そうですか。ごはん……食べませんね」

「いや、食べるよ。今日はまかない食べてこなかったから」

 苦笑する佐伯に淡々とした口調で答える。

 四畳半のテーブルには夕飯が並んであってアンネはサランラップを外して、炊飯器から白飯を盛る。

「いただきます」

 佐伯は湯気がたった野菜炒めと白飯を口に含んでから台所でスープをお椀に移しているアンネの後姿を視線に収めながら箸を置いた。

「……美味しくないですか?」

 振り返ったアンネは佐伯の哀愁漂うまぶたの垂れた顔を見て質問した。

「ごめんアンネ」

 佐伯の言葉にアンネは大きく息をつき佐伯の横に腰をおろす。

「まずいなら無理して食べなくても……」

「この前の夕飯、せっかく作ってくれたのに食べれなくて」

「別にそんなこと気にして……」

「いや、そうじゃなくて」

 佐伯はアンネの言葉を遮った。驚いた彼女は座りなおして視線を合わせた。

「今日、バイト遅刻して怒られてさ、そんでオーダーミスったりしてなんとなく憂鬱な気分のまま仕事してたんだ。それでついこの前までそんな気持ちのまま冷えたまかないを食べて部屋帰って寝るだけだった。でも今はアンネが美味しくてあったかいご飯をつくって待っててくれて、それってさ……本当にありがたいことで幸せなことだって悟ったんだ。だからいろいろごめん」

 頭を下げるとアンネは目を丸くして、フフっと口角を上げていた。

「どうしましょうか?」

 あれ? 疑問形?

「どうしましょうか……とは?」

 佐伯は自分の素直な気持ちを告白して謝罪したあとは、てっきり許してくれるものかと思っていたが、まさかの疑問形だった。

「許してくれないの?」

「いえ、そうではありません」

 アンネは否定して柔和に笑い飛ばす。

「私も誰かのために料理を作ることが幸せだと気が付いたので」

 アンネは隣に距離を詰めてくる。

「私もむきになって大きな声を出してごめんなさい」

 雪のように白い肌によく見ればサファイアのような碧い瞳に見つめられて思わず目を逸らす。

「アンネの国では友達と仲直りするときどうするんだ?」

 佐伯は照れてしまったことを誤魔化した。

「ハグします」

「えっ」

 思いがけない言葉に驚きつつも有無を言わさずアンネにハグされる。彼女の柔らかい身体の感触とシャンプーの良い匂いはアルバイト帰りでシャワーも浴びてない佐伯のとって刺激が強すぎた。

「冷蔵庫の中が枯渇寸前なのですが」

 ハグしながらアンネが会話を試みる。佐伯はうろたえながら

「あ、金曜日に買出しに行こうか」

 そう提案すると少しだけハグの時間が延びた気がした。賛成ってことでいいだろうか。まぁでもそれならそれで、買出しの時にアンネの欲しいものを買ってあげようと思った。
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