運命の番に為る

夢線香

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小話まとめ・短編・番外編

番外編 花火大会(二)

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 のんびりと食事を終えて、家族の皆と別れた。俺達は、会場内を散策する事にした。

 出店でみせの通りを歩いていると、射的の店があった。『祭』と黒字で書かれた赤い半纏はんてんを着た店員さんが数人、客待ちをしていた。コミカルな動物の絵が描かれた簡単な作りのお面を頭にずらして着けている。


「ジェイ、射的をやろうよ」

「射的?」

「玩具のエアーガンで、景品を撃ち落とす遊びだよ」

「面白そうだな」

「「「いらっしゃませ~!」」」


 俺とジェイが寄って行くと、店員さん達がにこやかに挨拶をして来る。

 二人分のお金を払い、エアーガンとコルクの弾を五個ずつ渡された。

 三メートルほど離れた棚に、小さめのお菓子やぬいぐるみ、子供の玩具が間隔を空けて並べられている。


「コルクを銃の先に付けて、景品を撃ち落とせれば落としたものを貰えるよ」

「簡単じゃないか」

「ふふっ、それはどうかな?」

「?」


 撃ち易い様にジェイの背中に回って、彼のお腹と胸に腕を回して抱き着き、さわさわと撫で回す。


「雪乃?」

「ふふっ、アルファにはこれくらいのハンデが必要でしょう?」

「随分と幸せなハンデだな」

「そう?」


 余裕で笑うジェイの耳に、ふ……っと息を吹き掛けると僅かに身動みじろいだ。

 その後、直ぐにパンッ! と大きな音がした。


「ぅわっ……!」

「え…?」


 何故か、店員さんが悲鳴を上げた。

 景品の置かれた棚の横に、少し離れて立っていた店員さんが頭を押さえて背中を丸めている。

 あ、あれ? もしかして、俺がジェイに悪戯したから狙いが逸れたせい……?


「す、すみませんっ! 大丈夫ですかっ……!?」

「あ……はい……。当たって無いので、大丈夫です……。びっくりしましたが……」


 俺が慌てて声を掛けると、店員さんは苦笑しながら大丈夫だと手を振ってみせた。

 俺は、しゅんとして店員さんとジェイに謝った。


「本当に、ごめんなさい……。ジェイも、ごめん……。俺の所為で狙いが逸れたんだよね…? もう、悪巫山戯わるふざけはしないよ……」

「ん? 外してないぞ? 狙い通りだ」

「え……? 店員さんを狙ったの……?」

「? ああ」


 俺と店員さんは、口をぱっかりと開けて真顔で頷くジェイを見た。

 え? どういうこと? 店員さんを狙った? 確かに、撃ち落とした景品は貰えるって説明したけれど……店員さんを貰うつもりだったってこと……?

 驚いている店員さんに目を向ける。中肉中背のおっとりとした二十代後半位のベータ男性だ。

 え……? この店員さんが欲しかったってこと……? 俺の目の前で、堂々と浮気……!?


「────ジェイ……。あの店員さんが欲しかったの……?」


 地の底から這うような低い声で、ジェイに尋ねる。ジェイを抱き締める腕に力が籠もる。


「ぐぅッ……! 別にっ、店員は要らないぞっ……!」


 俺に締め上げられて、苦しそうに顔を歪めたジェイが慌てて否定した。

 その言葉に、ほっと息を吐く。店員さんまで、胸を撫で下ろしていた。

 ……そ、そうだよねっ! いくらなんでも、人間が景品として貰えるなんて……そんな事を思っている理由ないよねっ……!


「そ、そう……。それならいいんだけど……。兎に角、あの店員さんは狙っちゃ駄目だからっ!」

「? 分かった」


 ジェイは、よく分かってない様な顔で頷いた。

 浮気ではない様なので、ほっとしてジェイの肩に額を押し付け、彼をきゅっと抱き締めた。


「ヒッ……!!」


 さっきの店員さんとは違う声の悲鳴に、顔を上げる。


「なあ、裏の方に逃げた場合は、追い掛けて行って撃っていいのか?」


 ジェイの言葉に、耳を疑った。


「駄目だよっ……!? って謂うか、何で店員さんを狙うのっ!?」


 慌ててジェイの正面に回って、彼の顔をまじまじと覗き込む。

 ジェイは、きょとんとした顔で首を傾げた。


「店員は、狙ってないぞ」

「は……? ──じゃあ、何を狙ったの?」

「あの、頭に着けているやつだ」

「お面のこと……? お面が欲しかったの……?」


 こくりと頷いたジェイに、身体の力が抜けそうになる。

 改めて店員さんの頭を見ると、最初に狙われた人は狼のお面で、店の裏からこっちを怯えた様子で覗き込んでいる人は、ライオンのお面を着けていた。

 俺は脱力して、ジェイにもたれ掛かった。


「────ジェイ。あれは、景品じゃないから狙っちゃ駄目……。棚に乗っている物だけが景品だからね……」

「なんだ、そうなのか」


 ジェイは、俺を正面から片腕で抱き締めたまま、残りの四発を撃ってお菓子を四つ貰った。

 今度は、俺がやる番。ジェイが俺の後ろに回って腰とお腹に腕を回す。──それはいいんだけど、しっかりと抱き込んでくるからやり辛い。


「ジェイ……。もうちょっと、腕の力をゆるめてくれない?」

「────嫌だ」

「ジェイ? お願い」

「駄目だ」


 ジェイがお願いをしても聞いてくれないのは、珍しい。

 どうやら本気で離す気がないみたいだ。

 仕方が無いから、この状態で景品を狙う。撃とうとした瞬間に、さわりと身体を撫でられて手元がぶれた。コルクの弾は、狙った的を外したけれど別の景品に運良く当たった。


「ハイ、おめでとうございます!」


 店員さんに渡されたのは、シャボン玉セット……。

 二発目のコルクをエアーガンの先に詰めて、キャラメルの箱を狙う。

 ジェイが俺の耳に、ふ……っと息を吹き掛けた。


「っ!?」


 ピクリと身体が震えて、手元がぶれた。だけど、また何かに当たった。

 膨らませる前の物が沢山入った、水風船だった……。

 そんな感じで、項にキスをされ身体が跳ねてピロピロ笛(吹き戻し)を貰い、脇腹を擽られて手持ち花火セットを貰い、もう一度項にキスをされてねずみ花火を貰った。

 パーフェクトだったけど、釈然としない……。

 景品を袋に入れてもらって店を離れようとしたら、最初に狙われた店員さんが狼とライオンのお面をくれた。


「え? 貰ってもいいんですか?」

「はい。予備でいくつかありますから」

「ありがとうございます!」

Cheers ありがと!」


 俺とジェイは、笑顔でお礼を言ってその場を離れた。

 ジェイはライオンのお面を頭にずらして着けて、俺に狼のお面を同じ様に着けてきた。

 凄く、嬉しそうだ。

 そんなに、欲しかったのかな……。

 まあ、ジェイが楽しそうなら何でもいいんだけどね。



 ぷらぷらしながらお店やパフォーマンスをしている人を見て回る。ジェイは缶ビールを買っては飲んで、売っているお店を見付ける度に買って飲んでいた。


「ジェイ、そんなに飲んで大丈夫?」


 前に、ビールやワインをかぱかぱ飲んで、酔っていたジェイを思い出す。顔に全然出ないから酔っているのか分からなかった。

 酔って、甘えたになっているジェイも可愛かったな……。その後は、ちょっと……アレだったけど……。


「ビールぐらいじゃ酔わないぞ? ジュースと一緒だ」


 確かにあの時は、アルコール度数の高いワインもかぱかぱ飲んでいたから、そんなものなのかな。

 しっかりとした足取りで歩くジェイを見て、納得した。


「あ、金魚すくいのお店だ。ジェイ、やってみる?」

「金魚すくい?」


 ジェイの腕を引っ張ってお店に連れて行く。

 何人かのお客さんが挑戦している姿を見せる。


「ほら、あんな風にポイって謂うものを使って金魚をすくうんだよ。あの薄い紙は破れやすいから沢山すくうにはテクニックが必要なんだ」

「ふーん」


 俺とジェイは、暫くやっている人を観察した。丁度、上手い人がいて次々と金魚をすくっている。ジェイはそれをじっと見ていた。


「やってみる? すくった金魚は貰えるよ」

「そうだな、やってみるか」


 お金を払ってポイを受け取る。

 ジェイは、上手い人のやり方を真似まねて五匹すくって紙が破れた。


「ジェイ、凄い! 初めてやって五匹もすくえたなら上出来だよっ!」

「そうか? コツが分かってきたから次はもっとすくえるかもな」


 俺が感心して褒めるとジェイは嬉しそうに、にこにこしながら俺を覗き込んでくる。


「じゃあ、俺の分をあげる」

「いいのか?」

「うん、いつもやってたから大丈夫」


 ジェイに、未使用の俺のポイを渡した。ジェイは、ポイを受け取ると次々と金魚をいとも容易くすくっていく。

 流石、希少種アルファ……。コツを掴んだというのは嘘じゃないみたいだ。

 五十匹位すくって、ポイに穴が空いた。


「────雪乃。これ、持って帰らなきゃ駄目なのか……?」

「うーんっと、うちでは持って帰れるのは、一人三匹までって決まりがあるんだよね。俺の分と合わせて六匹までは持って帰れるよ?」

「何だ? その決まりは?」


 ジェイが首を傾げる。俺は苦笑した。


「小さい頃、お祭りの度に兄さん達と金魚すくいをやって、その度に大漁に金魚を持って帰るものだから、水槽が一杯になっちゃうんだよね……。だから、父さんが持って帰ってくるのは一人三匹までって決めたんだよ。実際、うちにはでっかくなった金魚が沢山いるんだ」

「そうなのか。じゃあ、貰わない方がいいな」

「う~ん……でも、ジェイが初めてすくった金魚だから、六匹だけ選んで連れて帰ろうよ」


 ジェイは、微笑んで頷いた。


 金魚を持ってイベントを眺めて歩いていたのだけど、ジェイがまたビールを買うのを見て、そろそろ止めるべきかなと思った。かなりの本数を飲んでるんだよね……。


「ジェイ。ビールはもう、それでお仕舞いね?」

「んー……。分かった」


 ジェイは、残念そうに頷いた。


「ジェイがこんなにお酒好きだとは、知らなかったよ」

「んー。雪乃と居ると楽しくて、凄く美味うまく感じるんだよな……」

「楽しいの?」

「ああ、凄く楽しい」


 ジェイは、満面の笑顔で俺に抱き着いてきた。

 その顔がとても無邪気で、堪らなく可愛い。

 ジェイを抱き締め返すと、首筋に擦り寄ってくる。

 そこで漸く、ジェイが酔っている事に気が付いた。

 もう……! 足取りもしっかりしているし、顔に全然出ないから気が付かなかったよっ!


「ジェイ。一旦、屋敷に戻ろうか」


 花火が始まる夜までには、まだ大分時間がある。一度屋敷に戻って仮眠を取らせないと、折角の花火を見逃してしまう。

 ジェイは、花火を観た事がないと言っていたから、真下で観る迫って来る様な花火を観せてあげたい。

 素直に頷いたジェイを連れて会場の外を目指す。タクシー乗り場がいくつかあって、イベントがある日は直ぐにタクシーに乗れる。

 向かう途中で苺飴を買って、ジェイの口に放り込んだ。串にした本物の苺に、べっ甲飴を薄く掛けたやつ。

 ジェイは、ガリガリと噛み砕いて食べていた。


「これ、美味うまいな」

「気に入った? 俺のもあげるよ」

「雪乃の分だろ?」

「また、後で買うからいいよ」


 渋るジェイの口に、持っていた苺飴を放り込む。

 ジェイはまた、ガリガリと噛み砕いてあっと言う間に食べてしまった。

 そんなに気に入ったのかと思って見ていたら、肩を抱かれて引き寄せられ深く口付けられた。

 口の中に、甘いべっ甲飴と瑞々みずみずしい苺の甘酸っぱい味、そして、僅かなビールの味が広がった。

 ゆっくりと舌を念入りに絡められて、じっくりと可愛がる様に舌で撫で回される。それに応えながら、美味しい苺飴を味わった。


「ふふっ。凄く、美味しいね?」


 離れて行く唇に、ちゅっと追い打ちを掛けて微笑むと、ジェイの顔が笑み崩れて俺をぎゅうぎゅうに抱き締めて来た。

 ジェイは酔うと、甘えたになってしまって本当に可愛くなっちゃうんだから……。

 ジェイをぎゅっと抱き締めてから、タクシー乗り場に急いだ。

 タクシーの中でジェイは、ずっと俺の膝枕に頭を擦り付けていた。


 ライオンのお面を着けているけど──。


 俺には、くるくるたてがみのライオンみたいなでっかい猫にしか見えなくて、笑いを噛み殺すのが大変だった。












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