上 下
217 / 276

第217話

しおりを挟む
 四階層に上がると、リゼは自分の姿に驚く。
 防具や体の所々に黒い染みが大きくついていたからだ。

「おっ、スクィッドニュートと戦ったのか。御愁傷様」

 すれ違う冒険者に笑われる。
 先程まで五階層で戦っていたトカゲのような魔物が“スクィッドニュート”という名前だと知る。
 スクィッドニュートの血が付いたのかとも思ったが、戦闘中は緑色だったと記憶を呼び戻す。
 しかし、スクィッドニュートと戦う前にはなかったため、スクィッドニュートとの戦闘中に付いたとしか考えられない。
 なにより、今すれ違った冒険者が一目でスクィッドニュートと戦ったことを見抜いていた。
 そのまま、地上へと戻るがその間も、すれ違う冒険者たちの視線を痛いほど感じていた。

 地上に出ると眩しい光が目に刺さる。
 時間的にも昼過ぎくらいのようだが、リゼにはもっと長い時間迷宮ダンジョンにいた気がした。
 はっきりとリゼの姿が見えるため、体に付着したスクィッドニュートの墨がより一層黒く見えていた。
 リゼは恥ずかしい気持ちを必死で隠すようにして、先日来店した武具屋へと足早に向かう。

 店内に入ったリゼの姿を見て驚く店主だったが、他の冒険者同様にスクィッドニュートの墨を浴びたのだと一目で分かったため、リゼにスクィッドニュートのことを親切に教えてくれた。
 スクィッドニュートは水中で強い魔物から逃げる時や、獲物を捕獲する際に墨を吐く。
 そのため内臓に損傷を与えるような斬撃をすると、体内にある墨袋が破裂して、切られた場所から体外に噴出する。
 噴出した墨を浴びると、リゼのような状態になると……。
 スクィッドニュートは強い光が苦手なのでライトボールを発動させていれば寄ってくることがない。
 だから、冒険者のほとんどはライトボールを使用している。
 これはバビロニアの迷宮ダンジョンでは常識なことだった。
 スワロウトードの粘液と、スクィッドニュートの墨。
 俗に”バビロニアの洗礼”や、”初心者の試練”などと言われていることも、店主の説明で知る。
 リゼの格好が気の毒だと感じた店主の好意で、奥の水場で体を拭かせてもらう。
 だが簡単に落ちず、何度も墨の付いている場所を擦る。
 防具も軽く拭いてみたが落ちる気配がなく、強く擦ろうとも思ったが、今いる場所が武具屋なので専門の人に聞くのが良いと思い擦るのを止めた。
 アイテムバッグから戦利品を出して買い取ってもらう。
 査定している間に、防具に付着した墨の除去方法を聞くと奥にいる職人たちに直接聞いても良いと許可をくれた。

「悪いな。スクィッドニュートの墨は強力で一度、墨で黒くなった革の防具は元の色には戻らない。鉄などであれば表面を拭いたり、少し削れば元通りになるんだがな。お客さんの防具はミルキーチータ―の革だから削ることは出来ないな。そのままにするか、いっそのこと黒く染めるかだな。もちろん、新しい防具に買い替えるってのも有りだ」
「刃は一度研げば、綺麗に消える。鮫皮……握る部分にも墨が付着していたら無理だな。防具同様に染めるのしかないだろう」
「そう……ですか」

 リゼは口にこそ出していないが、身に着けている防具を気に入っていた。
 柔らかい感じがする乳白色に加えて、時間とともに自分に馴染んでいくのが、一緒に成長していると実感でき嬉しかったからだ。
 防具として問題ないのに買い替えるという選択肢はなかった。
 その一方で、まだら模様の墨が付いた防具は恥ずかしいとも感じている。

「防具一式を染めると、おいくらになりますか?」
「それは店主に聞いてくれ。ただ、それなりに手間がかかる。最低でも二日は必要だし、染料も一番黒いものを使用しないといけないからな。武器の方はどうするんだ?」
「予算次第ですが、武器も御願いしたいです」

 防具職人の言葉で、それなりに高価なことだけは分かった。
 助言をくれた二人に礼を言って、査定をしている店主の元へと戻る。
 高価な品は無く古い物もあるため、たいした買取価格にはならなかった。

「この装飾品は、うちの店での買取は出来ないな。カースドアイテムを取り扱っている店なら買い取ってくれるだろう」

 そう言って二つの装飾品をリゼの目の前に置く。
 カースドアイテム……つまり、呪われた装飾品ということだ。
 この世界には装着した者の能力を上げる物も多く存在する。
 逆に装着者の能力に制限をかけたりする物を“カースドアイテム”と呼んでいる。
 一度つけると装着者が命を落とすか、装着した部位を切り落とさない限り、呪いを解除することは出来ない。
 ただ、冒険者の中に稀だが解呪魔法を使用できるものもいる。
 アルカントラ法国では解呪できる者が多くいるともされている一方で、カースドアイテムの製作には邪教とされるリリア聖国が絡んでいるとも噂されている。

「先程、職人のお二人にお聞きしたんですが――」

 リゼは店主に武器と防具を黒く染めることを相談する。

「黒染めか……黒でもかなり黒く染めるから染料も普通の染料より高くなるね。防具一式で金貨三枚と銀貨六枚、武器で金貨一枚と銀貨七枚だけど、まとめてだから金貨五枚でいいよ」

 店主は染めるためには一度分解するため、手間がかかるので価格が高いと説明する。
 それに安い染料で染めると、黒くはなるが均等に色が入らなかったりして、黒でも場所によって濃さにバラつきが出るそうだ。
 もっとも黒く染まるといわれる染料を使用するため、さらに価格があがると良心的な値段だと話すも、スクィッドニュートの墨での染め直しはこれしかないそうだ。

「うちの店には在庫があるから、預けてくれれば二日後には完成しているよ」

 リゼは購入した価格より高いことに躊躇する。

(全身、黒の防具か……)

 自分が黒色の防具を装備した姿を想像する。
 そして、自分の中で一番黒の防具が似合っていた冒険者を思い出す。

(……クウガさん)

 一緒に行った防具屋で薦められたブラックバイソンを使用した黒革の装備のことを思い出して、クウガから黒色に染めることを勧められている気がした。

「武器と防具全てお願いします」

 店主に武器と防具を染めてもらうことにすると、アイテムバッグも預けるため、当面の生活に困らないものだけ出しておくようにと言われる。

「その服で、町の出るのかい?」

 店主に呼び止められる。
 いつも防具の下に着ている服のままで店内を歩き回っていたからだ。
 もちろんスクィッドニュートの墨はついているので、今着ている服は部屋で過ごす時に着るつもりでいた。
 防具が黒くなるのであれば、下に着る服も黒いのが良いと思い店内で服を探していた。
 そのことを店主に話すと、防具の色にあった下に着る服と、ズボン二組を銀貨四枚で売ってくれるそうなので、リゼは迷わずに購入する。
 服は防具と一緒に取りに来ることを伝えて、店を出ようとするリゼを店主は驚きながら見ていた。


――――――――――――――――――――

■リゼの能力値
 『体力:三十六』
 『魔力:三十』
 『力:二十三』
 『防御:二十』
 『魔法力:二十一』
 『魔力耐性:十六』
 『敏捷:八十六』
 『回避:四十三』
 『魅力:二十四』
 『運:四十八』
 『万能能力値:零』
 
■メインクエスト
 ・迷宮ダンジョンで未討伐の魔物討伐(討伐種類:三十)。期限:三十日
 ・報酬:転職ステータス値向上

■サブクエスト
 ・防具の変更。期限:二年
 ・報酬:ドヴォルグ国での武器製作率向上

 ・瀕死の重傷を負う。期限:三年
 ・報酬:全ての能力値(一増加)

■シークレットクエスト
 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年
 ・報酬:万能能力値(五増加)  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

転移ですか!? どうせなら、便利に楽させて! ~役立ち少女の異世界ライフ~

ままるり
ファンタジー
女子高生、美咲瑠璃(みさきるり)は、気がつくと泉の前にたたずんでいた。 あれ? 朝学校に行こうって玄関を出たはずなのに……。 現れた女神は言う。 「あなたは、異世界に飛んできました」 ……え? 帰してください。私、勇者とか聖女とか興味ないですから……。 帰還の方法がないことを知り、女神に願う。 ……分かりました。私はこの世界で生きていきます。 でも、戦いたくないからチカラとかいらない。 『どうせなら便利に楽させて!』 実はチートな自称普通の少女が、周りを幸せに、いや、巻き込みながら成長していく冒険ストーリー。 便利に生きるためなら自重しない。 令嬢の想いも、王女のわがままも、剣と魔法と、現代知識で無自覚に解決!! 「あなたのお役に立てましたか?」 「そうですわね。……でも、あなたやり過ぎですわ……」 ※R15は保険です。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。

知識を従え異世界へ

式田レイ
ファンタジー
何の取り柄もない嵐山コルトが本と出会い、なんの因果か事故に遭い死んでしまった。これが幸運なのか異世界に転生し、冒険の旅をしていろいろな人に合い成長する。

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

最難関ダンジョンで裏切られ切り捨てられたが、スキル【神眼】によってすべてを視ることが出来るようになった冒険者はざまぁする

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【第15回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作】 僕のスキル【神眼】は隠しアイテムや隠し通路、隠しトラップを見破る力がある。 そんな元奴隷の僕をレオナルドたちは冒険者仲間に迎え入れてくれた。 でもダンジョン内でピンチになった時、彼らは僕を追放した。 死に追いやられた僕は世界樹の精に出会い、【神眼】のスキルを極限まで高めてもらう。 そして三年の修行を経て、僕は世界最強へと至るのだった。

成長チートになったので、生産職も極めます!

雪華慧太
ファンタジー
過酷な受験戦争に勝ち抜き志望校に合格したその日、俺は死亡した。 不本意ながら昇天した俺は、ひょんなことから女神を救い、その加護を得て異世界に転生する。 超絶可愛い伯爵令嬢に赤毛のツンデレ魔法使い! 女神の加護を使ってハーレムライフかと思いきや、レベル上げの途中で出くわした嫌味な王族に命を狙われる事に。 そんな時、俺は居候中の武器屋の親父さんから、とあることを学ぶようになったのだが……。 これは様々な職業を身につけながら、徐々に最強の冒険者になっていく少年の物語です。

処理中です...