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本 編
J−Ⅵ Puppet Show 【人形劇】
しおりを挟むアトラクションが終了した後、雪乃が気を失ってしまったので横抱きにして建物の外に出た。
パークのスタッフが慣れたように空いているベンチに誘導してくれたので、そこに雪乃を下ろす。
気絶者が続出するのか、スタッフが、ベッドのある部屋もあるから必要なら声を掛けてくれ、と言い残して去って行った。
先に出て来ていたゼーノがぐったりとした番を横抱きにしながら、隣のベンチに座っていた。
「何だ、雪乃も気を失ったのかよ」
ゼーノは、俺の膝枕で横になる雪乃を見て苦笑した後、眉を潜めた。
「――おい、皇帝。……雪乃に付いているお前の匂いがキツイんだが、何をした?」
ゼーノに睨まれて、舌打ちしそうになる。
そういえば、コイツは昔から鼻が良かったな……
雪乃にキスをして、唾液を交換したのがバレている。
「必要に迫られただけだ」
実際、雪乃に締め殺されるかと思ったからな。
「皇帝、雪乃に随分と執着しているようだが……お気に入りの玩具だと思っているんじゃないだろうな?……遊びなら、他を当たれよ」
ゼーノの刺すような威圧が俺だけに向けられる。
ミーノに続いて、コイツもか。
「遊びだと? 俺は本気だ」
雪乃の柔らかい癖っ毛を撫でながら、ゼーノを睨み付けて威圧を飛ばす。
「…………」
ゼーノは暫く押し黙って、溜め息を吐いた。
「……ジェイデン。お前はまだ、運命の番に出逢っていない。運命の引力は強力だ。本能を掻き立てられて、狂ったように運命を求める。お前はそれに、抗えるのか?」
また、『運命の番』か。
「ミーノも言っていたな。運命の番に何かあるのか?」
「…………」
ゼーノは、黙って俺を見据えた。何かを探るような視線だった。
「――これだけは、言っておく。雪乃は、絶対にお前の運命じゃない。それだけは、間違いないよ」
ゼーノはそれだけ言うと、自身の番を抱き上げて行ってしまった。
何なんだ? ミーノもゼーノも、思わせ振りなことばかり言いやがって。
雪乃が俺の運命の番じゃないことくらい、百も承知だ。ベータなんだから、運命どころか番にすら出来ない存在だ。
それでも、雪乃に惹き付けられる。欲しくて、欲しくてしょうがない。
キスをしたことで俺の執着は、より一層深まった。
もう、引き下がれない。
雪乃の柔らかな髪を撫でながら、彼を見詰める。
すると、急に雪乃が目を開いて、がばりと起き上がった。俺は、咄嗟に頭を後ろに引いた。
「おっ……とっ!」
危ねえ……頭突きを食らうことろだった。
状況が呑み込めていない雪乃は、ヘルハウスの中じゃないと分かると安心したように、へなへなと俺の膝に頭を戻した。
無意識なのか俺の太腿を撫でながら、気を失った後のことを聞いてくる。それに答えながら、俺も雪乃の髪をいじって遊ぶ。
とても、穏やかな時間に感じた。俺の傍で寛ぐ雪乃は、堪らなく可愛くて……愛おしい。
そう思っていたら、雪乃が気不味そうにもそもそと身体を起こした。
身体が触れている所がなくなりそうだったので、雪乃の腰を抱いた。
「雪乃、離れたら駄目だろ?」
雪乃は納得して大人しくはなったけど、恥ずかしいのか俯いた。
そんな雪乃を覗き込んで視線を合わせると、僅かに頬を染めて、ぎこちなく視線を外し俺の唇をじっと見詰めて来る。
惚けた表情で俺の唇ばかり見詰めているから、俺とキスしたことを思い出しているのだと分かった。
もの欲しそうに……緩んだ顔で見られたら、もう一度キスがしたくなった。
唇を合わせるだけのキスをする。
雪乃は、驚いているのか、無反応だった。それでも、俺の唇から視線が外れない。
「――もっと、キスする?」
誂うように尋ねると、真っ赤になって俯いた。
どうして、キスをするのかと尋ねて来るから、したいからだと答える。
俺だって、誰でもいい訳じゃない。寧ろ、雪乃としかしたくない。
「俺がキスしたいのは、雪乃だけ。雪乃としかキスしたくない」
ちゃんと、言葉にして伝える。遊びや気まぐれだと思われては困る。
俺は、雪乃しか欲しくない。
惚けている雪乃に畳み掛ける。
「キスをしたのは、雪乃が初めてだ」
誰にでもこんなことをしているとは、思われたくない。雪乃だけが特別だと、分かって欲しい。
雪乃は、俺の眼をじっと見詰めるだけ。
あんまりにも無防備だから、もう一度、唇を触れ合わせる。――そうしたら。
「……俺も……初めてなんだけど」
何てことを呟く。
雪乃も初めてのキスだったのか。俺が、雪乃の初めてのキスの相手。
正直に言えば、年齢的に経験があるのだと思っていたから嬉しい誤算だ。無駄に、嫉妬せずに済む。
「俺とキスするのは、嫌か?」
尋ねても雪乃は答えなかった。即答で否定しないということは、嫌じゃないってことだろ?
我慢できずに、雪乃の口を唇で塞いで雪乃を味わう。
「ンっ……」
俺の胸元の服を掴んで押し返そうとするが、その手には力が入っていない。俺を締め殺せるほどの力があるのにな。
雪乃の舌に舌を絡めて、舐めて擦って擽る。雪乃の舌に、抵抗は感じられない。素直に俺に翻弄されて、酔いしれて、受け入れている。
胸元に置かれた雪乃の手も、今はただ、縋り付いているだけだ。……可愛い。俺と雪乃の混ざり合った唾液ですら、嫌な顔一つしないで飲み込む。
俺の体液を取り込むほどに、雪乃が俺の匂いに染まっていく。――狼共に、雪乃にキスしたことがバレてしまうが、どうでもいい。だが……
「ん゙ん゙っ~~っ!」
突然、雪乃が暴れ出した。何故、急に暴れ出したのか分からないが、今更、やめられない。暴れる雪乃を強く抱き締めて、抵抗を阻む。
まだ、足りない。……もっと俺の匂いを濃く着けたい。
もう一度、雪乃が俺の体液を取り込むまでキスをやめなかったし、押さえ付ける腕も緩めなかった。
雪乃が飲み下したのを確認してから、漸く、唇を離した。
互いの荒い息遣いを聞きながら、息を整える。
「――ジェイ……恋人じゃないんだから、こんなことしたら駄目だ……」
雪乃は、顔を背けながら、俺の手だけを握って身体を出来るだけ遠くに離した。
強引にし過ぎただろうか……怒ったのか?
恋人じゃないから駄目? それなら。
「雪乃。だったら、恋人なら良いのか?」
雪乃だって嫌がってはいなかった。なのに何故、急に否定する。俺の匂いをこんなに濃く纏っておきながら、何故、受け入れない。
手に入りそうで入らない苛立ちが、声を低くする。
「――――駄目」
「何故だ?」
「ジェイが、アルファだから」
二人の間に沈黙が落ちた。
俺が、アルファだから? ベータの雪乃に執着して、ガラクタアルファになることを心配されているのか?
何れ俺が、狂ったガラクタになるから……?
雪乃。 駄目だ。 逃げるな。
お前が逃げれば、俺は必ず雪乃を追って仕留める。アルファの執着を甘く見るな。
狂気が首をもたげて来そうな時、強い威圧が俺を襲った。
クソっ……! 今度は、ジーノかっ……!!
「雪乃? どうかしたのか?」
雪乃に声を掛けて来たジーノが、じわじわと俺に掛ける威圧を強めて来る。
「……仁乃兄さん……」
雪乃は、ほっとした声でジーノを呼び、アイツに向かって手を伸ばした。
その行動に苛つく。思わずジーノに威圧を返すと、アイツは雪乃を抱き締めて、俺を睥睨してきた。
「随分と、皇帝臭いな。――お前、雪乃に何をした?」
ジーノは、直ぐに俺が雪乃にキスしたことを嗅ぎ取った。分かっているくせに、白々しいっ!
「…………」
ジーノと無言で威圧の応酬をしていると、雪乃が慌てて俺を庇った。
結局は、様子のおかしい雪乃をジーノが放って置くはずもなく、ジーノの番と四人でアトラクションに行くことになった。
雪乃は手を繋ぐだけで、俺と距離を取り、話し掛けては来なかった。
ジーノの番とばかり話す雪乃に、モヤモヤする。
「――おい、史人に威圧なんか掛けたら……殺すぞ?」
いつの間にか隣に来ていたジーノに、鋭く睨み付けられ、低い低い声で囁かれた。
落ち着け、俺。コイツ等を敵に回しては駄目だ。
「そんなことはしない」
「雪乃の意思を無視することも、許さない」
「……分かっている」
雪乃が、急に遠くなって辛い。つい、さっき迄あった温もりが……今はない。
連れて来られた場所は、射的のアトラクションだった。動く的を撃ち抜いてスコアを稼ぎ、そのトータルの点数によって景品が貰える仕組みだ。
交換できる景品が置かれている場所を見ていると、黒い狼のパペットがあった。目が薄い碧色で、ちょっと優しい顔をしている。何だか……雪乃みたいだ。
そう思って見ていると、雪乃が、漸く話し掛けてくれた。
「ジェイ、それが気に入ったの?」
「ああ……雪乃に似ている」
雪乃をじっと見詰めると、彼は困ったように笑った。
アトラクションが始まると、雪乃が熱くなって大興奮だった。雪乃が喜ぶならと、俺も本気を出した。コースが進んでいく内に、雪乃との距離も近くなる。
最後に飛び出して来た、高速でトリッキーな動きをする狐を仕留めると、雪乃は歓声を上げて俺に抱き着いてきた。
……本気でやって良かった。
雪乃が満面の笑みで抱き着いて来たので、当然、俺も笑顔で抱き締めた。
景品は、パペットよりも上の物が貰えたが、欲しかったのはパペットなので、スタッフと交渉して黒い狼と雪乃が欲しがった金色のライオンのパペットと交換して貰った。ライオンは、俺の髪と目の色が同じだった。
――そうか。雪乃は、俺に似たライオンが欲しかったのか。
狼のパペットを手に嵌めて、雪乃を見詰めながら……雪乃にこうしたいんだと言わんばかりに狼のパペットにキスをしてみせると、雪乃は赤くなって惚けたようにぽーっとなった。
可愛いな……雪乃……
その後は、ジーノ達と別れてパークを回った。
別れ際に、ジーノは雪乃にたっぷりとマーキングしやがった。おまけに、雪乃にスタンガンを持たせる始末。本当に、嫌なやつだ。流石は、悪魔狼。
色々なアトラクションに乗ったり、屋台の店で軽食を食べたり飲んだりしながら、テーマパークを満喫した。
雪乃は恋人のように俺の腕に絡みついて来て、最高に可愛かった。
日が沈み始めた頃、疲れが見え始めた雪乃と観覧車に乗った。
雪乃は疲れたのか、俺の隣にピタリと座り、俺の肩に凭れ掛かって来た。
……ああ……幸せだな。満たされる。
まるで、何年も前から一緒に居たかのように、しっくりとくる。
俺が雪乃に惹かれるのは、本当に執着心のせいだけだろうか?
誰も側に居られない程の、触れることすら出来なかった俺という強烈な存在の傍で、平然と凭れて寛いでいる雪乃は、それこそ異常だ。
雪乃だって、俺に惹かれているのは間違いない。
触れて居なければならないとはいえ、昨日会ったばかりの人間に、これ程自然に身を寄せるなんて有り得ない。恋人ではないと言いつつ、恋人の距離を取る雪乃。
キスだって、拒絶はしても嫌悪感は抱いていなかった。俺を受け入れていた。
夕焼けの、茜色の光に染まっていく雪乃を見詰める。
疲れのせいなのか、雪乃の表情が暗い。
僅かに伏せた睫毛が、影を落としている。
「……ジェイが居てくれて、良かった」
雪乃が、ポツリと呟いた。
「雪乃?」
「ジェイが一緒に来てくれなかったら、俺だけ独りだったから……だから、一緒に来てくれて……ありがとう」
雪乃は、甘えるように俺の肩に頭を擦り付けてくる。含羞んだように笑って、照れ隠しなのかライオンのパペットを手に嵌めて、前脚を動かして遊び始める。
「雪乃。俺は、雪乃が好きだ。俺を恋人にして欲しい」
些か、早すぎる告白だが自然と口から滑り出ていた。
雪乃の眼が揺れて暫くすると、睫毛は伏せられ、表情は暗く悲しみに沈んでいった。
「駄目だよ」
俯いたまま、雪乃が拒絶する。
「何故だ?」
「…………」
雪乃だって、俺が嫌いではないはずだ。断りを入れた今だって、俺にぴったりとくっ付いたままだ。なのに何故、俺を受け入れない?
「雪乃」
もう一度、雪乃の名を呼ぶ。
雪乃は、俺の前にライオンのパペットを突き出してきた。
「ジェイ。ライオンはね、駄目なの」
雪乃は、子供に読み聞かせるような口調で話す。
目の前のライオンが、短い手で縫いぐるみの頭を抱えた。
「――どういう意味だ?」
ライオンは、駄目?
「ライオンはね、ハーレムを作るから駄目なの」
雪乃は、もう片方の手に狼のパペットを嵌めた。
「狼はね、一人しか愛せないの」
雪乃がそう言うと、二つのパペットは短い前足で目を押さえて、泣いているような仕草をする。
……つまり、ライオンは俺で、狼は雪乃。
「――俺が、雪乃以外に番を作ると言いたいのか?」
俺の眉間に皺が寄る。そう思われていることが心外だ。雪乃以外を傍に置くとでも思っているのか?
「運命の番が居るアルファは、駄目なの」
「…………」
ミーノもゼーノも、頻りに運命の番の話をしていた。運命の引力は強烈なのだと……
アルファである以上は、逢えるかどうかは別として、運命の番は、何処かに存在する。
狼は、一人しか愛せない。雪乃は、一人しか愛せないということ。当然、相手にもそれを求める。運命と雪乃、両方を手に入れることは出来ないということ。
出逢うかどうかも分からない運命の番のせいで、雪乃が手に入らないということか……? そんな、馬鹿な話があるか。
雪乃の膝の上に落ちた狼とライオンが、抱き合っていた。
雪乃がパペットを嵌めたまま手を握り合わせているから、抱き合っているように見える。
だが……
狼とライオンは、抱き合いながら……頻りにキスを交わしていた。
ちょん、ちょん、と、キスを交わす狼とライオン。
そのパペットこそが、雪乃の本心を曝け出しているように見えた。
本当は、俺の傍に居たいのだと……言われているような気がした……
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