4 / 5
4 再度婚約後にトラブル
しおりを挟む
翌日。
公爵邸にて、ステイル様と私の再度婚約が成立した。冷血漢と呼ばれる宰相閣下までいる。怖いんですけど。
「父上、私は生涯ローズを愛し、二度と手離さないと誓います!」
「それはローズ嬢に誓いなさい。再び縁を結べてよかった」
「はい!」
公爵閣下が人当たりのいい笑顔で私を見た。背筋が伸びる。
「昨夜は眠れたかい?」
「はい。屋敷の皆さまから賜った素晴らしいおもてなしに、終始夢見心地でした」
昨日、再びステイル様と婚約することが決まった、それを公爵邸で夫妻に報告したら大喜びでそのまま泊まっていきなさいと言われて断れなかった。
公爵邸の侍女達に囲まれて全身ピカピカにされた。きちんとお手入れしないとダメですわ、そう言われて大量の高級美容品も贈られた。婚姻までに自分磨きを怠るなということだ。
「皆さま、お心遣いありがとう存じます」
お世話になった侍女達が品よく口元を綻ばせる。
そこでヲルガを見る。
かなり恐縮しているようだ。
ライティ公爵家の侍女達は殆どが伯爵クラスの三女か四女だ。全員洗練された佇まいで現役の貴族令嬢と大差ない。
というか私も伯爵家の第六子だからね。ステイル様と婚約していなかったら、ここにいる侍女達より立場は弱いからね。
恐縮しまくりなわけよ。
「ではローズ、婚約した記念に指輪を贈ろう! それともネックレスがいいかな?」
「えぇ、あの……再度の婚約ですし、ここは何もしないでおきましょう?」
「それはダメだ! 何故ならば初めて婚約した時、その記念日に私はローズに何も贈らなかった!」
二人の閣下がいる前でぐいぐいくるステイル様。ほんと変わったわね。以前は貰っても形式的な花束とカードくらいだったのに。
「贈り物は結婚記念日と誕生日だけで充分ですわ」
「それでは私の気が済まないんだっ」
「ステイル様にそう言って頂けるだけで、私の気は済んでいますわ」
「っ、ローズ……!」
「ふふっ、不思議なものですね。そうやってステイル様の心に私を留めてもらえるだけで、最高の贈り物を頂いてる気分になりますわ」
あ、またステイル様が泣いた。
周りから「おおっ」と歓声がわくが、その意味は解らない。
「わかった……っ、なら……今日は一つだけでいいから、何か贈らせてくれ」
「……えぇ」
「……お願いだ」
期待のこもった眼差しに、泣き笑いのような満面の笑みに、……受け入れるしかない。
「……では一つ、我儘を」
「ああ! 一つといわずいくらでも!」
一つと言ったでしょうが。
「私は先日、学園を退学しました。その……退学を……無かったことにできないでしょうか?」
公爵夫人となるなら、学園は卒業しておいた方がよいですし。そう言ってちらっとステイル様に上目遣いする。あ、また泣きそう。
「そのことについては、……ダンティスト殿?」
「はい」
閣下の呼び掛けに宰相が一歩前に出る。
「ライティ学長はオメロン嬢の退学届を受理しておりません」
「え」
「正確には、机の引き出しに入れたまま、処理を忘れたそうです。なので手続きしたマーボン男爵令嬢に渡した受理証明書は、無効です」
「いやぁ、すまんすまん。私の兄は日頃からうっかりな人でね、おまけに加齢で物覚えが悪くなっているようだ」
閣下の兄グサリに頬がひきつる。
この国で一番格式の高いグレード貴族学園の学長になれる人に、うっかりや物覚えの悪い人は絶対いない。この国の歴史上、優秀な先帝や太后が後世の教育のため学長になったこともあったのだから。
「すまなかったね。そのうち兄から謝罪が届くだろう。頼めば卒業証も渡してくれる筈だ」
「いえ、そんな、あの……私もうっかりすることなんて日常茶飯事ですし、」
再び学園に通えるなら、学長とはまたどこかで顔を合わすことになる。そのとき互いに気まずい想いをするより、うっかり者同士仲良くさせて頂ければこれ幸いと、なので感謝の言葉だけお伝え下さいと頼んだ。それはもう、全力で。
「……やはりオメロン家にして正解だった。後は妻譲りの倅の浪費癖をなんとかすれば」
「時間の問題では? この三年、催促らしきものは皆無、それどころか花束に付いていたリボンを髪飾りにしてステイル君とお茶会をするような節約家ですよ?」
「いくらなんでもそれは倅が駄目だろ」
「そうさせたのは閣下でしょうが」
リボンって……何故それを知っている?
閣下と宰相から注がれる視線に下履きが汗だくだ。
「ああっ……私のローズ! 明日は何が欲しい? 別荘かい? それとも今のうち無人島を買って、婚姻後にバカンスする?」
「は、……えっ?」
別荘は……まぁ、規模によるがステイル様でも買えるだろう。こじんまりした海辺のコテージとか。
てか島……?
なに言ってんのコイツ?
嫌な予感がして閣下と宰相を見ると、誤魔化すように咳払いしてきた。
「妻の浪費癖は出産した時に消えたんだ。しかし生まれたステイルにそのまま受け継がれてしまったようでね」
「……えーっと、?」
「誤解しないでくれたまえ。今までステイル殿には物欲が無かった。オメロン嬢にひと目惚れした瞬間、芋蔓式に欲が現れてね」
「え?」
「ははっ、オメロン伯爵の唯一の武器【無関心】は値段が高い! そこで一度契約を解除したのだが、そこの馬鹿が……」
「ええ、とんでもない事態になりましたよね」
はぁ、と溜め息をついて黙り混んだ閣下と宰相。
いや、最後まで説明しなさいよ。
そこでカツンと背後から足音がした。
「お困りのようなら私が説明致しますが?」
両肩を掴まれた。お父様だ。
「おおっ、オメロン伯爵!」
「閣下、昨夜は素晴らしいディナーでした。あれは異国の宮廷料理だとか? いやぁ、公爵邸に居ながら異国情緒溢れる、思わず財布の紐が緩みそうな、散財に適した……可能ならばレシピを分けて頂きたい」
お父様も泊まってたんかい。
おまけに娼館で宮廷料理出すんかい。それなら一枚噛ませて欲し……いやいや今はそれ所じゃない。
「いやいや、なんのなんの、御安いご用だ。それよりいいところに来てくれた。我々ではその、なかなか説明が難しくてね」
閣下の目配せに侍女がトレーに乗せた金子を持ってきた。なかなかのでかさだ。それも三つ。
「わかりました。まず、再度婚約おめでとうございます」
一つ、お父様が金子を手に取る。
「あと、クルメ嬢は社会的に消えました」
もう一つ、お父様が手に取る。
「ああ、そうそう、公爵家は再度婚約で娘に学園を卒業する機会をくれたのでしたね。では私は父親として学園に戻る娘に諸費用を渡しましょう」
そう言って最後の金子を私の手に落とした。
へぇ以外……いや待て。学園に戻るのだ。
(量産した制服はおいくらですか?)
(金子一つだ)
(……鬼畜)
(心外だ。説明料は別途だがまけてやろう)
ここにきて閣下が払ってくれた説明料まで二重請求するのか!
ほんと、父親でなければ二度と関わりたくない人物だ。
「納得致しました。それはもう、想像を絶する気苦労があったことでしょう」
「おおっ、わかってくれたか! 流石はローズ嬢だ、賢いだけじゃなく慈悲深い!」
ちょっと涙目になっている閣下にニコっと笑いかける。後で覚えてろ。
ヲルガが公爵邸のスリッパを握りしめてる。それ、かなり上質だから持って帰ろう。そう目配せする。
「さぁ、嫁にいくことが決まった。おまけに明日には学園に戻るのだ。お父様にお前と過ごす最後の時間をおくれ」
「……はあぁぁ」
「そうか、疲れたか、ビストロ・ラ・ドゥでゆっくり食事でもしよう」
(奢って下さいね)
(大丈夫だ。既婚の支配人は当家の侍女と浮気している。無料で高級ワインを飲ませてやる)
(わかりました)
ビストロに連れてこられた。
てか路馬車の料金払わされた。
そっとヲルガが『大丈夫です。実は隠れ家で使ってる消耗品は全て当家の経費、旦那様の財布から捻出されています。今までお嬢様から預かった経費は全額、隠れ家のお嬢様のベットの下に埋蔵してあります』そう教えてくれなかったら、ブチ切れていただろう。
てか日に日に隠れ家のベットが固くなっていたのはそのせいか。嬉しい誤算だ。思わず通されたビストロの個室、そのソファーにふんぞり返る。いい材質だ。
それにヲルガから公爵邸にいた時の気になる報告を受けた。それで納得した。どうやらヲルガにはお父様の【無関心】がかけられていたようだ。
「まず、婚約してローズに対してだけ浪費家になったステイル君には私の唯一の武器【無関心】でローズへの関心を奪い浪費癖を止めさせた」
「ステイル様が私に対してだけ浪費家? 私、贈り物なんて貰ってませんが?」
「当然だ。全て売り払った」
「というか魔力を一切消費しない武器で、金銭を要求するのはどうなんですかね?」
「だからだ。ステイル君の贈り物を売り払ったのは」
「……えーっと」
「一ヶ月無料で武器を使ってやったのだ。一回解除したら、公爵家から料金を払うから続けて欲しいと頼まれた」
「まぁ、商人の常套手段ですね……」
確かに公爵家からしたら、息子に別荘や島を買われるより、お父様に毎月料金を払う方がマシだろう。
「うむ。だが私はタダ働きはしない。そこはステイル君の婚約者であるお前に、一ヶ月分支払ってもらった。贈り物は高値で売れたぞ」
そうですか。
そこで頼んでもないのに料理が運ばれてきた。この金の粉が乗ったステーキ、かなり美味しい。お父様は「塩がミソか……」と呟いて瓶入りの金色の塩を収納に入れた。
「結局クルメ嬢は何だったんです?」
「そろそろ婚姻だからと油断した公爵家が私の【無関心】を解除させた。それによりステイル君から溢れ出た数年分の愛情を含む関心がたまたま側にいたクルメ嬢に向けられた。美形好きのクルメ嬢に毎日付きまとわれていたらしいからな」
「…………」
「クルメ嬢は愛人にしていた護衛騎士の種を宿してしまい、困っていたそうだ。それを托卵させようとステイル君に近付いたところ、勝手にステイル君が『それはあれだ! 私の子だ!』と何故か勘違いした……いや、混乱したのだろうな。それも魔力を暴発させたことで正気に返ったそうだが、そもそもが馬鹿なんだろうな」
「はっはーん……成程ね」
そこで汗だくの支配人自ら頼んでもないのにワインを何本も持ってきた。このワインかなり美味しい。
説明料でとられた金貨百枚をせめてここで取り戻さなければ。
「勘違いするくらいですから……近付いた、というのはクルメ嬢と肉体的な接触があったと?」
「知るか。どう見ても童貞だろ。ゆするなら協力する。だがいずれ娼館に通わせたい。協力しろ」
「それはアレです、私が娼館に通われそうな商人を誘導します……まぁ、紹介料は頂きますが」
「うむ。一割な」
「普通二割でしょ……」
それより、とお父様は私の皿から肉を奪った。
「どうやって私の【無関心】を解除した?」
「は?」
「お前の関心がこちらに向かないよう、こちらもお前に関心が無いように見せ掛けた、それが解除されている」
「……アンタ本当に父親ですか?」
「知らん。たまにお前の存在を忘れている時があるからな」
「清々しいですね」
そう言って美しい花模様が施された皿ごと料理を収納する。嫌いな香草が入っていたのだ。香草好きの商人にあげよう。
「解除のネタばらしをするなら、情報料が欲しいです」
「お前も大概だと思うがな。で、いくらだ?」
恐らくあの時、体内の許容量をこえるほどステイル様の魔力を浴びたからだろう。ステイル様が勘違いするほどの凄い吐き気だった。ヲルガも嗚咽していた。それで二人とも解除されたのだ。
「金貨一万枚です」
「殺すぞ……五百にまけろ」
「銅貨一枚まけません」
「……貴様」
「お父様は持参金は自分で稼げと言いました。言いつけ通り稼ごうとしています。なにか問題でも?」
「…………定期的に金儲けのネタを流す特典を入れろ」
「いいですよ。手始めに先ずはこれをどうぞ」
収納から結婚斡旋業のアイデアを書いた書類を渡す。娼館をするなら併用もできるよう、数々の応用例も載せてある。
お父様は引き笑いをしながら収納から金貨一万枚を出した。私は数えながらせっせと収納に金貨を詰める。
「このやり方なら合法でクルメ嬢をイヴァン侯に卸せる」
「卸……というかクルメ嬢、本当は妊娠されてるんですよね? 護衛騎士の子を?」
「イヴァン侯は生粋のロリコンだ。クルメ嬢が老けて飽きる頃には子が成長する。ちょうどいい」
「いや、女の子とは限らないでしょう?」
「ロリコンというより人形を愛でる性癖、と言った方がわかりやすいか? そんな変態が気にするのは性別ではなく見た目だ。制服が似合えばそれでいい」
「……アンタ本当に人間ですか?」
「これを書いた奴に言われたくない」
渡した書類を読み終えて収納したお父様は、ちらりとヲルガを見た。
「マーボン男爵からは娘が若い内に誰でもいいから金のある愛人か婚約者を見つけて欲しいと頼まれている。だから成人男子以外への関心を削いだ。いまだ気になる相手がいないなら隣国に嫁ぐか? 持参金代わりに二割やるぞ?」
「っ、ひ」
隣国は奴隷業が合法な国だ。
なんの二割だよ。嫌な予感しかない。
立ち上がってヲルガを護る。
「ヲルガには国を揺るがす唯一の武器があるんですよ。隣国に渡すのは勿体ないと思いますけど」
「……なんだ、金儲けのネタか?」
「それはまた来月にでも……マーボン男爵には公爵夫人となる私から素敵な相手を探しておきますとお伝え下さい」
「いいだろう」
そこで汗だくな支配人がデザートを運んできた。
「プリンアラモードでございます」
「ほう……確か当家の侍女も、ここのプリンが好きだと言っていた」
「っヒィ!」
「そうね。言ってたわね。屋敷の侍女達へのお土産に十食は持って帰りたいわね……でもお金ないし」
「す、すぐにご用意致します!」
デザートを食べながら解除のネタばらしをする。お父様のような精神に干渉する武器は向こうから解除されてしまうと二度と効かなくなるのだ。お父様からすれば死活問題だろう。
伯爵家なら持参金の相場は大体金貨五千枚。公爵家のような高位貴族に嫁ぐなら恥をかかないよう相場に二、三千枚は上乗せされるが、一万枚と吹っ掛けておいてよかった。
さて、問題はステイル様だ。
どうやって私への浪費癖を止めさせるか。
公爵邸にて、ステイル様と私の再度婚約が成立した。冷血漢と呼ばれる宰相閣下までいる。怖いんですけど。
「父上、私は生涯ローズを愛し、二度と手離さないと誓います!」
「それはローズ嬢に誓いなさい。再び縁を結べてよかった」
「はい!」
公爵閣下が人当たりのいい笑顔で私を見た。背筋が伸びる。
「昨夜は眠れたかい?」
「はい。屋敷の皆さまから賜った素晴らしいおもてなしに、終始夢見心地でした」
昨日、再びステイル様と婚約することが決まった、それを公爵邸で夫妻に報告したら大喜びでそのまま泊まっていきなさいと言われて断れなかった。
公爵邸の侍女達に囲まれて全身ピカピカにされた。きちんとお手入れしないとダメですわ、そう言われて大量の高級美容品も贈られた。婚姻までに自分磨きを怠るなということだ。
「皆さま、お心遣いありがとう存じます」
お世話になった侍女達が品よく口元を綻ばせる。
そこでヲルガを見る。
かなり恐縮しているようだ。
ライティ公爵家の侍女達は殆どが伯爵クラスの三女か四女だ。全員洗練された佇まいで現役の貴族令嬢と大差ない。
というか私も伯爵家の第六子だからね。ステイル様と婚約していなかったら、ここにいる侍女達より立場は弱いからね。
恐縮しまくりなわけよ。
「ではローズ、婚約した記念に指輪を贈ろう! それともネックレスがいいかな?」
「えぇ、あの……再度の婚約ですし、ここは何もしないでおきましょう?」
「それはダメだ! 何故ならば初めて婚約した時、その記念日に私はローズに何も贈らなかった!」
二人の閣下がいる前でぐいぐいくるステイル様。ほんと変わったわね。以前は貰っても形式的な花束とカードくらいだったのに。
「贈り物は結婚記念日と誕生日だけで充分ですわ」
「それでは私の気が済まないんだっ」
「ステイル様にそう言って頂けるだけで、私の気は済んでいますわ」
「っ、ローズ……!」
「ふふっ、不思議なものですね。そうやってステイル様の心に私を留めてもらえるだけで、最高の贈り物を頂いてる気分になりますわ」
あ、またステイル様が泣いた。
周りから「おおっ」と歓声がわくが、その意味は解らない。
「わかった……っ、なら……今日は一つだけでいいから、何か贈らせてくれ」
「……えぇ」
「……お願いだ」
期待のこもった眼差しに、泣き笑いのような満面の笑みに、……受け入れるしかない。
「……では一つ、我儘を」
「ああ! 一つといわずいくらでも!」
一つと言ったでしょうが。
「私は先日、学園を退学しました。その……退学を……無かったことにできないでしょうか?」
公爵夫人となるなら、学園は卒業しておいた方がよいですし。そう言ってちらっとステイル様に上目遣いする。あ、また泣きそう。
「そのことについては、……ダンティスト殿?」
「はい」
閣下の呼び掛けに宰相が一歩前に出る。
「ライティ学長はオメロン嬢の退学届を受理しておりません」
「え」
「正確には、机の引き出しに入れたまま、処理を忘れたそうです。なので手続きしたマーボン男爵令嬢に渡した受理証明書は、無効です」
「いやぁ、すまんすまん。私の兄は日頃からうっかりな人でね、おまけに加齢で物覚えが悪くなっているようだ」
閣下の兄グサリに頬がひきつる。
この国で一番格式の高いグレード貴族学園の学長になれる人に、うっかりや物覚えの悪い人は絶対いない。この国の歴史上、優秀な先帝や太后が後世の教育のため学長になったこともあったのだから。
「すまなかったね。そのうち兄から謝罪が届くだろう。頼めば卒業証も渡してくれる筈だ」
「いえ、そんな、あの……私もうっかりすることなんて日常茶飯事ですし、」
再び学園に通えるなら、学長とはまたどこかで顔を合わすことになる。そのとき互いに気まずい想いをするより、うっかり者同士仲良くさせて頂ければこれ幸いと、なので感謝の言葉だけお伝え下さいと頼んだ。それはもう、全力で。
「……やはりオメロン家にして正解だった。後は妻譲りの倅の浪費癖をなんとかすれば」
「時間の問題では? この三年、催促らしきものは皆無、それどころか花束に付いていたリボンを髪飾りにしてステイル君とお茶会をするような節約家ですよ?」
「いくらなんでもそれは倅が駄目だろ」
「そうさせたのは閣下でしょうが」
リボンって……何故それを知っている?
閣下と宰相から注がれる視線に下履きが汗だくだ。
「ああっ……私のローズ! 明日は何が欲しい? 別荘かい? それとも今のうち無人島を買って、婚姻後にバカンスする?」
「は、……えっ?」
別荘は……まぁ、規模によるがステイル様でも買えるだろう。こじんまりした海辺のコテージとか。
てか島……?
なに言ってんのコイツ?
嫌な予感がして閣下と宰相を見ると、誤魔化すように咳払いしてきた。
「妻の浪費癖は出産した時に消えたんだ。しかし生まれたステイルにそのまま受け継がれてしまったようでね」
「……えーっと、?」
「誤解しないでくれたまえ。今までステイル殿には物欲が無かった。オメロン嬢にひと目惚れした瞬間、芋蔓式に欲が現れてね」
「え?」
「ははっ、オメロン伯爵の唯一の武器【無関心】は値段が高い! そこで一度契約を解除したのだが、そこの馬鹿が……」
「ええ、とんでもない事態になりましたよね」
はぁ、と溜め息をついて黙り混んだ閣下と宰相。
いや、最後まで説明しなさいよ。
そこでカツンと背後から足音がした。
「お困りのようなら私が説明致しますが?」
両肩を掴まれた。お父様だ。
「おおっ、オメロン伯爵!」
「閣下、昨夜は素晴らしいディナーでした。あれは異国の宮廷料理だとか? いやぁ、公爵邸に居ながら異国情緒溢れる、思わず財布の紐が緩みそうな、散財に適した……可能ならばレシピを分けて頂きたい」
お父様も泊まってたんかい。
おまけに娼館で宮廷料理出すんかい。それなら一枚噛ませて欲し……いやいや今はそれ所じゃない。
「いやいや、なんのなんの、御安いご用だ。それよりいいところに来てくれた。我々ではその、なかなか説明が難しくてね」
閣下の目配せに侍女がトレーに乗せた金子を持ってきた。なかなかのでかさだ。それも三つ。
「わかりました。まず、再度婚約おめでとうございます」
一つ、お父様が金子を手に取る。
「あと、クルメ嬢は社会的に消えました」
もう一つ、お父様が手に取る。
「ああ、そうそう、公爵家は再度婚約で娘に学園を卒業する機会をくれたのでしたね。では私は父親として学園に戻る娘に諸費用を渡しましょう」
そう言って最後の金子を私の手に落とした。
へぇ以外……いや待て。学園に戻るのだ。
(量産した制服はおいくらですか?)
(金子一つだ)
(……鬼畜)
(心外だ。説明料は別途だがまけてやろう)
ここにきて閣下が払ってくれた説明料まで二重請求するのか!
ほんと、父親でなければ二度と関わりたくない人物だ。
「納得致しました。それはもう、想像を絶する気苦労があったことでしょう」
「おおっ、わかってくれたか! 流石はローズ嬢だ、賢いだけじゃなく慈悲深い!」
ちょっと涙目になっている閣下にニコっと笑いかける。後で覚えてろ。
ヲルガが公爵邸のスリッパを握りしめてる。それ、かなり上質だから持って帰ろう。そう目配せする。
「さぁ、嫁にいくことが決まった。おまけに明日には学園に戻るのだ。お父様にお前と過ごす最後の時間をおくれ」
「……はあぁぁ」
「そうか、疲れたか、ビストロ・ラ・ドゥでゆっくり食事でもしよう」
(奢って下さいね)
(大丈夫だ。既婚の支配人は当家の侍女と浮気している。無料で高級ワインを飲ませてやる)
(わかりました)
ビストロに連れてこられた。
てか路馬車の料金払わされた。
そっとヲルガが『大丈夫です。実は隠れ家で使ってる消耗品は全て当家の経費、旦那様の財布から捻出されています。今までお嬢様から預かった経費は全額、隠れ家のお嬢様のベットの下に埋蔵してあります』そう教えてくれなかったら、ブチ切れていただろう。
てか日に日に隠れ家のベットが固くなっていたのはそのせいか。嬉しい誤算だ。思わず通されたビストロの個室、そのソファーにふんぞり返る。いい材質だ。
それにヲルガから公爵邸にいた時の気になる報告を受けた。それで納得した。どうやらヲルガにはお父様の【無関心】がかけられていたようだ。
「まず、婚約してローズに対してだけ浪費家になったステイル君には私の唯一の武器【無関心】でローズへの関心を奪い浪費癖を止めさせた」
「ステイル様が私に対してだけ浪費家? 私、贈り物なんて貰ってませんが?」
「当然だ。全て売り払った」
「というか魔力を一切消費しない武器で、金銭を要求するのはどうなんですかね?」
「だからだ。ステイル君の贈り物を売り払ったのは」
「……えーっと」
「一ヶ月無料で武器を使ってやったのだ。一回解除したら、公爵家から料金を払うから続けて欲しいと頼まれた」
「まぁ、商人の常套手段ですね……」
確かに公爵家からしたら、息子に別荘や島を買われるより、お父様に毎月料金を払う方がマシだろう。
「うむ。だが私はタダ働きはしない。そこはステイル君の婚約者であるお前に、一ヶ月分支払ってもらった。贈り物は高値で売れたぞ」
そうですか。
そこで頼んでもないのに料理が運ばれてきた。この金の粉が乗ったステーキ、かなり美味しい。お父様は「塩がミソか……」と呟いて瓶入りの金色の塩を収納に入れた。
「結局クルメ嬢は何だったんです?」
「そろそろ婚姻だからと油断した公爵家が私の【無関心】を解除させた。それによりステイル君から溢れ出た数年分の愛情を含む関心がたまたま側にいたクルメ嬢に向けられた。美形好きのクルメ嬢に毎日付きまとわれていたらしいからな」
「…………」
「クルメ嬢は愛人にしていた護衛騎士の種を宿してしまい、困っていたそうだ。それを托卵させようとステイル君に近付いたところ、勝手にステイル君が『それはあれだ! 私の子だ!』と何故か勘違いした……いや、混乱したのだろうな。それも魔力を暴発させたことで正気に返ったそうだが、そもそもが馬鹿なんだろうな」
「はっはーん……成程ね」
そこで汗だくの支配人自ら頼んでもないのにワインを何本も持ってきた。このワインかなり美味しい。
説明料でとられた金貨百枚をせめてここで取り戻さなければ。
「勘違いするくらいですから……近付いた、というのはクルメ嬢と肉体的な接触があったと?」
「知るか。どう見ても童貞だろ。ゆするなら協力する。だがいずれ娼館に通わせたい。協力しろ」
「それはアレです、私が娼館に通われそうな商人を誘導します……まぁ、紹介料は頂きますが」
「うむ。一割な」
「普通二割でしょ……」
それより、とお父様は私の皿から肉を奪った。
「どうやって私の【無関心】を解除した?」
「は?」
「お前の関心がこちらに向かないよう、こちらもお前に関心が無いように見せ掛けた、それが解除されている」
「……アンタ本当に父親ですか?」
「知らん。たまにお前の存在を忘れている時があるからな」
「清々しいですね」
そう言って美しい花模様が施された皿ごと料理を収納する。嫌いな香草が入っていたのだ。香草好きの商人にあげよう。
「解除のネタばらしをするなら、情報料が欲しいです」
「お前も大概だと思うがな。で、いくらだ?」
恐らくあの時、体内の許容量をこえるほどステイル様の魔力を浴びたからだろう。ステイル様が勘違いするほどの凄い吐き気だった。ヲルガも嗚咽していた。それで二人とも解除されたのだ。
「金貨一万枚です」
「殺すぞ……五百にまけろ」
「銅貨一枚まけません」
「……貴様」
「お父様は持参金は自分で稼げと言いました。言いつけ通り稼ごうとしています。なにか問題でも?」
「…………定期的に金儲けのネタを流す特典を入れろ」
「いいですよ。手始めに先ずはこれをどうぞ」
収納から結婚斡旋業のアイデアを書いた書類を渡す。娼館をするなら併用もできるよう、数々の応用例も載せてある。
お父様は引き笑いをしながら収納から金貨一万枚を出した。私は数えながらせっせと収納に金貨を詰める。
「このやり方なら合法でクルメ嬢をイヴァン侯に卸せる」
「卸……というかクルメ嬢、本当は妊娠されてるんですよね? 護衛騎士の子を?」
「イヴァン侯は生粋のロリコンだ。クルメ嬢が老けて飽きる頃には子が成長する。ちょうどいい」
「いや、女の子とは限らないでしょう?」
「ロリコンというより人形を愛でる性癖、と言った方がわかりやすいか? そんな変態が気にするのは性別ではなく見た目だ。制服が似合えばそれでいい」
「……アンタ本当に人間ですか?」
「これを書いた奴に言われたくない」
渡した書類を読み終えて収納したお父様は、ちらりとヲルガを見た。
「マーボン男爵からは娘が若い内に誰でもいいから金のある愛人か婚約者を見つけて欲しいと頼まれている。だから成人男子以外への関心を削いだ。いまだ気になる相手がいないなら隣国に嫁ぐか? 持参金代わりに二割やるぞ?」
「っ、ひ」
隣国は奴隷業が合法な国だ。
なんの二割だよ。嫌な予感しかない。
立ち上がってヲルガを護る。
「ヲルガには国を揺るがす唯一の武器があるんですよ。隣国に渡すのは勿体ないと思いますけど」
「……なんだ、金儲けのネタか?」
「それはまた来月にでも……マーボン男爵には公爵夫人となる私から素敵な相手を探しておきますとお伝え下さい」
「いいだろう」
そこで汗だくな支配人がデザートを運んできた。
「プリンアラモードでございます」
「ほう……確か当家の侍女も、ここのプリンが好きだと言っていた」
「っヒィ!」
「そうね。言ってたわね。屋敷の侍女達へのお土産に十食は持って帰りたいわね……でもお金ないし」
「す、すぐにご用意致します!」
デザートを食べながら解除のネタばらしをする。お父様のような精神に干渉する武器は向こうから解除されてしまうと二度と効かなくなるのだ。お父様からすれば死活問題だろう。
伯爵家なら持参金の相場は大体金貨五千枚。公爵家のような高位貴族に嫁ぐなら恥をかかないよう相場に二、三千枚は上乗せされるが、一万枚と吹っ掛けておいてよかった。
さて、問題はステイル様だ。
どうやって私への浪費癖を止めさせるか。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説

攻略対象の王子様は放置されました
白生荼汰
恋愛
……前回と違う。
お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。
今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。
小説家になろうにも投稿してます。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト
待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。
不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった!
けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。
前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。
……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?!
♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる