運命の番に為る

夢線香

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J−Ⅴ First Kiss 【初めての口付け】

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 思わせ振りな言葉を残して行ったミーノに、何処かモヤモヤとしながらジェラートをオーダーする。

 取り敢えず、そのことは後で考えるとして、今は恋人のようにぴったりと腕を組んでくる雪乃を堪能しよう。

 白と黄色のパラソルが立てられたガーデンチェアに腰掛け、テーブルを挟んでミーノ達と向かい合って座る。

 俺が雪乃の為に選び抜いたジェラートは、オレンジとアップルのピールが入ったチョコレートとグレープフルーツのヨーグルトだ。ミーノの情報を基に、チョコレート味とさっぱりしていそうなヨーグルトベースの味を選んだ。

 雪乃は、気に入ってくれるだろうか?


 小さなスプーンを持って、俺の選んだジェラートをすくって食べる雪乃を見詰める。

「ジェイの選んだやつ、どっちも美味しいね!」

「そうか。雪乃の選んだ方も、旨いな」

 よしっ……! 雪乃が凄く嬉しそうにして満足気に笑っている。俺の選択は間違っていなかった!

 それに、一つのものを二人で分け合って食べることに喜びを感じる。

 成る程。今なら、全種類を買うことの愚かさに気付ける。こんな風に楽しめるのならば、頭を悩ませる価値はある。何より、雪乃が喜んでくれるのが嬉しい。

 美味しそうに食べている雪乃を、只管ひたすら見詰める。時折覗く赤い舌を舐めてみたいな……旨そうだ。

 そんなことを考えている内に、ミーノ達と一緒にアトラクションに行くことになっていた。


 花を基調にしたアトラクションは、カラフルで美しいと思った。

「凄い、綺麗だね」

 俺の腕に捕まりながら、花を眺めて感動する雪乃を見詰める。

 雪乃が喜ぶのなら、家の敷地内にも花を植えてみるか……たくさん、花があった方が良いよな? 

 珍しい花よりも、種類を統一して埋め尽くす方が見応えがあるか……? 参考にしようと、周囲の花の配置や構造をじっくりと眺めた。

 進んで行くと、透明なドームの中に入って行く。

 白、水色、青の作り物の花びらが人工的に起こした風で、花吹雪のようにキラキラと舞い上がるゾーンだった。

 目を保護する透明なプラスチックのメガネを掛けながら、雪乃を見る。

 キラキラとした花びらが舞う中、ほう……っと周囲を眺める雪乃は、とても綺麗だった……

 幻想的な雰囲気の中で見る雪乃は、人ではないような気すらしてくる。……妖精フェアリーなのか……? いや……天使エンジェルか……やっぱり、女神ゴッディスだな。


 雪乃から眼が離せない……


 雪乃の柔らかい癖っ毛に、花びらが無数に纏わり付いている。


 ――可愛い……


「ククッ……! 雪乃、花びらまみれだな」

 雪乃の柔らかな髪の毛に手を伸ばし、花びらを取り除いた。

「ふふっ。そう言うジェイだって、花びらまみれだよ」

 雪乃は柔らかく眼を細めながら微笑みを浮かべ、俺の髪に付いている花びらを払ってくる。

 雪乃の顔が間近にあって……もうこれは、キスしても良いんじゃないかと思える程に距離が近い。

 だが、日本人はシャイだからな……行き成りキスをして、警戒されては堪らない。

 俺自身、まだ誰ともキスしたことはない。

 マストのときに相手にした者達は、直ぐに気を失ってしまうし、別に好きな相手でもなかったからキスをしたことはない。したいとも思わなかった。


 でも、雪乃とはしたい。


 その、ほんのりと紅味が差す唇に触れてみたい……

 俺がこんなことを考えているなんて知りもせず、雪乃は俺を見詰めて笑う。そんな無防備な雪乃に、俺も笑みを返した。



 その後、ショップを見て回っていると、雪乃がソワソワとし始めた。

 不思議に思って見ていると、組んでいる俺の腕に身を寄せて、ちょっと爪先立ちになりながら俺の耳元に口を寄せて来た。

 一瞬、キスをせがまれているのかと思って……ドキリとした。

「……ジェイ……俺、トイレに行きたいんだけど……」

 雪乃は、恥ずかしそうにしながら小声で囁いてきた。


 ……何だ……トイレか……


 がっかりしつつも、俺もそろそろ行きたかったので頷いて近くのトイレを探した。

 トイレに来ると雪乃は、個室ではない便器で用を足そうとした。


 おいおいっ……誰かに雪乃のペニスを見られたらどうする……!?


 俺は慌てて雪乃に個室を勧めたが、雪乃は首を傾げて個室に入ってくれない。

 結局は、他に人が居なかったから、俺が折れた。

 肩に片手を置いて、交代で用を足した。

 雪乃のペニスが気になる俺は、思わず、じっと雪乃を見てしまった。――結局は、見えなかったが……

 俺が見過ぎたせいか、雪乃が居心地悪そうにしていた。

 雪乃に警戒されては困る。気を付けないとな。

 手を洗いながら、気を引き締めた。



 色々なグッズが売られているショップを眺めながら歩いている内に、昼になった。雪乃が行きたがっていたレストランに行くと、先に来ていたミーノ達が席を取っていた。

 チーズバーガーをナイフで切り分ける。雪乃は嬉しそうに紙ナプキンを使って半分を手にしたが、チーズがゴムみたいにビヨンビヨンと伸びて苦戦している。
 
「うわ~、すっごい伸びる~!」

 無邪気な雪乃を微笑ましく見詰める。ナイフで伸びたチーズを切ってやると、礼を言ってバーガーに齧り付く。チーズが伸びて噛み切れない雪乃は、持っていたバーガーにぐるぐると伸びたチーズを巻き付けて食べていた。

 苦戦しながら一生懸命食べている雪乃を、可愛いと思いながら眺めていると、雪乃と眼が合った。雪乃が恥ずかしそうに俯く仕草が、また可愛い。

「ジェイも食べて。美味しいよ?」

 誤魔化すように食事を勧められて、素直に従って俺も食べ始めた。旨かったが、チーズが伸び過ぎて食べ難かったな。

 一通り食べ終わると、次は俺が選んだ店に行くことになった。

 雪乃に喜んで貰えるように、選び抜いた店だ。

 雪乃が選んだ店は、チーズが多くて飽きそうだった。だから、チーズの料理は避けた。肉も重そうな気がしたので、シーフードをチョイスした。

 昨日、サンドイッチのタルタルソースを美味しいと目を輝かせていたから、ボイル海老のタルタルソースを選んだ。気に入ってくれるといいが……

 雪乃にメニューを聞かれて答える。

「ああ、アサリのクラムチャウダーとボイル海老のタルタルソースだ」


「いいね、美味しそう!」


 雪乃が満面の笑みで頷いたので、ほっとした。今回の選択も正解を引き当てられたようだ。

 ミーノ達とは、ここで別れることになった。

 別れ際にミーノは、雪乃を抱き締めてたっぷりとマーキングして行きやがった。大分、俺の匂いが強くなって来ていたのに……余計なことを……!

 だが……文句を言う訳には行かない。大神一族を敵に回しては、駄目だ……



 俺の選んだレストランに行くと、ゼーノに声を掛けられた。

 ――今度はゼーノか……

「雪乃。ランチか? こっちに来いよ」

 ゼーノとゼーノの番と向かい合って座る。

 ゼーノと眼が合った途端に、俺だけに牽制の威圧を送って来た。言外に、おかしな真似はしていないだろうな? と探って来る。

 ――全く、ミーノといい、ゼーノといい、面倒なことだ。

 まあ、それだけ雪乃が愛されていることだから、いいけどな。

 むしろ、狼共のマーキングのお陰で雪乃が護られている訳だし……我慢しよう。

 雪乃とゼーノ達が話している間、俺は雪乃だけを眺めていた。

 時折、雪乃の眼が陰るのが気になった。ミーノ達と居る時も、偶に陰りが落ちることがあった。

 それは、直ぐに打ち消されるけれど、そんな時は俺の腕を掴む雪乃の手に、ちょっとだけ力が入る。


 何か、あるんだろうか……?


 気にはなるが、今は何も聞かない。

 オーダーした料理が届くと、雪乃の眼に光が戻ったので安心する。

 早速、海老をフォークで刺してタルタルソースを付けて食べる雪乃。

「ん~~……っ! ここのタルタルソースも美味しい!」


 よしっ……! 雪乃が喜んでいる。


「そうか。雪乃は、タルタルソースが好きみたいだったからな。良かった」

 俺が満足気に頷くと、雪乃は驚いたように首を傾げた。

「――もしかして、昨日、俺がタルタルソースが美味しいって言ったからこの店にしたの……?」

 勿論だ。頷いた俺に、雪乃は益々驚いた表情になり、やがて、含羞はにかんだように笑って呟いた。


「……ありがとう、ジェイ……」


 頬を赤く染めて、照れている雪乃が可愛い。この店にして良かった。

 その後は、食事を摂りつつ雪乃を見詰め続ける。どんな表情も見逃したくない。
 
 ゼーノ達と話している雪乃を見詰めている内に、ヘルハウスとかいうアトラクションに行くことが決まっていた。



 ヘルハウス、ホラーハウスのことらしい。入口を潜ってから、雪乃が俺の腕にベッタリとへばり付いて離れない。表情も硬いし、明らかに怯えている。

 薄暗くて陰鬱とした雰囲気に呑まれているようだ。

 ゼーノ達が先に、乗り物に乗って行ってしまうのを不安気に見送る雪乃。

 3Dの音や映像を使って、驚かせるもののようだ。乗り物の黒いシートは切り裂かれていて、雰囲気作りに余念がない。

 雪乃が、ガッチリと腕にしがみ付いて来て俺を離さない。

「雪乃、怖いのか?」

 笑いそうになるのを堪えながら、雪乃を覗き込む。

「へ、平気っ……! 怖くないっ……!」


 怖いくせに強がっている雪乃が、可愛い。


 これは……なかなか、いいアトラクションじゃないか。雪乃が必死に俺に縋ってくるからな。

 乗り物が暗闇に向かって、カタカタと動き出す。歩くよりも遅い速度だ。基本は暗闇で、稲妻が光ると辺りの様子が瞬間的に確認できるように工夫されていた。

 と、いうことは、稲妻が光った時に仕掛けてくるんだろう。

 案の定、稲妻が光ると、隣をリアルな特殊メイクをしたゾンビが歩いていた。おまけに、シートに内蔵されたスピーカーからゾンビの唸り声がして、自分の直ぐ後ろに居るかのような錯覚を起こさせる。


 ……ゔぅ゙……あ゙あ゙……ぁ゙……ぁ゙……


「ヒッ……!!」

 雪乃が怯えて、グイグイと俺の身体に身体を押し付けて来る。少しの隙間もない。


 キャアアアアァァアアッ~~!!


 離れた前方で、ゼーノの番が悲鳴を上げると、雪乃の身体がビクリと震えた。

 辺りが青白く光る度に、周りにゾンビが増えて唸り声も増えていった。そうすると、雪乃が益々怯えてしがみ付く。

 あんまり可愛いから、思わず笑ってしまった。

 そんなに怖いなら、もっと、ちゃんと抱き着けば良い。
 
 雪乃がしがみ付いている腕を引き抜き、雪乃の腰に腕を回して引き寄せる。雪乃は、俺の胸に顔を埋めて、身体にガッチリと抱き着いて来た。身体の向きを少しだけ雪乃に向けて、腰とは別のもう片方の腕を回して肩を抱く。

 雪乃は、少しほっとしたのか大人しくなった。

 だが、大きな落雷の音と共に、座っているシートの背凭れにゾンビが荒々しく、バンッ! と手を突いて雪乃を覗き込んだ。

 ゾンビと見詰め合う雪乃。そして――


「ギャアアアアアッッッッ~~~~ッッ!!」


 雪乃は、カエルの時以上にデカい声で悲鳴を上げた。

 雪乃は抱き着いていた俺の身体を凄い力でミシミシ、ミチミチと締め上げてきたっ……!

「ぐっ……!……ゆ……ゆき……の……苦しっ……!」

 俺よりも背が低いし細い身体の癖に、とんでもない力だっ……! そういえば、雪乃に持ち上げられて湖に落とされたんだったなっ!

 あまりの苦しさに、雪乃の肩を軽く叩く。だが、雪乃は恐怖で身体がガチガチに固まって、ピクリとも動かない!


「ん゙グっ……!……雪乃っ……!!」


 渾身の力で締め上げられる俺を見て、ゾンビがワタワタと慌てている。

 顔面の皮が剥げて、血塗れのゾンビに心配される俺……


 ――凄く、シュールな光景だ……


 そうしたら、ゾンビがもの凄く普通の声で言った。

「キスして、気を逸らすんだっ!」


 成る程っ! 色んな意味で良い考えだっ……!!


 助言をしてくれたゾンビに頷いて、雪乃の顔を両手で挟み唇同士をくっ付ける。締め上げられる身体が苦しくて、じっくり堪能出来ないっ……!

 雪乃は蒼白に強張った顔のまま、これ以上ない程、目を見開いて固まっている。

 俺は何度も唇を押し当てたが、雪乃の力が緩まないっ……!


「オイ、オイっ! そんなヌルいキスじゃ駄目だろっ!!」


 ゾンビに、ダメ出しされた……


 ゾンビが見ていることなど構わずに、雪乃の唇をペロリと舐めて、口の中へと舌を差し込む。

 今は、キスを堪能している暇はないっ……!

 俺の内臓が口から出そうな程、締め上げられているからなっ!

 兎に角、苦しいっ……!! 

 がむしゃらに舌を動かしていると、漸く、雪乃の腕の力が緩んだ。全身に、一気に血が巡った……

「ん……ん~~っ!」

 雪乃が苦しげに藻掻いて、俺の背中の服を引っ張ってくる。

 身体の締め上げがなくなって、落ち着いて来た俺は、雪乃との初めてのキスを堪能することに決めた。

 僅かに唇をずらして、雪乃が呼吸出来るようにする。雪乃の後頭部を押さえて逃がさない。


「ふっ……ふぁっ……んっ!」


 甘い声を上げる雪乃が、可愛い……

 柔らかな唇をついばみながら、その弾力を愉しむ。雪乃が、上手く呼吸が出来なくて苦しそうに顔を歪めたから、仕方なく唇を離した。

 大きく深呼吸をして、酸素を取り込む雪乃。


 もう一回、ちゃんとキスをしたい……しても良いよな?


 雪乃の呼吸が落ち着いた頃を見計らって、もう一度キスをする。

 まだ、側に居たゾンビに手を振る。

 ゾンビは、やれやれ、と肩を竦めて離れて行った。

 雪乃の舌は、俺の舌を追い出そうとして来るが逆に絡め取って舐め上げる。雪乃とのキスは最高だった。

 ほんの僅か、じっくりと味わうと、漸く分かるような旨さがあった。その旨さをもっと知りたくて、より深く雪乃の口内を舐め回す。

 雪乃の顔が蕩けて来た。舌の抵抗が弱まり俺を受け入れ始めている。お互いの溜まった唾液をお互いに飲み下して、唇を離す。

 雪乃はくったりとして、俺の胸に力なく凭れて来た。


 無防備な顔の雪乃が、とんでもなく可愛い。


 雪乃の身体が、不意にピクリと震えた。

「や……ジェイっ! 触らないでっ……!」

「――は?」

 行き成り、キスをしたから怒ったのか……? 

 咄嗟に、雪乃を抱き締めていた手を離す。

「っ……お、お尻っ……! 触らないでっ……!」

 尻っ!? は? 触ってないぞっ……!?


「……触っていない……」


 困惑して否定すると、顔を上げた雪乃に睨み付けられた。

 雪乃は、俺の軽く挙げた両手を見て動揺していた。

 雪乃が、ぎこちなく後ろを振り返った。俺も釣られるように雪乃の肩越しに覗き込んで尻を見る。その時、稲妻が光った。

 雪乃の尻は、座っているシートの裂け目から伸びた骨の手に、さわさわと撫で回されていた。


「っ!!……っッ…!?、ッ!?…っッ!?」


「おいっ……雪乃? 雪乃っ!?」


 力が抜けて、くにゃくにゃになった雪乃を咄嗟に支えながら名前を呼んだが、雪乃は気を失っていた……


 








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