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第148話

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(今日が最後か……)

 目覚めたリゼは天井を見ていた。
 数時間後には、このオーリスを離れる。
 短い間だあったが、自分の人生を変えた町。
 このオーリスで過ごした日々を思い出していた。
 そして、新しい環境への不安を感じながら、自分を鼓舞するように起き上がる。
 日課の瞑想をしてはみたが、気持ちを落ち着かせることが出来ずに、早々に止めてしまった。
 部屋を片付けて、1階に下りていく。

「おはようございます」

 いつも通りに挨拶をするが、この挨拶をするのも今日が最後になる。

「おはようございます。……リゼさん‼」

 反射的に言葉を返して、振り返ったニコルは言葉の主がリゼだと気付くと、駆け寄って来た。

「お母さんから話は聞きました。王都に行ってもお元気で」
「ありがとうございます」
「ちょっと待っていて下さい」

 ニコルは奥へと走って行くが、すぐに戻って来た。

「これ、お父さんからです。移動中の馬車の中で食べて下さい」
「えっ!」

 ニコルの手には、ハンネルが作った弁当が握られていた。

「今夜、宿泊しない代わりだそうですよ」

 リゼが奥にある厨房の方を見ると、ハンネルが手を払い「こっちを見るな!」と言う仕草をしていた。

「お父さんの照れ隠しですよ」

 ニコルは笑いながら話すと、持っていた弁当をリゼに手渡す。

「最後まで有難う御座います。本当に色々とお世話になりました」
「いえいえ、オーリスにお越しの際は、兎の宿を利用して下さいね」
「はい、勿論です」
「有難う御座います。っと、お母さん‼ リゼさんが出発するわよ」

 ニコルが大きな声でヴェロニカを呼ぶ。

「分かったって‼ じゃあ、ニコル。後は宜しく頼んだよ」
「任せておいて」

 ヴェロニカニコルとの会話を終えると、リゼに朝の挨拶をする。
 リゼもヴェロニカに向かって挨拶を返す。

「じゃあ、行こうか」
「行こうかって……ヴェロニカさんもどこかに行くんですか?」
「行くって……リゼの見送りだよ」

 ヴェロニカの思いがけない言葉にリゼは固まる。
 自分が見送られることなど、母親が生きていた時だけだったからだ。
 天涯孤独の自分がまさか、見送られることなど想像さえしなかった。
 少しだけ恥ずかしそうにするリゼの手を強引に引き、外へと連れ出した。

「この町……オーリスに戻ってくる気はあるのかい?」

 ヴェロニカは歩きながらリゼに問い掛ける。

「別に、この町が嫌いになったわけでもありませんし、王都に用事が出来たので行くだけですが、戻って来るかと聞かれれば……まだ、分かりませんとしか答えられません」
「正直だね」

 王都に行けば、オーリスよりも魅力的な物がたくさんあることは、ヴェロニカも知っている。
 嘘でも「オーリスに戻って来る」と言うことは出来るが、リゼは「分からない」と答えたことがヴェロニカにとっては嬉しかった。
 それがリゼの本心だと分かったからだ。
 リゼとヴェロニカの会話は、それだけだった。
 二人とも無言で、定期運航馬車の乗り場まで歩いた。

「思ったよりも人が多いね」

 ヴェロニカは定期運航馬車の乗り場を見て呟いた。
 リゼは、気にしたことが無かったので人が多いのかさえも分からなかった。

「……爺さんも来ていたのか」
「ふぉふぉ、暇じゃからの」

 ヴェロニカはヨイチの姿を見つけると同時に話し掛けていた。

「って、ゴロウもいるのかよ」
「俺がいちゃ悪いのか⁈」
「仕事をほっぽり出していいのか?」
「それはお前も同じだろう」
「まぁ、そうだけど……」

 ヴェロニカは頭を掻きながら、面倒臭そうに答える。

「よっ、リゼ。見送りに来たぞ」
「あっ、有難う御座います」

 リゼは照れ臭そうに答える。

「しかし、リゼの乗る馬車の時間が分かったな?」
「それは昨日、リゼちゃんに聞いたからの」
「えっ、私は時間を言った覚えはありませんが?」
「八十二番と言っていたから、調べれば分かるからの」

 笑いながらヨイチが、リゼの乗る馬車の時間が分かった理由を話す。

「なるほどね。定期運航の馬車も商業ギルドの管轄だから、爺さんが調べれば簡単に分かるってことか」
「そういうことじゃ。それよりもリゼちゃん。そろそろ時間じゃから、手続きをして来た方が良いぞ」
「あっ! 有難う御座います」

 リゼは急いで乗車の手続きをする為、乗り場の係員に話し掛けて、乗車の手続きをしていた。

「はい、間違いありません。では、奥から二番目の馬車に乗車して下さい。席は自由です」
「有難う御座います」

 リゼは言われるままに、奥から二番目の馬車へと向かう。
 馬車に乗る前に、御者らしき人に紙を見せて、間違いないかを確認してから乗車しようと馬車の後ろへと移動をする。
 馬車の周囲には、馬車を護衛するための冒険者が四人で談笑をしていた。
 面識のない冒険者なので、王都から来ているのだろうとリゼは思いながら乗車した。
 馬車の中は奥に荷物を置くスペースがあり、手前の左右が乗車スペースとなっていた。
 中央は通路となっているので、大きな荷物等は置かないようにと事前に説明を受けていた。
 手前から既に数人の乗客が座っていたので、リゼは頭を下げながら一番奥まで移動して、荷物の置かれた横の場所に座る。
 馬車を覆う帆には外の様子が分かる小さな帆が設けてあったので、リゼは小さな帆を開けて、時間が車で外の様子を見ていた。
 ヨイチにゴロウ、ヴェロニカたちがリゼの乗った馬車の周りに集まっていた。
 その他にグッダイや、ギルマスのニコラスと受付長のクリスティーナの姿や、シトルや顔見知りの冒険者もあった。
 ただの冒険者である自分に対して、こんなに多くの人たちが見送ってくれていることが、リゼにとって信じられないでいた。
 一人一人の顔を見ながら、オーリスで過ごした日々を思い出す。
 朝も思い出していたのに……と、リゼは一人で笑っていた。

 母親と自分の家を焼き払った村は、リセの中で故郷というには良い思い出が無い。
 それは両親のもとで過ごしたキンダルも同様だった。
 冒険者という自分を認めてくれた町。
 そして、自分のような者に対して、優しくしてくれた町。
 それがオーリスだ‼
 故郷という言葉を使うのであれば、自分はオーリスだと答えようと、決めた瞬間だった。
 徐々に馬車が出発をして行き、リゼの乗った馬車も出発する時刻を迎えた。
 帆から顔を出したリゼに気付いたのか、見送る人たちはリゼの名を叫んでいた。

「これだけの人が、リゼの見送りに来ているんだから、リゼは一人じゃないってことだけ覚えておきなよ‼ 辛くなったら、いつでも帰ってきな‼」

 ヴェロニカの声が大きく聞こえた。
 その言葉がリゼの胸に刺さる。

(私は一人じゃない……帰る場所が私にはあるんだ)

 リゼの胸が熱くなる。
 泣きそうになるが涙が出ない。
 自分が薄情な人間だと、リゼは自分自身を客観的に判断をする。
 それでも、自分を心配してくれている人たちが、こんなにも多くいることに感動していた。

 リゼは目一杯手を振りながら、オーリスから去って行った。
 オーリスで過ごした日々は決して忘れることが無いだろうと思いながら、オーリスが見えなくなるまで、見続けていた――。


――――――――――――――――――――


■リゼの能力値
 『体力:三十五』
 『魔力:十八』
 『力:二十二』
 『防御:二十』
 『魔法力:十一』
 『魔力耐性:十六』
 『素早さ:七十八』
 『回避:四十三』
 『魅力:十七』
 『運:四十三』
 『万能能力値:三』

■メインクエスト
 ・王都へ移動。期限:一年
 ・報酬:万能能力値(三増加)
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