上 下
12 / 275

第12話

しおりを挟む
 クウガは階段を下りながら、リゼの事を考えていた。
 親に捨てられた事を、悲しんでいるかと思っていたからだ。
 しかし、実際のリゼは自分の状況を把握しているのか、きちんと前を向いている印象だった。
 帰り際にリゼに向かって言った言葉が、現実になって欲しいと思い階段を下りる。

「クウガ、何処に行っていたのよ」

 銀翼の仲間で、上級魔術師のアリスが声を掛けてきた。
 上級魔術師は、魔術師の中で最高職になる。

「ちょっと、後輩に挨拶してきただけだ」

 クウガが後輩という言葉を使う時は、親に捨てられた子供の事を言っていると分かっていたので、それ以上の追及しなかった。

「もう、出発するのか?」
「いいえ。今夜は、この街に泊まるそうよ。明日の朝一で移動するって、アルベルトが言っているわ」
「……ローガンとササ爺が既に、エールを呑んでいるって事か?」
「御明察!」
「宿の手配は済んでいるんだろうな。野営は勘弁してくれよ」
「大丈夫よ。ギルドが手配してくれたわ」

 ローガンはリゼが裏口であった大男の事で、職業は武闘家。
 拳闘士の上位職になる。
 ササ爺は上級魔術師で、本名はササジールだが、老人である事から皆からはササ爺と呼ばれている。
 二人とも、クラン『銀翼』の主力メンバーでランクAの冒険者だ。
 ランクAのクエストを達成している事で突然、街に寄る事もある。
 ギルドとしては、高ランクのクエストを達成した場合のみ、宿の手配も業務の一環としている。

「まぁ、仕方ないな。他の連中は?」

 クウガは、アリスの目線の先を追う。
 白い衣装に身を包まれた女性が、オーリスの冒険者に囲まれている。
 彼女の名は『ラスティア』。
 冒険者ランクAの回復魔術師。
 魔術師の中級職になる。
 その美貌から、冒険者達の間でも一、二を争う人気者だ。
 回復魔術師としての実力も高い。

 その横で不貞腐れるように、壁にもたれ掛かっている女性が『ミラン』。
 彼女もランクAの冒険者で、職業は狂戦士。
 狂戦士は剣士の中級職の一つで、戦闘好きが習得しやすい職業になる。

 アルベルトを入れて、この街に居る銀翼のメンバーは七人になる。

「そういう事なら、俺も自由行動でもするか」

 この街に滞在するならと、クウガも思っていた事を口にした。

「なによ、楽しい事でも見つけたの?」
「いや、特に無いが……アリスも暇なら、一緒に行くか?」
「別に良いけど、何処に行く気なのよ」
「職業案内所」
「……」

 楽しい事を期待していたアリスは、一緒について行くと言った事を後悔した。
 アリスが断ろうかと悩んでいると、階段から勢いよく下りてくる足音が聞こえた。
 クウガと同時に階段を見ると、リゼが下りてきた。
 何事かと思いながらも、クウガは驚かせないようにリゼに話し掛ける。

「なにか、聞き忘れた事でもあったか?」

 クウガの問いに、リゼからの返答は無い。
 しかし、急いで階段を下りてきたので、何かを話す事があるんだろう。
 クウガは焦らずに、リゼが話をするまで待つ。

「……その、クウガさん。私の頭を撫でて貰えませんか」

 顔を真っ赤にして、目線を逸らしてリゼが話しかける。
 クウガは一瞬、何の事か分からなかったが、笑顔でリゼの要望通りに頭を撫でる。

「クウガって、子供に人気あるのね」

 アリスが今迄、見たことのないクウガを揶揄う。
 クウガも、このような状況になった事が無いので戸惑うが、リゼに気付かれないように冷静を装った。

「ありがとうございました」

 真っ赤な顔でリゼは、二階へと階段を上がって行った。

「あっ!」

 クウガはリゼを呼び止めようとしたが、それより早く階段を上りきり、孤児部屋の扉が閉まる音がした。

「クウガ、今のが後輩ちゃん?」

 アリスはニヤけた顔で、クウガに話し掛ける。

「あぁ、そうだ。リゼと言う名で、とてもしっかりした子だ」
「ふーん。それで、あのリゼって子の職業を決めるのに付き合うって訳ね」
「そういう事だ。俺よりも女のアリスが居た方が、安心するかと思ってな」
「確かに、クウガは目つきが悪い悪人顔だしね」
「いやいや、俺は目が細いだけで、目つきが悪い訳じゃない」
「……そういう事にしてあげるわ」

 アリスは、面白そうな予感がしていた。
 あのクウガが、私達に気付かれないように、必死で感情を抑えている事が分かっていた。
 冷静沈着なリーダーのアルベルトが暴走しそうな時も、止める役はクウガだ。
 普段は言葉使いも悪く、粗暴な感じだが誰よりも仲間思いで、アルベルト以上に仲間の行動を冷静に見ている事を、クランメンバーの誰もが知っている。
 そのクウガが、リゼのような小さな子に心を乱されている事が、アリスにとっては何よりも面白い。

「あの子、服が大きかったわよね?」
「あぁ、受付のアイリに聞いたら、無償でどぶ掃除をして汚れたんで、お古の服を貰ったと言っていた」
「なるほどね。着飾れば綺麗な子なのに勿体無いわね」
「生きていく事に必死なのに、身なりまで気が回らないんだろう」
「クウガが買ってあげれば、いいんじゃないの?」
「はぁ?」
「だって、あんた先輩なんでしょう」
「いや、だってだな」
「可愛い後輩に、贈り物くらいしたっていいんじゃないの?」
「……」

 口下手なクウガでは、口達者なアリスに敵う筈もなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 リゼは寝床にうつ伏せになりながら、頭を撫でて貰った事を忘れようとした。
 しかし、忘れようとすればする程、クウガに撫でられた感触を思い出して、恥ずかしさで死にそうな気分だった。

(頭を撫でられたのは、お母さん以外では初めてかな)

 リゼにとって、幸せだった時の記憶。
 母親に褒められる度に、頭を撫でられた事を思い出す。
 頭を撫でて貰いたい為に、リゼは母親の手伝いなどをしていた。
 クウガの手も、母親と同じく優しかった。
 リゼは自分で気付いていないが、布団に押してけていた顔は幸せな表情をしていた。
 楽しい事を考えながらいると、意識が遠のいて眠りそうになったので、慌てて起き上がる。

「ヨシ!」

 リゼは手で顔を叩き、鼓舞するように声を出す。

(私は冒険者だから、これくらいの事で心を乱しては駄目!)

 アイリと購入した服に着替えて、職業案内所に行く事にする。
 先程のクウガの話で、職業は盗賊にしようと考えていた。
 クウガの言う通り、回避や運等も上げておけば、強敵との遭遇等も低減出来る。
 小太刀の値段が分からないが、この孤児部屋を出て宿を借りてからしか、購入は出来ない。
 職業案内所の帰りにでも、武器屋に寄って値段の確認だけでもしておこうとリゼは思う。

 リゼはクウガの言った「自分のスキルと向き合う」の意味を考える。
 今迄、表示されたクエストの種類は三種類で、『ノーマルクエスト』と『デイリークエスト』の発動条件は分かっている。
 『ユニーククエスト』のみ発動条件が分からない。
 『ノーマルクエスト』と『デイリークエスト』は強制だが、『ユニーククエスト』は受注するかの選択が出来る。
 しかも、クエストの内容によって報酬のバラツキがある事も、リゼは気が付いていた。
 辛いクエストをした場合に、報酬が低かったりする。
 逆もしかりだ。
 クエストの報酬基準は神様が決めているのであれば、いい加減だと思う。
 それと同時に、クエストは一生受注しなくても良いのかも知れないと、リゼは考えた。

(考えても、良く分からないな……)

 十歳のリゼには難しく考えても結論は出なかった。

(まぁ、これ以上考えても同じだし、職業案内所に行こう)

 リゼは孤児部屋の扉を開ける。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

7個のチート能力は貰いますが、6個は別に必要ありません

ひむよ
ファンタジー
「お詫びとしてどんな力でも与えてやろう」 目が覚めると目の前のおっさんにいきなりそんな言葉をかけられた藤城 皐月。 この言葉の意味を説明され、結果皐月は7個の能力を手に入れた。 だが、皐月にとってはこの内6個はおまけに過ぎない。皐月にとって最も必要なのは自分で考えたスキルだけだ。 だが、皐月は貰えるものはもらうという精神一応7個貰った。 そんな皐月が異世界を安全に楽しむ物語。 人気ランキング2位に載っていました。 hotランキング1位に載っていました。 ありがとうございます。

辺境村人の俺、異能スキル【クエストスキップ】で超レベルアップ! ~レアアイテムも受け取り放題~

桜井正宗
ファンタジー
 辺境の村人・スライは、毎日散々な目に遭わされていた。  レベルも全く上がらない最弱ゆえに、人生が終わっていた。ある日、知り合いのすすめで冒険者ギルドへ向かったスライ。せめてクエストでレベルを上げようと考えたのだ。しかし、受付嬢に話しかけた途端にレベルアップ。突然のことにスライは驚いた。  試しにもう一度話しかけるとクエストがスキップされ、なぜか経験値、レアアイテムを受け取れてしまった。  謎の能力を持っていると知ったスライは、どんどん強くなっていく――!

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...