運命の番に為る

夢線香

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小話まとめ・短編・番外編

番外編  愛してる(上)

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 雲一つない、抜けるような蒼天の良き日。

 俺とジェイは、ジェイの国で一番大きな教会にいた。

 重厚感がある厳かな歴史ある教会は、まるでジェイの匂いみたいで落ち着く。だけど、今日は緊張もしている。

 等身大の鏡に映る自分を見る。

 今日の為だけに作られた特別な装い。純白のフロックコートをベースにした服。ウェストが細くロングコートみたいに裾が長い。腰下辺りから、ジェイのエメラルドの目と同じ光沢のある緑色の糸で大小のカサブランカを編んだラッセルレースを重ねてある。ベストもレースと同じエメラルド色。少しだけくすんだ白いシャツにタイはふわっとした光沢のある純白。ボトムはフロックコートと同じ純白。白の革靴に白い手袋。

 髪には母さんから借りたサファイアで作られた髪留めと、コートと同じ光沢のある緑色の糸でカサブランカを編んだ白いレースのベール。ベールは背中に掛かる程度の長さ。都乃姉さんと蘭花さんに薄く化粧までしてもらった。セレイアさんと史人さんが生花でブーケを作ってくれて、それを持たせられている。


 そう。今日は俺とジェイの結婚式だ。


 俺の身支度を手伝ってくれたのは、朱乃母さん、都乃姉さんと番の蘭花さん。仁乃兄さんの番の史人さんと禅乃兄さんの番のセレイアさん。そして、ジェイのお母さんのルーカスさんが居る。

 ジェイのお母さんのルーカスさんは男性の上位オメガ。背は俺より十センチほど低い。薄い真っ直ぐな金髪とジェイよりも明るい緑の眼。ジェイのお母さんなだけあって、かなりの美人だ。



 ルーカスさんとお父さんのジェラルドさんに初めて会ったとき、二人に物凄く感謝された。

「雪乃! ジェイと番ってくれてありがとう!」

 ジェイと似ているジェラルドさんは、出会い頭に満面の笑みでお礼を言いながら両腕を広げてハグして来ようとしたのをジェイが間に入って俺の代わりにハグしていた。

「本当に、ありがとう……! 雪乃はジェイの救世主だよ……!」

 間髪入れずに今度はルーカスさんが飛び付くようにハグして来て、俺も抱き止めるようにハグをした。どうやら、お母さんのルーカスさんはハグしても良いらしい。

 ルーカスさんは、何度も感謝の言葉を言いながら俺の両頬に何度もキスをしてくれた。

「……Mom母さん、もういいだろ」

 複雑な顔をしたジェイがルーカスさんに声を掛けると、ルーカスさんはジェイに飛び付いた。

「ジェイっ……また、貴方を抱き締めることが出来るなんてっ……! こんなに大きくなってっ……!」

 ルーカスさんは、泣きながらジェイを抱き締めて何度も頬にキスをしていた。ジェイは腰を屈めて困った顔をしながらもルーカスさんを抱き締め返していた。

 俺もちょっとだけ貰い泣きした。でも、ちゃんとジェイがご両親に愛されていて良かった。

 ジェイとルーカスさんに感動していたらジェラルドさんに肩を叩かれて、振り向くとハグされた。ジェイがもの言いた気にこっちを見ていたけれど諦めたようだ。

 上位アルファのジェラルドさんさんは俺よりも十センチほど背が高い。ジェイの黄金色のくるくる巻き毛はお父さんからの遺伝らしい。眼はジェイよりも深い翠色。年相応の貫禄があった。

「あの子は番が持てないんじゃないかと本気で心配していたが……雪乃が番になってくれて、本当に良かった」

 ジェラルドさんは沁み沁みと言いながら俺をぎゅうぎゅうにハグしてくれた。

 それからルーカスさん達は俺達の家に遊びに来るようになって、陽気なルーカスさん達と直ぐに親しくなった。



 広い部屋は衝立で仕切られていて、その向こうでジェイが身支度をしている。ジェイの方には父さんや兄さん達、ジェラルドさんが付いている。

 式を挙げる前に新郎は花嫁を見てはいけないと云うジンクスがあるらしいけれど、俺達の場合はそんなジンクスを気にしてはいられない。番った今は多少離れてもジェイの無意識の威圧は出て来ないけど、知らない場所で部屋を分けたりしたらジェイの威圧が出てしまう。


 この件で、ちょっとだけ揉めた。


 ヴァージンロードをどうするかってことでジェイが俺と一緒に歩くと言い出し、俺の父さんが俺と一緒に歩くのは自分だと言って駄目出しをした。

 二人が睨み合っているところで、俺はちょっと疑問に思ったことを口にした。

「ジェイ、ヴァージンロードを一緒に歩くなんて……なんかおかしくない?」

「は? ヴァージンロード?」

 きょとんとして首を傾げたジェイに俺も一緒に首を傾げる。

「うん。ヴァージンロード」

「ククっ……! 何を言ってるんだ、雪乃」

 ジェイはおかしそうに喉の奥で笑いながら俺を見る。

 え、だって。ヴァージンでもない……って、ジェイはヴァージンか……でも、夫であるジェイがヴァージンロードを歩くのはなんか変な感じ。そりゃあ、必ずしも処女が通る訳じゃないけどさ。

「雪乃、は処女が通る道じゃないぞ? それで言ったら雪乃はそこを通れないじゃないか。クククっ……!」

「うっ……そ、それはそうだけど……」

 ジェイは笑いながらどもる俺を引き寄せて腕の中に抱き込み、俺の耳元に内緒話をするように囁いた。

「雪乃の処女は俺が貰っただろ……?」

「っ……」

 その通りなので俺は何も言えなかった。

「それに、ヴァージンロードってなんだ? はそんな俗っぽい名称じゃないぞ。ウェディングロードならまだ分かるが……」

「え?」

 ジェイの言葉に驚いてきょとんとしてしまう。

「雪乃。ヴァージンロードは和製英語なんだよ」

 父さんが苦笑しながら教えてくれた。

 和製英語? 日本人が勝手に作った英語ってことだよね。え、そうだったの? し、知らなかった……

 ウェディングアイルを直訳すれば『結婚式場への通路』になる。それはそれで、事務的な感じがして情緒がない気がする。

「え……そんな夢のない呼び方なの……?」

 がっかりしたような、しょんぼりとするような、なんとも言えない気持ちになる。

「夢と云うか――ウェディングアイルは幸せな花嫁が悪魔に狙われ易いから、悪魔に連れ去られないように守る為の浄められた特別な通路のことだぞ」

「そ、そうなの? 知らなかった……」

「因みに、今の日本でもヴァージンロードは処女だからって意味じゃないからな? これまでの人生の道って意味合いだからな」

 父さんが補足してくれた。

 ――そうなんだ。

「雪乃。悪魔からは俺が守ってみせるから俺と一緒で良いだろ。俺は希少種アルファだぞ、安心だろ?」

「それで言ったら私だって希少種アルファだ。雪乃は父親である私と一緒に歩こうな」

 自信満々で笑うジェイに父さんが言葉を覆い被せて来る。ジェイが小さく舌打ちをした。

「は? 巫山戯るな。父親じゃなくても大事な人とならウェディングアイルは一緒に歩いていいんだよ」

 ジェイが父さんを睨み付ける。

「それはこっちの台詞だ。家の子で一緒にウェディングアイルを歩けるのは雪乃しかいないんだ。絶対に譲らないぞ」

 珍しく、父さんがムキになっている。

 確かに、都乃姉さんは女性だけどアルファで新郎の立場だからウェディングアイルは歩かないもんね。

「え、そう云うことならジェイは私と一緒にウェディングアイルを歩こうか」

 突然、笑顔で割って入って来たのはルーカスさん。

「「は?」」

 ジェイと父さんの声が揃った。

「私だって自分の子供とウェディングアイルを歩きたい! 家の子供はジェイだけだし、新郎の立場だから諦めていたんだよね。私と一緒に歩こうね、ジェイ!」

「え、ちょっ……待ってくれ、Mom母さん

 ジェイは、腕に腕を絡めて来たルーカスさんのキラキラの笑顔に押されて慌てている。

「ルー……ウェディングアイルは私との結婚式で歩いたじゃないか」

「それとこれとは別だよね?」

 ジェラルドさんがルーカスさんを説得している。心做しか、ルーカスさんの顔色が悪い気がする……まぁ、無理もないか。希少種アルファが二人も居て睨み合っていたんじゃね……

「あら、じゃあ皆でウェディングアイルを歩きましょうよ!」

 そして、朱乃母さんまで笑顔で参戦して来た。

「そうだな。それが良い」

 朱乃母さんに対してイエスマンの父さんは即座に頷いた。

「ナイス、アイディア!」

「ああ、それが一番良いな!」

 ルーカスさんとジェラルドさんも即座に同意した。

「はぁあ!?」

 一人不満そうな声を上げるジェイの空いている腕に腕を絡める。

「ジェイ、良いじゃないか。これもきっと、良い思い出になるよ」

 ジェイの腕に擦り寄るようにして笑いながら彼の顔を覗き込む。

 ジェイは苦笑して俺の唇に、ちゅっと触れるだけのキスを落としてから頷いた。

「――雪乃が良いなら、俺もそれで良い」

 ジェイが頷いた途端、朱乃母さんとルーカスさんは喜んでハイタッチをしている。俺達の衣装に合わせて衣裳を選ぶと言って部屋を出て行った。勿論、父さんとジェラルドさんも後を追って行く。

 ルーカスさんもジェラルドさんも、一番可愛い幼い時のジェイを抱き上げて可愛がることが出来なかったんだから、せめてこれぐらいは譲歩しても良いと思うんだ。ジェイにとってもご両親にとっても俺も父さんや母さんにも、皆にとって良い思い出になるよ。


 きっとね。



 そんなことを思い出してそっと笑みを零す。

 衝立の奥からジェイが姿を現した。

 ビシリと決めたジェイに目を奪われた。

 ほんの少しだけ灰色が混ざった白い膝上までのフロックコートに同色のボトム。光を抑えた白い革靴。中に着たシャツはほんの少しだけ青が混ざったシャツ。俺の髪の色と同じ青い艶を放つ黒いベスト。太めのネクタイは俺の目の色と同じ薄い碧。白い手袋を嵌めて、くるくるの黄金色の髪はサイドを撫でつけて丁寧に一つに束ね、タイと同じ色のリボンを着けている。

 背が高くてスタイルの良いジェイにとても良く似合っていた。パリッとした衣装にジェイのキリリっとした顔がとても良く合う。


 ああ……凄い……

 俺のアルファは、やっぱり極上のアルファだ……


「――――雪乃。最高に綺麗だ……」

 ジェイは俺の傍に来て、そっと俺を抱き締めて溜め息混じりに囁いた。

「ジェイも……凄く恰好良い……」

 いつもと違う衣装のせいか、妙に気恥ずかしい。

 既に番っているから夫婦も同然だけど結婚式と云うものは、また一味違うと感じる。

 結婚式を挙げることには、本能は関係ない。

 俺とジェイの理性と心が相手を伴侶と決めて誓うこと。

 本能でも、理性でも、心でも、俺とジェイの全部で互いを選んだんだ。



 ――――ジェイと番えて良かった。

 
 









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