46 / 79
第一章
仲直りのハグ
しおりを挟む月明りがぼんやり落ちて来る夜に佐伯はどうしたものかと草加駅で下車し、おんぼろアパートまでの帰り道を歩く。
「あぁ憂鬱だなぁ」
仲直りのやり方なんて学校じゃしっかり教えてくれない。ましてその相手が女の子ときたらもうちんぷんかんぷん。佐伯は道中、いろいろ考えながらアンネの機嫌が良くなる方法をイメージしていた。高価なプレゼントを買うとか、美味しいケーキを買うとか、そんなありきたりなことを思い浮かべては否定しを繰り返してついに部屋の前までたどり着く。
案の定、なにも買ってきてはいない。
――俺は腰砕けだな。
心の中でため息をつく。
はずれを買ってきてもっと機嫌が悪くなるアンネを想像すると足がすくんで行動に起こせなかった。
――そもそも俺が全部悪いわけじゃないし。
不意に浮かんできたもうひとつの思考。佐伯はこれまでのやりとりを思い出して、自分は言い方は問題あったかもしれないが、正しいことを言っていたことは事実だった。
だからこそビクビクと深く考えながら部屋に帰るよりもむしろ堂々と帰ってきた方が正解だと自分に思い込ませ、ドアノブを回す勇気に変えた。
「ただいま」
そう言ってドアを開ける。
「おかえりなさい」
アンネが台所から声を返した。
「……解決しましたか?」
「あぁ、まぁなんとか」
「そうですか。ごはん……食べませんね」
「いや、食べるよ。今日はまかない食べてこなかったから」
苦笑する佐伯に淡々とした口調で答える。
四畳半のテーブルには夕飯が並んであってアンネはサランラップを外して、炊飯器から白飯を盛る。
「いただきます」
佐伯は湯気がたった野菜炒めと白飯を口に含んでから台所でスープをお椀に移しているアンネの後姿を視線に収めながら箸を置いた。
「……美味しくないですか?」
振り返ったアンネは佐伯の哀愁漂うまぶたの垂れた顔を見て質問した。
「ごめんアンネ」
佐伯の言葉にアンネは大きく息をつき佐伯の横に腰をおろす。
「まずいなら無理して食べなくても……」
「この前の夕飯、せっかく作ってくれたのに食べれなくて」
「別にそんなこと気にして……」
「いや、そうじゃなくて」
佐伯はアンネの言葉を遮った。驚いた彼女は座りなおして視線を合わせた。
「今日、バイト遅刻して怒られてさ、そんでオーダーミスったりしてなんとなく憂鬱な気分のまま仕事してたんだ。それでついこの前までそんな気持ちのまま冷えたまかないを食べて部屋帰って寝るだけだった。でも今はアンネが美味しくてあったかいご飯をつくって待っててくれて、それってさ……本当にありがたいことで幸せなことだって悟ったんだ。だからいろいろごめん」
頭を下げるとアンネは目を丸くして、フフっと口角を上げていた。
「どうしましょうか?」
あれ? 疑問形?
「どうしましょうか……とは?」
佐伯は自分の素直な気持ちを告白して謝罪したあとは、てっきり許してくれるものかと思っていたが、まさかの疑問形だった。
「許してくれないの?」
「いえ、そうではありません」
アンネは否定して柔和に笑い飛ばす。
「私も誰かのために料理を作ることが幸せだと気が付いたので」
アンネは隣に距離を詰めてくる。
「私もむきになって大きな声を出してごめんなさい」
雪のように白い肌によく見ればサファイアのような碧い瞳に見つめられて思わず目を逸らす。
「アンネの国では友達と仲直りするときどうするんだ?」
佐伯は照れてしまったことを誤魔化した。
「ハグします」
「えっ」
思いがけない言葉に驚きつつも有無を言わさずアンネにハグされる。彼女の柔らかい身体の感触とシャンプーの良い匂いはアルバイト帰りでシャワーも浴びてない佐伯のとって刺激が強すぎた。
「冷蔵庫の中が枯渇寸前なのですが」
ハグしながらアンネが会話を試みる。佐伯はうろたえながら
「あ、金曜日に買出しに行こうか」
そう提案すると少しだけハグの時間が延びた気がした。賛成ってことでいいだろうか。まぁでもそれならそれで、買出しの時にアンネの欲しいものを買ってあげようと思った。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
神嫌いの神様と一つ屋根の下
朔々
キャラ文芸
一緒に暮らしていた両親と弟から、家を出て行くように告げられた、姫宮媛(ひめみやひめ)は、言われた通り「神様」が住むという屋敷に向かう。
玄関前にはラフな格好をした金髪の美青年・神木璃三郎(かみきあきさぶろう)が待っていた。
話しやすさに舞い上がり、馴れ馴れしくしてしまったけれど、まさか彼が「神様」だったなんてーー
【完結】ドクロ伯爵の優雅な夜の過ごし方
リオール
キャラ文芸
アルビエン・グロッサム伯爵──通称ドクロ伯爵は読書が好きだ。
だが大好きな読書ができない夜がたまにある。それはドクロになっている間。
彼は満月の夜になると、呪いでドクロになってしまうのだ。ちなみに体はどこかへ消える。
そんなドクロ伯爵の楽しみは、ドクロの時だけできる行為、領地内の人々の様子を見ること。
「ああ、彼女は今夜もまた来ない彼氏を待っているのだな」
「幼い子供が夜更かししてるぞ」
「あそこはまた夫婦喧嘩か、やれやれ」
それをけして覗きと言うなかれ。ドクロ伯爵はそれを高尚な趣味と信じて疑わないのだから。
そして今夜も彼は目にする。ドクロ伯爵はそれを目撃するのだ。
「……また人が死んでいる」
それは連続殺人。殺人鬼による無差別殺人。
全てを見通せるドクロ伯爵の目からすら逃れるその者を……犯人を捜すべく、ドクロ伯爵は今日も目を光らせる。
──目、無いんですけどね
===
※筆者より注意書き※
本作品はホラーでも推理物でもありません。
あくまでキャラが濃いキャラ文芸、気楽に読めるラノベです。
特別深い話はございません、淡々と話は進みます。
あらかじめご理解いただきました上でお読みいただきますようお願い致します。
※注2※
舞台・年代は近世ヨーロッパ(イギリス)風な感じ(1800年~1900年くらい)、でもオリジナルで実在しない世界となります。パラレルワールド的な。
あまり時代考証とか考えずに気楽に読んでいただければと思います。
(つまり、筆者が細かいあれこれ考えるのが面倒、と)
ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~
楠富 つかさ
ファンタジー
地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。
そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。
できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!!
第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!
あやかし蔵の管理人
朝比奈 和
キャラ文芸
主人公、小日向 蒼真(こひなた そうま)は高校1年生になったばかり。
親が突然海外に転勤になった関係で、祖母の知り合いの家に居候することになった。
居候相手は有名な小説家で、土地持ちの結月 清人(ゆづき きよと)さん。
人見知りな俺が、普通に会話できるほど優しそうな人だ。
ただ、この居候先の結月邸には、あやかしの世界とつながっている蔵があって―――。
蔵の扉から出入りするあやかしたちとの、ほのぼのしつつちょっと変わった日常のお話。
2018年 8月。あやかし蔵の管理人 書籍発売しました!
※登場妖怪は伝承にアレンジを加えてありますので、ご了承ください。
人生負け組のスローライフ
雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした!
俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!!
ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。
じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。
ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。
――――――――――――――――――――――
第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました!
皆様の応援ありがとうございます!
――――――――――――――――――――――
やる気ない天使ちゃんニュース
白雛
キャラ文芸
私は間違っているが、世間はもっと間違っている——!
Vに沼ったビッチ天使ミカ
腐り系推し活女子マギ
夢の国から帰国子女リツ
鬼女化寸前ギリギリの年齢で生きるレイ
弱さ=可愛さだ! 不幸の量が私らを(特定の人種向けにのみ)可愛くするんだ!
『生きづらさでもごもごしてる奴なんか可愛くね……? オレ、そーゆーの、ほっとけないんだよね!』って禁断の扉を開いてしまう人続出!
この不憫可愛さを理解させられろ! 受け止めてみせろ、世の男子!
ブーメラン上等!
厄介の厄介による厄介のための歯に絹着せぬ、そして自分も傷付く、おちゃらけトークバラエティー!
始まってます。
パロ、時事、政治、下ネタ豊富です。
秘伝賜ります
紫南
キャラ文芸
『陰陽道』と『武道』を極めた先祖を持つ大学生の高耶《タカヤ》は
その先祖の教えを受け『陰陽武道』を継承している。
失いつつある武道のそれぞれの奥義、秘伝を預かり
継承者が見つかるまで一族で受け継ぎ守っていくのが使命だ。
その過程で、陰陽道も極めてしまった先祖のせいで妖絡みの問題も解決しているのだが……
◆◇◆◇◆
《おヌシ! まさか、オレが負けたと思っておるのか!? 陰陽武道は最強! 勝ったに決まっとるだろ!》
(ならどうしたよ。あ、まさかまたぼっちが嫌でとかじゃねぇよな? わざわざ霊界の門まで開けてやったのに、そんな理由で帰って来ねえよな?)
《ぐぅっ》……これが日常?
◆◇◆
現代では恐らく最強!
けれど地味で平凡な生活がしたい青年の非日常をご覧あれ!
【毎週水曜日0時頃投稿予定】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる