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第一章
勘弁してくれ
しおりを挟む四時限目が終わるとクラスメイトは各々のグループを作り外に出る者、机をくっつけてお弁当を広げる者、まちまちだった。佐伯は大きく伸びをしてから重い腰を上げそそくさと教室を出ていく。
「いつもどこに行ってるんですか?」
不意に後ろから聞こえてきた声にビクッと背中を震わせて振り返る。
「どこいくんです?」
繰り返すように尋ねてきたアンネに佐伯はだらしない笑みをこぼしてから何も言わずに廊下を早歩きで進む。
「まおくん」
「名前で呼ぶな」
ついてくる彼女を必死に振り払おうと部室までの最短ルートをひた走る。しかし食堂を通り過ぎたくらいでアンネに腕を掴まれて身動きとれなくなった。
「勘弁してよ」
「なんで逃げるんですか?」
「弁当くらい一人で食いたいんだ」
「だったら売店にいかないのはおかしいですよ。昨日の夜私がお弁当作ろうかって聞いたらいらないっていうからてっきり」
佐伯は困り顔で唇をとんがらした。
「俺の分を作って待っててくれる人がいるんだよ。その人に悪いだろ」
言いたくなさそうにつぶやくとアンネは鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くする。
「その人誰ですか?」
「誰でもいいだろ」
「誰でもよくないです」
「関係ないじゃん、っていうかアンネは学校じゃこっち側の世界の住人じゃなくて、あっち側の住人なんだからあっちでみんなと楽しくご飯食べとけよ」
相変わらず騒がしい食堂を指さして促す。アンネは不服そうに佐伯を睨んでいた。
「じゃあ俺は部室行くから」
佐伯が一歩踏み出そうとしたときアンネがその腕を強く掴んでそれを止める。
「今日は私とご飯を食べましょう」
「いやだからいいって、帰ってから二人で食べてんじゃん」
「ダメです。はやくこっちへ食堂に行きますよ」
ぐいぐい引っ張るアンネに佐伯は力いっぱいの拒否反応を見せ無理やり部室に足を進めていく。
「一緒にお昼をぉ」
「勘弁してくれ」
そんなところをクラスのメンバーに目撃されたら間違えなく浮いてしまう。それすなわち波風立てずに平穏な学校生活が終わることを告げていた。
二人は押し問答を繰り返しながら、少しずつ部室に近づいていく。佐伯はこんなところを同級生に見られたくなくてキョロキョロ周りを見渡しながら急いで部室に向かっていた。
「おーい佐伯ぃ」
見知った声。部室前に前髪センターわけが手を振って待ち構えていた。ただいつもと違うのはその傍らに中島美知恵がいたことだ。
「あれ? 取り込み中だったかな?」
素っ頓狂な声を出してこの状況を笑っている前髪センターわけと軽く会釈する中島に気が付いたアンネはハッとしたように佐伯の腕を離した。
「ミッシェルさん、この間はありがとうございました」
「いえ、その後は大丈夫でしょうか?」
寸分狂いのない笑顔。
急にスイッチが入ったアンネは愛想振りまきモードで対応する。中島は表情を曇らせて佐伯の顔をチラリと見た。
「そのことでちょっと佐伯に相談があるんだ」
「分かった、じゃあ部室で話を聞くよ」
佐伯は部室のカギを開け二人を中に入れる。その場で立ち尽くしていたアンネを手招きして、
「アンネも」
アンネは軽やかにステップを踏んだ。
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