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第29話

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「これね」

 アイリは埃が被った『冒険者初級職業別解説本(盗賊編)』を手に取る。
 この本がリゼが希望していた内容かは分からないが、とりあえず渡す事にする。
 今迄、数回しか入った事のない書庫。
 しかも、数年間は出入りが無かったの思われる書庫でも奥の本棚。
 アイリは他にもリゼが好きそうな本が無いか、少しだけ探してみた。

 書庫から出ると埃だらけになったアイリを見て、レベッカや他の受付嬢達も驚く。
 しかし、書庫で本を探していたと言うと誰もが、アイリがリゼの為にした事だと理解する。
 受付の向こうにいる冒険者達にも、アイリ達の会話は聞こえている。
 大きな声ではないが、気になって聞き耳を立てている者達が殆どだったからだ。
 大怪我をして運ばれたリゼの容態を知るには、アイリ達の会話から情報を得るしか無かったからだ。
 先輩冒険者が後輩冒険者の面倒を見る。と言う訳では無いが、不遇な環境のリゼに対して、冒険者達は優しい目で見守るつもりでいた。
 ここ数日間のリゼの態度で、悪い子ではないと言う事は誰もが知っていたからだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はい、リゼちゃん」

 アイリは書庫で探してきた本をリゼに渡す。

「有難う御座います」

 本を受取り、題名を見たと同時に本を開き読み始める。
 アイリはその姿を黙って見ていた。
 数分後、リゼはアイリの事を忘れて、本を読む事に没頭していた事に気が付き、アイリに謝罪する。

「気にしなくていいのよ」

 アイリは笑顔で答える。

「何かあれば、これを鳴らしてね」

 アイリは枕元にベルを置く。

「有難う御座います」

 リゼが礼を言うと、アイリは笑顔のまま部屋を出て行った。
 アイリが出て行った後も、リゼは本を読み続けていた。
 分からない事があれば、読み返したり別の本に載っていなかったか等を何度も確認する。
 その中で盗賊という職業について、徐々に分かってきた。
 基本的には距離を取りながらの戦い。
 接近戦になっても、数回攻撃したら距離を取る。
 そして、もう一度攻撃。これの繰り返しだ。
 リゼはクウガの言っていた意味が、少しだけ分かった気がした。
 魔物討伐をしたい気持ちを抑えて、今迄通り万能能力値は『素早さ』と『回避』に『運』へ振り分ける事を決める。

 盗賊は『斥候』と呼ばれる任務を任される事が多いと、書かれていた。
 斥候と言っても、三つの役割に分かれている。
 誰よりも先に現地に入り、地形や敵などに関する情報の収集活動を行う『偵察』。
 そして、大人数だと敵に作戦がばれてしまう場合に、少人数で敵を攻撃したり、退却する敵が仲間に情報が渡らないようにする『撃滅』。
 万が一、敵を逃してしまった場合、敵に見つからないように移動をする『追跡』。
 つまり、斥候とはパーティーと別行動する事が前提の任務になる。
 斥候が死んでも、被害は最低限と言う事だ。

 リゼは気になる文章を発見する。
 敵が人間だろうが、魔物だろうが関係無く任務に失敗したら、即時撤退。
 敵に捕まった場合は、自害と書かれていた。
 リゼは戦う相手が魔物だと思っていたので、人間同士の場合を想定していなかった。
 大昔にあった『戦争』と呼ばれる沢山の人達が死んだ戦いの事ではないかと、思い出す。
 今は平和になり、国同士の争いなども無い。
 人間同士殺し合う等、犯罪行為だ。
 『盗賊』が盗みを働く者から、冒険者の職業として認知されても、捨て駒のような扱いを受ける職業なのだろうか? とリゼは本を読みながら疑問を抱いていた。
 人気が無い職業だと、クウガ達から聞いていた理由も少し分かった気がした。
 しかし、リゼは後悔はしていなかった。
 むしろ、ソロの冒険者。つまりソロプレーヤーとして有利に闘える可能性を『盗賊』という職業に見出していた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 数日経ち、リゼの体も回復して動けるようになった。
 動けるといっても、生活に支障がない程度なので、激しいクエスト等は受注出来ない。

 動けなかった状態だったリゼは、貸して貰った本を何度も読み、頭に叩き込んでいた。
 盗賊としての戦い方や、魔物の特徴に、魔物の体の仕組み。
 知識だけでいえば、学習院で三ヶ月学んだ生徒以上になる。
 本から得た知識で、頭の中で何度も討伐するイメージをする。
 急所は何処か。攻撃の予備動作を含めて、ダメージを受けずに討伐する事が出来るか。
 寝る時に目を瞑っても、討伐するイメージを考えながら眠っていた。

 久しぶりに孤児部屋から出て、受付へと足を運ぶ。
 リゼの姿を階段上で発見した冒険者達は、「大丈夫か!」「無理するなよ!」と優しい言葉を掛けてくれる。
 しかし、リゼにとっては優しくされる事に戸惑いを感じていた。
 気を許した分、裏切られた時の反動が大きいからだ。
 リゼは頭を下げて、冒険者達に礼を伝える。

 いち早く騒ぎに気が付いたクリスティーナは、階段を勢いよく駆け上がる。

「大丈夫なのですか?」
「はい。少しなら動けるようになりました。色々と有難う御座いました」

 クリスティーナはリゼが無理をして、体を動かしていないか心配していた。
 しかし、リゼの意思は出来るだけ尊重してあげたいとも思っている。

「本日より、クエストを受注するつもりですか?」
「……はい、そのつもりです」
「分かりました。リゼさんはまだ、病み上がりですので座って出来るクエストになりますが宜しいですね」
「はい、お任せします」

 本来、クエストは自分で条件等を照らし合わせながら、納得できたクエストを受注する。
 しかし、今のリゼは選択する余地が無い。
 自分が納得したクエストを持っていっても、受付で断られるかも知れないと思っていた。
 リゼは受付が無理だと判断しても、冒険者が受注したいといった場合の『誓約書』の存在を知らないでいる。
 だからこそ、クリスティーナの指示に素直に従っていた。

 寝ている間も『デイリークエスト』と『ユニーククエスト』は発生していた。
 『ユニーククエスト』は不定期に発生するが、期限は無い。
 後日、受注する事が可能なので問題は無かったが、『デイリークエスト』は二十四時間以内と期限が決まっているので、毎日発動する。
 体が自由に動くまでは受注しないと決めていたので、今日からは『デイリークエスト』を受注するつもりでいた。
 一応、冒険者ギルドのクエストが受注出来た段階で、受注するつもりでいたのでクリステーナの言葉で、『デイリークエスト』も受注出来ると嬉しかった。

 階段を下りるとリゼは、アイリにレベッカや受付嬢達一人ひとりに頭を下げて、看病や世話をしてくれた礼を言う。
 その姿を見ていた冒険者達は、自分達のリゼへの評価は間違っていないと確信する。
 そして、同じような歳の娘が居るベテラン冒険者達は、「何かあれば守らなければ!」と、リゼに自分の娘を重ね合わせてしまい、変な使命感を抱いていた。

「リゼさん。いいですか?」
「はい」

 リゼはクリステーナに呼ばれて、クリスティーナと対面に座る。
 そして、クエストの紙を出される。
 『魔核の仕分け』だった。

「無理をしてもいけませんから、今日はこのクエストにしておきましょうか?」
「はい、分かりました」
「では、手続きを致します」

 クリステーナは受付の方を見て、手が空いていた受付嬢に手続きするように指示を出していた。

 『ノーマルクエスト発生』の画面が出現する。
 リゼは、懐かしいと思いながら、ノーマルクエストを受注する。
 『達成条件:断食』『期限:六時間』

(良かった。六時間であれば、何も食べなくても大丈夫だ)

 リゼは安堵の表情を浮かべた。
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