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第8話

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 リゼは目を覚ました。

(あれ?)

 窓の外を見ると、真っ暗だった。

(そうか、知らない間に寝ちゃったのか……)

 知らぬ間に寝てしまった事を後悔する。
 空腹な事に気が付くが、この時間では店も開いていない。
 それに、この部屋は施錠されているので外出は出来ない。
 孤児部屋は防犯の為、ギルド職員が帰ると同時に、部屋の外から施錠をされる。
 部屋の中にトイレや水瓶もあるので、夜の間くらいは部屋から出なくても問題無い。
 リゼは、もう一度寝ようとするが、なかなか寝付けない。

(そういえば、ユニーククエストが残っていたよな)

 リゼは若干、不安もあったが『ユニーククエスト』を受注した。
 クエスト内容は『正座:一時間』。
 リゼは、すぐに正座を始める。
 目の前で数字が動く。
 いつも通り、上の数字がクエスト実行時間で、下の数字は残り時間を示している。
 一時間の正座で、『制限時間:一時間十五分』となっているので、十五分は休憩出来るという事なのかと考えながら正座を続けた。

 一時間の正座が終わる。
『ユニーククエスト達成』と『報酬(防御:一増加、魔法耐性:一増加)』が表示される。
 リゼは、崩れるようにして床に寝転がる。

(私、何をしているんだろう)

 天井を見ながら、思いに耽る。
 リゼは母親が死んで暫くの間は、一人で生活をしていた。
 村の人達にも助けられていたから、何とか一人でも大丈夫だった。
 それを父親が全て壊したと思っている。
 リゼは、ふと自分を妊娠したせいで、自分と母親が不幸になったのではと考えるようになる。
 憎らしい父親の血が自分にも流れているかと思うと、リゼは居た堪れない気分になり、気が狂いそうだった。

 暫くすると、足を痺れが襲う。
 動く事が出来ず苦痛の時間を過ごすと、空が明るくなって来た事に気付く。

(三日目か。今日は無理をしてでも、クエストを達成しなくちゃ……)

 足の痺れと戦いながら、決意を新たにする。

 リゼは、この能力値についての説明を誰からもされていないので、詳しい事が分からないでいる。
 もしかしたら、自分が知らないだけで、誰もが『デイリークエスト』を毎日達成しているのかも知れない。
 アイリにも仕事があるので、甘える訳にはいかない。
 誰にしろ教えを乞うのであれば、それ相応の対価を支払う必要があるとリゼは思っていた。

 足の痺れが治まると、リゼは部屋に置いてあった布で体を拭き、下着を履き替える。
 着替え終わると、一階から声が聞こえる。
 既に従業員の何人かは、ギルド会館に居るみたいだ。
 階段を上る足音が止まると、孤児部屋の鍵が開く。
 続けて、扉を叩く音がする。
 部屋の中から、物音がするのでリゼが起きている事が分かっているようだ。

「はい、どうぞ」
「リゼちゃん、おはよう」
「おはようございます。アイリさん」

 朝の挨拶をする。

「リゼちゃん。昨夜、何も食べていないでしょう。これ食べて」

アイリはリゼに、パンと干し肉を渡す。

「……御幾らでしたでしょうか」

 リゼは不安そうな声で、アイリに尋ねる。

「気にしなくていいわよ。私からの差し入れ」
「……しかし」

 アイリは笑顔で答えるが、リゼは申し訳なさそうな顔をする。

「リゼちゃんへの先行投資よ。有名な冒険者になってくれればいいから」
「先行投資って、何ですか?」
「そっか! リゼちゃんには、まだ分からないか」
「……すいません」
「あっ、私こそゴメンね」

 アイリ自身、リゼのような年齢の子と仕事で接する事は殆ど無い。
 話し方にも、気を付けているつもりだった。

「じゃあ、今日も頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」

 アイリは笑顔で手を振ると、扉を閉める。
 リゼは、アイリから受け取った食事を見ながら考える。
 アイリの優しさは今だけで、自分が利用価値の無い存在だと思えば、冷たくあしらわれる。
 これ以上、アイリに甘えてはいけないと、リゼは自分の感情を抑える事にする。

 リゼの腹が鳴る。
 アイリに聞かれなくて良かったと、リゼは思う。

「いただきます」

 手を合わせて、アイリから貰った朝食を食べる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 クエストを受注する為、一階に下りる。
 昨日同様に、朝早いので冒険者の数は少ない。
 リゼを見つけると、冒険者達が挨拶をしてくるので、リゼも挨拶を返す。

 ランクDのクエストボードの前に来ると、新しいクエストが貼られていた。

(新しいクエストが貼られるのは、もっと遅い時間なのに……それに)

 ランクDや、ランクCは同じクエストを定期的に貼る為、貼ってある紙も古びていた。
 しかし、リゼが見ているクエストの紙は、使い回しのクエストでは無かった。

 リゼは自然と、そのクエストを剥がして手に取る。
 『解体場の清掃(十歳の女性限定)』。
 リゼはすぐに、このクエストは自分の対しての発注だと分かる。
 期限は、二時間。しかも達成報酬は、銀貨五枚。
 破格のクエストだ。

 リゼはランクDの冒険者が他に居ない事は知っていたが、急いで受付まで走った。
 受付ではアイリが他の担当冒険者に待ってて貰い、リゼのクエストを先に受注する。
 他の冒険者達も昨日の事を知っているので、リゼに優しい視線を送っている。
 クエストを受注すると、『ノーマルクエスト発生』『デイリークエスト発生』の表示が現れるので、二つ共受注する。
 『ノーマルクエスト』は、『達成条件:雑巾掛け百メートル』『期限:三時間』。
『デイリークエスト』は、『達成条件:三回褒められる』。

 リゼは、勢いよく走ってギルド会館を飛び出していった。
 アイリや冒険者達は余程、嬉しいのかと思いながら、リゼが出て行くのを見ていた。
 しかし、リゼは自分に情けを掛けて貰った事に対して、ゴロウに申し訳ない気持ちで一杯だった。
 一刻も早く、謝罪と御礼を言わなければと思う。
 走っている最中に『ユニーククエスト発生』が表示されるが、リゼは気にせず走り続けた。

 リゼは煙の出ている解体場に着く。
 入口には、ヨイチとゴロウが居た。
 リゼが来るのを待っていたのだ。

「よっ、嬢ちゃん。昨日はありがとうな!」

 ゴロウがリゼに挨拶をする。
 しかし、リゼは息が切れて、まともに話す事が出来ない。

「そんなに急がんでも、良かったのに」

 ヨイチは、作業員に向かい水を持ってくように言う。

「だ、大丈夫です」

 何とか声を出して、水を貰う事を断る。

「まぁまぁ、気にせずに飲んで」

 作業員が持ってきた水を、リゼに差し出す。
 リゼは、ヨイチとゴロウの顔を見て、一礼してから受け取ると、水を一気に飲み干した。

「本当に、昨日はありがとうよ」

 ヨイチは優しい口調で、リゼに昨日の礼を言う。

「いいえ。私こそ、すいませんでした」

 謝罪するリゼ。

「昨日のクエスト失敗は、こちらに非がある。だから、お嬢さんが気にすることは無い」
「そうだ。こいつ等も嬢ちゃんに礼を言いたいそうだ」

 ゴロウはそう言うと、作業員達を見る。
 仲間の危機を、いち早く伝えてくれたリゼに感謝をしたいそうだ。
 作業員達から口々に礼を言われる。
 リゼは恥ずかしそうに俯く。
 『デイリークエスト達成』と、『報酬(万能能力値:一増加)』が表示された。

 ヨイチや作業員の指示で、解体場の清掃を行う。
 作業の邪魔にならないように、再三の注意をする。
 清掃していてリゼは、ある事に気付く。
 そう、清掃と言いながらも雑巾掛けが無い。
 主に散らかっている物の整理整頓。
 あっと言う間に二時間が過ぎ、クエスト達成となる。
 ヨイチにクエスト達成の書類を貰う。

「……その、ヨイチさんの居る部屋の床だけも雑巾掛けさせて貰っても良いですか?」
「ん?」

 リゼの言葉にヨイチは自分の足元を見る。
 確かに汚れている。仕事場という事で、気にしていなかった。
 雑巾掛けのような掃除は、年に一、二回程度だ。

「御願いします」

 リゼは頭を下げて頼む。

「……じゃあ、御願いしようかの」
「はい、ありがとうございます!」

 ヨイチが立ち上がると、リゼは椅子を持ちヨイチの指示で椅子を運ぶ。
 それから雑巾を貸して貰い、床を拭き始める。
 床だけでなく、気になった場所も拭く。
 既に『ノーマルクエスト達成』『報酬(銅貨:五枚)』の表示は出ていたが、リゼは御構い無しにヨイチへの感謝の意味もあり、一時間程掃除をしていた。

「ありがとうございました」
「ほぉ、これは綺麗になったわい」

 ヨイチが立ち上がったので、リゼは椅子を元の場所に戻す。

「手を出してくれるかの?」

 椅子に座ったヨイチがリゼに話し掛ける。
 リゼはヨイチの言う通り手を出すと、銅貨を五枚握らせた。

「結構です。そんなつもりでした訳では……」

 リゼは本心から断るつもりだったが、『ノーマルクエスト』を達成する為に利用した事は間違いない事に気が付き、言葉を途中で止めた。

「手持ちがこれだけしか無くての。気持ちだと思って受け取ってくれ」

 ヨイチは優しくリゼに語り掛ける。
 リゼも断っても、ヨイチは受け取らないと思い銅貨を握っている手を引っ込めた。
 これがノーマルクエストの報酬だとも理解していた。

「ありがとうございます。それと、これからはリゼと呼んで下さい」
「了解したぞ、リゼちゃん」

リゼは再度、ヨイチに礼を言って帰ろうとすると「またの」と声を掛けられた。

 リゼは行きと同じように走る。
 出来る限り、多くのクエストを達成したいからだ。


 ギルド会館に戻ってきたリゼを見ると、その場に居た者達は驚く。
 汗だくで息を切らして入って来たので、一大事だと勘違いさせた。

「どうしたの!」

 慌てた様子でアイリがリゼに駆け寄る。

「はぁはぁ、ちょっと走って来ただけです」

 リゼは状況を説明する。
 肩で息をしながらアイリと受付まで行き、クエスト達成の証明証とプレートをアイリに渡す。

「はい。御苦労様」

 リゼは、プレートと報酬を受け取る。
 アイリは、それとは別に紙を一枚リゼに出した。

「新しいクエストよ。緊急のクエストだったので今、貼りに行こうと思っていたの」

 ランクDのクエストだ。
 アイリはリゼの為にクエストボードに貼らずに、リゼがクエストから戻って来るのを待っていたのだ。
 リゼもその事に気付く。
 クエストボードに貼って、ランクDの冒険者が来る確率は零では無い。
 確実にリゼに発注したかったのだろう。

「このクエストを御願いします」
「はい」

 『瓦礫撤去場の手伝い(十歳の女性限定)』。
 期限は、二時間。しかも達成報酬は、銀貨二枚。
 ゴロウ達が、リゼの為に用意した二つ目のクエストだ。
 『ノーマルクエスト発生』と表示されるので、リゼは慣れた手つきでノーマルクエストを受注する。『達成条件:ドブ掃除(三十分)』『期限:三時間』。
 リゼは確信した。
 冒険者ギルドで、クエストを受注すると『ノーマルクエスト発生』が表示される。
 つまり、自分は常に二つのクエストを受注出来る状況になる。
 達成報酬の能力値向上だが、リゼはこのメリットに気付いていない。
 他の者達は、能力値を一つ上げるのでも苦労している事実を、リゼはまだ知らないでいる。
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