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第一章

バラ風呂の日

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 ……まぁそんなこんなで電車に乗って温泉までの夕暮れ道を今二人で歩いてます。

「フフフーん」

 鼻歌を歌いながら横を歩くアンネはまるでディズニーランドに来たような小学生のように上機嫌になっている。

「ただ温泉行くだけだぞ」

「あなたはいつものことでも私にとっては初めての経験ですから」

「あれ、小さい時日本にいたことあったんだろ? 行ったことなかったのか?」

「行ったことありません。幼いころは病気がちで教会の外にはあまり出ることがありませんでしたから」

 歩くたびに距離が近くなるアンネの甘え方が尋常じゃない。

 まぁ、こんなに可愛い女の子と親密になれるのは願ったり叶ったりである。その理由は昨日のことが大きいと思うのだが、自分にとって当たり前の行動や言葉を彼女の人生においてはまったく縁のないものだったと考えると嬉しさよりも切なさが勝ってしまう。

「じゃあ、いいこと教えてやるよ。今から行くとこは飯も食える」

「えっじゃあシェニッツェルとかプレッツェルとかあります?」

「そんなグローバルな料理はねぇよ」

 あんまり期待してがっかりすんなよと佐伯は釘をさす。

 それから彼女は思い出したように、

「そういえば中島さんの様子はどうでしたか?」

「何とも言えない」

「どういうことです?」

「そのまんまの意味だよ」

「だからどういう意味です?」

 煮え切らない態度にアンネの口調はきつくなる。佐伯は言葉を選びながら慎重に、

「中島さんにアンネが施したご加護とやらの効果はあって心霊現象は止まったけど、今度は夢に干渉してくるようになったんだと」

「夢にですか?」

「そう。ただの愉快霊にしては執着が過ぎるよな」

 アンネは顎を指でなぞりながら考え込んでいる。彼女にも違和感があるのだろう。

「もしかして複数の霊体が中島さんについている?」

 歩幅を狭めながら佐伯の横顔を凝視して違和を言葉に出す。

「おそらくな、今日愉快霊と思われる霊と会えたんだけど、どうも変な感じだった」

「変な? その霊はあの著者の本の貸し出しカードの名前にあった人ですか?」

「そうだと思うんだけど。ちょっと引っかかるのは、彼女が中島さんの夢に干渉する力を持っているとは到底思えない。あれはもっと異質で、だからもっと中島さんや内藤智子の因果関係を調べる必要がある」

 なるべく早く。

 そう心でつぶやいて腕を組んだ。

「俺は明日もう一回第二郷土室に行ってみようと思う」

「なら私はクラスメイトや先輩から内藤智子さんの情報を探ってみます。貸出記録が三年前なら今の三年生は特に彼女のことを知っているかもしれません」

「分かったよろしく頼む」

「はい」

「……ところで三年生と接点なんかとれるのか?」

「はい、そもそも今日は部活動の見学に誘われていましたので」

「あぁそうですか」

 佐伯は現実に舞い戻ってきた。自分は一度も誘われたことはないのだ。

「どうしました?」

 佐伯は混じりけのない質問に首を振って苦笑すると話題の舵を変えるようにハイテンションで

「なんでもねぇよ。それよか今からいく温泉にはイベント風呂ってのがあってさ、今日はバラ風呂の日だぞたしか」

「すごい、そんな楽しみなイベントがあるのですね!」

 左耳にふれる彼女の声が、佐伯の身体の中をふわりと浮かせていた。

「他にもジャグジーとかサウナとかもあるぞ」

「ますますワクワクします!」

 ちょっとした会話で、ものすごく気分が上がる。佐伯は心の奥底からふつふつと湧き上がる高揚感を抑えるのに必死で、懸命になんでもないフリをする。

「あっでもあとで莫大な料金を請求されたり……」

「ぼったくりじゃねぇんだわ」

 こうしてつっこむやりとりが、ガチャガチャで好きなキャラクターが出てきたように嬉しい。

「あれですか?」

 アンネが指をさした先に目的地を指さして笑う。提灯の明かりを眺めながら佐伯はオーバーに首を縦に頷いた。
 
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