上 下
40 / 276

第40話

しおりを挟む
「お忙しい中、ありがとうございました」

 ゴードンとラッセルに礼を言う。

「刃物研ぎのクエストの時は、俺の工房を選んでくれよな」
「はい」

 生産職のクエストは、工房の責任者の承諾をもらえれば、どの工房でも良い。
 冒険者と関係が出来る事は、工房にとっても良い事だからだ。

 リゼはもう一度、礼を言ってゴードンの工房を後にする。


「すいません、私の用事が長引いてしまって。ヴェロニカさんの買出しのお手伝いしますので、今からでも間に合いますか?」
「そうだね……少しだけ手伝って貰おうかね」
「はい」

 ヴェロニカは、何を買おうか悩んでいた。
 実際の買出しは、いつも旦那で料理人でもあるハンネルの仕事だからだ。

(適当に買って行くか)

 ヴェロニカはリゼを連れて、適当に買い物をして、兎の宿へと戻った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝、目覚めると目の前に『デイリークエスト発生。達成条件:合計一キロの全力疾走』『受注しますか?』と表示される。
 昨日までの表示と違う。
 クエスト内容を確認した上で、受注するかの選択が出来る。
 リゼは、昨日の選択は間違いでは無かったと確信しながら、デイリークエストを受注する。

 身支度をして、貴重品を持ったかの確認をしてから部屋を出て施錠する。

「おはようございます」

 受付に居たニコルとヴェロニカに挨拶をする。

「おはようございます」
「うん、おはよう」

 ニコルとは対照的にヴェロニカは眠そうだ。
 二十四時間年中無休なのに、家族三人で経営しているのであれば、いつ休んでいるのだろう? と、リゼは疑問に感じた。
 他の宿屋を知らない為、宿屋の経営は大変なんだとリゼは思う。
 兎の宿を出るとリゼは、ギルド会館まで全力疾走する。
 リゼが走り始めると、目の前に表示が現れて数字が徐々に減っていく。
 疲れて止まると、表示も消えた。
 全力疾走した時にだけ、表示が現れるようだ。

 ギルド会館に着くと、リゼは皆に挨拶をする。
 クエストボードから、生産者クエストの『刃物研ぎ』を剥がして、受付に持って行く。

「おはよう、リゼちゃん」
「おはようございます」

 リゼは自然とアイリの所に行っていた。

「ところで、職人街の場所は分かる?」
「はい」
「そう。気に入った工房で、この紙を工房の責任者に見せて、承諾を貰えればその工房でクエストを実行出来るからね」
「はい、分かりました」
「頑張ってね」
「ありがとうございます」

 リゼはギルド会館を出ると、目の前に『ノーマルクエスト発生。達成条件:懸垂百回』『期限:三時間』と表示された。

(三時間か……刃物研ぎの前に終わらせれば、問題無いかな?)

 リゼはノーマルクエストを受注する。

(懸垂出来る場所は……あそこかな)

 職人街までの道のりを頭に浮かべながら、懸垂が出来る場所まで全力疾走で向う。


 朝から全力で走っているリゼ。
 街の人達は「何事か!」と思いながら、リゼを見ていた。

(着いた、ここだ)

 リゼが懸垂を出来る場所に選んだのは、街の一角にある樹が生い茂っている場所だった。
 一度、この場所で枝に手を掛けて、懸垂している人を見かけたからだ。
 リゼは懸垂しようとしたが、誤算があった。
 身長が低すぎて枝まで、手が届かなかった。
 慌てたリゼは、周囲を見渡す。
 足場になる物が無いかを探したが、見当たらない。 
 しかし、自分でも手が届く高さに、体重を支えられるような枝も無い。

 リゼは木を上る事にした。
 しかし、木登り等したことが無いリゼは、どうやって登ったらよいか分からず、木に指を引っ掛けたり、腕を回したりと悪戦苦闘する。
 当然、簡単に上る事が出来ない。

「何をしているんだ?」

 背後から声を掛けられて驚く。
 振り返ると、男性が立っていた。
 リゼは自分の行動を見られていたかと思うと、恥ずかしくて逃げ出したい気持ちだった。
 下を向いたまま、何も言葉を発しないリゼ。
 男性との間に気まずい空気が流れる。

「その……俺は毎朝夕と、その木で懸垂をしているのんだが、良ければ少しだけ譲ってくれないか?」

 リゼは恥ずかしさのせいで、男性の顔をまともに見る事も出来なかった。

「どうぞ」

 男性に一言だけ言うと、その場から一目散に逃げ出した。
 必死に走った為、気付くと職人街の近くまで来ていた。
 リゼは悩んだ。
 先にノーマルクエストを達成するつもりだったからだ。
 リゼはノーマルクエストの残り時間を確認する。
 時間に余裕がある事が分かり、刃物研ぎを先に達成する事に変更した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 刃物研ぎは思っていたよりも、時間が掛かってしまった。
 作業を分かりやすく説明してくれていたので、リゼもそれなりに研ぐ事が出来るようになった。
 あとは数をこなすだけだと言われる。
 早々に、証明書を貰って、懸垂が出来る場所が無いかを思い出す。
 しかし、思い当たる場所が無い。
 とりあえず、リゼは街中を走る。
 ……残り時間は、一時間。

 リゼは未達成による罰則が頭を過ぎり、焦っていた。

(あれだ!)

 走るリゼの目に、小さな橋が目に入る。
 橋から川までの高さは、約三メートル程だ。
 人通りも少ない。
 恥ずかしいと言っている状況でもないので、すぐに橋の柵に手を掛けて懸垂を始める。
 しかし、一気に百回出来る程の体力は無い。
 なにより先程迄、刃物研ぎをしていたので握力も消耗している。
 何とか、四十回まで出来る事が出来た。

(残り六十回……)

 リゼは、小刻みに震える両手を見ながら思った。
 その後も、リゼは懸垂と休憩を繰り返して、数を増やしていく。

 しかし、リゼの懸垂している姿は、街の中では異様な光景なので、通行人達は立ち止まり、リゼを見ていた。
 これでリゼは今迄以上に、噂の冒険者になった事をリゼは知らない。

 残り時間五分で、クエストを達成した。
 橋から立ち去るリゼを不思議そうに見る人々にも、披露しているリゼは気付かずに、ギルド会館へと足を進めていた。

 歩きながらリゼは、何度も懐に入れたクエスト達成の証明書を確認していた。

(この握力だと、次のクエストは出来ないかも……)

 宿代に靴代、防具代とリゼは稼ぐ必要があった。
 しかし、クエスト報酬が多く貰える魔物討伐は、規定値に達成していない為、受注する事は出来ないでいた。
 リゼはクエストボードに貼ってあったクエストを思い出す。
 今の自分に出来るクエストを……。

 思い出せるのは、採取系のクエストだ。
 ランクDで『ケアリル草の採取』のクエストを経験積みだ。
 難易度的には、それ以上だろう。
 清掃系のクエストがあったか記憶にないが、あったとしても握力が無いので出来るか不安でいた。

 考えながら歩いていると、ギルド会館に着いた。
 リゼは受付に証明書を出して、クエスト達成の報酬も受け取る。
 そして、そのままクエストボードの前まで移動して、ランクCのクエスト内容を見ていた。
 やはり、ランクCには清掃系のクエストは無かった。

(これかな……)

 リゼが手に取ったクエストは『地下水道の害虫駆除(小)』だった。
 受付にはレベッカが居たので、レベッカにクエストの紙を差し出す。

「これね……リゼちゃん、大丈夫?」
「何がですか?」

 レベッカは、クエストの詳細内容を説明する。
 害虫とはネズミになり、数は十匹。
 地下水道の入り口付近に居るネズミの駆除だけで良い。
 奥まで行くと、魔物等が生息している可能性があるので、壁に記されている赤い印から奥には行かないようにと、注意事項を告げられた。

「それと、赤い印の前でも魔物と出くわしたら、絶対に逃げる事。戦う事を考えちゃ駄目よ」
「はい、分かりました」
「じゃあ、罠を渡すから、ちょっと待っていてね」
「はい」

 レベッカが居なくなると、街の中にも魔物が存在しているのだと、リゼは思った。
 魔物は街の外にしかいないと、勝手に決めていたからだ。
 当然、魔物にも幾つも種族があり、大きさも異なるので、人間に害が少ない魔物は、街にも居るのだろうと考えを改めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

処理中です...