運命の番に為る

夢線香

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J−Ⅶ ready to become Junk 【ガラクタになる覚悟】

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 ちょん、ちょん、と、キスを繰り返す狼とライオンのパペットを眺めながら考え込む。

 自惚れではなく、雪乃は俺が好きだ。

 そうでなければ、俺と抱き締め合って眠ることはしない。俺に、触れていなければならないからと言われて、腕を組んだりはしない。普通は、手を繋ぐだけに留めるはずだ。なのに雪乃は、恋人のように腕を絡めてぴたりと寄り添う。

 キスをしても、本気の拒絶はしない。やめろと言いつつ、気持ち良さそうに受け入れている。

 本気で嫌なら、他人の体液など飲まない。混ざり合った互いの唾液を飲んで、平気なはずがないだろう?

 雪乃自身で距離を取っても、直ぐに距離を縮めて来る。

 まるで、俺に縋り付くように。

 自分でも無意識の行動なんだろう。

 雪乃は、俺がアルファだから駄目なのだという。

 俺に運命の番がいるから駄目なのだと。

 だが、雪乃。お前は大神一族の人間だから感覚が麻痺していると思うが、運命の番なんて出逢える確率はずっと低い。大神一族のように、ほぼ百パーセントの確率で出逢う訳じゃない。

 運命の番に出逢わないまま、終わる者が殆どだ。

 それに、何故ベータである雪乃が運命の番をそこまで気にする?

 ミーノやゼーノの言葉を思い出す。彼奴等も頻りに運命の番のことを口にして、雪乃に手を出すなと言わんばかりだった。


 アルファ、運命の番、ベータの雪乃。


 もしかして、アルファと深い関係になったことがあるのか?

 胸の奥に、ジリジリとドス黒い感情が渦巻く。

 いや……落ち着け……

 雪乃は、キスが初めてだといった。キスはしない、という特殊性癖でもなければ、セックスしたとは考え難い。

 将来を約束していたアルファでもいたのか?

 そのアルファに運命の番が現れて捨てられたということか……?

 もし、二人がお互いに愛し合っていて、運命の番に拠って破綻したのであれば、運命の番に出逢うかも知れないアルファの俺を敬遠するのは分かる。

 運命に出逢う前は雪乃に執着していたのなら、突然、掌を返されたように、人が変わったように見えたに違いない。相手を愛していれば愛しているほど、酷い裏切りに思えただろう。


『運命の引力は、強烈だ。お前は、それに抗えるのか?』


 ミーノとゼーノの言葉。

 あいつ等は、その引力の強さを身をもって知っている……

 運命の番と番えなかったアルファの行く末も。

 運命の番と出会ってしまったら、俺が雪乃を捨てると確信している。

 ベータを囲うアルファは、ガラクタアルファにならないために、ベータの他にも秘密裏にオメガと番っていたりする。それでも、ガラクタになるまでの期間が延びるだけのことだ。本当に番にしたいのは、ベータの方なのだから。

 そこまでベータに執着したアルファが、運命の番に出逢うと、あっさりとベータを捨てるのだという。

 執着していたベータを、あっさりと捨てる程の引力が運命の番にはあるようだ。

 俺は――どうだろうか。

 運命の番よりも、雪乃を選べるだろうか。選び続けられるだろうか……

 逢えるかどうかも分からない運命の番に、何故、ここまで悩まされなければならないんだっ!?

 運命の番に苛立ちすら覚える。



 気が付けば、3Dプロジェクションマッピングのショーが観覧できる、ボックス席に来ていた。五階建ての建物の五階席だ。中央寄りの席だから、ビップVIP席だろう。

 狼王かジーノが用意しただろうから、ビップ席は当然だな。

 木目調のテーブルに、柔らかい人工皮革で作られた焦げ茶色のゆったりとしたソファ。

 そのソファに、俺と腕を組んだままの雪乃と座る。

 雪乃は、買ってきたものをテーブルの上に並べていく。それを摘みながら、ショーの開始時間を待った。

 ずっと、俺が考え込んでいたせいか、雪乃がソワソワと落ち着きなく俺の顔色を伺ってくる。

 兎に角、告白したことで逃げられては堪らない。どうにか、旅行中の同行を認めてもらわないとならない。

 告白したのは――失敗だった。まだ、早過ぎた……

 後悔しても、告白した事実はなくならない

 だったら、押し切るしかない。

「雪乃。頼みがある」

「――何?」

「この旅行中だけでいい。雪乃がこの国に居る間は、俺の恋人でいて欲しい」

「…………」

 雪乃は、困惑した表情を浮かべ、やがて、暗く沈んでいく。

 その表情から、断られると思った。案の定、友達ならいい、なんて言い出す。

 それじゃあ、駄目だ。

 強引になり過ぎない、ギリギリのところまで雪乃に顔を近付けて行く。

 雪乃は、焦りながらも仰け反るようにして頭を引いて、距離を取ろうとする。ゆっくり、慎重に迫って行くと、雪乃が腰を引こうとしたので、片腕で腰を抱き込んで阻止した。

「ジェ、ジェイっ……」

 雪乃は、慌てたように静止の声を掛けてきたが無視した。

 本当に嫌なら、俺を突き飛ばすはずだ。


 でも、しない。


 雪乃が後ろに倒れそうになった瞬間に、雪乃の後頭部を手で支えて抱き締めながらソファに押し倒した。

「雪乃……」

 唇に、ぎりぎり触れない距離を保ちながら雪乃を見詰める。彼は、薄い碧色の眼を揺らせながら小さな声で呟いた。

「ジェイ……離して……」

「雪乃……俺に触れられるのは、嫌か?」


 嫌なはずはない。


 押し倒されて、抱き締められて、これほど至近距離に俺が居るというのに、雪乃は俺を押し返さない。

 雪乃が泣きそうな顔をする。

「ジェイ、駄目。離して」

 顔を逸らした雪乃の頬に、俺の唇が掠めるように触れた。

「雪乃、逃げるな……俺を拒絶しないでくれ……」

 身体は拒絶しないくせに、心は頑なに閉ざそうとする。それが、もどかしくて辛い。

 違うな――そうじゃない。心も俺にある。

 でも、何かが雪乃を縛っている。

 俺の弱々しい声音に誘われて、顔を戻した雪乃の唇と唇が当たった。

 それなのに、雪乃はやっぱり嫌がらない。嫌なら顔を背ければ良い。

 なのに、しない。

「教えてくれ、雪乃……俺がアルファだから駄目だというのなら、俺は……どうすればいい……?」

 雪乃の唇に触れたまま、唇が離れてしまわないように囁いた。お互いの吐息が混ざり合う。

「――ジェイの……運命の番を探して……」

 そう答えた雪乃の顔が、泣くのを堪えるように歪んだ。


 また――『運命の番』か。


 そんな顔をしながら、何故、心にもないことを言うんだ? 俺の知らない過去の何処かで、俺の知らない誰かに、そんなに傷付けられたのか?

「雪乃、運命よりも――雪乃が欲しいんだ」

 運命の番の話など、もうしたくない。

 そこまで運命の番が気になるというのなら、俺も覚悟を決める。

 覚悟なら、もう決まっていた。だから。

「雪乃の為なら、ガラクタアルファになっても良い。ガラクタになる覚悟は、とっくに出来ている。だから、雪乃……俺を選んで……」


 ボロボロのズダズダのガラクタになっても、運命に抗ってみせるから……雪乃と番になれないジレンマにも、限界まで堪えてみせる……


 それ程迄に、雪乃を欲しているんだ。


 雪乃の引き結ばれた唇に、スリスリと俺の唇を擦り合わせる。


 その時、オーケストラが奏でる軽快な音楽が大音量で鳴り響いた。ショーが始まったようだ。


 突然、雪乃の腕がスルリと俺の首に回って、頭を引き寄せられる。触れるだけだった唇が押し当てられ、雪乃の舌が俺の唇を割り、口内に滑り込んで来て舌を絡め取られた。

 迷いのない舌の動きに、雪乃も何かを決断して俺を選んでくれたと感じた。


 そうなんだろ……? そう思うからな……?


 雪乃を抱き締める腕に力を込めた。

 壮大な始まりを彷彿とさせる、軽快な大音量の音の渦の中、互いが互いを求めるような、深い、深い、口付けを交わした。

「ん……ぁ……ァ……」

 雪乃が苦し気な声を上げる。構わずに貪るようなキスを続ける。雪乃も負けじと貪ってくる。

 俺も雪乃も、今日まで知らなかったキス。

 互いの口内を探り合って、キスを交わす度にお互い上手くなっている気がする。

 こんなに気持ちが良いのは、雪乃が相手だからだろうか?

 何度も互いの体液を呑み下し、それでもやめない。

 やがて、雪乃の勢いがなくなってきて、首に回された腕の力が抜けて行き、ぱたりと滑り落ちて行った。

 散々、貪ってもまだ足りなくて――名残り惜しみながら唇を離す。

 雪乃は、眠るように気を失っていた。

 ――いや? 本当に、眠っているのか……

 俺の匂いが色濃く着いた雪乃に満足する。

 雪乃を抱き締めたまま、身体を反転して位置を入れ替える。肘掛けに置かれていたクッションを背に、なだらかな傾斜を付けて雪乃を胸に抱いた。

 鳴り響く音楽は、穏やかな大自然をイメージするようなもので、漸く、ショーを目にする。


 美しい滝壺、宝石のように光輝く岩壁の渓谷、生茂る草木、浮かび上がる虹、飛び交う小さな妖精達。

 そこには、別世界が広がっていた。


 雪乃の額にキスを落とし、柔らかな髪に指を潜らせ、そっと撫で梳きながらショーを眺めた。



 ショーが終われば、テーマパークの入場ゲートで待ち合わせて、帰ることになっている。

 雪乃は背も高いから、細身とはいえそれなりに体重もある。背負うにしても、自力で肩に捕まってもらわないと後ろにひっくり返ってしまう。横抱きだと、雪乃の長い脚がその辺の柱や壁にぶつかってしまう。結局、縦抱っこして待ち合わせ場所まで移動した。

 待ち合わせ場所には、 狼王……コーガが番を横抱きにしてベンチに座っていた。どうやら、コーガの番も眠ってしまったようだ。

 コーガが座って居た位置を端にずれて、顎で隣を指す。

 大人しく、雪乃を抱えたまま隣に座わった。

「凄い匂いだな。――ちゃんと、雪乃の同意を得たんだろうな?」

 キスしてマーキングしたことが、直ぐにコーガにバレた。俺だけを狙った威圧をぶつけられ、睨まれる。

「当然だ」

 腕の中の雪乃の髪を撫でながら、頷く。……拒絶はされていないから、同意だ。

 抱き締めている雪乃の体温が高い気がする。

「今日は、俺の家に連れて帰る」

 雪乃を離したくない。絶対に連れて帰る。俺の宣言に、コーガの片眉が跳ねた。

「何故だ?」

「恋人になった」

「…………」

 コーガが眼を細めて、俺を鋭く睨み付ける。

「雪乃が、承諾したのか……?」

 頷く俺を、暫くの間、じっと見据えていたコーガが溜め息を吐いた。

「……雪乃に、ネックガードを着けさせる。それを着けないなら許可はしない」

 項を噛むなってことか。

「わかった。――ところで、熱があるみたいなんだが、持病はあるのか? 熱が高いようなら解熱剤を飲ませても平気か?」

 さっきよりも熱くなった雪乃の背中を撫でる。

「熱?」

 いつの間にか、ジーノとその番の史人が側に来ていた。ジーノが雪乃の額に手を当てる。

「――本当だ、結構高いな……それにしても、皇帝臭いな」

 ジーノと互いに、じろりと睨み合う。

 コーガは、何処かにスマホで連絡を取っていた。

「無理矢理じゃ、ないんだろうな?」

「違う」

 ジーノは、コーガと同じことを聞いてくる。全く、どいつもこいつも。


 だが――聞いて置きたいことがある。


「――ジーノ。運命の番を断ち切るのは、お前でも無理そうか?」

「…………」

 ジーノは、一瞬、息を呑んでから隣の番を抱き寄せた。

「……無神経な奴だな。――まあいい。俺は、史人と出逢う前に、執着していた者はいなかったからな。運命に逆らう気などなかった」

 ジーノは史人の唇にキスを落として、見たこともないような柔らかい笑みを向ける。

「もし、抗おうと思ったのなら、かなり難しいだろう……」

「そんなにか?」

 いつになく真剣な眼差しを向けてくるジーノに、顔を顰める。

「――何もかもを捨てても欲しくなる存在。本能と欲望が剥き出しになる。他のものなど色褪せて見える程に、強烈に惹きつけられる。最初から、愛おしい存在だと分かるんだよ。運命の番とは、そういうものだ」

「……仁……」

 ジーノと史人が熱く見詰め合った。

 ジーノが言うなら、相当のものなんだろう。

 今、雪乃に感じているこの想いが色褪せるのか? 

 これ程までに手放したくないのに、あっさりと手を離すのか? ――どうでもいい存在になるとでも?

「だが、お前達は大神一族だ。一人に対する執着が普通のアルファとは違うだろ?」

 ジーノは、呆れたように溜め息を吐いた。

「お前、自分が普通のアルファだと思っているのか? たった一日や二日で、そこまで執着している希少種アルファのお前が?」
 
「…………」

 押し黙るしかない。

 雪乃が可愛いんだからしょうがないだろ。

 アルファにしてもオメガにしても、上位種になればなるほど、本能が強いと言われている。


「運命に逢うが来なければ、分からないだろうさ」


 コーガが、口を挟んで来た。

「高熱なら、解熱剤を飲ませて良い。ネックガードは、車の中で着けさせてもらう」

「父さん……?」

 ジーノが驚いて、コーガを見ている。

「雪乃が恋人だと認めたのなら、仕方がない」

 もの言いたげなジーノに、コーガは苦笑してみせた。

 取り敢えず、今日のところは雪乃を連れて帰れることに安堵する。

 もう、雪乃を手放すことなど考えられない。


 狼共に取り上げられないように、雪乃をしっかりと抱き込んだ。


 










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