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本 編
J−Ⅳ Let's go halves 【半分こしよう】
しおりを挟む雪乃がジーノに連れられて帰ってから、今迄に感じたことのない寂しさを感じた。
――身体が寒い……雪乃の温もりが恋しい……
何で、帰してしまったのかと後悔の念すら湧き上がる。雪乃は、離しては駄目な存在だった。
――だが、狼王の息子である以上、帰さないという選択肢はなかった。おまけに、迎えに来たのはジーノだ。
それでも、明日も雪乃と会えることになったのは僥倖だった。
本気で、ジーノが良い奴に見えたからな。悪魔狼ではなく、エンジェルウルフ、天使狼と呼んでやってもいい。
……いや……似合わないな……
隙間風が吹くような寒さを感じながら、ベッドに入る。明日の為に、早く寝なければ。寝不足では雪乃を満足にエスコート出来ない。
明日は、人生初のデートなのだから。
待ち遠しいような、ソワソワするような気持ちを抑え付けながら眠りに就いた。
翌朝。雪乃に早く会いたくて、外壁門まで出て彼が来るのを待った。人と待ち合わせをするなんて、初めての経験だ。
滅多に車が通らない外壁に沿った道を、パールホワイトのリムジンがこちらに向かって近付いて来る。
俺より大分離れて停車したリムジンから、スラリとした雪乃が降りて来た。動き易そうな黒のジーンズに藍色のTシャツ、裾が長めの白のパーカーを羽織っている。
はっきり言って、雪乃が着れば何でも似合う。
「おはよう。ジェイ」
雪乃は軽快な足取りで俺に近付いて来て、ごく普通に声を掛けて来た。
抱き締めたい。腕の中に入れてしまいたい。
軽く腕を拡げたのは、無意識だった。
それなのに雪乃は、自然な動作で俺にハグしてくる。
雪乃の温もりだ。今日は、一段と狼共の匂いがキツイ。気に入らないが、気にしない。
「――おはよう、雪乃」
雪乃を力一杯に抱き締めた。ハグではない。抱擁だ。
やっぱり、凄くフィットする……俺のものだとしか思えない。離したくない。
雪乃に背中を軽く叩かれて、離せと促される。
……仕方がない……嫌だが……仕方がない。
渋々、腕を離す。ところが雪乃は俺の腕に腕を絡めて来た。
不思議に思って、まじまじと雪乃を見詰める。
「えっと……父さんが言うには、俺がジェイの腕を離さなければいいんだって」
雪乃が、俺を離さない……? 望むところだ。
「――ああ……ずっと、離さないでくれ」
何なら、一生、離さないでくれ。
――ああ、そうか。俺は、雪乃を友達や仕事仲間として側に置きたいんじゃない……
――――番にしたいんだ。
ベータを番に望む、狂ったアルファか……
世の中には、ベータを必死に囲って離さないアルファがいる。
彼らは番に執着するように、ベータに執着する。だが、ベータはオメガにはなれない。いくら項を噛んでも番にはなれない。
それは、いつまでも番を得ることが出来ないことと同じこと。その矛盾がアルファをゆっくりと蝕んで――――そして……狂っていく。
そういうアルファは、機能が壊れたJunkアルファだといわれる。狂ってしまったアルファは、本当の意味でガラクタになる。
まさか、希少種の俺がガラクタアルファだったなんてな……
だが、雪乃を手に入れられるのならガラクタアルファでも構わない。
もう、アルファの執着は始まっているんだ。
雪乃しか目に入らない。
車に乗り込めば、コーガとジーノ、そして二人の番が乗っていたが、興味はない。
興味はないが、今日という日を与えてくれたことには感謝しているから、番達の名前と顔は覚えていてやる。困っていたら、助けるぐらいのことはしてやろう。
俺にしては、愛想良く挨拶を交わした。その後は、雪乃しか目に入らない。
雪乃を只管見詰めていると、笑顔を浮かべていた雪乃の表情が寂しそうになり、陰り出す。
「――雪乃……何でそんな顔をする?」
何故、そんな顔をするのか解らなかったが、放ってはおけない。腕に抱き締めて、護ってやりたい。
気が付けば、雪乃の片頬に触れていた。相変わらず、滑らかな肌だ。
雪乃は、困ったように笑った。でも、やっぱり、何処か無理しているようだった。
辛いのならば、俺に縋ってくれれば良いのに。
雪乃の肩を引き寄せて、頭を俺の胸に押し付ける。
だが、体勢がキツイから離せと言われた……
仕方がない。渋々、雪乃の腰に腕を回す。
「……ねえ、ジェイ。これじゃあ、恋人の距離だよ?」
雪乃が呆れたように言って来たが、何を今更。それなら昨日、俺の腕の中で眠っていたことはどうなる? 大体、腕を絡めてきたのは雪乃だぞ。
「腕を絡めるのだって、恋人の距離じゃないのか?」
雪乃は、今、気付いたと言わんばかりの顔をして、考え込む。そして、手を繋ごうと言い出した。
当然、即刻却下だ。
今更、手を繋ぐだけで満足出来るか。何故、嫌なのかと聞いてくる雪乃に答える。
「もっと、雪乃に触れたいから――嫌だ」
雪乃は顔を赤く染めて、恥ずかしそうに俯いた。
――可愛い……
その後は、強気で言い包めて腕を組むことに落ち着いた。
雪乃は腰から俺の腕を外そうと藻掻いていたが、離さない。俺が強気で押し捲ると、雪乃は、あっさりと折れた。
「――雪乃……甘過ぎるぞ」
ジーノが余計なことを言って来るが、無視だ。何も聞こえない。腕の中に居る雪乃を愛でることで忙しい。
何だかんだ言いつつも、雪乃だって嫌がってはいない。その証拠に、腰から俺の手を外すことを諦めた雪乃は、俺に体重を預けて寄り掛かってくる。
ちょっと……無防備過ぎる気はするが、ベータだからなんだろうな。自分がアルファに狙われているなんて、思ってもいないんだろう。その意識を変えさせないとな。
コーガとジーノは、俺の執着に気が付いている。二人の監視がある中で、上手く立ち回らなければ、雪乃を取り上げられて隠されてしまう。それだけは、避けなければならない。
兎に角、雪乃に俺を好きになってもらわなければ、何も出来ない。雪乃と居られる時間は、あまりない。雪乃が側に居れば外を出歩けるのなら、せめて、旅行中は同行したい。その約束を取り付けなければ……
雪乃の体温を感じながら、どうやってこの存在を手に入れることが出来るのかを考えているうちに、目的地のテーマパークに到着した。
『KINGDOM OF GOD』神の国か。遊園地なんて、初めて来た。
車から降りた後、雪乃に色気の欠片もない腕の組まれ方をされて、がっかりする。もっと、ぴっとりとくっ付いてくれれば良いのに……
「俺、絶叫マシーンに乗りたい! ジェイは、絶叫マシーンは平気?」
だが、楽しそうに笑い掛けて来る雪乃が可愛いから、いいか。
「乗ったことはないが、雪乃が乗りたいならいいぞ?」
「ふふっ、じゃあ行こう!」
俺が頷くと、雪乃は嬉しそうに俺の腕を引っ張って、お目当てのアトラクションに連れて行かれる。
テンションが上がっている雪乃が可愛くて、ずっと見ていられるな。
広い園内を、ぐるりと囲むようにコースが設置されたジェットコースターに乗せられた。
初めて乗ったが、スピード感や重力による圧が変動して、なかなかスリリングな乗り物だった。俺は好きだな、こういうの。
「ジェイっ! ジェイっ……! もう一回乗りたいっ……!!」
興奮した雪乃が目をキラキラさせながら俺の腕にへばり付いて、子供のように強請ってくる。
可愛くて、つい笑みが溢れる。
雪乃に強請られるまま、何度もジェットコースターに乗った。
「雪乃。少し、休憩した方が良いんじゃないか?」
立て続けに何度も乗るものだから、落ち着かせる為にも休憩させた方が良いだろう。
ジェラートが食べたいと言うので、ショップに向かった。雪乃は、ぴっとりと俺の腕に抱き着いていて、そのことに気が付いていない。笑いそうになるが、何とか堪えた。
ショップ前の客の列に並ぶと、ミーノとその番が俺達の後ろに並んだ。
「あら、雪乃もジェラートを食べに来たの?」
ミーノは雪乃に話し掛けながら、おかしなことはしてないでしょうね? と、俺に視線で牽制してくる。
全く、本当に厄介な一族だ……黙って自分の番を可愛がっていれば良いものを。
だが、雪乃もその一族の一人なのだから、ミーノを蔑ろにすることは出来なくなった。俺は小さく頷いた。
雪乃は、真剣な様子でメニューボードを見て悩んでいる。そんなに悩むのなら全部買ってやるぞ? そう言うと、雪乃は呆れたように笑った。
「ふふっ、数ある中から、ニ種類を選び抜いて食べるから良いんだよ。美味しかったなあ、また食べたいなあとか、次に来た時はあっちの味を食べてみたいなあとか、さ。ジェイと二人でこれを食べたなあ、一緒に食べたあの味のジェラートが美味しかったなあ、っていう思い出になるんじゃないか。そうしたら、次に来た時は何を食べようかって、楽しみにならない?」
「俺と一緒に、また来たい……?」
そうなのか……? そういうことだよな? また、一緒に来てくれるのか?
雪乃のその言葉に、嬉しさが込み上げる。
そういうことなら俺も真剣に、二種類のジェラートを選ぼうじゃないか。
雪乃は俺の腕に頭をくっ付けて、種類が被らないようにしろと付け足す。意味が分からなくて、問い質すと。
「二人で違う味を頼んで半分こしたら、四つの味が楽しめるでしょう?」
「半分こ……」
雪乃と俺で、一つの同じものを分け合って食べるということ。
番の食事を用意したがるアルファに取っては、魅力的な話だった。その証拠に、側に居たミーノの眼の色が変わった。
雪乃が決めたものを聞いてから、メニューボードを睨むように見詰める。
「――ミーノ、雪乃はどの味が好きなんだ?」
俺の隣で同じようにメニューを睨んでいるミーノに、小声で囁く。
「ちょっと、今、忙しいのよ。蘭ちゃんの為に、最高のものを選ばないとならないんだから!」
ミーノが邪険にしてくるが、俺だって引き下がれない。
「いいから、教えろ。雪乃の好みを俺が知る訳ないだろう?」
「――ねえ、ジェイデン。あなた、雪乃を弄ぶつもりじゃないでしょうね? そんなことをしたら……許さないわよ?」
ミーノの眼が鋭く俺を射抜いて、俺だけに威圧を掛けてくる。
「弄ぶ? 巫山戯るな。雪乃にそんな真似する訳ないだろ。――いいから、早く教えろ」
俺もミーノを睨み返しながら、催促する。
「へぇ……いいわ。――雪乃は、チョコも好きよ。フルーツとか、さっぱりしたものも好きね」
「ありがと!」
俺が素直に礼を言うと、ミーノは、引き攣った表情を浮かべた。……失礼な奴だ。
俺とミーノが吟味に吟味を重ねて、漸く、メニューを決めると、雪乃とミーノの番が昼食のことで盛り上がっていた。
当然、それを聞き逃す俺達ではない。雪乃が食べたいと言っているんだ。当然、そこに行くに決まっている。
「でも俺、今、言ったやつは、ジェイと半分こするつもり。チーズだらけで飽きるだろう? 今度は、違う店でジェイが食べたいやつを俺と半分こしよう?」
クソっ……! 何で、そんな可愛いことばっかり言うんだっ……!?
「――半分こ……分かった。パンフレットを見せてくれ」
今度は、ミーノと二人、パンフレットを穴が空くほど睨み付けて吟味することになった。
「欲しいものを全部買ってあげれば良いと思っていたのに、違ったのね……ショックだわ……」
ミーノが茫然として呟いた。
「それには、俺も同意だな」
恐らくは、全アルファがそう思っていただろう。
その証拠に、俺達の話を聞いていた周りのアルファ達も、必死になってメニューボードを睨み付けている。
「貴方が、こんなに話せる奴だったとは知らなかったわ」
ミーノが苦笑した。
「お前なあ……いつも喧嘩を吹っ掛けて来るのは、お前とゼーノだからな?」
じとり、とミーノを見据える。
「あら、そうだったかしら?」
ミーノは、素っ惚けて意地の悪い顔で笑った。
「ジェイデン。貴方、まだ『運命の番』を探しているの?」
雪乃とミーノの番、蘭花だったか? が、楽しげに話している姿を眺めながら、ミーノが一段と声を潜めて聞いてきた。
「親が勝手にしていることだ。――運命の番は、俺が決める」
ミーノが、是迄に見たこともないような真剣な眼で俺を見て来る。
「ジェイデン、運命の番の引きは強烈よ。本能が剥き出しになる程に……貴方は、それに抗って雪乃を選べるかしら……?」
「――どういう意味だ?」
ミーノの言葉に顔を顰める。
「大神一族の者は一人しか愛せないわ……忘れないで」
ミーノはそれだけ言うと、自身の番の元へ行ってしまった。
何が言いたかったんだ……運命の番? 大神一族の者は一人しか愛せない?……雪乃のことか?
俺に運命の番が現れたら、雪乃を捨てるとでも言いたいのか? それとも、運命の番と雪乃の両方を得ることは無理だと言っているのか?
『運命の番』が現れたら、雪乃を失うということか?
だが……平然として俺の傍に居られる雪乃。普通に話して、俺に触れて、俺の腕の中で安心しきって眠る雪乃。俺の強烈な気配すら抑えてしまう雪乃。
もし『運命の番』が居るとしたら、雪乃こそが俺の運命じゃないのか?
決め手に欠けるのは、唯、一点。
ベータだということ。
オメガではない、ということだけだ……
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