運命の番に為る

夢線香

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05. 偽ベータ

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 運命の番との出逢いから、三年が過ぎた。

 俺は、高校を卒業して大学への進学が決まった。

 高校生活は、思っていた以上に充実したものになった。


 高校へ入学する時に、心機一転して一人称を僕から俺に変えた。僕よりも俺のほうが強く在れそうな気がしたから。

 神田先生に言われた通り、スポーツをやってみることにした。俺が選んだのは、バスケットボール。仁乃兄さんが高校の時にやっていて、その試合を観戦した時に、かっこいいと思ったことを思い出したからだ。

 ろくにドリブルも出来なかった俺だけど、練習していくうちに、それなりに出来るようになった。兄さん達が代る代る教えてくれたので、上達も早かった。

 部活に入ったことで、たくさんの友達が出来た。その殆どはベータだったけど、ベータの生活を知ることにもなった。

 学校帰りにコンビニでアイスや肉まんを食べたり、ファーストフードの店でハンバーガーを食べたり、書店やゲームセンター? アミューズメントパーク? に、連れて行かれたりもして、初めてのことばかりで楽しい。

 カラオケも初めて知った。友達の家に集まって、ゲームやくだらない話で盛り上がったり、漫画本の貸し借りなんかもした。

 休日に街中をぷらぷらしたり、映画を観に行ったり。――兎に角、ベータの行動は自由だった。少なくとも、俺はそう感じたな。

 オメガだった時は(今もオメガだけど)何処に行くにも、襲われないようにだとか、兄さんや姉さん達が一緒じゃないと駄目だとか、友達はアルファなのかとか、身を護る為には仕方がないんだけど、制限が多かった。制限だと感じない程に、当たり前のことだったから。

 神田先生がベータの生活を楽しめ、と言った言葉の意味が、よく分かった気がする。

 勿論、ベータの生活だってお気楽なものばかりじゃない。結局は、どのバース性もメリット、デメリットがあるんだな、と、沁み沁みと思ったものだ。

 高校一年生の時にバスケを始めてから、第二成長期が来た。運動して、ご飯を一杯食べていたせいか、メキメキと背が伸びた。成長痛が辛かった……今では、百八十センチある。オメガとしては、かなり高い身長になってしまった。

 神田先生は、オメガ因子が眠ってしまったせいで、俺の中にあるアルファ因子が仕事をしたんだろう、と笑っていた。

 こんなに大きくなって、俺は本当にオメガに戻れるのかな? と、疑問に思いながらも、別にオメガに戻れなくてもいいや、とも思っている。

 背が高くなったら、アルファだと勘違いされることが増えた。でも、フェロモンが出ていないからベータだと思われている。俺は、否定も肯定もしなかった。そのせいか、周りはベータだと確信しているようだ。

 だからなのか、ベータ女性に告白されることが増えた。丁寧にお断りするのだけれど、次から次へと告白される。

「気になった子がいれば、付き合ってみれば?」

 兄さんや姉さん達はそう言うけれど、特に気になる子はいなかったし、そもそも、性欲というものが、かなり薄かった。

 俺の陰茎は、平均よりは大きいんだって。神田先生が教えてくれた。だけど、勃起することは、ほぼない。不能なのかと神田先生に訊いてみた。

「検査の時に勃起は出来ていたから不能ではないよ。雪乃くんの性欲が極端に薄いだけだろうね」

 苦笑しながら言われた。

 神田先生とは同じ男性オメガ同士なので、家族や友達には訊けない、赤裸々な性事情の話が出来るから助かっている。まあ、早い話が下ネタ、下世話な話だね。

 定期検診に行った時は、カウセリングと称してお茶を飲みながら神田先生と雑談する。俺が来る日は、わざわざ時間を開けておいてくれるらしい。有り難いことだ。だから、俺も必ず茶菓子を持って行くことにしている。



 今日は、その定期検診の日。本日の茶菓子であるシュークリームを紙皿に取り分ける。

 このシュークリーム、直径が十五センチくらいあるデカさで、生クリームの中に細かく刻んだ苺のドライフルーツが入っている。出来上がってから時間をおくことで、ドライフルーツが水分を吸って戻るんだよね。生クリームの甘さと、ドライフルーツの程よい酸味が絶妙なんだよ。


「雪乃くん、こんな話を知っているかい?」


 シュークリームを乗せた紙皿を神田先生の前に出していたら、同じように、ティーパックで淹れた紅茶の紙コップをテーブルに置いた神田先生が唐突に尋ねてくる。

「何の話ですか?」

 小さめのテーブルを挟みながら、向かい合って腰掛ける。


「アルファの陰茎の話」


 俺は、吹き出しそうになった。何も口にしていなくて良かった……

「唐突に、何ですか……?」

 神田先生は、童顔の可愛い顔をにやりとさせて話し出す。

「世間一般では、アルファの陰茎は巨根だと云われているだろう?」


 ――まあ、よく聴くけど……俺は、曖昧に頷いた。


「でもね、面白い論文があってね。アルファは、背も大きい人が多いだろう? だけど、番にしたオメガは小さい人だったりする。番にするぐらいだからフェロモンの……匂いの相性は、良いはずだよね? 匂いの相性が良いってことは、セックスの相性も良いはずだろ?」

 今日は、初っ端しょっぱなから随分と赤裸々な話をするようだ。俺は、苦笑しながら頷いた。

「って、ことはだよ? 実は、アルファの陰茎は大したことないと思わない?」

「んん?」

 俺は首を傾げ、シュークリームを両手に持って、ぱくりと食い付く神田先生を見る。

「ほら、僕は小さいオメガだろ? 小さいってことは当然口も小さいし、後孔も小さい。だから、巨根じゃなくても、普通サイズでも僕には大きいわけだ。要するに普通サイズの陰茎でも、僕にとっては巨根に感じるってわけ」

「んん……?」

 言われたことを整理しながら、俺もシュークリームにぱくりと齧り付く。

「わからない? うーん、そうだな……あ、このシュークリーム。僕が噛み付いた跡と雪乃くんが噛み付いた跡では、大きさが違うだろう?」

 神田先生が、自分の食べていたシュークリームの噛み付いた跡を見せてくる。

「そりゃあ、俺はデカくなったから……当然、口も神田先生に比べたらデカいですよ」

「そう! そういうことなんだよ! 僕の口一杯と雪乃くんの口一杯では、大きさが違うだろう? 僕の口に入らないものでも、雪乃くんの口なら余裕で入るってこと!」

「――あれ? もしかして……フェラのことを言ってます?」

 神田先生は、大きく頷いた。

 ベータの友達と一緒にいれば、当然こういった俗語が出て下ネタで盛り上がることもある。更に、相手が神田先生ともなれば、俗語を口に出すことに羞恥心はない。

「それだけじゃないよ、後孔だってそうだよ。雪乃くんにとっての巨根が僕の後孔に入れられたとしたら、括約筋は切れるし、裂けるし、相手がマストを起こして無理矢理挿入して来たら内臓も傷付けられて、ただでは済まないよね? そうなると、セックスの相性が良い相手ではないよね?」

 神田先生は、興奮気味に話す。


「え……そんなに、グロいことになるんですか……?」


 俺は、引き気味に顔を引き攣らせた。


「なるよ」


 断言する神田先生に、血の気が下がる。医師に言われると説得力が違う。

「だからね、番の身体つきを見れば、アルファの陰茎のサイズがざっくりとわかるって話」

 ああ、そこに帰着するのか。でも、その考えで行くと――

「え、じゃあ、父さんや兄さん達は巨根だってこと? 姉さんの番の蘭花さんだけは、小さいし……」

 シュークリームを、ぱくりと食べながら首を傾げる。

「そりゃあ、そうでしょう。男性オメガよりも、女性オメガの方が膣の伸縮率は良いからね。しかも、皆、背が高いじゃないか。都乃さんは女性アルファだから、そもそも、そんなに大きくはないよ。だから運命の番が可愛らしい蘭花さんなんだろうね」

 神田先生も、頷きながらシュークリームに齧り付く。

「――成る程。言われてみれば、そんな気がしてきた……」

「この論文を書いた人は、アルファの陰茎のサイズを統計として調べようとしたんだけどね、協力してくれるアルファが居なかったんだって」

 神田先生が、くすくすと笑う。

「ああ、その論文が事実なら番の身体つきで、陰茎が小さいのがバレてしまいますもんね」

 紅茶を飲みながら納得する。プライドの高いアルファが陰茎が小さいだなんて認める訳ないよな。

「そう! この論文は、闇に葬られるのさっ!」

 神田先生は、笑いながらシュークリームを食べていた。

「――まあ、でもね。太さは普通サイズかも知れないけれど、長さはそれなりにあるんだよね。だから、小さいとは言い難いかな。敢えて言うとすれば、細長い、かな?」

 神田先生は、肩を竦めて紅茶を飲んだ。

「あはは、これからオメガとアルファの番を見たら、想像しちゃうじゃないですか。何で、こんな話を?」

 神田先生は、シュークリームの最後の一口を口に入れて、紅茶をゆっくりと飲んだ。


「うん、雪乃くん。今から話すことは、医者として話すことじゃないと解ってくれる? 何の医学的根拠もない、ただの世間話だと思って聴いて欲しいんだ」


 神田先生は、急に改まった顔になって俺を見詰めて来る。

「世間話、ですか? わかりました」

 俺が頷くと、神田先生は一つ頷く。

「僕はね、雪乃くんは特級オメガ、希少種だと思うんだよ。ちゃんとしたヒートが来ていないから確認することは出来ないけれどね」


 俺が、希少種オメガ?


「そうじゃなきゃ、ヒートを捻じ伏せてオメガ性を眠らせるような真似は出来ないと思うんだよ」

「そうなんですか?」

「まあ、確認のしようがないから飽く迄、推測の域を出ないけどね」

 神田先生は、苦笑して肩を竦めた。俺は黙って頷く。

「それでね、さっきの論文の話に戻るんだけど。雪乃くんは、凄く背が伸びただろ? それで、思ったんだよ。雪乃くんの運命が変わったんじゃないかってね」

 運命が変わった? 運命の番を手に入れられなかった時点で、運命が変わったのは確かだ。俺の人生は、確かにあの時……変わったんだ。


「――俺の運命は……確かにあの時、人生は変わりましたよ」


「まあ、そうなんだけどね。僕の言う運命は、『運命の番』のことだよ。もしかしたら、今の君にピッタリの運命が出来たんじゃないかと思ってね。ああ、でも……こんなこと、やっぱり言うべきじゃないよね。何の根拠もないんだから……ごめんね……」

 神田先生は、悲しそうな顔をして肩を落とした。

「別に、気にしていません。俺、もうベータでいいかなって思っているんです。もし、万が一、神田先生が思うようなことになっているのだとしたら、俺は、運命の番なんかに逢いたくはありません」

 あんな思いなど、二度としたくない。


「……そう……」


 神田先生は、眉を下げて力無く微笑んだ。

 別に俺は、本当に気にしていないんだけどな。

 例え、誰とも番えなくても、結婚出来なくても、心穏やかに過ごせるならそれでいい。


 偽りのベータでも良いんだ。

 俺は、偽りのベータとして生きて行く。

 死ぬまで独りだとしても――俺は幸せだ。



 ――――寂しくなんかない。
 











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