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第138話

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 ――六階層。
 リゼは五階層で出会った冒険者たちの忠告が間違いないことを知る。
 五階層までの魔物の数が違い、しかも好戦的な魔物が多い。
 しかし、オーリスキノコを見つけることも容易い。
 リゼは大きなオーリスキノコのみを採取しながら、今まで通り魔物との戦闘を避けていた。

(あれ?)

 ふと視線を横にすると、岩の切れ間からオーリスキノコが大量に生えている。
 大人の冒険者であれば入るのが難しいが、リゼであれば入ることが出来る程の隙間だった。
 入りづらい場所に危険を冒してまで入ろうとする冒険者もいなかったのだろう。
 リゼは迷うことなく、体を岩の隙間に滑らせて奥へと進む。
 数歩進むと体を横にすることなく普通に歩けるほどの大きさになった。
 かなり大きなオーリスキノコが採取出来ることに、リゼは喜びを噛み締めていながら、オーリスキノコを採取する。
 辺り一面に生えているオーリスキノコを満足気に採取を続けていた。

「えっ!」

 採取していると突然、体が宙に浮くような感覚になる。
 いや、リゼは実際に宙に浮いていた。
 オーリスキノコの採取に夢中になっていたリゼは隠れていた穴に足を取られて、そのまま落下したのだった。
 不意のことだったが、リゼは咄嗟に壁に手を当てて岩を掴もうとした。
 しかし、岩に手が当たるだけで掴むことは出来ずに落下し続けた。

「うっ!」

 地面に激しく体を打ち付けられたリゼは、悲鳴をあげた。
 起き上がろうとすると叩きつけられた部分に痛みが走る。
 腕にも痛みがあるが、アイテムバッグからポーション取り出して、一気に飲み干す。
 リゼは寝転んだまま、痛みが徐々にだが和らいでいくのを感じていた。
 視線の先は落ちた先に光っている松明の明かりだった。
 明らかに自分の身長の三倍以上先にある明かりを見ながら、リゼは思う。

(かなり落ちたんだ……)

 多少痛みが残っているが、立ち上がり壁を登ろうとするが、岩壁には苔が生えており、とても滑りやすくなっている。
 落下の途中で岩壁を掴もうとしたが滑ったのは、この苔のせいだと知る。
 幸いにも骨折などの大きな怪我はなかったのが救いだと、リゼは安心する。
 大事な松明を失ったこと、決して多くないポーションを使用してしまったことをリゼは後悔する。
 よくに目が眩んだせいだと自分を責めるが、どうにもならない。
 まずは自分の置かれた状況を確認するため、落ちた場所を見渡す。
 上から差し込む松明の明かりだけでは、全部を見渡すことが出来ないので、リゼは新しい松明をアイテムバッグから取り出して火を付ける。
 松明の火が周囲を照らす。

「きゃっ!」

 松明の明かりに頭骸骨が浮かび上がったので、リゼは思わず叫んだ。

(スケルトン‼)

 骨だけで活動をするアンデッド系の魔物”スケルトン”だと思い、咄嗟に小太刀を構える。
 中層から下層に出没することが多い魔物なので、まさか遭遇するとは思っていなかった。
 なによりも今のリゼの実力では敵う相手ではない。
 しかし、頭骸骨は動くことはなかった。
 よく見ると近くに被っていたであろう防具が転がっている。
 その先には白骨化した部分が辛うじて体の部位が分かるように、地面に落ちていた。
 そして見えない部分は、骨を隠すかのように防具が寂しそうに転がっていた。
 この白骨化した冒険者も自分と同じように落ちてしまい、そのままここで命を落としたのだろうと推測する。
 そして、自分の将来の姿かも知れないと思うと、リゼは背筋が凍る思いだった。
 リゼは横穴やなどがないか、周囲をくまなく探すと白骨死体の近くに小さな横穴を発見する。
 しかし、リゼが通れる大きさではない。
 それにこの横穴の先が必ずしも出れるという確証もない。

「ふ~」

 リゼは大きなため息をつく。
 体力を温存するため、白骨死体と穴が見える位置に背中を壁に預けて座り込む。

(……困ったな)

 冒険者たちの声が聞こえたとして、ここから自分の声が届くか?
 届いたところで、あの狭い隙間を入ってまで助けに来てくれるか?
 リゼは考えられる可能性を頭に浮かべては、否定することを続けた。

(あれ?)

 リゼは白骨死体を見ながら、違和感に気付く。
 自分よりもかなり大きな白骨死体。
 あの狭い場所を通るにしては無理がある。
 だとすれば、自分の通って来た場所とは違う場所から、この白骨死体の冒険者が来て落ちたに違いない。
 違う場所から来れるのであれば、あそこで生息していたオーリスキノコの大きさに矛盾が生じる。
 あの大きさになる前に冒険者たちに採取されていていいからだ。
 リゼは脱出方法から考えが反れていることに気付き、まずは脱出することが第一だと考え直す。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

「あっ!」

 不意に目を覚ます。
 知らぬ間に寝てしまったようだ。
 急いで周囲を見渡すが、魔物が来た感じはない。
 疲れているとはいえ、迷宮ダンジョンの中で無防備になっていたことを後悔するとともに、生きていて良かったと感じていた。
 寝たことで気力体力ともに回復することが出来た。

(先にしておこうかな)

 リゼは立ち上がると、転がっている剣や防具を自分のアイテムバッグに入れようとする。
 ただ、大きな盾に丈夫そうな鎧はとても重く、リゼが持ち上げることが出来ないのでアイテムバッグの口を近付けて収納することにした。
 一応、下に着ていたであろう衣類も同じようにアイテムバッグに入れた。
 この冒険者のアイテムバッグを拾い上げながら、この中に必要な道具があれば取り出したと思いながら、所有者以外に使用が出来ないのはこういった場合、逆効果だと感じていた。

(無いな?)

 冒険者の証でもあるプレートを探すが見当たらない。

(あった‼)

 プレートは地面にあるくぼみに落ちていた。
 リゼは手で埃などを払う。
 自分の胸に掛かっているプレートと形状が同じなので、この白骨化した冒険者がランクBの冒険者なのだと知る。
 そのプレートに刻まれた名前の部分には”グレック”と刻まれていた。

(グレックさんか……)

 リゼは丁重にプレートを握ると、武器や防具と同じようにアイテムバッグに仕舞った。
 この冒険者が、いつの時代に活動していたのかは分からないが、親族が居るのであれば形見として渡すべきだとリゼは考えていた。
 当然、そのような義務はないし、リゼが武器や防具を売却しても罪には問われない。
 だがリゼは冒険者ギルドに報告すべきだと、慎重に周囲から冒険者と思われる物を全て拾うと、散らばっていた骨を一ヶ所に集めてリゼなりの弔いをしようとした。

(あれ?)

 骨の中から冒険者プレートが出てきた。
 プレートには”ザクレーロ”と刻んであった。
 リゼは二つある冒険者プレートを疑問に感じながら、ザクレーロのプレートをアイテムバッグに仕舞う。
 そして集めた骨を前に祈りながら、自分は助かりたいという思いを込めていた。

 改めて上空を見る。
 既に上に置いて来た松明の明かりは消えている。
 本当に薄っすらな光だけが見えている。
 目の前の白骨化したグレックという名の冒険者。
 自分よりも大きな大人の男性でも上まで登ることが出来ないで、ここで命を落としている。
 果たして自分が、ここから脱出できるのかを考える。
 リゼは持って来た干し肉とパンをアイテムバッグから取り出して、空腹を紛らわせる。
 貴重な食料なので満腹になるまでは食べずに、出来るだけ残すことにする。
 多めに食料を持って来たとはいえ、今の状況を考えれば――。
 リゼは横に置いてある消えた松明に火がつけてみると、火を灯すことに成功する。
 少しでも道具の消費を抑える必要がある。

(‼)

 リゼは気配を感じて視線を向けると、魔物がいつの間にか姿を現していた。
 大きさと独特な体の模様などの特徴から”グラトニースナイル”だとリゼは確証する。
 苔やキノコ系は苦手らしく食さないが、それ以外であれば何でも食べてしまう。
 別名”迷宮ダンジョンの掃除屋”とも言われている。
 どうやら、リゼの食べていた干し肉とパンの匂いに引き寄せられたようだ。

(一体、どこから――) 

 リゼは白骨死体の横にある穴を見ると、そこから別のグラトニースナイルが姿を現す。
 あの小さな穴から魔物が現れる可能性は低いと考えていたリゼだったが、グラトニースナイルが現れるとは思ってもみなかった。
 リゼは視線を戻して、目の前のグラトニースナイルに注意を払う。
 グラトニースナイルも火が苦手なので、一定の距離から近付こうとせずにリゼから距離を取りながら周囲を移動している。
 リゼが一歩近づくと、粘液で地面に濡らしながら後退する。
 リゼは松明をグラトニースナイルに向けながら、頭部を小太刀で切るとグラトニースナイルは、その場から動かなくなる。
 追撃しようとすると、一瞬だが足が地面から離れなくなり体勢を崩す。
 すぐにリゼは足元を見ると、グラトニースナイルが移動している時に出した粘液を踏んでいた。

(そういえば――)

 リゼはグラトニースナイルの特徴を思い出す。
 体から出した粘液で相手の動きを封じて、息絶えるのを待つ。
 その時に別の獲物が掛かることもあるので、粘液を広範囲に塗り付ける習性がある。
 知識を実践に活かせてない自分に憤りを感じながらも、穴から次々と出て来るグラトニースナイルを討伐する。


 全部で八匹のグラトニースナイルを討伐した。
 周囲にはグラトニースナイルの粘液と討伐した際の体液が飛び散り、異臭にリゼは苦しんでいた。
 グラトニースナイルとの戦闘で、靴底に着いた粘液を取ろうと岩に靴底を擦る。
 しかし、簡単に取れずに何度も擦る必要があった。

(あれ?)

 リゼは足を上げて、壁に靴底を擦っている時に気付く。
 このグラトニースナイルの粘液を使えば、苔で滑らずに上まで登れるのではないかと……。
 リゼはすぐに試すことにする。
 岩についた苔にグラトニースナイルの粘液を塗ると、苔は綺麗に取れた。
 思わぬ誤算だが、苔の取れた岩に塗ると、不快な感触になるが滑り止めの効果があるので、普通に上るよりも簡単に登れることを確信する。
 
(地道な作業だけど、これで脱出は出来るはず!)

 希望の光を見い出したリゼは、苔に粘液を塗っては剥がして又、粘液を塗る作業を続けた。
 時間が経つと、粘液の効果が薄まることも分かったので、出来る限り休まずに作業を続けた。
 グラトニースナイルの粘液は飲み水の容器に入れて、何度も上り下りをしないように時間短縮する。

 落ちないように慎重にリゼは岩に手や足を掛けて上った。
 そして――とうとう、穴からの脱出に成功する。

「よしっ!」

 リゼは声に出して、脱出出来た喜びを表す。
 目の前に常時表示されているクエストの残り時間を見ると、『残り四十六時間』と表示されていた。


――――――――――――――――――――

リゼの能力値
『体力:三十五』
『魔力:十八』
『力:二十二』
『防御:二十』
『魔法力:十一』
『魔力耐性:十六』
『素早さ:七十六』
『回避:四十三』
『魅力:十七』
『運:四十三』
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