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第一章

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「なんだか楽しそうだな佐伯」

 弁当を食べながら前髪センターわけにそう言われ思わず白飯を口からこぼす。

「こんなに賑やかな昼飯は初めてだもんなぁ」

「うるせぇな」

「いつもより口角が上がってる」

「きっしょ」

 佐伯は口元を見られないように弁当箱を持ち上げて表情を探られないようにかきこんだ。前髪センターわけは半分ほど残した弁当に箸を置いて机の上で両手を組んだ。

「中島さん」

 相槌をうって中島はスカートのポケットから何かを取り出した。

「これは?」

 アンネが不思議そうに机に置かれたものを凝視するが佐伯は一度目にしてから大きく息をはいて険しい顔をしながら瞼を閉じる。それは水分を多く含みしわくちゃになったお守りだった。

「これ佐伯さんの言ったとおりに陽の当たる場所に置いておいたんです。でも気が付いたら……」

 佐伯は腕を組んで瞼を開けた。まさかこれほどの邪気が溜まっているとは思わなかったのだ。

「中島さん、今日あなたの部屋に行ってもいい?」

 唐突にそう提案すると、中島美知恵よりも驚いたのはアンネだった。

「たぶん今日中に決着をつけないと危ないかもしれない」

「おかしいですよ、私はしっかり祓いました」

 アンネは血相を変えて、佐伯につっかかってくる。

「そうだな、たしかに祓われてはいる。でもそれは結果的に事態を悪化させたかもしれない」

「なっ!」

 その言葉に顔を引きつられながら二重瞼を見開いて佐伯を睨んだ。

「私のせいだって言うんですか? 私が余計なことをしたって言うんですか!」

「そこまで言ってないけど……まぁきみがそう思うならそうなんじゃないの?」

「もういいです!」

 声を上げて席を立ちあがる。アンネはむすっと頬を膨らませ人目をはばからず部室から飛び出していった。

「あの……」

「大丈夫、気にしないで」

 佐伯は大きくため息をつくもアンネの後を追うことはなかった。それ以上に目の前のびしょびしょのお守りが大変な状況を巻き起こすことに違いがないから。

「ぜひ部屋に来てくれますか?」

「それは、もちろんいくよ一刻を争うからね……だけどその前に中島さんがミッシェルさんや俺たちにまだ話していないことも話してほしいんだ。あるよね」

「そ、それは……」

 それから暫くの沈黙が流れ前髪センターわけはその重苦しい空気を察して微笑んだ。

「まぁまぁそんな思いつめんなって、っていうかさ話は変わるけど佐伯とこのクラスはなんの劇をやるんだ?」

「あぁ、ラプンツェルだよ」

 急ハンドルな会話の方向転換に佐伯は面を喰らったが、自らの追及によっておかしくなった空気を感じて前髪センターわけの会話にのっかった。

「へぇ、じゃあラプンツェルはミッシェルさんか」

「あぁ、満場一致で決まったよ。なんだかな」

 佐伯は自分が木の役だってことは言わなかった。

「こっちは走れメロスをやるんだ。しかも現代版。すごいだろ」

「へぇ~お前んとこも担任が脚本やるのか?」

 前髪センターわけはその質問に手をたたいて笑う。

「違う、違うやるわけないじゃん。中島さんがやるんだよ」

「中島さんが?」

「あぁ、中島さんが書き下ろしで一から脚本を手掛けるんだ」

 そう紹介されて中島は恥ずかしそうに顔を手で仰ぐ。

「一からなんてそんな、構成とかセリフ回しも小島先生に見てもらってるから」

「小島先生に?」

 そこで小島の名前が出てきたことに佐伯は驚いた。

 そんな佐伯の表情を見て前髪センターわけは知らないのかって顔をしながら首を傾げて、

「元小説家なんだってな、すごいよなぁ」

 中島の顔を見ながら称えた。

「元小説家?」

「はい、冴島誠ってペンネームで角川からラノベがシリーズが出ててまして、私そのシリーズの大ファンなんです」

「そうじゃない、冴島ってもしかして」

 第二郷土室で見かけた郷土学者の名前だ。そう彼女に確かめる前に中島は頬を赤らめながら頷いた。

「図書委員には月ごとに『私が好きな本』っていう図書委員がおすすめする本を紹介する企画があって、その原稿を長野先生と作っている時に小島先生が冴島先生ってことを教えてもらったんです。それで直接ファンですって小島先生に手紙を書いたらお返事が来て、そこから先生と親しくなったんです」

「じゃあ中島さんが第二郷土室に入ったのって……」

「はい、正直に言えば先生が小説家を志したきっかけが先生のおじいちゃんだったことを知ってその人の本を読んでみたくなったんです。でも古本屋にもネットにもそれらしいものはなかったので長野先生に相談したら第二郷土室にあるって言われて、西川先輩から怖い噂を聞かされた時はぞっとしたけど、それでも小島先生ともっと親しくなれるかもって思って……」

 そこまで言ってから中島美知恵の声は急に小さくなる。前髪センターわけはなんとなく心情を察して佐伯に目配せした。

「ありがとう。なんとなく分かった気がする」

 悟ったような口ぶりの佐伯に彼女は顔を真っ赤にして立ち上がり、

「あ、あの私失礼します。図書館棟に忘れ物をしたことを思い出したので」 

 そう言って足早に部室を出ようとしていた。

「放課後、裏門で待ってて」

 佐伯はそう言うと中島は頷いて逃げるように退室していった。
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